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だったら『特別』になればいい

あの後、アナベラは今までと打って変わって勉学に意欲的になった。

期限まで残り3ヶ月の期間を残して、アナベラは習う予定だった全ての科目を学びきったのだ。

余りの優秀さに誰もが舌を巻き、もっと早くにやる気を出してくれればこんな騒動には……とため息をついた。

そんな周りの反応に、アナベラが不満そうに口を尖らしていたのはエドモンドだけが知っている。


エドモンドはあれから、アナベラに彼女の両親のことを話すことが増えた。


アナベラの勉学用の時間が空いた為、何がしたいのか聞いたところ、『両親の話が聞きたい』と請われたからだ。

エドモンドは殆ど母親の方と過ごしていいたためどうしても話が偏ってしまうが、それでもアナベラは楽しそうに聞いていた。

『ママって、皆の特別だったんだね。それってとっても素敵だなぁ』と嬉しそうに笑っていた。

アナベラは、温室にも更によく通うようになった。因縁の場所ではあるものの、イザベラが好きだったこの場所を、自分も気に入っている事実が嬉しいらしい。


そうやって、彼女は母親との共通点を見つける度に嬉しそうにする。

あんなに魔女になりたがらなかったアナベラは、今では誰に望まれなくとも魔女になるんだと意気込んでいた。


* * *


そして、とうとう魔女としての『始まりの日』を迎えた。


「うぅ、緊張しますね~!お嬢、大丈夫かな…」

「大丈夫に決まってる。僕達はただ信じて待てばいい。…ほら、来たぞ」


そわそわと忙しないリオルに声をかける。

目の前には今まで何度となく見てきた、かつては仲間だったもの達。

彼等にとって、そしてエドモンド達にとって、今日は重要な日だ。もちろん、別の意味で。

その証拠に、彼等は皆今まで以上に切羽詰まった表情をしている。


「これで、お別れかもな」


彼等の顔を見れば、イザベラの周りで楽しく笑いあっていた思い出が脳裏に浮かぶ。だとしても、エドモンド達の『宝物』が狙われる限り、どうあっても対立することになるのだ。

悲しみに蓋をして決意を固め、手を握る。


そうして始まった最後の戦いは膠着状態を極めた。


(っ……アナベラ、思っていたより時間がかかっているな。まさか、何かあったのか?)


胸中に不安がよぎった刹那、エドモンド達の中に確かに力が漲ってきた。

か細かった糸が太縄のようになり、そこから流れ込んでくるのだ。


「っ成功した!」


思わず呟けば、やけくそのように相手が突っ込んできた。

その胸を貫けば意外にも、開放された、とでも言いたげに安心した顔をされる。


「ベラ様…ようやく、お傍に……」


そう呟きが聞こえた時、エドモンドは何故か泣きたくなった。

本当は彼等も分かっているのだ。アナベラが生まれたのは母親である彼女の選択で、子供には一切罪は無いことを。

ただ、やり場のない怒りをどうしても抑えきれなかったのだと。

彼等はある意味、イザベラ一筋といえば良かったのかもしれない。

それでも、エドモンドにはその道に羨ましさの欠片もなかった。

アナベラを育てる道を選んだことを、後悔することはなかった。


何故なら、エドモンドの主人は、もうアナベラなのだから。


そう思いながら消えてゆく粒子から目を逸らし、辺りを見渡す。

どうやら、他も大体終わったらしい。後は任せても大丈夫そうだと、エドモンドは踵を返した。


「アナベラっ!…アナベラ?」


儀式の間に行くと、彼女は見当たらなかった。

残っていた使い魔達に聞けば、温室に向かったという。

『エドモンド様をお待ちだそうです』と言われ、慌てて温室へ向かう。

温室の前まで着いて扉を開こうとして、ふと立ち止まる。


(そういえば、イザベラも魔女になった日、温室にいたな)


そうだった。こんな風に扉を開けば様々な香りがして、薔薇やカーネーション、スズランなどの色とりどりの花が───


(スズラン?)


妙だな、と思う。スズランは綺麗な花ではあるが毒持ちだ。アナベラが間違って摂取しないように、毒草は全て温室から取り除いたはず。

周りを見渡せば、以前植えた花は見当たらず、取り除いたはずの毒草が生い茂っていた。


まるで昔に戻ったようだ、と不思議に思いながら進む。

そして奥に進めば、奥の方でようやく人影が現れた。


「あ、アナベ…っ!」


声をかけようとした。が、違和感を覚える。いや、既視感か。

見覚えのある、でもアナベラでは無い姿がそこにはあった。

いや、アナベラでないはずがない。アナベラは、エドモンドを温室に呼んだのだから。


だというのに、どうしても、エドモンドはしゃがんで薔薇を見つめているその背中に既視感を感じぜざるを得なかった。

嫌な予感がする。

自身のドクドクという心音がやけに耳に響いた。


(声をかけるな)


頭の中で、警鐘が鳴る。

1歩1歩、彼女に近づく度、それはどんどん大きくなっていく。


(駄目だ、声をかけるな)


(そうだ、確かあの時)


(もう進むな)


(声をかけて、それで…彼女は振り返って、)


(止まれ)


(僕を見て)


(止まれ止まれ)


(笑って)


(とまれとまれとまれ!)




