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魂揺のかがり火  作者: 藍紅 吹雪丸
11/12

第十一話 陰陽学部は異変調査の専門家である

 山形県四季山の中腹に位置する、それなりの偏差値の公立高等学校──五行高校。

 パンフレットの通りならば、己の教養を高めるに相応しい豊かな自然に囲まれた、寮付きのいたって平凡な学校。

 しかし、陰陽学……もとい、式神を()る者たちにとってのその高校の真の魅力は、呆れ返るほどの豊かな自然などではなく、式神使いとして立派な知識を身につけるための場──陰陽学部が存在することだ。


 とはいえ、五行高校はあくまで(・・・・)平凡な公立高校である。

 春も中盤に差し掛かってきたある日、五行高校野球部の青年たちは部活動終了時間である十八時を目前に、急いで片付けをしていた。

 野球ボールを掻き集め、カゴを部室に戻せば寮に帰って自由時間になる……のだが、問題は誰がそのカゴを部室に戻しに行くかだ。カゴを戻しに行く者以外は必然的に解散となるため、これは最も重要で、かつ最も嫌がられる仕事である。


 ──こういう時は、ジャンケンに限る。

 誰が言ったか、その言葉を聞いた部員たちは己の拳を、ボールを握る時よりも強い力を込めて握りしめた。


 そして──ジャンケンポン!!! …………と。


 こうして見事なまでの一人負けをかました彼は、うへぇと言わんばかりの悲しげな表情で己のチョキを見つめていた。

 仕方がない、さっさとボールを片付けて帰ろう──と、彼は部員たちの背中を見送ってから、ボールがいっぱいに入ったふたつのカゴを台車に乗せる。ガラガラと小さな石をキャスターのタイヤに挟みながら部室の前まで移動すると、いつもの通り部室のドアを開いた。

 そして、台車を部室の中に置いてくればオッケー……と確認するように反芻して、台車を扉の中に入れた。


 ────はずなのだが。


「…………え?」


 どういうことか、台車を(・・・)部室に(・・・)入れる(・・・)ことが(・・・)出来ない(・・・・)


 確かにそこは部室の空間で、ドアはしっかりと開いている。

 もちろん台車が大き過ぎてドアに入らないというはずはなく、何かが引っ掛かっていたり、キャスターがこの瞬間に壊れたりしたという訳でもなさそうだ。

 それなのに、見えない何か(・・・・・・)に反発されているかのように、どれほど大きな力を入れて押し込もうとしても、台車はそのドアフレームの向こうに行かないのである。


「…………あっれぇ〜……?」


 彼──もとい、助っ人として野球部の練習試合に付き合っていた稲葉は、三白眼の瞳を困ったように細めたのだった。



  ●



「…………といった感じの怪奇現象が、他の部活でも起こってるらしくてね〜」


「…………はぁ……」

「…………ふぁ……」


 式守の報告に密香が思わず気の抜けた返事をすると、隣の累まで小さく欠伸(あくび)をした。


 ──先日の一旦木綿騒動の後、しばらくの陰陽学部は放課後雑談クラブと化しており、今日も部員で集まってのんびりと雑談をしていた──のだが、突然顧問である式守が部室に入るなり「はいはいみんな、部活の時間だよ〜!」と手を叩いて、数分待たずに報告会が始まったのであった。……雑談してる間って、部活のうちに入らないのかな。いや、そりゃそうなのだろうけど。


「暗かったし空目しただけかもって思ってたんだけどよぉ……まさかの生徒会案件だったんか?」

「結構……と言っても一週間前くらいから、同じような現象がポツポツ報告に上がっててさ。初めはみんな見間違えたのかなって軽視してたんだけど、何度も続くから妙だって話になってね」


 八重野の返答に、「ふ〜ん……」と稲葉が自分で聞いておいてつまらなそうに相槌を打つ。

 そんな八重野の言葉に続くように、珍しい顔触れである萌会長が口を開いた。


「後から先行して被害を受けた生徒(ひと)たちに聞いてみたのだけれど、被害を受けた状況および現象は、どれも概ね一致していた。先刻の稲葉君の報告が皮切りになって、僕らが遂に動き始めたというところさ」

