6話
翌朝いつも通りに起きて、いつも通りに朝ごはんを食べて、いつもより少し早く夏希を迎えるために家を出るとそこにはいつも通りじゃない事が起きた。
「なんでここにいるの???」
そこには家の前で恋白が待っていた。
昨日と同じように髪はしっかりと結われていて朝の忙しい時でもオシャレに妥協はないようだが、それよりも目の前にいる事に驚きだ。
「なんでって迎えに来たんですよ?お嫁さん候補として普通じゃないですか?」
恋白はさも当たり前のように言い放った。
「なるほど……それでなんで出る時間分かったの?」
一番の疑問はそこだ。
昨日、連絡先は交換した。でも一緒に行こうという連絡は一切しなかったのになぜ僕が家を出た時に目の前にいるのか。
まさか、ずっと前から僕の生活を観察していた?!──ストーカー?!?!?!
「いや、全く分からないよ。だから登校しないといけない時間から登校時間を逆算してここで待ってたの」
「ちなみにどんだけ待ったの?」
「えっと? 1時間は待ってない……でも30分は待ったよ!!でもでも、こうやって朝から会えて私は嬉しいよ」
すごく嬉しそうにそう言い放つので、長時間待った事実が霞みそうになる。
「連絡1つ有ればそんなに待たなくてもメッセージ送ってくれれば良かったのに」
長く家の前で待機させた事にすごく申し訳なく感じてそう言うと恋白は「そうだその方法があった」と言って世紀の発明を閃いたような表情をするがそのぐらい思いついてくれと思った。
「今日は夏希──副部長の南条夏希覚えてる?その人と学校に行く約束があるんだよね」
「えっ、じゃあ私は1人で学校に行けと……」
「いや、一緒に行っても良いけど夏希がいるよって事」
「じゃあ、一緒にいきましょう!!」
すごく悲しそうな顔を恋白はするので夏希には何も伝えてないが1人で来てとは言われてないので恋白も夏希の所に連れて行く事にした。
家の反対側にある夏希の家に向かい始めると恋白は左腕に抱き身体を僕に預ける。
2つの大きな塊の中に腕が挟まれ沈み飲み込まれた。
「えっ、突然なに?!」
男としての喜びよりも驚きの方が勝り咄嗟にそう言い放った。
「リオを感じるにはこれが一番だから」
恋白はルンルンとした感じで言った。
「いやいや、周りの反応とかあるからさ」
「別に2人の関係は周りに隠すような事じゃないですか」
「公共の秩序とかモラルとかそういった問題が」
「別にいかがわしい行為なんてしてないじゃないですか」
恋白はそういうが人の腕に抱きついて胸を押し当てるのは充分いかがわしい行為だと思うですが?!
離して、離さないという押し問答をしながら歩いていたら「あら、もうそんな関係なのね?」と朝からイチャついている2人を見て不愉快そうに夏希が言った。
「いや、違う」
少し強引に腕を振り解くと恋白は不満そうに「暴力反対」と抗議をした。
「仲良いのは良いけど周りの視線とか気にしなさいよ。バカップルに見られるし、そういったカップルは一瞬で別れるわよ」
夏希は呆れたようにそう言った。
「やったー!!カップル、カップルだってよ。カップルって認められたよ」
「いやいや、カップルじゃないから。勝手にカップルにしないで」
恋白と僕はお互いに違う事を言ったのでお互い何言ってるんだという感じで見つめ合う。
「カップル」
「カップルじゃない」
「息ピッタリじゃん」
カップルまでは完璧にハモっていたので夏希はそう言うと僕は抗議し、恋白は喜ぶという真反対の態度を取った。
「他人が認めてるというのはもうカップルに違いないですよ」
「いやいや、『付き合って下さい』って言われて『はい』って言ってないからな!!」
「はいはい、朝からそんな様子を見させられると疲れちゃうから」
夏希はめんどくさそうにそう言ったので恋白と少し距離を取って、学校に向かって歩き始める。
「夏希、わざわざ呼び出したって事はなにか用事があった?」