「…、ァ、ベラ」


呼ぶ声は掠れていた。いやに静かだった。

その小さな声に気づいて、彼女は振り向いた。


ベラだった。


あの時みたいに、全く同じ黒いドレスをきて、同じメイクをして、同じように微笑む。

あの時の、ベラだった。

そして立ち上がって、彼女は口を開く。


なぜだかエドモンドには次にくる言葉が分かっていた。


「『これからよろしくね、エディ。もし良ければ、ベラって呼んで欲しいわ』」






あぁ。


エドモンドの『ベラ』は、もう何処にもいなかった。






▦ ▦ ▦


薔薇の茨に包まれ、眠りながら、私は色んな記憶を見ていた。

屋敷の記憶。声は時々聞こえないけど、とても優しく暖かい雰囲気だった。

ママの周りにはいつも人がいるみたいだった。そして、周りのみんなはいつもママをを見て嬉しそうに笑ってた。


羨ましい、と思う。エドモンドも、ママの前ではいつも笑ってた。私の前ではあんなに笑ってなかったのに。

でも仕方ないかな、とも思う。私はまだ魔女じゃないから。

魔女になったらきっとみんな喜んでくれる。そうわかっていても、なかなか乗り気にはなれなかった。

みんなは、私に魔女になって欲しいんじゃなくて、『ママの娘』だから私に魔女になって欲しいみたいだった。


でも、『特別』な魔女はきっと、ママだけなのだ。


『特別』が欲しかった。きっとそれは、家族よりも上のものなはずだから。

私はみんなのことを家族だと思ってた。勿論、みんなも私のこと家族だって思ってくれてたけど、それでもママの方が大事みたいだ。

だってママは、みんなの『特別』だったから。


…あれ?ちょっと違ったかも。だってエドモンドは私のこと家族じゃないっていってた。

じゃあ、私には家族はいなかったのかな。ママとパパはつながり的には家族になるから、やっぱり2人だけが家族?

でも2人だって、お互いが『特別』なんだから、やっぱり私は家族以上にはなれなかったのだ。


薔薇の茨は屋敷内の記憶だけじゃなく、この温室の記憶も見せてくれる。温室だけは、他の場所の記憶よりも鮮明で、声も他よりはよく聞こえた。

ただ、相変わらず名前だけはよく聞こえなかった。


温室は、ママとパパばかり映っていた。ママのお気に入りの場所だったから、パパとよくここで過ごしていたらしい。たまに、他の使い魔達の姿もあった。

ちょっとだけ若いエドモンドと、ママが話しているところもあった。エドモンドが緊張しているのが、なんだか面白かった。


…記憶を覗いていると、どこからかたまに声が聞こえる。幻聴かもしれない。だって、私に都合がいいから。


『アナベラは僕達の家族だよ』

『早く目覚めて、抱きしめさせて』

『私たちが君を守るから』

だって。家族って言って貰えて嬉しい。


でも『特別』ではないんだね。


私にかけられるのは家族という言葉だけだった。

誰でもいいから『特別』にしてほしい。そしたら私、ちゃんと頑張れるから。


『ずっと…僕達の可愛い『娘』だから』


ん?


