愛しい『あの子』はもういない
「これからよろしくね、エディ。もし良ければ、ベラって呼んで欲しいわ」
そう言って微笑んだあの子は、あっという間といえる月日を経て、エドモンドを置いて空の向こう側の星となってしまった。
凪いだ風のような人だった。隣にいるだけで癒されるような、そんな人だった。少し前まで忌避されていた『魔女』として生きているのに、周りに笑顔が絶えない人だった。
周りから愛されている人だった。人だけでなく、妖精、動物ありとあらゆる者達から求められている人だった。
そんなあの子は、不幸にも死神に愛されてしまったようだった。
あの子が亡くなる直前の事はもう覚えていない。あの子が何を言い残したのかも、思い出せない。
エドモンドに残されたのは、森の奥にある小さな湖の中央に建てられた大きな屋敷。
自分の他にあの子と契約した個性豊かな使い魔達。
あの子が大好きだった、色とりどりの花で埋め尽くされた温室。
そして、忘れ形見となった産まれたばかりの幼い命だけだった。
* * *
「アナベラ、アナベラ!」
外に出て、大きな声で呼びかける。返ってこない返事にエドモンドは大きなため息をついた。
「アナベラ、どこに行ったんだ…」
時刻はまだ正午を過ぎた頃。本来なら薬草学の授業を受けているはずの幼い少女は、大人の目を盗んで1人でかくれんぼを始めてしまったらしい。どうにか見つけてくれ、と担当だった教育係に泣きつかれ、エドモンドは自分の仕事を中断して彼女を探し回っているところだった。
(部屋にもいない、庭園にもいない。1人で湖の向こうに渡れるはずもないし、となると…)
残った心当たりに目星をつけ、エドモンドはくるりと踵を返す。
屋敷の2階の渡り廊下から階段を降り、降りた先の扉を開ける。瞬間、ぶわっと広がる芳香に、思わず顔を顰めた。
魔女だったあの子が1番気に入っていたこの場所…温室の花園が、エドモンドはどうしても苦手だった。
何せ、花の香りが非常にきつい。普通の人ならいい香りで済むだろうが、エドモンドには獣の血が混ざっている為、通常より何倍も鼻が利くのだ。
一種類だけならまだしも、複数の異なった甘い花の香りは、香水の原液を直接鼻にかけたような激臭だった。
とはいえ短時間くらいなら体調を害するわけでもない。
お目当ての人物さえみつけて抜ければいいだけなので我慢しながら奥に進めば、案の定視界の端で花が揺れ動いている。足音を潜め近づけば、その花畑の向こうに探していた少女の姿がみえた。
熱心に花を愛でるその肩に手を置けば、「ぴぎゃっ!?」という奇天烈な鳴き声とともに、恐る恐る振り向いた榛色と目が合う。
「アナベラ…なんで、ここに、いるんだ?」
「…えへ?」
「ん?」
「ひぃっ!」
威圧感たっぷりにエドモンドが微笑めば、誤魔化そうと笑顔をかたどっていたアナベラの顔が青褪める。
「ごっ、ごめんなさい!」
「謝るなら、最初からするんじゃない」
「だ、だって、薬草学つまんないんだもん…」
「たとえ退屈でも、魔女になる為に習得は必須だろう。リオルもいい加減にしてくれと喚いていたぞ」
最後の悪足掻きを一蹴し、なきついてきた教育係の名前を出せば、彼女はバツが悪そうな顔で俯いた。
これ以上いると流石に鼻が死にそうなので、出口に向かって歩き出せば大人しく後ろをついてくる。
本館に戻れば、廊下の曲がり角から飛び出てきたリオルがアナベラを見つけて声を張った。
「あっ、お嬢~!も~、どこいってたんですか!探しましたよ!?」
「うっ、ご、ごめん…」
「まっっったく…とにかく時間がありません!ほら、さっさと授業を始めますよ!!見つけてくださってありがとうございました、エドモンドさん!」
「僕は仕事に戻るから君達も早く行け」
「了解です!」
「ま、待って、引っ張らないでー」
ガシッと手を掴み、勢いよく元来た道を走り出すリオルと、つんのめりながらも必死について行くアナベラ。
