第六話 八重野汐は学部の案内人である
キーン、コーン、カーン、コーン……
十五時三十分。ショートホームルーム終了の音とともに起立し、式守が「はーい、サヨナラ〜」なんて軽い挨拶をすると、静かだった教室が一気に活気を取り戻した。
平素から大人しい密香も、今日は少し慌ただしく荷物をまとめ始める。……とは言っても、元から早く教室を出たかったので、六時間目終了時から早々にカバンに荷物をある程度しまっていたのだが。
まぁ、それもそのはず。
寝坊して累に学校まで高速で連れてきてもらい、雅と(物理的に)衝突したも仲良くなることができた日の、翌日──その放課後。
あの八重野に、「放課後、雅と一緒に屋上に来て」と言われた時間である。
同じように荷物をまとめ終わったらしい雅が「密香さん」と少し真面目な顔で声をかけてくる。朝のうち──今日は定刻通りに来ていた──に話を通しておいたため、こちらも何かあるのだと察しをつけていたのだろう。
教室を出ようと教卓の前を通ると、式守から「比女織チャン、久世チャン、またね〜」なんて軽い声をかけられた。
密香が「式守先生、また明日」と、雅が「ごきげんよう」と返して、廊下に出ると、その後ろ姿を式守は楽しそうな顔をして見送っていた。
「……八重野汐先輩は、入学式でもお見かけしましたわ。生徒会の方だと聞かされましたけれど……そんなお方が、私たちに何の御用なのでしょうか」
一年生の教室……もとい密香たちの一年二組教室は、校舎の四階にある。
八重野が密香たちを呼び出した屋上は五階──すなわち、階段を一つ登った先だ。そこまでの短い道の中で、雅がふと言葉を発した。
「私も、そこまでは聞けなかったし……先輩、何するつもりなんだろ」
「特段身構える必要はねーと思うけどな。あの坊主のことだし」
「あ、累」
「あ゛ぁ? なんだその今まで気にしてなかったー、みたいな言い方はよー!」
「ふふ……面白い式神ですわね、累は」
入学式に先輩いたんだ、なんて思っていた密香をよそに、いつも通りいつの間にか姿を表した累が口を挟む。なんだか、この数日で割と慣れてきた感じがある。
「話を戻しますけれど。八重野先輩──この地域で八重野といえば、八重野神社……そこの跡取りの方でしょうか?」
「うん、そうらしいよ。……雅も八重野神社のことは知ってるんだ」
「……、えぇ。元より、四季山に来る時に下調べは致しましたし……」
「?」
雅?と呼び捨てで呼んでみると、なんだか雅の言葉が一瞬詰まったように、ふいとそっぽを向かれてしまった。
馴れ馴れしかっただろうかと心配したものの、「昨日許可をもらったんだしまぁいいか」と気持ちを切り替えた。
ちなみに、当の本人は、新しい学校でできた初めての友達に、呼び捨てされたのが単に嬉しかっただけである。それに気付いたのは、そんな表情をこっそり盗み見した累くらいであった。
──屋上に入る階段を登り、着いた!と思うと……密香と雅は、わかりやすく扉を睨んだ。
〔アンテナへの悪戯防止の為、侵入禁止!〕
「……入れないね」
「入れないですわね」
「入れないな」
そう筆で猛々しく書かれた貼り紙が扉に貼られているのを見て、一人一回で通算三回屋上に入れないことを確認すると、三人はうーんと首を捻った。
……しかし、まだこの学校のことについて詳しく知らない密香たち一年生なら露知らず、八重野たち二年生は流石に屋上が使えないなら、それくらい知っているはずだ。それなのに、なぜ密香たちを屋上に呼び出したのだろう?
