04
道の真ん中で話すのは迷惑がかかるので端に寄る。
「あのさっ」
「うん?」
彼女がやって来た理由は何だ? 彼女の家からはだいぶ距離がある。そして、もし仮に探していたとしてもここで遭遇できたワケは?
「ま、とりあえず歩きながら話そうよ」
「ん……」
あーまた送ることになっちゃったじゃないかっ。え、何で僕が? 別に彼女と仲がいいわけじゃないのに? 何より憎まれ口しか叩かれないのに、と内側では大忙しだった。
「あんた、あの人のところに今までいたのよね?」
「うん、カレーを作ってきた。だからほら、タッパーで余ったのを貰ってきたよ」
ひとり分にしては限りなく多い量だ。仕方ない、全部きちんと作れと言われたのだから。
「それって初めて?」
「いや、高校1年生の始まりからかな」
毎日と言うわけではないが僕が土下座をする回数より遥かに多い。
「どういう関係なの?」
「さっきも言ったように友達ってだけだけど……」
あの人は僕をおもちゃくらいの扱いしかしてない。良くて、料理が作れる後輩、というところだろう。
「そういうことね」
「え?」
「いや、こっちの話。もうここでいいわ」
「え、まだ距離あるじゃん、送ってくから気にしないでよ」
「ふぅん。ま、好きにすれば?」
会話は特にない。結局僕を探していた理由すら教えてもらってない。なのに律儀に彼女を送ろうと歩いていているが、彼女はまるで僕がいないかのような歩調で前へと進んでいた。
「いらっしゃいませ」
「あれ、今日は千尋さんいないんですか?」
お店番をしていたのは彼女のお父さんだ。「友達の家に行くとか言ってたよ」と優しそうな笑みを浮かべつつ答えてくれる。となると、うちの母さんのところだろうか。
「東雲君いつもありがとう」
「いえ、僕の方がお世話になっていますから。このお店にも、娘さんにも」
「はははっ、そう言ってくれると助かるよ。百花、ちょっと代わってくれないか?」
「うん、分かった」
そして僕が1番好きな働いている状態の谷口さんに進化する。
「って、あんたいつまでいんの?」
「働いているキミを見るのが好きだからさ、観察していこうと思ってね。ほら、こうしてお客さん用のベンチがあるし」
「はぁ、こんな気持ち悪いのが同じクラスにいるとか怖いわ」
「エプロンが似合いすぎてるキミの方が怖いけどね」
「うっざ、話しかけんな」
近くにあるパンジーを見て心を癒やす。
本当にオブラートに包まない子なので癒やされなければやっていられないのだ。
「ただいま~」
「あ、お帰りなさい」
「いらっしゃいませっ」
あぁ……今日も相変わらずお美しい。
谷口さんにもそれが遺伝しているが、彼女はどちらかと言えば可愛い系なのでお父さんは嬉しいだろうなと想像した。
「あれ、あの人は?」
「なんかあたしに任せて外に出てったよ」
「そう……あ、東雲くん、ちょっといい?」
「はい、どうしました?」
「ちょっとふたりきりで」
「分かりました」
千尋さんに付いて外に出る。
微妙な空気が僕を包むが、僕的にはそれどころではなかった。
これは絶対、「うちの娘に近づかないでくれるかしら? 次に近づいたら分かるわよね?」という流れだろう。
「最近、仲がいいみたいね」
「え?」
「百花とよ」
「すみませんでしたああ!!」
美しいお母さんの前で土下座。
いいよね土下座って、一応それっぽい雰囲気は伝わるんだからさ。千尋さんは「へ?」と白々しくとぼけていたけどね。皆まで言えと言うのか? 意地悪だなぁ親子ふたりして。
「ふふ、違うわよ」
「え?」
今度はこちらが驚く番。
顔を上げてみるとめちゃくちゃ魅力的で柔らかい笑みを浮かべている千尋さんが見える。風に靡く髪を押さえつつ、千尋さんは続きを言った。
「さっきだって『東雲に用があるから無理!』ってお店番を放って出ていったのよ?」
「え、あ、それでお父さんが?」
「ええ、こんなことは初めてで私も驚いているわ。口や態度では面倒くさそうな雰囲気を出すけど、すっぽかすような子ではないのよあの子」
「それは分かります。一見冷たい感じですけど、本当は優しくて暖かい心の持ち主なんですよね! だから憎めないというか、一緒にいたくなると言いますか、そんな感じです!」
