3話
「演劇部入部希望で見学に来たらしい。演劇部の詳しい紹介とかは他の入部希望の子が来てからしたいから、雑談でもしといて。私は廊下で呼び込みしてるから」
本庄さんはそう言ってまた廊下で入部希望者を待ち始めた。
新入生と取り残された3人は見つめあった後、一旦1年生たちに椅子に座ってもらった。
ここは先輩から話がなければという空気が生まれたので自分たち2年生がそれぞれ名前と役職を名乗った。
「1年生たちも自己紹介してくれ、後は演劇部で何したいかも言って欲しいな」
新しい人とも絡むのが得意な健吾が話しかける。
3人の女の子は緊張してるようすで、誰が自己紹介するかというように顔を見合わせた後にリーダー格のような女の子が意を決したように口を開いた。
「1年E組の長谷川のぞみっていいます。恋するヒロインか主役やってみたいです」
その子は少し緊張してはいるが、人前で喋り慣れているのかハキハキと自己紹介した。
「役者希望!!ハキハキと喋る子だからすぐに舞台に上がれそう」
「まさに期待のHOPE!!アカデミー賞間違いなし」
役者組の夏希と健吾が興奮している。
「えっと……次は私かな。私は佐野真帆です。のぞみと同じクラスで、のぞみに入りたい部活を聞かれて迷ってる言ったら連れて来られてここにいます……だから……特に演劇部でこれしてみたいとか特に……」
「安心して。同じ感じで入部して裏方のほとんどの作業をマスターしたのがこのリオだ。だから、大丈夫!!」
健吾が僕の肩に腕を回して豪快に言い放った。
「心配しなくても大丈夫」
僕は突然の健吾の行動に少し困惑しながら微笑んだ。
そして、最後の子が自己紹介のターンが回ってきてみんなが注目すると最後の女の子は顔が赤面してあわあわし始めた。
「つ、次は、わ、わたしの……」
「自己紹介中にごめんね。さらに部活入部希望者が来たよ」
意を決して介を始めようとした時に部長が2人の男の子を連れてきて、自己紹介を遮ってしまった。
自己紹介しようとした女の子はタイミングを失ってしまったようで俯いてしまった。
「これ、何してる感じですか?」
少しチャラさを感じるクラスのムードメーカーという言葉が似合いそうな男の子が尋ねてきた。
「今は自己紹介タイム。入部希望者を待ってる最中だからまだ部活は初めてないよ」
親しく来た新入生に健吾も親しい感じで応えたが、もし話しかけてきた彼が規律の厳しい運動部や吹奏楽部に入ろうものなら敬語使えとか怒鳴られる事が容易に想像する事が出来た。
「じゃあ、自己紹介します!!J組の木下拓実です。舞台に立つ事は慣れているので役者をやりたいです!!」
「男の役者希望か!!……来るか分からない男子部員でかつ役者希望!!……先輩は嬉しいよ!!!!!」
健吾が大袈裟に泣いたフリで喜んだ。
「君はなんていうの?」
健吾はもう1人の男の方に聞いた。
「拓実と同じ中学校出身の丸山希一です。拓実に演劇部見てみないって言われたので体験入部しに来ました」
彼は木下君が1人で入部するのは不安だったのか知っている人を演劇部に誘われて来たらしい。
「なるほど!!ちなみになんかやってみたい事ある?」
健吾がフレンドリーに聞いた。
「演劇部って演技するんですよね?演技なんてした事はないし、正直したい事とか、特に無いですね・・・」
「丸山君はパソコンと使える?」
僕はそう質問すると丸山君は「パソコンは持ってます」と答えた。
「それで動画とか作ったことない?」
「ないですね。基本的に調べものとかFPSとかゲームとかに使うぐらいですから」
「そうか・・・動画編集とか音響編集とか興味あったりしない?」
「パソコンを使った編集とかは少し興味があったりします」
「1つ良いこと教えるよ。学校のパソコンには有料の編集ソフトが入ってて使ってもいいよって許可貰ってるから使い放題だよ」
「有料ソフトってクリエーターステーションですか?」
丸山君は『有料ソフト』という言葉に喰いついた。
「よく知ってるね。そうだよ、うちの学校にはクリエーターステーションが実は入ってるんだよね。あまり、知られてないけど」
