7話
「失礼します……」
真っ先に岐部さんが教室に入ってきた。
「あっ!!一番先に来たかったのに!!」
その後を追うように後ろから猛烈な走りで恋白が教室に駆け込んで来て悔しがった。
「あっ、ごめんなさい」
岐部さんはあわあわしたあと取り敢えず恋白に謝る。
2人を皮切りに昨日、演劇部に来てくれた1年生がゆるゆると集まってきた。
「新しい子はいないか………よし!!じゃあ、発声練習をしましょう」
本庄さんの掛け声でみんなが輪を作ってあえいうえお発声から早口言葉などの発声練習をこなした。
「みんな入部決まった?みんなが入部するなら夏にある大会の話をしたいんだけど?」
発声練習を終えた後、夏希がみんなに話しかけた。
「もう紙も持ってきました!!」
恋白はそう言ってカバンから入部用紙を取り出して見せつけるように掲げたのを本庄さんが受け取った。
「他の人はどう?」
本庄さんが他の人に尋ねる。
「まだ親のサインを貰ってないけど、入部します」
「私も同じです」
長谷川さんと佐野さんはそう答えて、岐部さんも同じですという感じで小さく手をあげている。
「あっ、書いてなかった……でも、入部します!!」
「僕は書いてきました」
木下君はやべって顔をした後入部を宣言して、丸山君は書き忘れた事に訝しげな顔を浮かべながら言う。
部長と副部長が満面の笑みを浮かべて聞いている。
もちろん、僕と健吾もあまりおっぴろげには喜んではいないが、グータッチをコソッとする程喜んでいる。
「岐部さんの持ってるのは?」
僕は岐部さんが一枚の紙を持っている事に気づいて尋ねた。
「入部用紙です………」
そう言って恐る恐ると紙を差し出し、部長が受け取った。
「みんな入部してくれるんだね。ありがとう。早速、夏の大会についてなんだけど、まずは台本を決めないといけない。台本は既製台本と創作台本っていってまずどっちを選ぶかでやる事が変わります。既成台本を選んだ場合、みんなで台本を持ち合わせてコンテストをした後にその台本を大会で発表する。創作台本だったらみんなでネタを持ち合わせて一つの物語を作ってそれを大会で発表します」
部長が入部してくれる事の感謝と早速、今後の説明をした。
「どうするってみんなに聞きたいところなんだけど………」
夏希が気まずそうに切り出した。
「最上級生である3年生がいなくて2年生4人しかいないから、教えながら劇を作るのに色々と時間がかかる。だから、岐部さんが創作希望みたいだけど……ごめんなさい。今回は既成台本でやります」
岐部さんを除く他の1年生は既成台本でも問題のような感じだが、岐部さんはショックを受けているようだ。
この事は部活紹介の前──今年の演劇部の方針を決める打ち合わせの時に決まっていた。
その時に創作脚本希望の僕は強く創作脚本を押したが3人に説得された。
まあ、それでも無駄に粘り強く抵抗した。だって、今年の夏で地区大会、県大会、勝ち抜いて全国と行くとする。演劇の全国大会は年をまたいで行われるので3年生は引退して新1年生が入った状態で臨む事になるのだ。
つまり、僕はこの夏大会で全国に行けなければ、自分の創作台本を自分で監修できない。
それが嫌で抵抗したのだ。しかし、他の2年生からしたら全国大会に行く最後のチャンスで1年生に色々教えれる時間の長い方が全国大会に行く勝算が高い。結局、僕はみんなの言い分を聞いて既成台本に同意した。
「岐部さん、色んな台本を探す過程は創作台本を作る時に役に立つから、今回は創作台本の勉強だと思って既成台本をやってほしいな」
僕は岐部さんにお願いすると岐部さんは小さく頷いた。
「夏の大会は既成台本でいきます。台本の探し方なんだけどインターネット、図書室後は部室の台本ストックから探す事が出来ます。ただし、一つ気をつけて欲しいのは台本には著作権があるから、利用可能かとかも確認してください。それがみんなへの宿題ね。次の部活なんだけどオリエンテーション合宿後の月曜日、外で練習になるから体操服を着て集合してください」
本庄さんはそう言って時間だから解散といってみんなそれぞれ帰路につく。
いつもは夏希と帰っていたが、今回は恋白もいる。
恋白が僕の腕に絡みついている事に夏希は見ていて見苦しいのか街中でイチャイチャしないでと忠告して僕もそれに同意すると恋白は少しだけ距離を取ってくれるが傍から見たら近いと思う程、距離は近い。
