第九話 式神宙・空は拒魔犬である
争い、と言われてどうなることやらと思ったが……言葉の意味を紐解いてみれば『式神だけで軽いゲームを行い、その中で互いの式神の能力を確認してみよう』というものだった。
まぁ、色々すっ飛ばすと確かに『争いが見たい』であることは間違いないのだが。
そんな訳で『時間はまだまだあるし、折角ならやってみよう』という一行の総意の元、密香たち陰陽学部一行は行うゲームのルールを定め、ぞろぞろと校庭にやってきた。
そのゲームのルールは、簡潔に表すなら『馬なし騎馬戦』。
参加する式神たち四人の頭には、あらかじめ累が作った注連縄製の鉢巻が巻かれている。これが相手チームに奪われれば負け。チーム戦なので連帯責任、片方の鉢巻が奪取された時点でゲーム終了だ。
とはいえ、本来の目的は『ご主人様たちに自らの能力を見せる』こと。そのため自分の能力をどう使おうが構わない……らしい。
場所は、夕日に照らされた誰もいない校庭。霊体化状態で行う争いのため一般人の目には見えないのだが……念には念を入れて、累のとても大きな注連縄で結界を作り、グラウンドがいくら凹んでも大丈夫なように対策を行う。
その様子を見た八重野は、「環境保護ができる式神ってうちにはいなかったから、式神たちを充分に遊ばせてあげられるって意味で累の術式はすごく助かるなぁ……」と呟いていた。
──式神たちが、フィールドの中心で睨み合うように揃い立つ。
「がんばりますよー! ね、空っ!」
「そ、宙ねーちゃんの足を引っ張らないようにしないと……!」
「──『術式、累』っと。
これでフィールドの用意はバッチリ……かっかっか、子供どものやる気はすげーもんだなァ。
俺たちもそれなりに頑張ってやるか。ヒメさんたちに能力を見せてやるのがメインなんだろ?」
「本筋はそうなのだけれど、すばるの前では手を抜きたくない。貴方、私の足を引っ張らないように」
「……あー、こっちもやる気あんのかよ……へいへい」
チームはじゃんけんの結果、宙&空の子供コンビと、累&翠の大人コンビで対決することになった。
普段から一緒にいる前者の二人は勿論のこと、累と翠も比較的冷静な判断ができる大人同士ということで、性格上の相性はなかなかいい塩梅なのだろうけれど……
「……なんかこう、いじめになりそうで怖いわね…………」
幼い子供ほどの小さな体躯である宙と空。それに対し、翠も女性という括りで見ても大きい方であるだけでなく、特に累は陰陽学部で一、二を争えるほど背が高い。性格差や体格差を見れば、密香の心配は、あまりにも妥当だと言えるだろう。
「あはは、でもあの子たちも歴とした式神だよ。きっと二人なら、累にも負けないさ」
「そりゃまぁ、そうなんでしょうけど……」
「わ、わたしの翠ちゃんだって、負けないよっ!」
「──はーい! そろそろ始めようか、準備はいーい〜?」
そんな話をしていると、片腕を上げて立っている式守にそう声が掛けられる。
──円形にされたドでかい注連縄の中、式守はその中央に立っていた。
彼女の右手側には宙と空、左手側には累と翠が思い思いに戦闘態勢をとっている。
いつからでも始められる──と言わんばかりの状況だ。
「もちろんです!」「は、はい……!」
「ほ〜い」「…………」
「……ま、準備完了ってことでいいかな?