『クリエーターステーション』とはプロから初心者までというキャッチフレーズの総合編集ソフトで動画、音響、イラストなどクリエーターが使用するあらゆるツールが1つになっている。
初心者にもおすすめと謳われているが基本的にプロ仕様で、月額制でそこの額がするので、高校生が手を伸ばすのは難しいソフトである。
「それを使って作業するんですか?」
「そうだよ。音響とかで使うんだけど、顧問からも使う事を勧めてて簡単な使い方はレクチャーしてもらえるよ」
「そうなんですか!じゃあ、音響やってみたいです」
丸山君はそう言ったのを聞いて2年生たちが顔を見合わせてお互いに喜びを共有した。
「えっと、丸山君はクリエーターステーションに興味があるみたいなんだね。良かった。裏方が増えると演じる側も助かるよ。そういえば自己紹介の途中だったね。取り敢えず名前聞いても言いかな?」
夏希が自己紹介を遮ってしまった女の子に尋ねた。
僕もその子に視線を向けると確かに彼女は前のめりに座っていて ハッとした表情を浮かべて顔がみるみると赤くなった。
「え、えっと、私はき、岐部、岐部皐月って言います!!」
岐部さんは自己紹介を一瞬、躊躇して言葉に詰まったが何とか声を絞り出したようだが、それが思った以上に大きな声になってみんなの視線がより集まったせいで下を俯いてしまった。
「皐月ちゃんは演劇部で何をしたいの?」
夏希が質問するが岐部さんはゴモゴモと口を動かして何かを言っているがよく聞き取れない。
「皐月ちゃん、ごめん。もうちょっと大きな声で喋ってくれない」
夏希がそう言うと岐部さんは怯えたようで背筋が伸びて震えたので夏希が慌てて「いや、あの怒ってるわけじゃないから」と言う。
「わ、私……あの……台本を書いてみたくて……」
岐部さんは絞り出すように言った。
「おっ、じゃあ、リオと同じだな。リオも台本書いてるでしょ」
そう言って健吾は僕の背中を叩いた。
「僕も台本を書いてる最中だよ。書き方とか参考になりそうなものが部室に転がってるから今度案内してあげるよ」
怖がられないように極力優しく聞こえるように言う。
「あ、あ、ありかどうございます」
岐部さんは呟くように言って頭を下げた。
「もう来ないかな。そろそろ開始しようか」
廊下から顔を覗かせて教室の時計を見た部長がそう言って教室に入ってきた。
「私の自己紹介がまだ済んでないね」
そう言って部長が自己紹介を始めた時、遠くの方からドタバタと走る音が聞こえてきた。
そしてその音は近づいて来る気がするが部長は気にせず自己紹介を続ける。
「私は部長の本庄梨花って言います。こんだけ」
「失礼します!!」
部長の声を扉が開く音と声が掻き消した。
教室にいた全員がその声の持ち主に注目する。
そこには走って乱れた前髪を手ぐしで直す女の子がいた。
「おい、リオ……あの子って……」
健吾が脇腹を小突いて耳打ちしてきた。
ああ、間違いない──『リオがいるなら入部する!!』と言って去っていたギャルっぽい子だ。
「ここは演劇部だけど入部希望?」
「もちろん!!」
部長がその子に尋ねると彼女は即答したので円形に座っていている中に彼女を招くと彼女は教室の椅子を一つ引っ張って来て2年生と1年生の境目──僕の座っている隣に迷わずに座った。
僕と目が合うと眩しく感じるような笑顔を向けてきて思わずドキッとしてしまう。
もしかして脈ありなのではと考えていると部長が「私はまだみんなの名前聞いてないから順番に教えてくれない?」と言い出したので部長の隣に座る3人の女の子たちから名前を名乗っていき男子2人の自己紹介がおわると最終的にギャルぽい子へと順番が回ってきた。
「はい!!私は北上恋白って言います!!よろしくお願いします」
彼女は大きな声でみんなにアピールするように元気よく言う。
「全員、自己紹介が終わったから発声練習を今日は一通りして、その後は先輩との質問タイムで今日の体験入部を終わりにしたいと思います。みんな立ってもう少し大きな円を作ろうか」
部長の号令で教室にいる全員が立ち上がり円を組むと発声練習が始まった。