「嘘や伝言ミスだった、という線はありませんわよね?」
「あの人がそんなことする人じゃないとは思うけど……」
「かっかっか──もし嘘だったら、俺の拳で閻魔に会わせてやるよ」
「うわ、すごい目付き……そんな気にすること?」
「そらそうだろ、嘘は言語道断で良くない」
「……しかし、どうしたものでしょう」
そんな感じに明け暮れていると、ギィ──という音を出して、扉が一人勝手に開いた。
薄暗かった階段に、光が灯る。
「あ! やっぱり密香さまと……くぜさまだ! よーこそっ!!」
「……あれ、宙?」
その先では、話題の八重野の式神のわいわいとしている方、宙が突っ立っていた。
「ね、ねーちゃん……! ご主人様は『来るまでいい子で待っててね』って、言ってたじゃん……! 僕たちは、扉開けなくていいんだよ……!」
「あれ、そーだっけー? でもわたし、ご主人様待ちきれなくってー!!」
「…………えーっと、こちらのお二方は?」
宙の後ろからは八重野の式神の静かな方、空も出てくる。その二人を知らない雅は、思わず首を傾げていた。
「この二人は、さっき言ってた八重野先輩の式神の──」
「はいはーい! わたし、狛犬の式神の宙です!」
「……うぇ、これ自己紹介するの……!? ご主人様に怒られるんじゃ──」
「──こっちはおとーとの空ですっ!」
「ねーちゃーん!?」
二人がまるでコントのように会話を進めていくのをみて、密香だけでなく、初対面の雅まで思わずふふっと笑ってしまった。これこそがこの二人のチャームポイントなのだから、雅の印象に強く残ったのは間違いない。
「なるほど、姉弟の式神なのですね」
「お前らはいつ見ても騒がしーなぁ、結構結構!」
「えへへ〜♪」
かっかっか、と二人の小さな頭をわしわし撫でてから、累は辺りを見渡す。
「そんで、そのご主人様はどこだ? 見た感じどこにもいねーみたいだが」
「ご主人はですねー、まだ準備してると思います! 宙、間違って早く開けちゃいましたけど、ちょっと待っててくださーい!」
「ほらねーちゃん、言わんこっちゃない……!」
「あはは……そういうことなら、上がって待ってましょっか」
「ですわね。お邪魔しますわ!」
密香は屋上に一歩踏み入り、そこの様子を少し伺ってみる。
とはいえ、そこはアニメやドラマなどでよく見るような石畳の床、そして背の高い緑色のフェンスで囲まれただけの、色がないだだっ広い空間であった。
様子を見るも、あまりに普遍的すぎて見るべきところもない。
少し違うところといえば、中庭の部分は床が抜けており、その穴の周りにも外周と同じように高いフェンスが付けられているところくらいか。
「はぁー……何もねぇなぁ」
「当たり前でしょ……。こんなところに通う物好きはそういないわよ」
「あら、こういった開放的な空間でのお食事も素敵だと思いますわ♪」
張り紙に書かれていた『アンテナ』が見つからないのでくるりと回ってみると、密香の後ろ、入ってきたドアのある立方体の部屋の上に、大きなアンテナを見つけた。
詳しいことはわからないが、何かしらの電波を引いてくれているものなのだろう。……もしかすると、五行高校生にわずかなWi-Fiを撒いてくれているのは、このアンテナなのかもしれない。
「……ってか、ここ入っていいの? 侵入禁止って書いてあったのに」
「ふふん! わたしたちは『トクベツ』なのでおっけーなんですっ!」
「……えっと、事前に許可をとってるので…………」
「なるほどね。そりゃそっか」
このふわふわした回答の後に真面目な答えが返ってくる構図は、なかなかに面白いものである。
「──ん、あれ? もう来てたんだね」
そんな感じにわいわい話をしていると、屋上へ入るドアの方から声がかかったので、その声の主に姿勢を向ける。
そこには案の定、密香たちを呼び出した張本人、八重野が立っていた。
「先輩。ご無沙汰してます」
「あ、ご主人様、聞いてください……! 宙ねーちゃんが、ご主人様の言いつけをもがっ」
「ご主人様ーっ! 宙たち、いい子で待ってましたよー!!」
宙のお茶目もといミスを空が告げ口しようとすると、鮮やかな手口で宙は空の口を塞ぐ。
空も最初は抵抗していたものの、八重野に「相変わらず仲が良いねぇ」なんて言われた途端に抵抗を諦めてしまったらしく、大人しく宙に口元を覆われながら項垂れた。微笑ましいな、と誰もが思うだろう。
「待たせちゃったかな、僕も一応急いではきたんだけど」
「私たちも来たばかりなので大丈夫です。
……それじゃあ、先に」
「お初にお目にかかります、八重野先輩」
密香が雅の方を指すと、優雅にお辞儀をしてみせた雅が自己紹介を始めてくれる。
「私、密香さんと同じクラスの久世雅と申します。今後とも、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそよろしく。多分聞いてると思うけど、僕は──そうだな、『陰陽学部』副部長の、八重野汐です」
「──! まさか貴方が……!」
「……『おんみょう、がくぶ』?」
聞きなれない単語を聞いて思わず聞き返すと、八重野が楽しそうに笑う。
「先生や部長に任されて、それの説明に来たんだよ。
君たちも部員になるから」
「えぇえぇ、やはり本日はそのご案内でしたのね。心待ちにしておりましたわ……!」
「…………えっと、どういうこと……?」
何のことやらと眉を顰める密香に対し、雅は待ってましたと言わんばかりの表情。ふと隣を見れば、累まで「ははーん」とでも言いたげな顔をしていた。
密香が疑問を隠せずにいると、いたずらっぽく笑った八重野が「どこの話からするとわかりやすいかな」なんてこぼした。
「そうだね、まずは根本的な部分からいってみようか。
──比女織さん、知ってる?