『ベラ』


ふと、そう聞こえた。これこそ幻聴かもしれない。

だって、この声はエドモンドだ。


エドモンドは、私を家族にもしてくれなかったはずなのに。

そんな、私だけの愛称みたいに『ベラ』って呼ぶなんて。

エドモンドは、みんなのこと名前でしっかり呼ぶタイプなのに。


私が、エドモンドの『特別』みたいだ。


『いくらでも罵ってくれていい、だから、だから…目を覚まして』

『ごめん、ベ、ラ……』


やっぱり幻聴だろう。でも、それでもいい気がしてきた。

エドモンドに、『特別』みたいに名前を呼ばれることが、なんだかとても嬉しかった。

薔薇の茨がスルスルと動いていく。

目の前で苦しそうにするエドモンドがいて驚く。


なんだ、幻聴じゃなかったんだ。そう思うと、不思議と涙が溢れてきた。


「……ごめんね、エドモンド」


やっと私に、『特別』が出来たのだ。








出来たと思っていた。


『僕達は彼女のこと、ベラって呼んでたから』


心臓が止まったと思った。『ベラ』は、私じゃなかった。

エドモンドは『エディ』って呼ばれてたって。

可笑しいな、お母さんの名前がわかって、お母さんが私にくれたものを知って、こんなに嬉しいのに。


エディって呼んでいい?って聞いたのに、呼べなかった。

あっさり承諾するから、誰が呼んでも一緒なんだ、って思ってしまった。


それは『特別』じゃない。だから、今はいい。


不思議と温室に足が向かった。まるで、そこにいけばわかる、とでも言うように。

温室の奥に生える薔薇に手を触れる。そうすればいいと分かっているかのように。


記憶が流れ込んできた。

今なら全部わかる、名前も。結局私が認識していなかったから、聞こえなかっただけなのだと気づいた。


『ベラ』『アル、お待たせ』『今日も素敵な温室だわ、ねぇベラ?』『リル、そっちに行ってはダメ!』『ベラ、お腹に子供がいるんだから』『何してるの、アル?』『ベラ、それは』『ベラ』『ベラ』『ベラ』『ベラ』『ベラ』『ベラ』


『これからよろしくね、エディ。もし良ければ、ベラって呼んで欲しいわ』


「…っぁ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!!」


何も『特別』じゃなかった。そうだ、考えればわかる事だ。

だって、目覚めたエドモンドはベラなんて呼ばなかった。

幻聴だったら良かった。あの時、エドモンドがあそこに居なければ、耐えることが出来た。


もう、『特別』がなにか、わからなくなった。


(…………そうだ)

少し考えて、ひらめいた。


『特別』が分からないなら、『特別』を真似ればいいのだ。

だって、私にはこんなに身近にお手本がいたのだから。


ママみたいに綺麗で。


ママみたいに着飾って。


ママみたいに笑って。


ママみたいに愛せば。


きっと、1人くらい現れるはずだ。私だけの『特別』。だってママは、みんなの『特別』だったんだから。


そこからは頑張った。魔女になるための勉学も不思議と頭に入った。だって、ママは完璧に覚えていたはずだから。

残りの空き時間で、エドモンドにママのことを教えて貰った。エドモンドは、ベラのことを語れることが嬉しいようだった。

私も嬉しくなった。やっぱりエドモンドの『特別』はベラなのだ。なら、私のベラも『特別』になれるかもしれない。


たまに、温室の薔薇から記憶を盗み見た。曖昧だった屋敷の記憶も、魔力操作を行えばある程度精度が上がった。よりベラの事がわかるようになった。やっぱりベラのように勉学はきちんとするべきだったのだ。



頑張っていると、あっという間に時間はすぎた。

いよいよ魔女になれる日だ。私が『特別』を始める日。


エドモンドは私の格好をみて、『似合ってる』と言ってくれた。他の子達も褒めてくれた。嬉しい。この日の為のワンピースは、私用に繕ったものだから私に言ってくれているに違いない。

ただ、儀式は難航した。どうやら私はママより魔力が多いから魔女としての覚醒も時間がかかるらしい。

ママより時間と手間がかかるのはあんまり嬉しくなかった。


長かった儀式を終え、部屋に戻る。


この日のために再現した黒のドレスに身を包めば、不思議とママと一緒になれているような気がした。

身長と体格、髪色髪質も寄せる。これくらいは魔法で何とかなる。

顔の整形は緻密な作業がいるので難しいけど、ママ似の顔だったからあんまりいじらなくて済んだ。

瞳も色を変える。瞳はデリケートな部位だから、幻覚魔法での色変え。失明したら元も子もないから。その代わり、1週間に1回かければ取れないような、強力なやつを掛けておく。

全身やりたかったけど、まだそこまで緻密なコントロールはできないから、もう少し成長したら頑張る予定だ。


「できた、できたっ!」


鏡に映るのは間違いなく『ベラ』だ。思わず浮かれて反省した。ベラはこんなにはしゃがないのだ。


思っていたより時間を食ったので、すぐさま温室に転移してエドモンドが来てくれるのをまつ。

微かに、扉の開ける音が聞こえた。どうやらちょうど来るところだったらしい。


大丈夫。温室も私も、あの時のように再現できたはずだ。

近づく気配に心臓が脈打つ。まるで想い人を待つ乙女のように。


「…、ァ、ベラ」


来た!ベラって呼んだ!

やっぱり完璧にできてるんだ。

安心して振り返って微笑んだ。


きっと、上手くいく。


「『これからよろしくね、エディ。もし良ければ、ベラって呼んで欲しいわ』」



だから、エディ。


ベラって呼んで、あの時みたいに笑って?

お読み下さりありがとうございます。

正直このラストのためだけにこの作品をつくりました。

作者はわりとハピエン厨です。初バドエンでした。

楽しんで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] お話的にはバドエンかもですが、脳内で無理矢理ハピエンにしたいと思います。 これからだ!!諦めるなエディ……!! だって生きてるじゃん!! ……そんなわけでエディのこれからに期待。なんとかエ…
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