「へぇ……俺の話がきっかけになってたんだったら、そりゃ〜いいんだけどよ」


 ──生徒会長たる彼が陰陽学部に顔を出すのは先述の通り非常に珍しいことなのだが、今回の案件は生徒会に上がっていた情報をもとにしているため、その統率をしている彼も今この場にいるということらしい。


「……怪奇、現象。ってことは、もしかして…………!」


 と、話が一旦終わったところで、真剣な顔つきのすばるがごくりと唾を飲み込む。それに反応するように、「ふっふっふ……」と、式守がやけに楽しそうに笑って見せた。

 そして。


「そう! みんなは判ってるかもしれないけど、今回の一連の事件は妖怪案件(・・・・)だとアタシは見積もってま〜す! ……というワケで〜?」


 呑気でマイペースな態度を崩さない式守はそう言うと、近くのホワイトボードをくるりと回した。

 ──そのホワイトボードの裏面には、こうデカデカと書かれている。


『  今年度第一回!!

 陰陽学部お泊まりレク☆

 〜ついでに妖怪退治♡‬〜』


「お、お泊まり……」

「レク? つまり、合宿……ということでしょうか?」

「ご明察〜! 今回の事件がピタリと止むまで、今日からこの部室を合宿所として借りちゃいます! その辺の許可はもう取ってあるから安心してね〜」


 陰陽学部みたいな活動内容があやふやな部活でも、泊まり込みとかできるんだ……なんて無礼なことを一年生たちが思っていると、稲葉が突如「あ゛あ゛あ゛────っっっ!!!」と言って机に突っ伏した。


「『お泊まりレク』って聞こえはよくってもさー、要はただの『居残り活動』だろー!? 妖怪のせいか何か知らねーけどだっっっりーんだよそういうの!! よっし俺サボるわ!!! 誰も止めんなよ!!!」

「ご主人、またっすか? オレ知らないっすよ〜……?」


 ……察しが良ければもうおわかりだろうが、稲葉はこういった学部内での活動のサボり常習犯らしい。

 学部では毎週金曜、式神に関する内容の講義が行われる。先日密香が聞いた式神に関する話やら騎馬戦もどきのミニゲームやらは、その講義の一環だったらしい。

 そして稲葉の講義欠席癖は周知されているので、部員の誰かしらが確保に行っているという。が、結局それなりの頻度で屁理屈をほざいてサボるのだとか。

 理由は毎度違い、友達と遊んでただの、ソシャゲをしてただの、まれに納得する理由として部活の助っ人に入っていた……だとかもあるらしいのだが。

 なんだかんだ言って、誰も彼のサボりを止めることができないのかな────と思っていると。



「全くアンタはいつもそうやって!!

 大人しく来なさいよっ、こころ(・・・)!!!!」



 祥の号声が、部室に鳴り響いた。


「…………こころ?」


 反復するその名前に、心当たりがない。

 ──陰陽学部に、こころ(・・・)という名前の人なんて────


「 ッ せ ぇ ! ! ! 」


 …………密香が首を傾げる間もなく大声を上げたのは、稲葉(・・)だった。


「名前で呼ぶなッつってんだろ祥ァ!! しゃあねぇ、行けばいいんだろ、行けばっ!!!」

「ふん、最初からそうしてなさいっていつも言ってるでしょ!」

「…………えっと?」


 突如として激昂を始めた稲葉を、一年生二人が何が何だかという表情で見つめてしまう。それに気付いた珠が「あー……」と頷き、二人に聞こえる程度の声量でコソコソと説明してくれた。


「……ご主人、下の名前を『心信(こころ)』って言うんすけど……ご主人はこの名前、かわい(・・・)すぎて(・・・)嫌いなんだそうで。自己紹介の時とか、いっつも苗字しか言わないんすよね〜……」


 そういえば、今まで彼の名前を聞いたことがなかったな……と二人は納得する。

 珠の説明が終わってから本人の方を向くと、稲葉──稲葉(いなば)心信(こころ)は、機嫌を損ねてぷいっと明後日の方向を向いてしまった。



  ●



「二人とも、そこが美術室だよ」


 月が登り、けれどまだ太陽は沈みきっていない黄昏時。

 わずかに山間に残る山吹色の光が窓から差し込んでいて、まだ懐中電灯なんかが欲しくなるような暗さではない。これがもう少し月明かりの方が強くなってきたら、少し考えものだけれど。