それじゃ……よ〜い────どん!」
一部気の抜けた返事やら無言やらが挟まったが、式守はそう言って右腕を一度振り下ろすとすぐに注連縄の外へ退避した。
ちなみに、今回外側の結界の効果は『実体を持たない状態の式神と、その式神による攻撃の衝撃等は遮断するが、人間など実体を持つものは出入り可能』というものだ。
通りかかった人は──今の時間帯だとおそらくいないだろうが──、この状態では注連縄も見えないらしいので、視認されるのは外側で観戦している私たちのみ。私たちの方は恐らく『夕焼けの観測』とか適当言えば済むだろう。一応教師もいることだし。
「ふっふっふ……せんてひっしょーですよー!」
ゲームが始まると、最初に動いたのは宙。
宙は大きく前方に跳躍すると、その先にやる気なく立っていた累と目が合う。
「しょうがねぇ、相手してやるか」とぼやいた累がようやくきちんと戦闘態勢を取ると、その視界には姿勢を低くし、顔の近くに人差し指だけを上げた右手を添える宙の姿が目に入った。
「あっちむいて〜……、」
累が目を細める。
なんだ、子供の悪戯か?と思った──次の瞬間、相手が式神であることを頭の中で反復してその思考を振り払う。何が起こるのか、まず相手の手札をきちんと確認せねば──
「『術式、宙』!」
……なんて覚悟を決めたはいいものの、術式を唱えながら宙が右の人差し指を左に曲げれば、累の首が──否、視線が、ぐいっとその通りの方向に動く。
まるで、目玉をがっしり掴まれて強制的に動かされたかのように。
「お? おお??」
(……あれが、宙の術式?)
「──宙の術式は、相手の目線を逸らす、ってやつなんだ」
八重野が「これだけ言うと大したことない能力だけど、視線を集中させたい戦闘中にやられたら、ちょっと嫌な術式だよね」とさらに補足する。こちらも累に同じく、名前を使った言葉遊びなのか。
「すきありですよーっ!」
そう言いながら宙が今度は大きく両腕を横に出すと、それを身体の前で勢いよく合わせ、「ぱんっ!」と見ている密香たちにも聞こえるような音を出す。
──すると、空に両手で数えられる程度の量の小さな金属の礫が現れ、それらが累に向かって飛翔していく。
「そういう術式か……とはいえ、言えることはひとつ。
──俺に最初に喧嘩売るたぁ、いい度胸だなァ! かっかっか!」
累は呟くと、大きく後ろに跳躍し金属弾を避け、地面と身体を水平にして、空中に一瞬留まった。……ように見えたが、どうやら彼は結界の壁面を足場にしたらしい。
そして、その壁を蹴るようにして宙の方を見据え、その方向へともう一度跳躍を行う。
「……まだ太陽の下で良かった」
ふと、まだ微動だにしていなかった翠が独り言ち、気怠げに左腕を持ち上げた。
「翠ちゃん!」
愛おしい主人の呼ぶ声が聞こえれば、こくりと頷き──
「其処ね。──『術式、翠』」
誰にも聞こえない小さな声で、そう言い放った。
「っ!」
彼女の意識内にいる宙は、何かを察したように真上に跳び上がる。……が──これは、間に合わない。
地中から伸びてきたツタが、彼女の小さな身体を捕らえ──足へ、腕へ、首へとびっしり巻き付いて、地面へと引き戻した。これでは動くことすら叶わない。
「わ、わ……!」
その様子を見た累は「ナイスだ」と翠に投げかけ、宙の方へと跳躍を続けると、右腕を大きく引いて明らかに殴打の予備動作をした。
──翠がもう一度片腕を重たそうに上げれば、そんな累の動きが早くなる。その変化は、まるでテレビをリモコンで操作して二倍速にした時のような明確な違いだ。
「今ので、わかったかな。密香……ちゃん。
翠ちゃんの術式──最初にやってたのは……ツタを巻き付けることで、相手から気……力みたいなものを、吸い上げるの。
……能力は、そうして吸い上げた気を、仲間の式神に与えて、一時的に倍化──強くするんだ。……でも、どっちも太陽の下でしか、出せなくて……今は日が落ちる最中だから、ぎりぎり……使えるの」
「翠は、ツル植物として有名なアイビーが形代の式神なんだ。まさに形代が反映されてる能力だよねぇ〜、姿なんかもそれに影響されてる訳だけど」
「へぇ……植物なんかも、形代に成り得るんですか?」
「ほぼほぼ前例がない、かなり珍しいパターンだよ。って言っても、翠の場合はそもそもが特殊だからね……」
「いつか……ううん、そのうち話してあげたいな」
……なんて話をしていると。
「──『術式、空』っ」
ツタに囚われ動きを止めた宙に、あと〇・一秒あれば累の強化された拳が届く──というところで、宙の後ろから白い手が伸び、しばらく鳴りを潜めていた声が聞こえた。