「体操服って何するんですか?」
恋白が尋ねてきた。
「体力トレーニング」
部活内容は自分より副部長の方が良いと思って黙っていると夏希が一言で答えた。
「えっ、それって走る?」
「ええ、勿論」
「えぇえ~~!!やだぁ~~!!」
夏希が恋白に満面の笑みを浮かべるが、恋白は反対に夏希に対して絶望というそういった表情を浮かべている。
この一瞬夏希が鬼軍曹みたいに見えて、なんか傍から見ると面白くなって笑ってしまう。
「なに笑ってるんですか?私は本当にヤバいと思ってるんですよ!!」
「頑張って。走るのは他の人が何か出来る訳じゃないから」
僕がそうエールを送ると「いやぁ~~!!」と恋白は悲鳴に近い声を上げた。
「私をおんぶして走って!!」
「嫌です」
恋白の突拍子のない言葉を即座に断るとまた叫び声を上げた。
そんな会話をしながら家に向かう。
「恋白ちゃん、家ってどこなの?」
夏希は家の付近まで来る恋白に疑問に思って尋ねた。
「一個前の交差点で曲がったら家ですよ」
「わざわざ着いて来たの?!先輩の家の近くまでついて来なくても大丈夫よ」
夏希は恋白が先輩だからという理由で家までついてきたのではないかと思いそう言った。
「いや、ただリオ先輩と長くいたいからついて来ただけです」
「そうなの? ちなみに聞くけど、リオとはどんな関係なの? 付き合ってるの?それとも仲の良い先輩?」
夏希が恋白に質問する。
この前、電話で話したと思うんだけど──嘘だと思っているのか?確かにその場にいなかったら嘘だと思うのが正常だろう。だから、もう1人の当事者に確認したのだろう。しかし、懸念点がある。 恋白の答え方であらぬ誤解をされる可能性だ。恋白なら婚約者ですとか言う可能性すら考えられる。
「いや、恋白とは付き合ってないっ……」
「リオには聞いてない」
僕が答えようとしたら夏希がピシャリと言い放ち、黙るしか出来なかった。
「私はリオのお嫁さん候補ですよ」
そう言って恋白はアピールするように腕に抱きついてきた。
それを見ている夏希は何かを考えているようだ。
「リオ、特に抵抗する様子ないけどお嫁として認めてるの?」
「いや、お嫁さん候補とかは恋白が言ってるだけだし、僕は別にそれに答えを出していない」
「断らないのは認めてるのと同じだよ」
夏希が指摘すると「認めてるの?!」と恋白が嬉しそうに尋ねてきた。
「お嫁さん候補らしいけど別にお嫁にするなんて一言も言ってない。なんでYesかNoの両極端な答えしかないの?」
夏希の方を向き合って言うが夏希は沈黙している。
隣で恋白が「早く、『恋白と結婚する』って言わせます!!」と言っているが一旦、スルーしたが、その言葉に夏希はピックっと微妙に反応した。
「たぶん夏希は僕が答えを出さない事に疑問を思ってると思うだけど自分なりの考えもちゃんとある」
「なに?……」
夏希が聞いてくる。
「部活の事もあるんだけど………他にも理由がある。いいえって言うのはいつでも出来る。僕には未来の事なんてまったく分からない、もしかしたら結婚相手が恋白かもしれないし、まだ出会ってない人かもしれない。夏希はありえないって言いうだろうけど、もしかしたらそんな夏希だったりするかもしれない。明確な理由がないのに未来の可能性を消すのは違う気がする」
こんな事を言いながらある事を思い出した。それは初めてシュレーディンガーの猫を知った時に『結果が分からないから両方の可能性があるって結論を出すのはせこい』という感想だ。
今、自分の言っている事がシュレーディンガーの猫に出る批判された科学者側のせこい言葉のように感じる。
答えが分からないから答えは出せない。だから、答えない。僕は本当にせこい男だ。
「私が結婚相手?!いや、ありえない!!」
夏希は変な所に反応を示した。
「たられば、たらればの話だって」
「びっくりした!!ライバル出現かと思っちゃった」
ピリピリした雰囲気から和やかな雰囲気にガラッと変わった。
「あっ、もうこんな時間か、流石に帰らないと」
ふと腕時計を見た夏希がそう言うと恋白もスマホの時間を見ると「あっ、私も帰れないと!!」と声をあげた。
「それじゃあ、月曜日に会いましょうね」
「オリエンテーション合宿頑張って」
夏希と僕はそう言うと恋白は「頑張ってきます!!」と言って帰っていった。
「恋白ちゃんにお嫁さん候補としてみられるの大変じゃない?」
