07
靴に履き替えて外に出ようとしたらバンッという大きな音が聞こえてきた。
「っざけんじゃないわよっ、あのクソ女があ!!」
あくまで自然に外に出て足を止める。
あぁ、やったんだな先輩……と内で呟く。
「八つ当たりは駄目だよ谷口さん」
「あ゛!? ……って、東雲か」
あーあ、せっかく綺麗な手も赤くなってしまっている、何をやったんだあの人は。
少なくともこうして残ってしまうくらいには恐ろしいことということは分かるが。
「あんたのせいで……」
「ごめん」
「あんたまた――」
「いや、これは六堂先輩を僕が止められなかったことについての謝罪だから。それでどう? 伊澤くんたちは協力してくれるって?」
大事なのはそこだ、正直先輩がやらかすのは常のことなので驚いてはいない。
「まあね」
「よかったね、これでひとまずは安心だ」
「つかそもそもひとりでも大丈夫だったけどね」
「いやいや、付きまとわれているって聞いたけど?」
「別にひとりでも躱せるし」
「それはあくまで話すだけで済んでいる今だけでしょ?」
話すだけでは届かないと分かったら次の手段に出る。
人間、獲得したい物があったらどんな手段を使ってでも手に入れようとするのが普通――ではないが、そういう人だっているだろう。
「物理的にも負けないし」
「いや、舐めない方がいいよ。しっかり頼って気をつけてね」
「うざい、偉そうに言うな」
「ま、いいんだよそこは、僕がやりたかったことはもうできたわけだから満足してるよ」
「勝手に満足すんじゃねーよ」
やっぱり分かり合えないんだろうなあ。
こっちにその気があっても相手になければ話にならない。
門前払いみたいなもの、だが、とにかく平気なら何でもいい。
「人生なんてほとんど自己満足でしょ?」と格好つけて口にし、僕はひとり歩きだした。
そもそもすれ違っていたって関わらないで人生が終わる人が多いのだ、彼女一人と上手くいかないなんてちっぽけなことでしかない。
「バカ! せっかく僕が呼び出してやったのにい!」
って、隠れて見ていたのかこの問題児先輩。
「ごめんごめん、無理だよあれは」
「はぁ、もう帰るか、どっかの恩知らずは放っておいて」
「って、僕も帰るよ」
学校を出て反対方向へと歩いていく。
「人間関係って難しいよね」
「それを六堂先輩が言うの?」
「分かり合えない人と出会う時とかは僕にだってあるよ」
「へえ、誰だって振り回すのかと思っていたけど違うんだ?」
「できないよ、特に好きな人が相手とかだとね」
「って、何でいきなり好きな人の話になるの? え……」
足を止める。
今自然にさらっと流したが……あまりに衝撃的な事実だ。
「ん?」
「六堂先輩好きな人がいるのっ?」
「あれれ~? もしかして僕のことを狙っていたとかかな? でも残念っ、僕は同級生の男の子が好きなのです!」
「いや、狙ってはいないけどさ。そっか、上手くいくといいね!」
「うんっ、頑張るつもり!」
珍しく純粋でいい笑顔、その人にも見せてあげればいいんじゃないかな。
「だからさ~、僕の方がモヤモヤしちゃうから瑞も頑張りなよ」
「とは言われてもなあ、谷口さんがあんな感じだからね。それに多分、伊澤くんが好きなんじゃないかな」
「伊澤……ああ! あの百花の家によく行く男の子ね」
それは初耳だ。
これはますます泥沼化になったわけだが、あの四人には頑張ってほしい。
「うーん、瑞じゃ駄目かもね! あっはっは!」
「普通の友達でいてくれれば僕はそれでいいんだけどね」
「他の人のときよりも大変なことでそれすらも難しいのが瑞ね」
「そうだね。ま。また相談に乗ってもらってもいいかな? 邪魔にならないよう頻度は抑えるからさ」
「うん、いいよ。僕は優しい人間だからね、困っている者を見つけたら放っておけないのです!」
「いつも困らせられているんですけど……ま、よろしくね!」
家に着いたので彼女と別れる。
「って、何で当たり前のように送らなくちゃいけないんだ僕が……」
おかしい、これはおかしいぞ。
あの人のペースに乗せられないように明日から気をつけよう。
冷静に考えてみたら最近の彼女は異常だ。
僕にだけなのは常であるが、そこまで怒られるようなことをしたわけわけではない、それどころか彼女のためにって考えて動いたことばかりだ。
だから問題があるとすれば言い方を誤ってしまったあの件、それしか考えられなかった。
「こはく、最後の問題は分かった?」
「うん、余裕だったよ」
「え、答えはなに?」
「Aだね」
「え……私、Bにしちゃったんだけど……」