──空の指先がツタに触れた途端、宙を捕らえていたツタが空気に融けるように瓦解していき、解放された姉を弟がそのまま受け止めてすぐに後方へ退避。
倍速のようになっていた累の拳は、元々宙が居た地点に拳が突き刺さる。
回避はされたが威力は殺されておらず、その場所には累の打点を中心に小さなクレーターが生まれてしまった。その光景は、さながらアメコミの鋼鉄ヒーローのよう。
「いっちち……こりゃあ、マズい術式持ちがいるな」
地面に衝突した拳を脱力させて振りながら累がそうぼやけば、「正直こうなることはわかっていたけど……」と翠が口を開く。
「貴方の主人に能力を見せることが貴方の目的なら、お膳立てに回る方がいいかと思って」
「え、俺の自業自得なのか?」
「ねーちゃん、気を付けてって言ったじゃん……! 僕の足が動かなかったら、あのおっかないパンチを喰らうとこだったよ……!?」
「えへへー、なんとかなるかとおもって!!」
「なんとかなってなかったよねっ!!?」
女の子の式神の可愛らしさにたじたじになっている男陣を見ていると、式守が「面白いねぇ、あっはは!」と一度悪戯っぽく笑ってから、すぐさま教師の顔付きに戻った。
「空の術式は、式神の能力・術式を一度からっぽにする。
式神の中でもかなりとんでもない力だから、翠の術式と同じように制限がついてて、これは『触れたものだけ』にしか効果が働かないんだ。さっきのは翠のツタに触れたから、それが消えた……って感じだねぇ」
「わ、それでもめちゃくちゃ強い術式……」
密香が「……まるでトランプのジョーカーみたい」と呟けば、「ふふ、……その例え、すっごく素敵……!」とすばるが微笑む。
自慢の式神への褒め言葉を聞いたその主人も「うんうん、そうかも!」と笑って見せた。
「……とまぁ、ちゃんと僕の式神も強いでしょ?」
──と、ここまでである程度それぞれの力を確認できた。しかし残念ながら、今回の目的はこうであれど、本題はそれではない。
このゲームはルール上、相手チームの式神の、どちらかの鉢巻を取らなければ終わらない。このまま夜まで続いたら翠の能力も使えなくなってしまうし、生徒たちもずっと居残る訳にもいかない。
「見てるのは楽しいけど、終わらないと困るよねぇ……じゃあ君たち! ルール追加するよ〜!!」
式守は立ち上がり、結界の中にまで聴こえるよう声を張り上げた。
「このゲーム、日が沈むまでで!
これまでに決着が付かなかったら、君たちのご主人様方に宿題を課しま〜す」
「えっ」
「え?」
「え……」
「「「えぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」
この教師、日本史の時間に「次回、早速今日の時間の範囲の小テストやるね〜」とほぼ強制的な復習課題を出しておいて、まだ何かやらせる気なのか。スパルタどころかブラック、鬼どころか悪魔である。
「はーい! ご主人様、ちゃ〜んと宙たちが日が沈むまでに勝つので、安心してくださいねー!」
「おいおいマジかよ……俺も後でヒメさんから白い目で見られるのは御免だ。ちゃんと勝負はつけるかァ!」
悲鳴に近い声を上げた主人組とは対照的に、式神たちは余裕の表情だ。
この中で最も血気盛んと思われる二人はこちらに向かってそう声をあげると、互いに一歩退き──今度は二人が真っ当にぶつかり合った。
累が宙の鉢巻を取ろうと突き出した右腕は宙の左手に阻まれており、宙が累の鉢巻を取ろうと突き出した右腕も累の左手に阻まれている。そのままの対面、単純な力比べだ。
「おうおう、狛犬の獅子はやっぱ侮れねぇな! そのちっこい身体のどこにそんな筋力が隠れてるんだか!」
「むふーん! ……そう言ってても、累さん、本気じゃないですねー? それでも力がつよーいのはさすがですけど!」
「まんまの力でやったら後でヒメさんに「大人気ない」って目で見られっからよ。さっきのパンチももし当たってたら言われたか? そう思うと、回避をやらかしてくれた空には感謝だなァ!」
「む〜…………でも、宙は知ってますよー! 累さん、さては悪いことした経験のある式神さんですね?」
「──ほ〜ん?」
「『 ──── わ っ ! ! ! ! ! ! ! 』」
「うぉ!?」
取っ組み合いの均衡が続いていたが、宙が突然大きな咆哮を上げると、累が後ろに三歩分ほど、吹き飛ぶようにして押しやられた。
「ふふん! これはただの叫び声じゃないですよ!