役者希望という長谷川さんと木下君は役者希望という訳か大きな声で発声練習を行っていて、これなら問題なく舞台に立ってもしっかりと声が届くと思った。
しかし、2人を凌駕してハッキリと胸の内まで伝わる声が1つ。
それは舞台の中央で1番メッセージを伝え続ける主役の為の声───その声の持ち主は北上恋白だ。
ただの発声練習用の意味をなさない文の声ですら想いが乗っている。
彼女の声なら大会で優勝出来るのではと期待が湧き上がると同時に彼女を裏方の演出の力でもっと輝かせたいという気持ちが出てきた。
(彼女なら全国大会にいける。僕たちの願いが叶うかもしれない。その為に僕の持てる演出の力を全力で注ぎたい)
知らず知らずと自分の拳に力が入った。
他の人───友達に引っ張られて来た人、佐野さん、丸山君の2人は声が大きいとは言えないが、しっかりと声は出せている。
問題があるとしたら自己紹介の時から緊張からあがっていた岐部さんだ。
初めの方こそは何とか頑張って声を出していて辛うじて聞こえていた。しかし、途中から聞こえなくなってしまった。
彼女は台本を書きたいと言っていたから、裏方希望だとは思うけど、台本によっては役者になる可能性も十分ある。
「はい、これで練習終わり。最終下校時間まで質問でも雑談でもみんなで交流しようか」
部長が手を叩いて終了を告げると、そこからは先輩、後輩が入り混じって雑談タイムが始まった。
といっても1年生が突然、自由に先輩に話しかけても良いと言われても困るだろうから先輩から後輩に話しかにいく。
夏希は1年生の女子たちに話しかけて健吾は男子の2人に話しかけた。
部長というと発声練習の時、ずば抜けて高いポテンシャルを感じさせた北上さんの所に話に行った。
僕もこの場で1人何も話さない訳には行かないのでどうしようかなって思って健吾の方に取り敢えず近寄ると岐部さんが夏希達のグループに上手く入り込めてない事に気がついて話しかける事にした。
「岐部さんは台本が書きたいんだっけ?」
僕の問いに岐部さんは俯いたままコクと頷いた。
どうやら極度の人見知りのようだ。
「なんで演劇の台本が書きたいと思ったの?普通なら書くとしたら小説が真っ先に浮かぶと思うだけど」
「それは……」
それだけ言って沈黙してしまい、喋るのを待った方が良いのか、話題を変えた方が良いのか分からず僕も黙ってしまい重い空気のような物が漂い始めた。
「岐部さんはどこに住んでるの?」
北上さんと話していた部長が見かねて岐部さんに話しかけて岐部さんは小声ながらも答えていた。
「はぁ〜〜」と新入生に上手く話しかけれなかったと、ため息を吐くと「リオ先輩!!」と元気な声で呼びかけられた。
「北上さん。どうしたの?」
北上さんは社交的で話しやすそうな気がするが昨日の謎の言葉によりどう接すればいいのか戸惑いの方が大きい。
「どうしたのってお話がしたいから話しかけたんだよ」
「なるほど……演劇は入部確定?」
「もちろん。当たり前!!」
「じゃあ後で入部届け渡すよ。ちなみに入部する理由を教えて」
「えっ、リオ先輩がいるからだよ。昨日言わなかったけ?」
「え、えっと、それは部活動紹介の時にそう思ったのかな?」
「そう!!リオ先輩を見てこの人だって!!」
「そうなんだ……」
彼女の言葉で頭の中が酷く混乱した。
彼女の言葉は僕の事を運命の人と思った──運命の人と言うのは普通、恋愛上におけるパートナーに言う言葉。
つまり、自分を……そんなはずがない──正直言って人付き合いは得意じゃないし、容姿は健吾のような一目惚れするようなものじゃない。
じゃあ、一目惚れではなく別の意味でのこの人なのかもしれないと言ったのだろう。
「えっと……それは自分の裏方の話を聞いて一緒に部活したいと思ったのかな?」
「裏方の話とかは別に興味ないかな。ただ運命の人と一緒にいれたら良いなって。それだけ」
北上さんはそう言い放った。
つまり、彼女は演劇部には強い興味がある訳ではなく、文字通り僕が目的で入部したのだ。
(こういった後輩を持った時のマニュアルが部室に置いてなかったっけ?)