途中で「うわっ!?」という声と何かを落とした音が聞こえ、後で二人共説教だな、とエドモンドはため息をついた。
あの子がいなくなって、十二年。
泣いてばかりだった小さな赤ん坊は、すっかり周りが手を焼くお転婆娘に育っていた。
* * *
あの子がいなくなった直後は、それはそれは大変苦労した。
エドモンドは『魔女』の使い魔としては右に出るものはいないほど優秀な男だったが、赤ん坊を育てるための知識など持ち合わせていなかったからだ。
当たり前のことといえば当たり前の事ではある。本来ならそれは『母親』と『父親』の役割だったのだから。
しかし、アナベラにはどちらも傍にはいなかった。その為、エドモンドが必然的にその役目を担うことになったのである。
アナベラの父親は、あの子に選ばれるだけあって、とても誠実で素晴らしい人格者だった。
貴族の彼と、魔女のあの子が結ばれるまでは茨の道だったが、最終的には周りから祝福されるほどだった。
あの子の周りの誰も彼もが、『彼になら任せられる』と太鼓判を押した。あの子に一番近かったエドモンドも、複雑ながらも二人の仲を応援していた。
あの子が出産予定日まで1ヶ月を切り、幸せの絶頂を迎えていた頃、父親になるはずだった男が死んだ。
二人の愛の結晶が産まれる時、あの子のそばに着いてあげるためと家族を説得しに行った帰りに、馬車事故で命を失ったのだ。
その事を聞かされたショックにより、あの子は予定よりも大幅に早い期間でアナベラを産んだ。
精神的ショックと身体への負担が大きすぎた為か、アナベラを産んで間もなくあの子は息を引き取った。
『呪われた子だ』
ポツリと誰かがそう言った。同調の声はどんどん大きくなり、憎悪の視線が幼い赤ん坊に集中し始めていた。
エドモンドにも思うところはある。だとしても、二人の死を右も左もわからない子供に責任転嫁するような現状に危機を覚えた。
エドモンドはすぐさま屋敷に結界をはった。今も屋敷にいるのは、その時同調しなかった信頼できる者だけ。
愛されていたあの子を盲信する者は多く、残せる者は少なかったが、それでも彼等は必死にアナベラを育ててきた。
アナベラが十五になれば、魔女になる為の条件が満たされる。
魔女になれば、エドモンド達の使い魔契約をあの子から引き継ぎ、『更新』できる。
そうすれば、他の野放しとなった元使い魔達の脅威からアナベラを守れる。あの子の忘れ形見を守れる。
アナベラを魔女にする為の環境は十分にあった。問題は、アナベラの『魔女になる』という意思が、非常に消極的だった事だ。
授業を隙を見ては抜け出すため、予想の半分以下しか内容として進んでいない。あと三年で魔女になるには相当な努力が必要な程、切羽詰まった状態にまでなっていた。
元使い魔達への対策の防衛結界も、ここ数年で年に一回から月に一回貼らなければいけないほど頻度が高くなっている。使い魔としての力が落ちているためだ。
元使い魔達もその点にいえば弱化しているが、結界が破られるまでは時間の問題だった。アナベラが十五になるまでは何としてでも結界を繋ぎきるつもりのエドモンド達だったが、アナベラ自身に力をつけて貰えなければその後守りきれるかどうか怪しい。
アナベラには詳しい事情は知らせていなかった。幼い彼女に真実を話すのは酷だと皆が考えたからだ。
彼女が知っているのは、『両親がなくなっていること』と『母親が魔女だったこと』、その二点のみ。
そのせいか、アナベラは『魔女でなくても、みんなと一緒に居られるならそれでいいじゃない』と楽観的な様子だった。
アナベラの能天気さへの苛立ちと焦燥。そして、あの子に続き彼女までも失うかもしれない恐怖。
エドモンド達の心の澱みは、奥底で知らず知らずのうちに溜まり込んでいるのだった。
* * *
「また、ここにいたのか…」
「う…エドモンド…」
いつか見た光景だな、とエドモンドは思った。花の匂いが入り乱れる温室に、気まずげに佇む彼女の顔をみて、ため息をつく。