宙の能力、拒魔犬なので鳴き声──大声に、浄化作用があります! 妖怪みたいなちょっとでも浄化できる要素があるものは消えちゃうか、吹っ飛んじゃうんですからねー!!!」
「よくもまぁ消し飛ばす気で能力使ってくれたもんだなぁ……!? んならこっちもやってやろーじゃねぇか!」
累はそう言いながら姿勢を整えると、右手で「パチンッ」と指を鳴らす。
すると円形に結ばれた人一人が入る程度の大きさの注連縄が、上から一、十……いや、百?それほどの数が無造作に地面に落とされ、その場を埋め尽くした。
「本物のジョーカーが誰か教えてやるよ。──『術式、累』」
宙はひとつの縁の中、すなわち累の結界の中に入ってしまっていたので、壁があることを予測してまずそっと腕を伸ばしてみる──が、幸いこれは空間隔絶の結界ではないようで、腕は呆気なく前に伸ばされた。
──すると次の瞬間、上から宙の鉢巻に向かって累の腕が伸ばされる。
(さすがに、そんなのには捕まりませんよ!)
そう思いながら、宙は後方へ大きく跳んで回避した──
「『術式、累』」
──次の瞬間、周りの景色が変わった。
「────え?」
否、戻った。
(!!! 危ないっ──!?)
──狛犬の勘を信じて、その場に屈む。
「『術式、宙』!!」
極め付けに一応累の目線を逸らさせれば、宙の鉢巻を掴もうとしていたままの累の腕が、頭の真上──から少しずれた場所ででからぶった。
「っと、避けられちったか」
「……確かにこれはジョーカーです。式神の位置もセーブされちゃうんですねー?」
「そういうこった、今防がれたけどな! ほんと、今回の術式は当たりで助かるもんだ」
地面に無数に散らばった注連縄の輪は、確かに隙間なく見える程に地面を覆っていた。
不用意に小さな輪の中に足を踏み入れようものなら、その場所にいた時の位置情報が累の術式で保存される。そしてそれが発動された瞬間、位置関係が戻される。厄介で便利な能力だ。
……しかし、こんな手を使われてしまったら、こちら側としては圧倒的に不利である。彼の鉢巻を奪取するのは、ほぼほぼ絶望的だ。
──そう悟ったのは、宙だけでなく、空も同じ。
ならば、ほとんど動こうとしない翠の鉢巻を狙わなくては──
空は幸運にも先ほど注連縄が落ちてきた時に、小さな注連縄の中には入っらなかった。つまり、今なら強制的な転移も起こらない──宙は転移が起こる以上、自分で行動を起こさなくては。
狛犬の吽行たる犬は、獅子より単純な身体能力が劣る。──が、身軽さと素早さは姉に引けを取らない。
瞬発力を生かして、目視ができない翠の鉢巻へと跳躍する。翠の術式で絡め取られる前に、彼女の鉢巻へ腕を伸ばした────
「!!!」
──が、翠の頭の前で、空の腕は不可視の壁に阻まれる。
(────翠さんには、空間隔絶の結界!)