僕もBにしてしまいました……。
い、いや、テストとかどうでもいい、今は大事ではない。
「ふふ、どんまいっ、後でいちごジュースを奢ってあげるよ」
「ありがと……」
謝罪しようにも常に大谷さんが一緒にいる、おまけに謝罪をしたところで「申し訳ないと思っていないだろ」と怒られてしまう。
そうすれば余計に機嫌を損ねて関係は悪化、まだ対ゴキブリの時の方が優しい彼女を見られそうだ。
「東雲、ちょっといいか?」
「うん」
廊下に出る、途中振り向いて見えたときの伊澤くんの顔は真面目だった。
「ふぅ、いきなり悪いな」
「いや、大丈夫だよ」
「それで本題なんだが」
彼も焦らすねえ。
「百花に付きまとうの、やめてくれないか」
「え……」
彼にとってはストレート、僕にとっては変化球。
そんなことしていないよ! と即答することはできないまま数秒が経過する。
「こはくに聞いたんだ。お前もさ、自分では止められないから俺らに頼んだんだろ? 今の状態ならまだ何もせず許してやるから、やめてやってくれ」
あれ、そのことも僕のせいになっているぞ? え、あの人のことを知っている的なことを言っていたのになあ。
「えっとさ、伊澤くんは谷口さんのことが好きなの?」
「いや、そういうのは神に誓ってないぞって、話を逸らすな」
うーん、伊澤くんがいてくれればそういう点でも助かるわけだし、谷口さんがその気になればアピールをして上手くいく可能性もある。
ま、そうすると大谷さんの好意が無駄――届かなくなってしまうが、あくまで優先されるのは谷口さんの気持ちだ。
こう言ってはなんだが、あくまで僕の中での大谷さんはおまけ程度の存在でしかないのだから。
「分かった、僕の方からは近づかないよ」
「僕の方からは、か?」
「うん、だけどあの子が近づいてきた分にはしょうがないでしょ?」
「もしかしてまだ来ると思っているのか?」
「いやまあ、可能性は0じゃないでしょ?」
たまたま行ったお花屋さんの娘さんが谷口さんだったみたいに、偶然にも今年一緒のクラスになったみたいに、彼らの遊びがきっかけで仮の友達になったみたいに――そのどれもが僕だけではできないことだった。
きっかけなんかどこにでも転がってる、ゆえにこれからどうなるかは僕らでも分からないわけだ。
「もし俺があることないこと百花に言ったらどうするんだ?」
「自分の価値を下げるだけだし、何より谷口さんを裏切る行為でしかないからそんなことはやめた方がいいよ」
「どうして百花を裏切ることになるんだ?」
「だって大切な友達とまで言ってたんだよ? そんな友達が嘘をついてたら悲しいでしょ。しかもいい意味でとはいえ、自分を騙しにきているんだからね」
谷口さんが聞いてたら絶対「屁理屈野郎」と言ってきているだろう、だが! 今はいないから大丈夫!
「ふぅ、分かったよ。百花が近づく分には止めない、で、お前の方からは近づかない、いいな?」
「うん、それでいいよ」
彼が出ていった後、僕はすぐに席に座った。
伊澤くんが言っていたように谷口さんの方から来る確率は限りなく低いと言っても間違いではない。
そのうえ、仮に目の前に現れたとしても悪態をつかれて終わるところが容易に想像できてしまう。
別に先輩に言われたからとかではないし、先輩にうざ絡みをされたくないからとかでもない――それでも何故か期待してしまっている自分がいるのだ。
「ひゅ~、やるね~」
「なんだ六堂先輩か」
僕はてっきり盗み聞きをしていた谷口さんが来てくれたと思っていたのに。
「だけどいいの? 仲良くなってきたときに弊害になるけど」
……こんな時だってのに腕を組むと一際強調される彼女の胸に意識がいく……。
「逆に考えれば、谷口さんの方から来てくれるようになったら問題ないわけだしね」
「そんな時がくるの?」
「分かんない! でも、生きている限りチャンスはあると思うんだ」
さっきと同じだ、きっかけはどこにでもある、先輩と関われたのも同じことだ。
「そっかっ。ま、きっといい方向に繋がると思うよ」
「ありがとう、たまには優しい先輩になるね!」
「い・つ・もっ! それじゃあ僕は教室に戻るから!」
「って、僕も戻るけどさ」
ここ、空き教室だし。
席を戻して廊下に出ると「うげ……」と声が聞こえてきた。
「って、谷口さん!? え、やばっ、僕から近づいているじゃんこれじゃあ! ご、ごめんね、先に戻るね!」
やばいやばい、格好つけて「僕の方からは近づかない」とか言ったのにすぐこれではなあ……。
気をつけないと僕が一本背負いされることになるぞ……。




