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03

「ねえ東雲くん、昨日百花の家の前の喫茶店にいたよね?」


 話しかけてきたのはもうひとりの女の子――大谷こはくさんだった。


「うん、谷口さんと一緒にね」

「結構仲がいいんだね」

「いや、ただ強制力があっただけだよ」


 それをしないと翌日ひとりで働かせると言われていたらしい。平日だって学校の後に働いているんだ、日曜日くらい休みたかったんだと思う。


「あ、そうそう、ちゃんと谷口さんが友達になってくれたよ。約束は守ってるからね」

「う、うん、一緒にお出かけしてたの見たしそれは分かるけど」


 む、どうしてそんな複雑そうな顔をする? もしかして仲が良くないとかそういうのだろうか。


「あのさ――」

「はよー……」


 どういう感じなのか聞こうとした時に谷口さんが来てしまった。「あ、百花おはよっ」とあくまで明るく挨拶をしたことから不仲というわけではないのだろうが。彼女も「うん、はよ」と返しているしね。


「ちっ」

「どうして僕を見て舌打ちするのさ」

「こはくに悪さをするんじゃないわよ」

「し、してないよ」


 何故僕にだけ当たりが強いんだろうか。別に何か悪さをしたわけではない。僕がしたことと言えばお花屋さんに頻繁に来店したということだが、千尋さんにとってはいいことなんだけどなあ。


「はぁ、そう言えば母さんが『ありがとう』だってさ」

「それは僕の母さんも言ってたよ?」

「ん。ま、あんたといれば無料でオレンジジュースが飲めるからね、悪いことばかりではないわよ。会話はうざいけど」

「でもさ、それって話し合わなくても一緒にいるだけで心地がいいってことだよね? いいことだと思うなあ」

「はぁ~~~……こいつ嫌い……」


 そこでちらりと見た大谷さんの顔は実に複雑そうな感じだった。これはもしや谷口さんが僕と仲良くすることを快く思っていないな?


「おっすっ」

「おはよー」

「はよ」


 やって来た彼――伊澤大輝くんは僕を一瞥して小馬鹿にしたような笑みを浮かべ――ることはせず。


「おっす東雲!」

「おはよ!」


 僕にも気さくに挨拶をしてくれた。

 こういうところが谷口さんや大谷さんと仲良くできるいいところなんだと思う。


「おう。百花と一緒に出かけたんだって?」

「うん、土曜日にね。僕が無理やり頼んだんだ、土下座をして『オレンジジュースを奢りますから!』ってさ」

「はははっ、想像しやすいな!」


 いや……僕はそんな頻繁に土下座をしないけれども。僕が土下座をする時はお小遣いを前借りする時でしかない。月に4回くらいだろうか? 一般人に比べたら十分高頻度か。


「で? こはは何でそんな複雑そうな顔をしているんだ?」

「い、いやっ、なんでもない!」

「そうか? ならいいんだが」


 お? これはもしかしたら……同性とか関係なく谷口百花さんを大谷こはくさんが好き――という流れではないだろうか。もしそうなら全力で応援するつもりだ。精々「頑張って」と言うくらいしかできないが。