よく見ると、翠の足元には結界の輪があった。宙のいた場所の結界は壁が無かったので油断してしまったが、そりゃあ後方で強化を行う翠の鉢巻を守らない訳がない。
普通ならこの時点で累から鉢巻を奪い取るしか手段がなく、肉体勝負で勝つのは身体の大きさ的にも不利が大きい。詰みの状況のように見えるが────彼が居る以上、打開策がある。
「『術式────」
「流石にやらしゃしねーぞ!」
翠を取り巻く注連縄に触れ累の結界を解除しようとすると、もちろんわかっていたとばかりに累が飛んでくる。
(やっぱり来た! 手加減されてるらしいけど……獅子の身体能力の宙ねーちゃんで互角なら、犬の身体能力の僕が応戦してもすぐに負けちゃう…………だったら、)
「『 ──── わ ん っ ! ! ! ! ! ! ! 』」
「──! っ、クソッ!」
空の能力は宙同様、拒魔犬の鳴き声──すなわち、鳴き声による退魔能力。
一瞬累が吹き飛ばされた瞬間、空はもう一度翠の周りの結界の解除を行おうと口を開く──が、中の翠も黙ってはいない。
「『術式、翠』」
「っ、あぶなっ……!」
ツタに巻き取られても、空なら術式での解除は簡単だ。しかし、鉢巻はもたついている間に高確率で持っていかれる……!
翠のツタが来るであろうことを一瞬早く気付いた空は大きく飛び退き、着地した──が。
「よっしゃ、『術式、累』!」
「うわ、やっちゃった……!」
着地の先には、累の注連縄。これで空も術式で位置を戻されるようになってしまった。
「かっかっか、やっちまったなァチビ! 翠もよーやるな!」
「……油断は禁物よ」
……かと思われたが、こっそりと移動していた宙は既に結界の中に居らず、注連縄の隙間、結界になっていないところにどうにか立っていた。空と同じタイミングで位置情報を更新されであろう宙は、これでしばらく自由に動けるようになる。
「『 わ ー ー ー っ っ っ ! ! ! ! ! ! 』」
そして大声を上げながら、宙は翠の方へと飛び付いた。
能力を行使している累に拒魔犬の退魔能力が効くのだから、多分空の術式を使わずとも、己の能力で能力の結界を押し退けられるはず!
「──わっ!?」
「能力はあくまで聖域。しかも注連縄で作ってんだから、清さはお前ら狛犬と同じレベルだぞ?」
しかし理想虚しく、翠の周囲の結界は依然として不可視の壁を作っていた。宙はそのまま聖域の壁にぶつかってピヨってしまう。
先ほど翠の結界周辺で吹き飛ばされていた累も、流石にもう体勢を立て直した後。そうやって墜落した宙の鉢巻を狙って腕を伸ばされる。
「うーーっ……!!
『 わ ー ん っ ! ! ! ! ! ! ! ! ! 』」
仕方ない、退魔能力でまた累を吹き飛ばし、もう一度体勢を立て直す……と思ったが、累は吹き飛ばない。
「同じ手を何度も食らってやるのも癪なもんでな」
そう煽る累の足元にも、注連縄の輪がある。
──足元の結界を、退魔能力だけを阻むように作り替えたのか!
「今ならっ──『術式、空』!」
「っ……『術式、翠』!」
すると空も勿論移動をしており、急いで翠の周りの注連縄に触れ、結界を解除した。
それを感じ取ったのか、翠が術式を発動すれば、空が地面から出てきたツタに絡め取られる。
「ち、一瞬遅かった……!」
「わわわ……ねーちゃーん!!」
「────!」
二人はこれで身動きが取れない。今しかチャンスはないとばかりに宙が体勢を無理やり反転し、翠の方に向かう。
「これで、終わりですっ!!!」
空が作った機を無駄にはできない。己が獅子の身体能力を信じて、翠の鉢巻を──
「(──翠を守るより、空の鉢巻を奪った方が早い!)」
空と宙の状態を見据えそう考えた累は「翠、恩に着るぜ──!」と、黄昏の光を背に累が大きく上へ跳躍した。
適当な今使っていない結界に壁を作り、それを蹴ってさらに空へ近づく。そして、ツタから逃れるため術式を行使しようとしている空の鉢巻を──
「とりゃあああああああああああっっっ!!!!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!」
────同時に、獲った。
「終了〜〜〜っ!!!!」
そして、審判たる式守が大声を上げた。