式神が『いつから使役されてるか』」
「いつから…………」
式神のことを知ったのがつい最近なのに、そんなことは絶対に知らない訳だが……昔見たものの記憶を、なんとか振り絞る。
「……陰陽師なら、安倍晴明くらいはテレビで聞いたことあるんですけど。確か……平安時代?」
「正解! その安倍晴明が式神を創った……かまではわからないけど、奈良時代の末から平安時代くらいから、式神が使役されてるんだ」
正確に言えば、今から千年とちょっと前。日本人にとって非常に馴染み深い文化であり、相当に古い歴史があることは、言わずもがなである。
「でも、記憶が正しければ……安倍晴明って、京都とか大阪とかの人物……でしたよね」
「そうですわよ。現在の陰陽師の総本山は、私の故郷でもある京都ですの」
「……それじゃあ、四季山は?」
「式神の総本山、って感じだな。
一応四季山は、陰陽師が式神を従えて、式神や妖怪と手を取って暮らす──みたいな部落があったって伝えられてんだよ。式神使いっつー職業も、その部落から始まったとかそーじゃねーとか」
「ちなみにその部落の創始者?みたいな家系があってね。
それこそが、比女織家さ」
「そんなルーツが……!?」
自分の出自に、まさかつい数日前に知ったことが関わっているとは。
だから祖母から幼い時に『式神』という言葉を聞いたような記憶があったり、今累の形代となっている注連縄が密香に遺されていたというのか……なんて、今までの謎が一気に繋がった。
そう考えると、八重野が初見で『比女織様』と呼んだのは間違っていなかったのかもしれない。まぁ、うら若き女子高生に対する対応としては全くの低評価であるのだが。
「その名残が残ってるのが、この五行高校。元々この高校のあった場所には、『五行殿』とか呼ばれる陰陽師の根城があったらしくてね。
……それで、現代でその陰陽師の根城、兼交流所の役割を兼ねてるのが、陰陽学部」
「……………………三行でまとめると?」
…………話が長くてよくわからなくなってきたので、ダメ元でそう言ってみる。
それには累が答えてくれた。
「四季山、昔陰陽師がいた山。
五行高校、その名残がある由緒正しき高校。
陰陽学部、陰陽師もとい式神使いの交流所! ……ってまとめりゃ満足か?」
「だいぶ満足」
八重野の詳しい説明よりよほどわかりやすかったので、心の中で累にありがとうを言った。
「そうそう。さっきもちらっと言ったけど……陰陽学部、式神使いの生徒は全員入部必須だから」
──八重野は思い出したように付け加えて、にっと笑った。
●
後の詳しい話は割愛する。簡単にまとめれば、密香と雅は『その陰陽学部へ入部するためのレクリエーション』を受けてもらうために呼んだらしい。準備、とはこのことか。
レクリエーション──という名目の試験の内容は、端的に言うと『校舎のどこかにある部室を見つけ出す』こと。屋上から出発し、小さな試練を受けつつ部室に入れたらクリアだそうだ。
そしてその小さな試練は、具体的に言うと『部室に入るための鍵を得ること』。見つけること自体は簡単だと八重野は言っていたが……
現在、説明を聞いた雅と密香は元気よく、いつの間にか人払いされていた校舎の中へと飛び出した。
「どこから探していくのがよろしいのでしょうね……」
雅はそう呟くと、一旦情報を整理しようと頭を捻る。
四階はざっと一周してみたが、わかりやすくThe部室と言えそうな空間はなかった。
……それどころか、放課後になっていることもあり、ほとんどの教室は鍵が閉まっていたのである。これが『レクリエーションに関係のない教室だから意図的に閉められている』のであれば嬉しいのだが、『部室までも鍵が閉まっていて、区別がつかない状態で部室を見つけなければならない』場合だと、少し──否、かなり面倒くさい。
