02
「おっはよー!」
「えっ、お、おはよう……」
明らかに演技――というわけでもなく本当にハイテンションな谷口さん。
「それじゃあ百花、私は里美さんとお出かけしてくるからね」
「うんっ、私は東雲くんと楽しんでくるから!」
「百花さん、瑞のことよろしくね」
「はいっ、任せてください!」
ふたりが歩いて行くのをふたりで見送って。
それでふたりが見えなくなった瞬間だった。
「はぁ~~~……やってらんないわよ、ったく」
ま、そりゃそうだよね。
大方、そうしないと○○失くすとか脅されたんだろうと予想できる。
ああ見えて千尋さんは厳しい人ではあるので、あまり意外なようにも思えなかった。
「とりあえず目の前の喫茶店に入るわよ」
「え、それでも続行するんだ?」
「面倒くさいけど1時間は最低でもいないと母に怒られるからね」
「了解、それじゃあ行こうか」
店内に足を踏み入れると適度な温度設定と適度な音量設定で落ち着く空間となっていた。
案内された場所に座りメニューを眺めていると、急に彼女がくすりと笑う。
「つかあんたなんで制服なの?」
「いや、デートに着ていくいい服がなくてさ」
「は? デートじゃないんですけど」
「それでもいいんだよ、僕の中ではそうだから」
「あっそ」
「谷口さんの服は実に似合ってるね」
パーカーとスェットパンツだ。
制服も着崩して着るタイプなのでなんか似合ってる。
これでワンピースとかで来られていたらその時は必ず惚れていただろう。
「うるせえ。とりあえずあたしはオレンジジュースね。デートなら男が奢るべきでしょ?」
「いいよ。それなら僕は牛乳にしようかな」
「はぁ、そんなのいつでも飲めるじゃない」
「オレンジジュースだってそうだよ。あ、オレンジジュースと牛乳でお願いします」
「かしこまりました」
手持ち無沙汰な僕は目の前に座って頬杖をついている彼女を撮影。
「消せっ」
「いや、記念に撮っておこうと思って。ほら、証明にもなるでしょ?」
「証明?」
話題を逸らして写真はしっかりとロックをかけておいた。
女の子とお出かけなんて、こんなことこの先何度もあるとは思えない。
だから彼女には悪いが犠牲になってもらうのだ、ぐはははは!
「あの子達にさ、ちゃんと約束を守ってますよ~って」
「はぁ、別にそこまで興味ないでしょ。あたしなんてあの中でおまけみたいなものだし。大体、ああいうノリ嫌いなんだよね」
「はは」
こういうところが可愛らしい。
お店のお手伝いだってきちんとしているしね。
「あ゛?」
「いや、やっぱり優しいんだなって。それでも波風立てないように行動しているからさ」
「はぁ、これだから草食野郎は」
草食野郎って言うけど僕はお肉の方が好きだぞ!
あと女の子に罵られると新しい扉を開きそうになるからやめてほしい。
「花屋だってね、母がうるさいから仕方なくやっているだけなのよ」
「いや、それでもごねることはできるじゃん。でも谷口さんはしていない、素晴らしいことだと思うよ」
「ちっ、なんだよこいつ」
「そう言わないでさ。あ、ほら、オレンジジュースきたよ?」
「見りゃ分かるわよ。どうも」
「ありがとうございます」
僕も牛乳を受け取り腰に手を当てゴキュゴキュと喉を鳴らしながら――。
「っぷはぁ!! やっぱり最高だね牛乳は!」
「うるせえっ、黙ってろ牛乳野郎」
「はははっ、バリエーションが増えていいね!」
彼女と関わることでひとつ不満な点は、
「なんであんた牛乳なんて頼んだのよ?」
「だって谷口さんより背が低いんだもん」
そう、身長が155センチくらいしかないからだ。
最近は周りの子も縮んてくれているおかげで助かってはいるが、低いのは変わらない。
そして彼女は僕より5センチくらい高い。
猫背なのを治せば余計身長が上がると思うと幾ばくか寂しいような気がする。
「だもんってなんだよ気持ち悪いな」
「酷いなぁ……」
彼女はちゅーっとオレンジジュースを飲んで溜め息をついた。
「そろそろいいわよね、帰ろう」