恋白が交差点を曲がって見えなくなると夏希がそう切り出した。
「大変というか、どう接せれば良いか分からないよね。ただでさせ、後輩にどうすれば良いのか分からないのに」
家の方向に歩きながら答える。
「まあ、普通の後輩と同じように接すれば良いじゃない?お嫁さん候補って自分で言ってるのは恋白ちゃんだし。リオからしたら後輩でしかないだし」
「たしかに……ただ恋白は普通の後輩ではないんだよね」
「それはどうゆう事?」
「演劇の才能っていうのかな?ズバ抜けて高い後輩だから、普通の後輩じゃなくて期待の後輩なんだよね」
「じゃあ、なおさら普通の後輩として接する事を意識しないと。1人を贔屓してるとそれ以外の子たちは対応が違うって気付くよ」
「そうゆうもんかな?」
「そうゆうもんよ」
「さすが、副部長。後輩の事も分かるんだね」
僕がそう言うと夏希は首を横に振る。
「別に分かっているわけじゃないよ」
そう言って否定するが照れくさそうにしている。
「まあ、自分が1年生の頃を思い出すと1年生の気持ちが分かるわよ。それじゃあ、また明日」
夏希はそうアドバイスを残して自分の家の方の別れ道に歩みを進める。
「また明日」
僕もそう返して帰路に着いた。
1年生がいない2日間は既成台本を集める作業をした。
既成台本を探せなかった、いい台本が見つからなかったという後輩がいた場合、集めてきた既成台本からも選べるように準備するためだ。
1日目は4人で図書館にいき、台本集を借り漁った。
2日目はグランドの横に併設されている部室で台本の入ったファイルを掘り出す。
この2日間はすごく平和な感じがした。いつも通りで僕を振り回してハラハラさせる人がいない。まあ、そんな日がこれから減るというか無くなると思うと休むタイミング減りそうだなと思いながら過ごしていると、ファイル探しの手を休めた健吾が突然質問してきた。
「恋白ちゃんとどんな関係なの?」
本庄さんもその質問に興味があるようで、手を止めた。
夏希に助け舟を求めて見るが、こっちを見て黙っている。
これは言わないといけないパターンだ。
そう覚悟を決めて口を開いた。
「お嫁さん候補宣言を受けました」
「えっ??」
健吾は辛うじで言葉を出したが、本庄さんは目を丸くして何も言葉が出ないようだ。
「それ本当に?」
健吾は確認の為に質問してきたので縦に一回だけ頷いた。
「お前はなんて答えたの?」
「答えた結果、こうなったんだよね。初めは結婚しようって言われて、何も知らないから結婚できないって言った………」
「そしたら結婚前提で付き合いたいから、お嫁さん候補として見てくれって言われた訳か」
僕は健吾の言葉に頷くと。さすがのモテ男の健吾ですら何を言ったら良いのか分からないといった感じで唸っている。
「1つ言えるのは演劇部として、2人の関係に何かを言う事はない事かな。もしこの事に口を出すなら、まず私たちに口を出さないとね」
部長はそう言って健吾に笑みを浮かべて、健吾もそれに応えて笑う。
「演劇部は恋愛禁止じゃないからな。なんかあったら相談しろよな!!」
健吾はそう言って肩を軽く叩いてきたので頷きで返事をした。
その様子を夏希は静かに見ていた。
1年生たちがオリエンテーション合宿を終えて、体育服に着替えた1年生たちがいつもの教室に集まってきた。
「お久しぶりです」
岐部さん教室に入るなり、挨拶する。
「久しぶり。オリエンテーション合宿楽しかった?」
健吾が話しかけると、岐部さんが小さく頷いた。
「朝ぶりです!!」
次に入ってきたのは恋白だ。
「朝ぶり?朝に会ったけ?」
そういうと健吾は朝の出来事を思い出そうするが、恋白と会った記憶はない様子。
「いや、朝は健吾先輩には会ってないですけど、一緒に来たリオ先輩と夏希先輩、あとは梨花先輩に学校で会いましたよ」
「なるほど。つまり、俺だけ会ってないって事?」
「ええ、そうですよ」
「1人だけ仲間外れにされたぁーーー!!」
陽キャは『仲間外れ』を受けた。効果抜群だ。かなりのショックを受けた。
「はい、はい。うるさい、うるさい」
本庄さんは適当に健吾をあしらっている。
その様子を見ていると恋白が懐に回り込んできていた。
「びっくりした」
突然、現れた恋白に声を上げるといたずらにクスクスと笑った。
「リオ先輩の驚く顔面白い」
そう言って恋白はおもむろに上のジャージを脱いで半袖になる。