「あったんだけど……部活の事だから」
夏希は僕にひっついて歩いてあるく恋白を見ながら僕を責めるように言った。
なるほど、1年生の部活の事を話したいのに1年生がいるから話せないのか。これは恋白を連れてくるべきじゃなかった。事前に何を話したいか要件だけでも聞いとけば良かった。いや待ってよ。ここに恋白がいるのはなんの前触れもなく恋白が来た事が発端だ。じゃあ、悪いのって僕じゃなくない。なんで僕が責められないといけないんだ。
「そうだ、恋白ちゃん。入部用紙は書いてきた?」
夏希はさっきと僕に話しかけたとは打って変わって、にこやかに話しかける。
「もちろんです!!」
恋白はバックの中をかき回して入部用紙を高らかに掲げた。
入部用紙には恋白の名前と保護者の名前が書き込まれており、しっかりハンコも押されている。
「これからよろしくね。演劇部って結構体力もいるから頑張って」
「演劇部ってそんなに体力いるんですか?」
「特に役者は必要よ。大きい声で発声しながら、大きな動きで演技しないといけないから」
「まさか走ったりします?」
「外の練習の時は走ったりするかなぁ。でも、そんなにきつくないから大丈夫だよ」
「良かった、体力がないから沢山走るならちょっと無理かなって」
それを聞いた夏希はにこやかに笑っているが、僕にはその笑顔に恐ろしさを覚えた。
というもの体力トレーニングは運動部並みに走るし、何より初めのうちは大半が外での練習だ。
1年生が入部届けを出した瞬間から大半の生徒が想像する演劇部から顔を変える。
しかも、夏希の運動神経は男子に引けを取らないので演劇部の体力トレーニングを簡単にこなす。
夏希の言う『そんなにきつくない』は運動部じゃなかった子には『きつい』だろう。
恋白には絶対にキツいだろうな。
「頑張ってね……」
僕は恋白にそう言うしか出来なかった。
「もちろん、先輩も頑張るのよ?」
夏希がとても良い笑顔でそう言った。
「あっ、はい」
.
突然話を振られて戸惑いながら答える。
「先輩だからって練習しないつもりだった?」
「いやいや、そんな事ないから」
慌てて否定するが、逆にその様子が本当に僕がそう思っているように捉えられた。
「先輩。それは駄目ですよ〜」
恋白がからかうように言う。
「いや真面目にやるから」
「それじゃあ、後輩の手本になるように頑張って」
夏希はにこにこした笑顔で言った。
しかし、笑顔の裏に物凄い圧力を感じた。
そっからは夏希の話したい本題は話せないので、3人横並びでこれからする1年生の行事の雑談しながら学校に行った。
「部活って昨日の教室ですか?」
僕と夏希は4階、恋白は5階なので4階のエレベーターホールで一旦、立ち止まる。
すると、恋白が質問してきた。
「ええ、そうよ」
夏希が真っ先に応えた。
「それじゃあ、また放課後に会いましょう」
恋白は(主に僕に対して)そう言って手を振った。
「授業頑張ってね」
夏希は向かい合っている恋白の方にさりげなく前に出てそう言うと恋白
は笑みを浮かべて「頑張ります」と答えた。
「じゃあ、また放課後」
軽く左手をあげてそう言うと夏希はクルッと体を反転させ教室に向かったので僕も半ば追うようにして教室に向かう。
「お前、案外やり手だよな」
昼休憩になり教室の隅にある自分の席で弁当を食べていたら、購買からパンを買ってきた拓実が空いていた前の席に座るなりそう言った。
「なにが?」
「恋白ちゃんとさっそく2人で帰ってたじゃん。何話した?」
興味津々に尋ねてきて答えると根掘り葉掘り聞かれる気がする。
「いや特に」
「さすがに告白はまだか」
その問いに少しドッとはしたが無視して弁当を食べ続けたが健吾はなぜか1人で盛り上がっている。
「150cmぐらいの身長に対して不釣り合いな胸。近くだとやっぱり大きかった?」
健吾が恋白の胸の大きさについて聞いてきた。