 黄と橙の間の光を浴びながら、現象を確認するならひとまず見回りということで、式守を除く部員全員で八重野を先頭に据え校内の見回りをしていた。一年生二人──特に密香がまだ教室の並びをきちんと把握できていないので、校内紹介も兼ねて。


「……でも本当に、不可視の壁など出るのだろうか…………」

「マジで出たんだよ、この前……なんかこう、ドアの向こうに台車入れようとしたら、どんだけ力を入れても通せなくってよ」

「ふむ……稲葉くんはその後、どうしたのかな。流石にその台車をその場にそのまま置いてきた、という訳でもないよね?」

「あんときはどうすっか迷ってたら、急に通れるようになってさ。壁……って言っていいんかわかんねーけど、それがいつの間にかなくなってな。かいちょー……っつーか生徒会側の把握してる他の報告だと、最後はどうなったっつってた?」


 すると、「えーっと……」なんて八重野が口を開く。


「結構まちまちですよね、萌先輩。稲葉の時みたいにその日のうちに消えたって時もあるし、結局その日はそのままで、次の日に戻った……とか」

「そうだね。昼間に起こったという話が出ていないだけ、まだ良い方(マシ)ではあるだろう」

「で、でも、それが……たとえば、昼間の授業中に起こっちゃったら……授業進行に、影響するかも。できれば……ううん。絶対……この合宿中に、どうにかしよう……ね!」


 すばるが口を挟めば、雅がうんうんと深く頷いた。


「同意いたしますわ。先生が授業後に帰ろうとして、開いているはずの戸から出られず額をぶつける──なんて、愉快なことがあってしまえば悲惨ですもの」

「はは、何だかそれ、黒板消しの悪戯に近いものがあるなぁ」

「う〜ん……それでも、見えない壁を作って人が通るのを邪魔する、なんて妖怪の話は聞いたことないんだけど。

 強いて言うなら、ぬりかべ(・・・・)とか?」


 密香が思ったことを口に出してみると、すばるに「確かに……」と返される。


「ぬりかべは、夜道を歩いているときに、……目の前が突然、目に見えない壁に阻まれて、前へ進めなくなっちゃう……っていう妖怪、だもんね。……確か、九州の方の妖怪、だったような…………」

