未来の王子様 第1話
短編と統合する事にしました。
大正5年。
神奈川の東明の山の中西洋建築の建物があった。ここは東京の華族のお嬢様達が通う高等女学校の寄宿舎だ。
寄宿舎と言っても常に学生がいる訳ではない。夏休みの間だけ林間学校でお嬢様達がやって来てるのだ。女学校では毎年夏になると宿泊合宿が行われる。海水浴が目的の臨海学校で千葉の房州に行く者もいるが東明の方が人気がある。
「しず!!」
夜中、2年生の月野しずは名前を呼ばれ眠たい目を擦りながら身体を起こす。
「結乃お姉様?」
しずの傍らに立っていたのは同室の4年生愛白結乃だ。純白のネグリジェにピンク色のカーディガンを羽織った長い黒髪の令嬢であり少女雑誌でスナップ写真が掲載された事もある。全校生徒が憧れる財閥の令嬢なのだ。
結乃と出会ったのは今年の春。
中庭でお弁当を食べるのが日課だったしずはいつも通り薔薇のアーチの下のテラスで昼食を食べていた。
「あら先客がいらっしゃったのね?」
目の前にいたのが袴姿にピンクのリボンの結乃であった。
「ごめんなさい、貴女の場所でしたのね。こちらは開けます。」
しずが立ち上がりお弁当を片付けようとした時
「その必要はないわ。」
結乃がしずの袴の裾を掴む。
「貴女が先に来ていたのに。悪いわ。でももし嫌でなければわたくしもご一緒させても宜しいかしら?」
「ええ、」
一人称がわたくしでピンクのリボン、まさに絵に描いたお嬢様。それが結乃に抱いた第1印象だ。
結乃が本当にお嬢様と知ったのは昼食を終え教室に戻ってすぐだった。
「ちょっと月野さん、すごいじゃない。」
教室の入り口に足を踏み入れると級友達が集まってくる。
「貴女あの結乃さんとお昼食べてたなんて。」
級友の1人がしずと結乃がテラスでお弁当を食べる姿を見ていたようだ。
「エスですの?」
「どちらから告白なさったの?」
「お手紙の交換は?」
しずは級友達から質問攻めに合う。
「あの、結乃さんっておっしゃるのあの方。」
「あら、月野さんご存知なくて?」
級友の1人が少女雑誌の頁を開く。そこにはドレス姿で帽子を手に持つ結乃の姿があった。
「愛白財閥結乃嬢」と見出しにある。
「結乃様ってそんな凄い人だったのね。」
翌日再びしずは中庭のテラスに来ていた。
「結乃様」
テラスには結乃が先に来ていた。
「お待ちしていたわ。」
その日から中庭のテラスはしずと結乃の指定席になった。結乃は優しく成績優秀で宿題も見てくれた。
「You smile at me like a rose .貴女は薔薇のように私に微笑むね。」
「悪くはないわ。でもこんなのはどうかしら? そは我に贈る。薔薇色の微笑み。」
結乃が声のトーンを低める。
「素敵だわ。結乃お姉様の訳。まるで異国の王子様が言ってるみたい。」
「お姉様?」
「すみません。私達エスでもないのに。」
「いえ、構わないわ。貴女が今日からわたくしの妹よ。」
他の人はリボンの交換や御手紙を書いて申込むのだが二人は何も儀式的な事をすることはなく姉妹になった。