最悪の場合はさっさと鍵を見つけ、全ての教室に鍵を挿していけばわかるのだろうが──『優美』が信条の雅は、詰んでもその手段は選ばないと心に決めている。信念が崩れぬうちは、華麗かつ大胆、そしてスタイリッシュに試験を突破したいものだ。
「……ふぅむ」
雅は元々この陰陽学部に入るために遥々五行高校へとやってきたのだから、その目的が達成できない状態になってしまえば非常にまずい。
あくまで絶対の試験ではないと八重野が念を押していたし、今回のミッションがクリアできなくても問題はないのだろうが……完璧主義が功をなしたか仇となったか、できることならここで早速良い成績を残しておきたいところである。
「…………密香さん、何か当てなどあったりいたしません?」
しかし、今日の雅は一人ではない。
なぜなら高校入学時の一番の懸念であった『友達ができるかどうか』を、楽々と突破できたからである。
更に、初めての友達ができたというだけでなく、その友達が式神関係者であったとはなんたる幸運か。烈には少しばかり小言を言われてしまったが、もはや関係ない。
そのうち行われるだろう学校行事も、願わくば密香と一緒に……なんて考えている始末なのだから、誰に何と言われようとも振り切るだろう。
「…………あら?」
なんて、声をかける相手がいることに多少歓喜を覚えていたのに……雅の声に対する返事はない。
──ふと振り返ると、そこに密香は居なかった。
「……あぁ、そういえば」
……昨日のぬらりひょん探索時に、『私、方向音痴で……』と何度も言われていたのを思い出した。昨日雅が目を離した隙に、ふらふらとどこかへ行こうとしていたのも思い出され、失礼だとは思いつつ小さく笑ってしまう。
「うふふ、仕方ありませんわね。まぁ、累は頼りになりそうな式神ですし……今回は合流より私のことに専念させていただきましょう。
──烈」
「お呼びでしょうか」
己の式神の名を告げると、一瞬の間もなく烈が姿を現した。
「先程までの話は理解しておりますわね?」
「抜かりなく」
「よろしい。では、私の方はまず鍵から探すことに致しますから、貴方は全階全ての教室の施錠状態を確認────」
「お探しのものは、これかしら?」
────静かな水面に水を一滴落としたのなら、このように波紋が広がるのだろう。
水の精霊を思わせる爽やかな、聞いたことのない声。
そんな煌々しくも愛々しい声の方を見ると、そこには幼さと大人びた美しさを併せ持つ、「綺麗」を体現した紫髪の少女が立っていた。──どこかで見た誰かに似ているのは、気のせいか。
「──なるほど、それは」
少女は雅に向かって、じゃら、と言う何かを見せ付ける。
それは、銀色に光る鍵だった。
「……はぁ、こういうやり口は好きじゃないんだけど。あいつ、いっつも『いいこと思い付いたー!』、って言うたびに悪趣味なこと言い出すんだから…………」
すると少女は手を翻し、鍵を握るとどこからか1Lペットボトルを取り出した。
「ま、いっか────
アンタ達の第一の試練。アタシから鍵を奪取してね」
「────!」
少女がそう宣言しながらペットボトルのキャップを取ると、中に入っていた水が噴き出る。
水滴は空中へばら撒かれたかと思えば、物理法則的に有り得ない動きをし始め、水色の瞳を輝かせる少女の真上へと集まっていく。
「水、が──!」
──まるで生き物のように蠢いた水は大振りの薙刀へと姿を変え、それが少女の手に納められた。
水から生まれた薙刀の先端、刃の中に鍵が浮かんでいるのが見える。
「アタシ、式神の祥。
────そう簡単に負けてあげないから、覚悟してね」
次の瞬間、祥と名乗った少女が、大きくこちら──烈の方へと大きな一歩を踏み出した。