「あれ、みなとくんは?」

「今日は休みだって」

「ふぅん、湊が休むなんて珍しいじゃない」

「風邪だってさ」


 おぉ、僕と友達になってくれてもいいけどと言ってくれた小日向湊くんか。

 ところが残念、どうやら今日は風邪らしい。お礼を言うチャンスだったんだけどな。


「百花、お昼一緒にご飯を食べようね」

「うん」

「じゃあ俺も」

「えぇ、暑苦しい」

「そう言うなよ。あ、東雲も一緒に食うよな?」


 スポーツ少年だからかな? 何でもフェアにやりたいとかそういうの。ま、じゃんけんで友達になるかどうかを賭けていたのは引っかかるところだけどもね。


「いや、邪魔したくはないからやめておくよ。そう言ってくれてありがとう伊澤くん」

「そうか? 別に気にしなくていいんだけどな」


 ふたりが席に戻った後に谷口さんが「なに変な遠慮してんだよ消極的野郎」と言ってきた。


「いや、僕は大谷さんに良く思われていないようだからさ。だって僕の名前が出る度に複雑そうな顔をするからね」


 可愛い女の子同士の恋愛、いいじゃないの。

 そこに余計な男はいらないんだ。仮に伊澤くんであっても間に入ってはならない。


「ま、あんたを好いてる人なんていないでしょ」

「別にいいよ。僕が代わりにその人達を好きになるから。谷口さんとかね」

「きっも、そういう奴がストーカーになるのよ」


 断じてそんなのではない。

 例えば僕が嫌われていたとして、その嫌っている人を嫌ったら負の悪循環だ。

 せめて好意的に、ポジティブに生きていればきっといつかいいことが起こるはず! だと信じているだけでしかない。


「とにかく、こはくに変な感情を抱くんじゃないわよ」

「おぉ」

「あ゛?」

「いや、仲がいいんだなって」


 ちょっとだるそうにしているけど愛しの彼女のためにはこうして牽制してしまう、そう考えればめちゃくちゃ可愛い。


「いいじゃないのそういうの!」

「うっせえ!」

「ぐはぁ!? い、いだい……いだいよぉ」

「そんなに強くはやってないわよ!」


 ま、ただ腕をつねられただけなんだけども。

 ふっ、これからが楽しみだ!




「――で、なんであたしがあんたと放課後に居残りしなければならないのよ!」


 唐突だが僕らは図書委員だ。

 だからふたりで放課後に残る形になった。

 が、残念ながらここの図書室を利用する生徒は壊滅的にいないため、座って時間経過を待つしかやることがない。


「やっほ~」


 声に反応し振り向くと頬にズブリと爪が刺さった。


「頬がぁぁぁ!?」

「あはははは! 瑞ってばおもしろ~い!」


 いや、爪を少しだけでも切ってほしいが。


「あんたうっさいわよ! ここは図書室なのよ?」

「あ、ごめん……」


 彼女が言っていることは酷く正しい。


「あーもう、六堂りくどう先輩のせいで僕が叱られたんですけど?」

「え? ふっ、やはりそうか、ふふふ」


 笑い事ではない。

 ますます谷口さんから嫌われたらどうしてくれるんだ。


「というかさー、瑞が女の子と一緒にいるとか珍しいじゃん!」

「うん、土下座して頼んだんだ」

「あははっ、容易に想像できるんだけどそれ!」


 笑い事ではないんだけど……。


「六堂先輩はどうしてここに?」

「あ、瑞に頼みたいことがあったんだよ。えーと……あ、そうだ、今日もご飯作りに来てよ、そうしないと自炊できない僕は死んでしまうからさ」

「うん、それなら帰りに寄るよ」

「ノリが良くて助かるよっ、それじゃあ後でね!」


 明るくていいねあの人は。

 出会ったのは高校1年生の春、入学式から3日経った日のことだ。

 僕は自然と友達ができるものだと思っていたのだが、初日も翌日も翌々日も友達ができなくて焦っていた。

 でも、こういうのは頑張るほどから回る。だから一旦諦め、ひとりナンプレを解きながら外でお昼ご飯を食べていた時に先客として彼女がいたのがきっかけだ。

 先輩とかそういうのはどうでも良かった。別に先輩が女の子だからというわけではない。こんな絶好のいい機会はないと判断して話しかけて、先輩は最初から明るくて気さくな人だったから助かったという形になる。