「いい加減にしてくれ…君が十五になるまであと一年しかないんだ、わかってるのか?」
「わかってるけど…」
「ならもう少し頑張ってくれないか。このままでは魔女になれないかもしれないんだぞ」
「……」
一年。もう一年しか残されていないのだ。
あれからも結局サボり気味な状態は続き、時間も残り少ないというのに学びが身についている様子はない。
基本的な事は習得済みだが、肝心の使い魔との繋がりを重視される使役魔法への理解が足りていないのだ。
このままでは、もう……そんな悲観的な考えに思わずため息をつけば、ぽつりと苛立ったようにアナベラが呟いた。
「…なんで、私だけ頑張らなくちゃいけないの」
「え?」
「いつもいつもいつも、皆口を開けば『魔女になれ』ってそればっかり。『お母さんは立派な魔女様だったんだよ、だからアナベラも頑張らなきゃね』って!なんで顔も知らない人の代わりに頑張らなきゃなんないの!?私だってちゃんとやってたのに、なんで『お母さんはこれくらいすぐできたのに』って言われなきゃいけないの!?それでサボったら『なんであのお母さんからこんな子が』って陰口ばっかり!」
「なっ…」
言葉を失った。
おそらく発破をかけているつもりでもあった言葉、そして明らかに比べて落としている悪意ある言葉。
使い魔達も焦って心の余裕がなかったため出たであろう言葉は、少しずつ彼女の心を蝕んでいた。
「もう嫌だ、魔女になんかなりたくない!頑張りたくない!」
「そ、…それは無理だ、アナベラ。君は魔女にならないといけない」
「なんでそうやって強制するの!?魔女にならなくったって、私はみんなといれたらそれでいいのに!家族とずっと一緒にいたいって思うのがダメなことなの?」
「家族なら、君には両親が、」
「それってもう居ない人のことでしょう?」
食い気味で捲し立てるアナベラの冷静な一言に、空気が凍りついた。
その空気に気づいているのか居ないのか、彼女は更に言葉をたたみかける。
「ママもパパも、私は二人の顔も何も知らない。ただの他人にしか思えないよ。私にとっての家族はみんなだけだもん!」
「アナベラ!!」
叱責するように強く名前を呼べば、アナベラは肩を震わせた。しかし、言葉を改める気は無いようで、瞳を潤ませ強くこちらを睨みつけている。
その強情な態度に、エドモンドはどうしても怒りを抑えられなかった。
あの子は、自分が死ぬとわかっていても君を選んで産んだのに。
これでは、あんまりではないか。
報われない気持ちにやるせなさが溢れ、エドモンドは怒りに任せて言葉を放った。
「僕達は家族じゃない!君が、僕達の魔女の娘だから、一緒にいるだけだ!!」
「………えど、もんど?」
震えるか細い声に、エドモンドは我に返った。
思わず手で口を覆う。自分の放った言葉に身体が震えた。
違う、こんなことを言うつもりじゃなかった。
弁明しようとアナベラに目を向ければ、彼女は衝撃で目を見開いていた。その眦から、ぽろりと雫がこぼれ落ちる。
「あ、はは……そっか、そう…なんだ。みんな、家族じゃなくて、ママの……」
「ち、がう、ちがうんだ、アナベラっ、僕達は、ただ」
「ううん、いいよ。もういいよ。ごめんね、こんなので」
「みんなを苦しませて、ごめんね」
そう言って笑ったアナベラに、周りの薔薇が蠢いた。
彼女の腕に、足に、体に、茨が巻きついていく。
魔力暴走だと、そう気づいて咄嗟に手を伸ばせば、それを阻むようにアナベラを更に大きな茨が囲い始めた。
「アナベラ、アナベラッ!!!」
必死にアナベラへと手を伸ばす。掴んだ茨の棘が体を切りつけようとも、エドモンドは構わなかった。
魔法で燃やそうにもアナベラを傷つけてしまうかもしれない。何とか風魔法で茨を切断しても、それを上回る速さで再生して巻きついていく。
アナベラの姿が見えなくなる頃には、そこには大きな球体を描く茨の檻が完成していた。
「アナ、ベラ…アナベラ、アナベラッ!」
呼びかけても返事は無い、ぴくりとも動きはない。