「走ってこの教室に来たから暑くなっちゃた」
恋白の笑う顔にあった目のフォーカスがすぐ下にずれるとブレザー越しに存在していたせいで少し大きいぐらいかと思っていたら、抱きつかれた時にかなりの大きさと想像させた物が体操服という服のおかげでその輪郭が露わになった物に吸いついた。
ジャージを脱ぐ動作を見ていた健吾、やって来た一年生男子を含めた人たちの目線がそこに集まる。
「ちょくちょく男子の視点がすごく集まる時があるんだけど、有名人の素質あるのかな?」
恋白がそう言うと一年生男子がスッと慌てて視線を別の所に向ける。
「それは役者の才能があるって事さ」
健吾は視線を恋白のまま話しかけてきた。
なるほど、下手に視線を変えずに貴女を見ていました。別に胸に興味はないです。貴女に話しかけたかったんですという事をアピールしたいのだろう。
「本当ですか?それは嬉しいです」
恋白は褒められて嬉しそうにしている。
本庄さんは少し呆れているようだ、彼女も大変なんだな。
「入部届けを持ってきた人は渡してね」
夏希がまだ入部届けを貰っていない人から回収する。
「よし、みんな入部だね。じゃあ、早速、練習しに外に行くよ」
本庄さんの一言で学校の裏手にある広い公園に移動した。
「冬にあるマラソン大会の練習コースをこれから走ります」
公園のちょっとした広場に立ち止まり、部長が言った。
ちょうど来た時、その広場でサッカー部が階段ダッシュをしていた。
それを見た一年生の顔が強張る。
まさか、あれをやるのかとか思っているのだろう。
「流石にあれはやらないよ」
夏希が苦笑しながら言った。
「みんな円形になって。まずは発声練習します。狭い教室と違って声が響かないのでしっかり声を前に出すイメージを持ってやりましょう」
部長が言うと「「はい!!」」と全員が返事を返して発声練習をした。
広い場所だと小さい声でも十分だった所が大きい声にしないと聞こえないという事がおきる。
実際の劇場も広いので狭い教室の発声練習よりも外の公園で練習した方が実践的な練習となる。
「のぞみちゃん、恋白ちゃん、拓実くんの3人は今の発声でも舞台の上でも問題なく声が通る」
部長が今の発声練習をみて感想を言っていく。
名前を挙げられた3人は褒められて嬉しそうだ。
「2年生たち3人の1年生と発声の声量変わらないわよ。1年多く練習してる成果をみせなさい」
部長からの檄が飛び「「はい!!」」と大きな声で答える。
「真帆ちゃん、皐月ちゃん、希一くんは最初の方は聞こえてたけど、途中から周りの声に掻き消されてたから最後まで発声できる体力があったら舞台でも最後まで聞こえるようになると思う」
「「はい」」と3人は返事を返した。
「という訳で体力をつけるためにランニングします。今回は最初なのでコースをみんなで走ります。走る前に軽く体操します」
体操をしっかり行なって身体をほぐす。
「白垣先輩、念入りに準備してるけど運動出来るんですか?」
念入りに足回りを伸ばしていると後ろで拓実が健吾に運動できなそうといった感じで聞いている。
確かに僕の見た目というか雰囲気は陰キャだからそう思われても仕方ない。
「そこそこだよ。まあ、俺の方が上だけど」
お調子者の健吾がそう言って、さすが先輩といった感じに拓実が持ち上げている。
「それじゃあ、走るよ。先頭はリオと健吾の2人で引っ張ってその後ろに1年生男子、女子がついて最後尾に私たちがつきます」
「了解でーす」
健吾が先頭を引っ張るように動いて僕もその隣につく。
「ペースどうする?」
健吾が聞いてきた。
「ゆっくりめで走ってコースを確認するように走ろう」
僕はそう言ってゆっくり走り始めた。
全長1kmほどで最初は緩い上り坂でその後に下り坂、そして平坦な道をしばらく走った後に急な上り坂を登ると一周が終わりだ。
「全然、余裕ですね」
走り終わるなり拓実が健吾に自慢するようにそう言った。
まあ、1kmを7分ぐらいの速さで走ったからそりゃあ余裕だろうな。
普通の女子でも1kmは5分ちょっとで走り切れるぐらいなんだから。
「コースを覚えたかな?それじゃあ、後2周走って今日の練習は終了です。走る速さは各自に任せます。それじゃあ、一列に並んで下さい」
部長の指示でランニングコースに一列に並ぶ。
内枠には健吾と拓実が並んで競争する気満々だ。
「リオ、悪いけど1番後ろを走ってもしもに備えてくれない?怪我人が出たりしたらいけないから」