「起こりうる現象としては、まさに聞いてる報告と同じだね。しかし、そんな遠方にお住まいの妖怪が、わざわざこちらまで出向くメリットはあるのだろうか……?」

「九州から東北、しかも山形ん中でもこんなクソ田舎まで来てくれてんだったら、けっこーなご苦労サンってとこだろ〜」

「大幣で叩いてどうにかなるかな?」


 そんな雑談をしながら歩いている、と。


 ──とんっ。


 ふと、階段を前に、先頭を歩く八重野の足が止まる。


「ぶへぇ! お、俺の鼻がぁ……! おい、どうしたんだよ汐!」


 八重野の後頭部に頭をぶつけ、呑気なことを言う稲葉を余所に、八重野は────



「…………出ました」



 静かに言い放つ。


「────!!」


 彼の言葉を聞いて、その場にいる全員がきちんと状況を察した。


「範囲は?」


 萌は素早く問えば、「えーと……」と小さく呟いて八重野は小さく右手を前に出す。

 ──するとその掌は、空中のとある一点で、まるでパントマイムでも見ているかのように綺麗に静止した。


「ここから……」


 すぅっと、その掌は真横に流れていく。

 ────それは、八重野の目の前にいる萌の前を(・・・・)通過(・・)し、同じように雅の(・・)前を(・・)通り(・・)過ぎ(・・)ていく。


「……本当に不可視の壁によって分かれさせられた、ということみたいですわね」


 そこまでを確認すると、「こんな感じみたいです」と言って、八重野は一度こちらに向き直った。


「少なくとも……萌くんと汐くん、雅ちゃんは、分かれちゃった……のかな」


 今度は、すばるが小さく手を前に出す。こちらもまた、先ほどの八重野の掌と同じようにある一点で静止した。


「あ……わたしも、みんなと分かれてる……みたい?」

「僕も確認させてもらおう」


 続いて、萌も手を前に出して、己の近くの壁の状況を把握し始め──


「…………なるほどね」


 ────最終的に、彼ら陰陽学部の面子が、三つに分けられていることに気付く。

 階段に繋がるところを真ん中として、その左右の廊下がどこまでも見えない大きな壁で分断されているようだ。

 壁に関係なく、お互いの手のひらに隔てなく触れることができたのは、雅とすばる、密香と萌、そして稲葉と八重野だ。


「階を跨げば合流できる……なんてことは考えない方がいいかもしれない。相手の妖怪が、どこまで壁の範囲を広めているかわからないからね」

「……ってことは、これ……嫌でも三つに分かれて探索、になりますよね」


 密香が思わずそう呟けば、「そればかりは仕方がないかな」と萌は宥めるように言い、ふとブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。


「電波、今だけは死んでないと有り難いのだけれど」


 言いながら、萌は少しスマートフォンの画面を操作すると、全員に見えるように画面を見せる。

 そこには『式守先生』と名前が表示された、通話画面があった。スピーカー状態になっていて、呼び出し音が聞こえる。


 ──少し間を置いて、呼び出し音が止まった。


『はいは〜い、式守先生だよ! ついに出た? 暫定妖怪』


 山の中の弱い電波も、今は空気を読んでくれたようだ。

 少々ノイズが気になるものの、電話先の式守の声はある程度明瞭に聞こえる。これなら問題ないだろう。


「お疲れ様です。出ました、今こっちは例の壁で三つに分かれてしまったので……僕と汐くん、あとすばるさんの式紙(しきがみ)、お願いしていいですか」


『了解! んじゃあとはそっちから話すね、山の電波に一切の信用ないからさ』


 そう式守が言えば、『ぶつ、つー、つー、つー────』と通話が半ば強制的に終えられた。


 ──すると、萌・八重野・すばるのそれぞれの適当なポケットから、何やら純白の紙片がふわりと舞い上がって出てくる。白色の紙片が夕焼けの色を反射させながら、その様子はまるで踊っているかのよう。


 紙片は、見たことがある形──今までも何度か見た、あの人型の形をしていた。

 それは浮かび上がると、それぞれの持ち主の周りを一度ふわりと回って、そして空中の一点に浮遊して止まる。


『式紙オッケー! 聞こえるー?』

「わ────」

「問題ありません。少しボリュームが大きいかもですが…………」


 そして、その人型の紙片から、式守の大きな声が聞こえた。


『それなら上々! そっちの状況は全部これ──この人型のやつ、式紙って呼んでるんだけどさ。これである程度わかるから、危ないことがあったらすぐ応援を向かわせられるはず。ちょっと壁の状況とかあるからわかんないけど』


「ひとまず、確実に連絡するための手段は大丈夫そうだ。スマホの通話でもいいけれど、電波が不機嫌だった場合は式紙で先生を通じながら情報交換をするということで問題ないね? 連絡は、各自で何かあったら──あんまり考えたくないけど、誰かが怪我したりすれば、繋いで構わないよ」

「んなの心配ご無用ってよ、かいちょー。怪我するってこたぁねーだろ。な、珠?」


 萌がスマートフォンをしまっていると、『そうっすね、ご主人!』と声がし、空中から珠が溶け出るように姿を現す。


『フン、アタシがいる限り、萌には怪我させないもの。……別に萌が心配だからじゃないけど、アンタが怪我したらアタシまで困るから、ってだけだけど!!!』

『……夕方までにどうにかしたかったけど、そうもいかないものね。すばる』


 珠を皮切りに次々に式神たちが姿を現していく。どれも妖怪の迎撃に備えて霊体化状態で彼らのご主人様についていて、確かにこれなら誰かが怪我することはなさそうだ。

 そんな彼らを見ると、萌は「あはは」と楽しそうに笑い、すぐに真剣な面持ちに戻る。

 それを見た皆が身構えたところで、萌は言った。


「それじゃあ────調査開始だ」


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