とんでもないことをしてしまった、とエドモンドは青ざめた。
* * *
そこから3ヶ月間、どれだけの使い魔が訪れて言葉を伝えても、未だ茨が動くことは無い。
使い魔達の反応は三者三様だった。
エドモンドをきつく叱責する者、
エドモンドの心情を思い何も言わない者、
アナベラを今からでも救ってやればいいと励ます者。
少なくとも、悪化した状況に更に空気が重くなったことだけは確かだった。
エドモンドは、あの日以来1度もあの場所に訪れていない。
どんな言葉をかけるべきか分からなかった。家族じゃないと、そんな思ってもいないことを口走り、今更何を言えばいいのか分からなかった。
アナベラがあの子の忘れ形見だから。それだけで説明するには、彼女と過ごした時間はあまりにも長かった。
死んで欲しくなかったのだ。アナベラは、もうエドモンド達の『家族』だったのだから。
「……、ぅぐっ!」
アナベラが居ない状況は、使い魔たちの能力にも確実に影響され始めている。
日に日に相手に押され、ついにエドモンドは背中に深い傷を負ってしまった。
霞む視界で何とか蹴散らし、その場に倒れ込む。
(……そういえば、アナベラと1度、こんな状態で話したことがあったな)
その時はもっと軽傷だったけど、とエドモンドは記憶を思い起こす。
あの時はアナベラが『死ぬ!死んじゃうぅぅぅ!!!』と号泣して、大慌てで詰んだ薬草をすり潰して患部に塗り込んでいた。塗りすぎで少ない毒性がでて、1週間ほど寝込まされたのはご愛嬌だ。
そんな微笑ましいことを思い出し、気づけば、足はアナベラのいる花園に向かっていた。
エドモンドはもう花の匂いは気にならない。唯一アナベラに変えてもらったのはそこだな、と思うと不思議と悪い気はしなかった。
「アナベラ…」
呼びかけても、茨は動かない。
「アナベラ、ごめん。あれは嘘だ。嘘なんだ……」
茨は動かない。
「アナベラはちゃんと、僕達の『家族』だ。今までも、これからも、ずっと…僕達の可愛い『娘』だから」
茨は、動かない。
「アナベラ、……………ベラ」
僕たちの大事なイザベラ。あの子を呼んだ名前で、目の前の彼女を呼ぶ。
『ベラ』という音は、立派な魔女になれるようにと、あの子がアナベラに与えた唯一のものだった。
(あぁ、そうだ…そうだった)
『アナベラ、この子の名前はアナベラ。…ねぇ、エディ。今日から貴方のベラは、この子よ』
最後にあの子はそう言ったんだ。
だから、私たちの可愛い娘を、皆で守ってくれと。
「いくらでも罵ってくれていい、だから、だから…目を覚まして」
「ごめん、ベ、ラ……」
視界はもうほとんど見えていない。ただ、縋り付くように茨へと手を伸ばす。
「……ごめんね、エドモンド」
薄れる意識のなかで、アナベラの声が聞こえた気がした。
* * *
次に目を覚ませば、アナベラは何故かエドモンドが伏せるベッドの横で眠っていた。
一瞬幻覚を見たのかと戸惑っていれば、目を覚ましたアナベラに泣きながら抱きつかれた。
背中に走る痛みでようやく幻覚でないと気づく。
「えど、えどもんどぉ、ごめんねぇぇ!!」
「いや…僕こそっ、悪かった。ごめん、…アナベラ」
そう言ってアナベラを強く抱きしめ返した。確かな温もりと号泣する彼女につられて、なんだかエドモンドまで泣きそうだった。
直接ベラと呼びたかったが、気恥ずかしくていつも通りに呼ぶことにした。
どうせなら、魔女として彼女が本当に僕達の主になった時に呼べばいい。そう思った。
「本当は不安だったの。後は召喚魔法、みんなのことだけだったけど、信頼されてなきゃどれだけ学んでも意味ないから。魔女になっても、皆と契約できなくて、家族じゃなくなったらどうしようって」
「アナベラ…」
「でも、もういい。うじうじするのやめる。皆が家族って言ってくれたから、皆の気持ち伝えてもらったから、私、頑張る。もう、遅いかもしれないけど…今からでも、立派な魔女になりたい」
「…っ、アナベラ」