僕としては彼女を演劇部で役者をやってもらいたいが、自分の事を運命の人って言う人とこれからどうやっていけばいいんだという問題に直面する事になった。
(というかちょっと待って?!今、サラッと運命の人って言った?!どうやって関わるかって考えるより告白された事について考えないと。いや待って、運命の人って言ったけどそれが恋人とは。正式に付き合って下さいとか言ってないから下手に今は意識しない方がいいのか?)
「おーい、リオ。1年生の前に緊張か?会話せずに黙ってどうした?」
気が付くと健吾が話しかけて聞いたので、曖昧に返事を返す。
「恋白ちゃんはどこ中出身?」
「年場中学校です」
北上さんは健吾の問に不満そうに答えた。
「聞いた事無い中学校だな。この辺の中学校?」
「県外の中学校です」
「県外なの?!じゃあ、知ってる人とかいなく大変じゃない」
「大丈夫ですよ」
北上さんが僕の方を見ながら言う。
「なに?もう2人仲良いの?見かけによらずお前案外やるなぁ!!」
健吾はそう言って軽く小突いてきた。
「いや、別にそう言う訳じゃ……」
そう言いかけると北上さんはすごく悲しそうな顔をする。
「ない事もないけど……入部するらしいから後輩になるなって」
慌てて否定して誤魔化して言うと北上さんはまたウキウキとした顔に戻った。
「まあ、お前も後輩と絡めてて良かったよ」
「どんな事を心配してるんだよ」
健吾の一言を僕はそう返したが、健吾は後輩の事以外に同級生の事も考えてるんだなって思った。
それらは、みんながごちゃ混ぜになって演劇部の大会であった出来事を話したり、後輩たちが中学校でやってた部活の事を聞いたりして親睦を深める。
そんな時、北上さんは突然、両手を上にあげて伸びをしてそのまま腕を後頭部の方に倒して背中の後ろでも腕を伸ばした。
その動きは胸を前に張り出すことになって彼女の胸が強調されて不覚にも胸に目がいってしまった。
健吾が『デカい』と言ったことは正しいと思ったが、あまり見ちゃいけないと思って目を逸らすが、逸らす過程で彼女と目が合ってしまった。
視線に気づいた彼女はわざとらしく腕を回して僕の方に胸を向けてきたので慌てて目線を外す。
横目にチラッと彼女の子を伺うと小さくクスクスと笑っていた。
「いや、あの……突然、腕を伸ばし始めたからどうしたのかなぁって」
僕は弁明の言葉を言うと北上さんはその弁明がおかしかったようで笑い続けた。
「いや〜胸が大きいと肩凝りが酷くなるんです。本当、嫌になっちゃう」
そう言って北上さんは胸を両手で持ち上げて、重いアピールをする。
それ気付いた男子は別に反応してないですけどといった紳士の顔をしてガッツリと釘付けにされている。
僕はヤバいと思って目を逸らすと夏希が忌み嫌う目で北上さんの揺れる胸を見ていて、その後、自分の胸を見て大きくため息をついた。
そう言えば夏希は自分の胸が全然成長しない事を悩んでいた……はず。
身長は大きくなるのに胸だけが成長しないって言っていたっけ?