「あんた友達がいたのね」

「うん、高校に入って初めての友達になってくれた人なんだ」


 その代わり先輩のお母さんがいない時はご飯を作るという約束となっているから友達(仮)かもしれないけれども。


「ふぅん、あんたと友達になってくれる人なんて罰ゲームくらいでしかいないと思ったわ」

「はは、似たようなものだよ」


 図書室の鍵を閉めて、職員室に返しに行く。


「それじゃあね」

「え、待ってよ。僕、キミを送ってから六堂先輩の家に行くつもりだから」

「は? はぁ、ま、あんたがしたいなら別にいいけど」


 あの先輩なら多少待たせても大丈夫だ。

 だから僕達はふたりで校舎から出てあのお花屋さんを目指していく。


「ねえ」


 にしてもお花屋さんの奥が自宅で楽だよね、働くってなった時に。僕の家は定食屋さんをやっていてそのまま上へ向かえば家だからもっと楽だけど。


「ちっ、ねえっ」

「あ、うん、どうしたの?」

「別に無理して一緒にいなくていいから。こはくや大輝達はそんなことで怒ったりしないし」

「え、珍しい反応で雨が降りそ――ぐはぁ!?」


 大事なところをかばんでダイレクトアタック。

 流石にこれは腕をつねられるより痛いぞ……。

 彼女は「オマエ、ウザイ、キエロ」とゴミ虫を見るかのような冷たい表情で言ってきた。「まあまあ……」と答えるだけで僕は精一杯。


「もうここでいい、あんたはあのよく分からない人のところに行ってあげなよ」

「え、いいよ、ちゃんと送ってく。あ、もし拒むようだったらここで土下座をするからよろしくね」

「うっざ……好きにすれば」


 お店の正面に着いて彼女と別れる。

 最後までお礼とかは言ってこなかったけど、僕としてはその方が落ち着くからそれでいい。

 で、僕は比較的近い六堂先輩の家を目指す。


「あ、家の前に着きましたよ」

「いま開けるから待ってて」


 電話を切れて待っていると、家の中から彼女が出てき……たのだが、


「なんで裸エプロンなんですか!」

「失礼なっ、下着はブラジャーもパンツも――」


 なるべく意識しないところ、腕を掴んで無理やり中に連れ込んだ。先輩は呑気に「瑞も少年なんだから嬉しいでしょ?」なんて言っているが、僕としては気が気でないわけで。


「瑞くん、僕はカレーがいいです」

「ルーとかはあるんですか?」

「さっき買ってきた!」

「それじゃあ待っていてくだ――」


 手を洗って振り向いた僕の腕を彼女が抱いてくる。


「ねえ、さっきの女の子とどういう関係なの?」


 柔らかさの暴力が僕を襲う。

 何だこの人、今までこんなことをしてきたことはない――いや、あるんだよなあ、それも何度も。質が悪いのは別に僕が好きというわけではないことだ。


「友達ですよ」

「はっはっは! 瑞も慣れたものだね~」

「何回もされればそりゃ慣れますよ。いいから離れてください、作りますから」

「あーい」


 はぁ、やれやれ、僕じゃなければ襲われて終わっているところだぞ全く。

 とりあえず切って、炒めて、水を入れて、沸騰したら火を止めルーを入れて、トロトロになるまで煮込めば完成。


「どうぞ」

「ありがと! いっただきます!」


 僕はその間に後片付け。

 こうしておかないとこの人一切やらないので仕方のないことだ。


「まあ嬉しそうに食べてくれるだけで十分だけど」

「だって美味しいからね~」

「そりゃどうも」


 憎めないのはこうして「美味しい」とか「ありがとう」とか言ってくれるから。微妙な点は自分が作ったとは絶妙に胸を張れない料理達ばかりだから。


「よし、終わり」

「ふふ、ご褒美に何をしてほしい?」


 いつの間にかお皿を持った状態で現れた六堂先輩。そしてさり気なく僕の右腕を抱いているという状態で……。


「まだ手を拭いてないから濡れちゃいますよ?」

「ひゃぁ!? 冷た!?」

「言わんこっちゃない……」


 しょうがないから拭いてあげ……。


「ふふふ、童貞のキミがここを拭けるかい?」

「はぁ……もうタオルを渡すんで拭いてください……ってぇ! 何をやっているんですか!」

「いや、別に服の上とタオル越しなんだから大丈夫でしょ?」


 もうこの人やだ……この人といると危うく一線を越えそうになるからだ。


「で、もう1度聞くけどさ、あの子と仲いいの?」

「え? 別に全然仲良くないですよ。僕は仲良くしたいと思っていますけど」


 それこそ土下座をして頼んでもいいくらい。

 もっと仲良くなって本当の意味で友達になってほしいのだ。

 ただまあ、「ふふ、流石瑞って感じだね!」と笑われてしまうと嬉しくはないが……。


「まあまあ! あの子が仲良くしてくれなくても僕が仲良くしてあげるから任せて!」

「それって僕で遊びたいだけですよね?」

「そうとも言う!」

「……まあいいや、また来ますね」

「あい! いつもさんきゅー!」


 六堂家を後にし帰路に就く。


「いたっ!」

「え? 谷口さん?」


 何故か呼吸が乱れている彼女と出会ったのは出てからすぐだった。

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