その時、頭の中にあったのは昨日、抱きついて来た時と今日の朝から腕に抱きつかれた時の何とも言えない胸の柔らかさだ。
これまで女の子に触れるなんて事はなかった人にとっては忘れようしても忘れれない感触。
「お~い、リオ。聞いてる?どうなんだ?」
健吾の声で我に返った。
「あっ、ああ、大きいかったような気がする」
腕が挟まれるほど大きいとかそんな事を言ったら健吾になんて言われるか分からないのでそのことは隠して言う。
「あんな近くにいても分からないのかよ。これだから非リアは…」
「お?なんだ、なんだ?女の子の胸ばっか見ている奴がなにを言う」
「お?お前だってデカい奴いたら遠目で見てるだろ」
健吾の指摘はあながち間違っていないので一瞬ひるむが反撃する。
「露骨な奴よりましだよ、もっと中身とか他にもなんかあるだろ」
「いや、そういう奴に限って下心があるんだぜ。第一初めて出会った人の中身が分かる奴なんているのか?いや、いない。『私には出来ます』とかほざいている奴がいるならそれはその人の中身を知った気になってる奴だ。そういった奴は自分の中で勝手にこういう人って決めつけて、その人のありのままの姿を見た時に絶望するんだ」
確かに一理ある。でも……ふと顔をあげると横の席で本庄さんと話しながら弁当を食べていた夏希が席を立って教室を出た。
「それだと全員が仮面をつけて人と付き合ってるような感じで嫌なんだけど」
「いや、そんな大袈裟な事は言ってない。好きな人によく思われたいとか、先生には優等生に見られたいとか、他の人によく思われたいからそう思われるように行動をとるじゃん。別にその行動が悪い訳じゃない」
「でも、それを本当の人だと思うのはいけないと」
「そう、だってずっとこう思われたいって、自分の本来やりたい事とズレた事をやり続けないといけない。それで決めつけたら、決めつけられた人はずっとそれに縛られる。それって疲れる」
「なるほど」
「だから見えない中じゃなくて外見を見るのさ」
「なるほど!!」
い~や、さすがモテる奴は考え方が違うな。
「どんなに良い事言ってても、露骨過ぎると単純に身体目当ての変態に見えるわよ」
弁当を食べ終えた本庄さんの一言が健吾に刺さったようでうめき声のような声を出した。
「あれ?夏希はどこ行ったの?」
そんな健吾をほっといて本庄さんに質問した。
「手を洗いに行くって言って教室を出たよ」
なるほど、それで1人暇になったからこっちにやって来たのか。まあでも、2年生の部員全員が同じクラスだから、昼休憩とかはグループで食べることは多々あるから珍しい事ではない。
「私は何を知った気になってたんだろう?」
購買に行く人がいなくなった購買への廊下で一人呟いた。
リオには絶対に彼女になるような女の子が出来るとは思っていなかった。いや、そもそ、あんなに名前で呼ぶ程、仲良く出来る異性なんて私しかいないと思っていたのに………
血の気が低く感覚がすると思ったらクラクラしだして下から崩れるようにしゃがみこんだ。
「南条さん?!大丈夫?」
国語科の先生が走って駆け寄ってきた。
「夏希?大丈夫?」
放課後、部活をおこなう教室で1年生が来るまで待っている時に本庄さんが夏希の体調を心配して言った。
「大丈夫、大丈夫。軽い貧血ぽいだけだから」
夏希はいつものように返した。
夏希は昼休憩の途中に貧血で保健室に運ばれて5限目の途中から授業に戻ってきた。
体が丈夫な夏希にしては珍しいが夏希も人間なのでそういった事があっても不思議ではない。
変に気遣う方が嫌がりそうだなと思って僕はいつも通り接する事にした。
「今日は何するの?」
部長と副部長に質問をする。
「発声練習かな?」
「ええ、そうね。本格的に練習始めるのは入部する人が確定してからだし」
副部長と部長が応える。
それからしばらくするとHRルームを終えた1年生がガヤガヤと下に降りて行くのが分かった。