隣の芝は青く見えるとはよく言ったものだと1人で納得した。
先輩と後輩の交流は意外と盛り上がって気がついたら最終下校時間が近づいていた。
「この中で入部決めた人いる?」
部長が新入生に尋ねると真っ先に北上さんは「私、入部します!!」と挙手をした。
それに続くように長谷川さんも手を上げてそれに引っ張られるように佐野さんも手を上げた。
男性陣の2人は木下君が丸山君に「入部しようぜ」って言っているが丸山君は考えさせてと保留しようとして木下君も今日、入部するかは見送った。
答え出してない岐部さんを見ると気づかなかったが小さく手を挙げていた。
「よし、女子たちはみんな入部ね。じゃあ、この入部届けの紙を渡すね。男子たちも一応、渡しとくね」
本庄さんはそう言って1人1人入部届けの紙を配っていく。
「後で少し2人になれませんか?」
真っ先に入部届けの紙を貰った北上さんが真剣な口調でそう言った。
「ん、あっ、少しなら大丈夫だけど……」
北上さんのこれまで行動を見るに十中八九告白だろう。
正直、部活の後輩と付き合う事に抵抗がある──別に彼女が欲しくない訳ではない、むしろ彼女が欲しいくらいだ。
しかし、いざ彼女が出来たら何をしたら良いか分からない。
そんな奴が彼女を持っていいのだろうか。
それに、部活内で健吾と本庄さんのように上手く付き合えるか分からない。
もし仮に付き合った時、別れた事を考えると絶対に部活内の空気が悪くなって絶対に周りに迷惑をかけるし、最悪の場合、どちらかもしくは両方が演劇部を離れるという最悪のケースすら想定される。
そんなに不安なら告白を振ってしまえって思う人もいるかもしれない。
それも難しい。
なぜなら北上恋白には先輩たちを唸らせるほどの演劇の素質があり、演劇部としては絶対に確保したい人材だ。
もし告白を振った場合、僕を目当てで入部を決めた彼女が入部しなくなる恐れがある。
それは断固として避けたい──彼女が居れば4人で誓った県大会出場が現実になる可能性が高いから。
過去史上最大に頭をフル回転させてこれからの選択によって起こる未来をシュミレーションしていく。
そして、導き出した答えは一旦、保留するという答えだ。
だって、そんな重要な事を一瞬にして出せる訳がない。
「学校の近くに小さい公園あったよね?後でそこに行こ!!」
「分かった」
1年生、全員に入部届けの紙を配り終えると丁度よく最終下校時間が迫っている事を教える放送が入ってきた。
「帰りましょうか」
本庄さんの一言でみんなが教室を出て1つの団子になって帰る。
「教室の鍵は私が返してくるよ」
夏希はそう言って戸締りをした部長から鍵を受け取ると別れて職員室に駆け足で向かっていった。
いつもならみんなで職員室までついて行く所だが、1年生を待機させる訳にも行かないので校門まで団子になって話しながら行く。
自分たちが校門に着く頃には夏希も後ろから追いついた。
校門を出てからはみんなそれぞれバラバラになって帰っていく。
「ちょっと2人で用事あるから帰るわ」
僕もそれに乗じてしれっと北上さんと約束した公園の方に移動する。
「あいつ、恋白ちゃんと帰ってるぞ」
健吾がヒューと口笛を吹いて面白い物を見るように言った。
「まあ、私たちが行って邪魔しちゃいけないからそっとしましょう」
本庄さんは離れて行く2人の背中を見ながら言った。
「ええ、そうね」
私はそう答えた。
「ねぇー夏希、これから私たちは2人でカフェでも行く約束があるんだけど、良かったら一緒に来る?」
「いや、大丈夫。2人の時間邪魔したら悪いし、勉強しなくちゃいけないから帰るよ」
梨花の誘いを断った。
別にこの後、用事はないし、今日は特に勉強するつもりはない──ただ2人の邪魔に絶対になると思ったから断った。
「そっか。じゃあ、また今度一緒に行こうね。2人だけで」
「約束よ。それじゃあ、また明日ね」
「じゃあね、夏希」
そう言って健吾と梨花と分かれて1人帰路についた。
(こうやって1人で帰るのはいつ振りだろ?)
そんな事を思っていると何故かとても寂しい気持ちに駆られる。
(なんでこんなに寂しく感じるの?幼い子供じゃないんだし、1人で帰れるのに……私の長所は切り替えの速さ。切り替え、切り替え)
自分の事は良く分かってる──気持ちに比例して目線がどんどん下に下がっていく。
だから、意識的な目線を上に気持ちを切り替える。
なのに、オがいない寂しさが頭の中で渦巻き視線が少しずつ下に下がっていく。
(おかしい、いつもならパッと切り替えれるのに上手く切り替えれない──全然、私らしくない)
気づいたら家に向かって全力で駆け出していた──上手く切り替えない自分が嫌で、それを振り払うように。