「烈!」
「はい、ご主人様」
ふわりと服が揺れ、祥の長髪が揺れ、薙刀握る腕を前に突き出す。
その凶刃は烈の心臓目掛けて直線を描いた──が。
「気がお早いことですね」
一閃を最低限、小さな身のこなしで避けると、一歩大きく距離をとる。
刃が通った跡には、少しだけ切られた黒色の髪が舞っていた。
それを脅威と感じながらも些事と捉えた烈は、手を合わせ口を開く。
「──『術式、烈』」
そう唱えた刹那、彼の姿は三重にぼやけ、そして────
「……厄介な術式ね」
烈の姿が、祥を囲むように三つに分裂した。
とられていた一歩の距離を、三体が同時に詰めようと小さく飛躍し、全員が右手に拳を作る。
しかし、祥は真上に跳躍して鮮やかに回避する。
空中で手に持っていた薙刀を手放して再び空中に浮かばせると、薙刀は九本の矢へと姿を変え、空中の一点から放射線状に烈を狙う。
その鏃は、光を受けて刃物然としていた。
「そちらの能力も十分厄介かと」
どの烈がそう言ったか、三人は同じ動きで攻撃を中断し、その場から飛び退く。一瞬の後、さっきまで烈がいた場所の床には、それぞれ三本ずつ水の矢が突き刺さっていた。
「ふん。汐から、今年の一年生の式神の話はちょっとだけ聞いたのよね。ま、今日は周りとか気にしなくていい、って聞いてるから──」
水の矢はまた水滴へと姿を変え、華麗に着地した祥の頭上に小さな球を作り出す。
「少しくらい、暴れちゃってもいいわよねっ──!」
そしてその球は少しずつ回転を始め、水滴が──針のように鋭い水滴が、辺りに撒き散らされていく。
「……これはこれは」
三人になっていては不利と判断したのか、烈の姿のうち二つが消え、一つに戻った────と同時に、
「────もらったわ」
水の刀を構えた祥が、烈に斬りかかっていた────。
●
「……迷ったわね」
「迷ったな」
一方その頃の密香はというと、いつも通りどこかよくわからない場所へ降りてきてしまっていた。
どうせ探すのなら先に色々見た方がいいかと思って歩き出したはいいものの、戻ろうとしたその時には雅の姿が見つけられなくなっていた。階段はひとつしか降りていなかった気でいたが、地図を見るとここは三階らしく、また無駄に先を歩いてしまったようだった。
しょうがない、と割り切った密香は、辺りを見回す。
「ま、きっと雅は雅でちゃんとやってるでしょうし、私たちも捜索しましょ」
「賛成だ。探し物すんだったら、別々で行動した方が手っ取り早いしな」
とはいえ、当てがあると言えば嘘になる。
ひとまずは雑にでも鍵がありそうなところを探ってみるしかない。
「……教室はみんな閉まっちゃってるわね」
「施錠は大事だな。俺もいつぞやに鍵で痛い目見たことあるし」
「ホントなのか嘘なのかわかりづらい……」
ぐるっと一周してみたが、隠せそうなところは見当たらず。また迷うことになるため、なるべく階は移動したくないところ。
顎に手を添え、思案する密香。
「どこに鍵が隠されてるんだろ……」
「この階かもしれんし、そうじゃないかもしれねぇ。でもあの坊主、『見つけるだけなら簡単』とか抜かしてたよな」
「そうっすね、見つけること自体は簡単っすよ。持っていくとなるとちょっと骨が折れるかもしれないっすけど」
「内容はどうであれ、試験みたいなもんだし、そう楽には行かな…………」
……ん?
疑念を抱いた密香は会話をやめ、横を見る。
「おっす、どうも」
「──っ!?」
「こいつ、どこから──!」
……知らない顔である。
咄嗟に身を引く。
そこには密香よりひと回り背の高い、童顔の青年が立っていた。
「お探しのものは、おれが持ってるっすよ」
ちゃりんちゃりんと金属音を鳴らしながら、悪びれない顔で彼はそう言い放った。