「式守先生さまー!! 宙たちの勝ちですか!? 宙たちの勝ちですよねー!!!!」
「あはは、今回は引き分けだね〜。残念!」
「えーーーっ!!? そんなーーーっ!!!!」
「うぇぇぇん、ねーちゃんごめんなさぁーい!!」
「あちゃー……翠の支援もあったし、勝てたかと思ったんだがなぁ」
「…………。」
先程までの殺伐とした空気から一変、和気藹々とした雰囲気になった式神たちのもとに、各々のご主人様たちが駆け寄る。
「翠ちゃん、お疲れ様……!」
「……すばる、……勝てなかった…………っ」
その口調からは、底知れぬ悔しさが滲み出ていた。
実のところ、最後の局面では翠が避けられればよかったのだが……目で情報を追うことができないため位置関係がよくわからず、宙が来るギリギリまで彼女の居場所が不明だった。せめて、自分の眼になってくれるすばるがいてくれれば──と思わずにはいられない。
「大丈夫だよっ、翠ちゃん。がんばってくれてありがとう、お疲れ様……!」
「…………っ」
「あとで何か食べようね、翠ちゃんっ」
しかし、そう言いながらすばるが手を伸ばしたので、翠は彼女に合わせて少し膝を曲げる。
そうすればすばるは己の式神を労おうと、優しく翠の頭を撫でた。本人は気付いていないが、翠は今相当にご満悦な顔を浮かべている。
「ご主人様ー!! 宙たち頑張りました!! けど勝てませんでしたぁー!!! わーーーっ!!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ! 僕が最後、捕まらなければ……!」
八重野が式神の方へ足を向けると、彼が到着する前に、泣きそうな顔の式神二人が八重野に駆け寄る。
「二人ともお疲れ様! 勝ち負けはいいんだ、頑張ってえらいよ」
駆け寄ってきた二人に八重野が屈んで目線を合わせると、こちらもすばる同様に二人の頭を撫でる。
そうすれば二人は「「ご主人様ー!!」」と泣いたような、嬉しいような声を同じように上げた。
「累、お疲れ様」
「おーう! ……っておい、ヒメさんは俺のこと労ってくんねーの?」
密香が淡白に声をかければ、累は宙の術式を浴びてもいないのに目を逸らす。
その方向に目をやれば、他の式神たちがほんわかと撫でられているところだ。
「…………欲しいの?」
別に密香はやりたいと思わなかったのでそう聞いてみれば、累は「かっかっか、やっぱ比女織の女はいつもこうだよなぁ」と笑った。
「ま、いつもみたいに大人気ないことしてなくてよかった」
──あのクレーターを作る威力のパンチを宙に浴びせようとしたのはどうかと思うけど……という言葉は、優しいので呑み込んでやった。
「ん? あー、まぁやろうと思えばできたけどな」
「…………は?」
前言撤回、顰蹙の表情になる。
「信憑性に欠けるってか? いいぜ、実演してやるよ」
累は先程の結界──既にゲームは終えたので、式神も行き来できるようになっている──の中に戻って、とある一点に立つなり「『術式、累』」と術式を発動した。
累が術式を使うと、彼の作った結界の中のクレーターが消え、地面に落ちていた小さな注連縄の輪も、今累の足元にあるもの以外が全て消え──
──他の式神三人が、勝負が始まった時の位置に戻された。
「「「え?」」」
きょとんとする式神三人。
すると累は、累のいる小さな結界は、依然としてその位置を変えず──強制転移させられた宙の後ろに立っていた。そしてその累は、宙の鉢巻をがっしり掴んでみせた。
「ほいっ、いっちょあーがりっと」
「…………え、あ、えっ!!?」
ぽん──とでも音が出そうなくらい、呆気なく鉢巻が宙の頭から離れる。何が起きたか全く判断できなかった宙が、盛大に困惑声を上げた。
つまり、そもそもの大きな注連縄フィールドを使って位置情報を保存、好きな時に位置を戻して鉢巻を取り上げることができた──と言った具合か。……いや、普段の所業を見ているから納得はするのだけれど、改めて見るとやっぱり…………
「………………うわぁ……」
「なんでそんな声上げんだよ、やってねーだろ実際に!」
「今やったじゃないですかぁー!! ずるですずる!! せんせーさまー! これるーる違反じゃないですかー!?!?」
式守の笑い声が辺りを包み、今日の部活動は太陽と共にその幕を下ろしたのだった。