アナベラの瞳には確かに強い決意が宿っていた。
そんな顔をするとあの子にそっくりだな、とも思う。
芯の強さは親譲りらしい。エドモンドは嬉しかった。
例え共に居た時間は無いに等しくても、こんなにも似ている。
「それでね、エドモンドにお願いがあるの」
「何?」
「ママとパパのこと、ちゃんと教えて欲しい」
「…いいのか?」
エドモンドは迷った。まだ魔女ですらない彼女に真実は酷だ。『呪われた子だ』と言われた事まで知らなければならない。
躊躇うエドモンドとは違い、力強く頷くアナベラ。
「ママとパパが私のせいで死んだんだって、それぐらい気づいてたよ」
「っ、それは、違う!」
「違わないよ。…ううん、もっとちゃんと言うなら私を思ってくれたからこそだよね。薔薇の中にいる間にね、ちょっとだけ見えたの。屋敷の記憶。声は所々しか聞こえなかったけど、2人とも幸せそうだった。パパは事故で、ママは私を産んで死んだんでしょ?」
「それ、は…」
思ってもみなかった言葉に動揺する。
「私、『呪われた子』なんだって?」
「アナ、ベラ」
「あはは、そんな顔しないでよ。気にしてないから。呪われた子でも、そうじゃないって言って、そばにいてくれる皆がいるもん」
そういうアナベラの顔に陰りは見えない。
「私、ちゃんと受け止められるから。全部教えてほしい。もうママとパパのこと他人だなんて、思ってもないこと言いたくないから」
そう言葉を重ねるアナベラに、エドモンドはため息をついて、ゆっくりと昔話をすることにした。
アナベラの両親のこと、死んだ後のこと、そしてアナベラが魔女にならないといけない理由。
「…そっか、皆が魔女になれー!っていうの、そういう事だったんだ」
「あぁ、このまま魔女でなくなれば、遅かれ早かれ僕達との繋がりは消えていくからな。そうなると、君を守ることが出来なくなる。だから…」
「うん、もうわかったよ。ごめんね、今まで色々心配かけて。私、立派な魔女になるからね!」
「あぁ、楽しみにしてる。皆も、きっと亡くなった2人も、君の決意に喜んでくれるよ」
そう言えば、アナベラは照れたように笑った。照れ隠しのように、「そういえばー、」と話を続ける。
「ママ、イザベラって名前なんだね。私と音が似てる」
「あぁ、なにか残してやりたいって…ベラは、僕達にも馴染みのある音だから」
「そうなの?なんで?」
「僕達は彼女のこと、ベラって呼んでたから。そしてベラは、僕達に同じように愛称をつけるのが好きだった。たまに変な愛称のやつもいたな」
「……へー、そっか……じゃあエドモンドも?」
「僕は普通にエディって呼ばれてたよ」
「そうなんだ…」
「アナベラ?」
俯くアナベラにもしかして何か気に障ったか、と思う。焦るエドモンドの目に映ったのは、何故か照れたようにもじもじするアナベラだった。
「…私も、エドモンドのこと、エディって呼んでいい?」
少しの間の後、そう告げるアナベラにエドモンドは目を瞬かせ、微笑む。
「いいよ、いくらでも」
「うん、エ………うーん、なんか恥ずかしいから今はいい…」
「はははっ!」
思わずエドモンドは声を出して笑った。アナベラが、自分と同じ理由で呼ばなかったからだ。変なところで意気投合するな、と可笑しくなる。
「な、何よ、笑わないでよ!愛称は、もっとちゃんとした時に言うの!決めた!魔女になれたら、ちゃんと呼ぶからね!!」
「っく、はは、楽しみにしてる…くくっ」
「なんでもっと笑うのぉ!?」
あまりにも気の合う発言に笑いが止まらず、最終的には背中の傷が開いてしまった。
アナベラがいつかのように号泣しながら、他の使い魔達を大慌てで呼び出したのは余談だ。
魔女になった彼女をベラと呼んで。
彼女にエディと呼んでもらえるその日まで。
もう少し頑張らないといけないな、とエディは痛みと笑いで涙目になりながらそう思うのだった。
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