列に並ぼうとした時に夏希が横にやってきてそう言う。
自分のペースで走る気満々だったので、人の事を気づかう夏希の指示を聞いてさすが副部長と思った。
「分かった」
僕がそう返すと夏希は僕が走るのが好きなのを知っているので「本当、ごめん」と言って列に入っていった。
僕も夏希の横に並び合図を待つ。
部長が手を叩きスタートの合図を出す。
拓実がハナを切って飛び出してそれを追うように健吾が後ろについてドンドンと前に出て、丸山も置いていかれまいと走る。
他のメンバーはマイペースに走り始めた。
意外だと思ったのは丸山に続いて走ってるのが岐部さんだった事だ。
内気で運動が得意そうじゃないかなと思ったが女子の中では一番速い。
最後尾に僕と夏希が見守るように走り自分の横には恋白がいる。
「僕は見守りだから、前を走ってくれないかな」
最後尾走らないといけない人の横にそうじゃない人が並ばれるとどのくらいの速さで走って良いのか分からないので恋白に言う。
「え〜私もリオの隣を走りたい!!」
そう言って恋白が駄々をこねるが、初回はみんながどのくらい走るかとかをみたいので今回は自分のペースで走ってくれと頼んで前を走ってもらう。
恋白は「分かった」と渋々承諾して時々、後ろを振り返りながら2周走り切った。
「はぁ〜〜疲れた」
恋白が息を切らしながらゴール地点にたどり着いた。
他のメンバーは既に走り終えて待っている。
「俺の方が速かったですね」
「そんな大差なかっだろ。次は勝てるわ」
拓実と健吾が競争していたようで騒いでいる。
「お疲れさま」
僕が労いの言葉を恋白にかけると恋白は「ありがとう!!」と反応してすごく嬉しそうだ。
一言で喜んでる姿を見ているとなんか嬉しい気持ちになる。
「お疲れ」
恋白の喜んでいる様子を見ていると夏希が後ろから話しかけてきた。
「お疲れ」
僕もそう返すと、特に話す事なく夏希は本庄さんの所に行く。
「白垣先輩って念入りに準備していてめちゃくちゃ速いと思ったんですけど、最後尾でゴールして、足遅いっすね」
拓実が健吾に言っているのが耳に入った。
最後を走れと言われたから力を抜いて走ったけど、あんな事を言われるのはプライドが傷つく。
「いや、アイツはな……」
「それじゃあ、勝負しようか。負けた方が自販機でジュース1本。それで良いよ。もちろん、健吾も加われよ。一緒に話してたんだから」
健吾は僕が元々、陸上を走っていた事を言おうとしていたが、それを遮って勝負をふっかける。
拓実は僕が聞いていてヤバっという表情をした。
拓実がどのくらいの速さで走っていたが、知らないが健吾と同じくらいの速さと考えれば勝算は高い。
「おいおい、俺を巻き込むな」
健吾が慌てて勝負を降りようとする。
「えっ、逃げるんですか?」
僕が聞くと拓実もそれに乗っかって「逃げるんですか?先輩」と言った。
「おっ?やってやろうじゃねーか」
健吾は2人に煽られて勝負に乗った。
「じゃあ、僕より速かった奴にジュース1つ。僕に負けたらジュース1つ買うそれでどう?」
「「それで」」
2人が同意した。
拓実はジュースを既に貰える気になって喜んでいるが、健吾は反対にジュースを買わされる側になると思っているのかやらかしたという表情をしている。
「なぁ、元陸上部。ハンデくれない?」
弱気になった健吾が突然、僕に対して提案してきた。
「えっ?!陸上部だったですか?!」
それを聞いた拓実が驚いた表情をする。
その表情が面白くて思わず笑ってしまう。
側から見たら絶対に仕組んだ事が計画通りにいっている悪人が笑っているように見えるだろう。
「大丈夫、陸上部だからと言っても速い方じゃないから。健吾。さっき全力で走った?」
「いや、まだ余力はあるけど」
「木下君は?」
「全力ではないですけど……そこそこ全力です」
「1周ごとに5秒ずつのハンデで良いかな」
僕が提案すると健吾は「少ないもっと」と言ってきた。
「10秒ずつ?まあ、良いけど」
僕は渋々承知して次の外練習の時に勝負する事になったがその勝負が行われたのは翌日の事だった。
「なんかここだけ、演劇部じゃなくて運動部のように感じるだけど」
「競い合うのはいいけど、怪我だけは避けて欲しい」
発声練習を終えて、最後の3kmランニングの始める前の時間の僕を含めた3人を見る副部長と部長がそう話している。