僕に用ってなんだろう? それならそうと最初に送った際に言ってくれれば何ら問題はなかったんだけど。
「ちょっと母さん、帰ってきたなら代わってよ」
「はーい。ふふ、戻りましょうか」
「はい」
お花屋さんに戻ると何故か僕にエプロンを渡してくる谷口さん。
「あんた代わりにやりなさい」
「え? 何も分からないんだけど……」
「別にいいわよ、突っ立っていれば」
「こう言っていますけど千尋さん」
「それならお願いしようかしら。お礼はそうね……夕ご飯でいい?」
「何もいらないですけどそういうことなら」
ついでにカレーもここで食べてしまおう。市販のルーだし味について文句を言われることがないのは幸いだ。
「――で、谷口さんはそこで何するの?」
「何ってあんたがいつも視姦してくれているように、ではなく観察しているだけよ」
「えぇ、語弊があるよそれ……」
僕は単純に好きなんだ、真面目な感じの彼女が。
でも、普段も人を思いやることができて優しいから嫌いじゃない。そのギャップが魅力を引き立たせるんだ。
それから観察されながらもただ突っ立っていた。時折来るお客さんの対応をする千尋さんを僕も眺めて、手際がいいな、素晴らしいなと改めて分かって実に満足。
「さて、今日は何を作りましょうか」
「あの、これも使ってください」
「いいの?」
「はい、母さんとふたりきりだと食べ終えるのに時間がかかるので」
「ありがとう。それなら百花と待っててね」
「はい」
ソファに寝転んでいる彼女の前に立つ。
「そこで寝たら風邪を引いちゃうよ?」
「うっさい……なんであんたもいんのよ」
「報酬ですから。僕はキミと一緒にご飯を食べれて嬉しいけどね」
「は? ちっ……」
ソファに背を預けるようにして床に座った。
初めて入る谷口家のリビング。
後ろには決して仲がいいとは言えない彼女が寝転んでいる。
「ばか、なんで敢えてお尻の方なのよ」
「えっ? 変な意図はないけど」
「ったく、あんたはストーカーだし変態だしで嫌な存在ね」
自意識過剰……可愛いから警戒しなければならないんだろうけどもう少しくらい柔らかい態度でいてくれてもいいと思う。
「はは、何回も谷口さんを送ったら疲れちゃった」
「あたしなんてずっとあんたを探していたのよ?」
「あ、そういえば何で?」
「分からないわ」
「え……」
なら僕が分からないわけだ。
結局冗談だと言うこともなく千尋さん作のご飯が振る舞われ、僕は興味を失くし胃に詰め込めることだけに集中した。どれも美味しくて谷口家の皆が暖かくて楽しい時間を過ごすことができた。
「ごちそうさまでした、とても美味しかったです!」
「お粗末さまでした!」
「あ、僕が洗うので」
「いえ、別に気にしなくていいのよ。っと、そろそろ帰った方がいいかもしれないわね」
「あ、すみません長時間いてしまって……」
そりゃそうだ、よく分からない男が長時間いたら怖い。
ああ、僕も何でそのままご飯を食べさせてもらったんだろう。明らかなお世辞なのにね、空気読めなくて申し訳ない。「そ、そういう意味じゃなくてお母さんが心配するでしょう?」と千尋さんが慌てているところも、よりそういう側面を強調しているような気がした。
「それでは帰りますね」
「え、ええ、今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
靴を履いて外に出る。
すっかり闇に包まれており、それがどこかテンションを上げさせた。
「待ちなさい」
「うん……っと、何これ?」
「エプロン」
「いや駄目でしょ、お店のでしょ?」
「違う、あたしが気に入って使ってるやつ」
「それなら余計に駄目でしょ」
「いーから貰っておけ! じゃあね!」
ドバンッ、大きな音を立て扉が閉められてしまう。
「これでもっとご飯を作ってあげろってことなのか? はっ!? それとも『あたしにお弁当を作ってこい、してこなかったら分かってんだろうな、ああ!?』ってやつか!」
ふふふ、いいだろう谷口さん。そこまで言われたら何もせずに逃げるわけにはいかない!
「というか谷口さんが気に入って使ってるやつか。気に入ってるやつ……毎日使ってるやつ……」
なんか使いづらいな、なんとも気恥ずかしいし。
これは部屋に飾っておこうと僕は決めて帰ったのだった。