「えぇ、早いよ。夕方まで母さん帰ってこないって言ってたからさ、もう少しくらい付き合ってくれると助かるんだけど」
「なんでよ、あたしがあんたに付き合うメリットがないじゃない」
「デートで定番のかばんとか貴金属類は奢ってあげられないけど、食べ物とか雑貨とかだったら奢ってあげられるからさ!」
とはいえ、買えるのは3000円までだ。
このオレンジジュースと牛乳、スーパーで買うよりも高いので2500円くらいが限度となる。
「あ、これ返す」
「ありがと!」
良かったっ、学生手帳を変なところに落としたら最悪だからね。
「お願いだよタニグチエモン!」
「ちっ、次に言った殺すからね。はぁ、それはいいけど何をして時間をつぶすのよ?」
「何だかんだ言って付き合ってくれるキミが好き!」
「死ね」
「いったぁ!? いたたたたっ、痛いって!!」
というかなんで僕の横に彼女は座っているんだろうか。
それはいいけど痛いっ、足は踏まれ、腕はつねられ、頬は引っ張られと忙しい。
「あんた大声を出しているとお店の人に迷惑よ?」と脅してくるので「悪かったから許して!」と自分の非を認めた。……正義が悪に負けた瞬間でもあったが。
「はぁはぁ……ヒリヒリジンジンするよぉ……」
「気持ち悪い声を出しているんじゃないわよ。はぁ、なんであたしがこんな奴とっ……」
「僕は谷口さんといられて嬉しいけどね」
女の子なら誰でもいいというわけではない。
僕だって知らない女の子には警戒心を抱く。
でも彼女なら、優しいことを知っている彼女となら上手くいくはずなんだ。
「あんたMなの? 気持ち悪いわね」
「うーん、多分相手が谷口さんだからだと思う」
「は?」
「だってお花を大切にする女の子だもん、悪いわけがないからね」
「うざ、次に言ったらあんたのスマホバキバキにするからね」
それは困る。
まだ彼女の電話番号を記憶していないしね。
「あ、連絡先を交換しようよ」
「それくらいなら別にいいわよ。ほら、あんたが自分で操作しなさい」
「うん。えと……え、『ももか♥』って可愛い登録名だ――」
「――ほら! 登録しておいたわよっ」
「あ、ありがとう。うん、嬉しい……え、『百花』になってるじゃんか」
残念、さっきの可愛くて良かったのに。
「あ、だけど百花って名前可愛いと思うよ!」
「消え失せろ積極的野郎」
「そんな積極だなんて、そんなそんなっ」
「褒めてないわよ! もうやだ、こいつの相手は疲れるから嫌なのよ」
僕達は共に高校2年生ではあるが、実は中3の時から彼女のことを知っているのだ。
きっかけも母さんへの花を買いに行った時だった。
ちなみに最初に対応してくれたのはこの子で優しくて魅力的な感じだったんだけど、僕が何回も行くようになった結果、こうして冷たくなってしまった次第である。
ストーカーだと思われているのだろうか? でも今日のだって僕が無理やり頼んだわけじゃないからなあ。
「僕、お花屋さんで働いている時の谷口さんが1番好きだな」
「あたしはあんなの面倒くさくて嫌いだけどね」
真剣な顔でやる時もあれば人当たりのいい笑顔を浮かべることもある。
他僕の場合だと引き出せないのが難点だけど、あの笑顔の価値は相当高いものだ。
「えぇ、あんな優しくて綺麗な千尋さんがお母さんなのもいいよね」
「あたしはあんな口うるさい母親は嫌だけどね」
いつでも優しく起こしてくれそう。
ただ少し過保護気味なところがあるので、子どもになると大変そうでもあるが。
「お花が素敵」
「花の匂いが嫌い」
僕はバラとパンジーが好きだ。
バラは格好いいしパンジーは可愛い。
お花のネックレスとかしていたらもっと可愛くなると思うけどな谷口さん。
「こんな娘さんがいてくれて千尋さんは幸せ者だろうな」
「母はあたしのことなんて好いてないわよ」
「じゃあ僕が好いておいてあげるよっ」
「うへぇ、あんたに好かれたらあたしが腐るわ」
「大丈夫っ、僕には防蝕効果があるから!」
「うざ。もういいから黙ってろ。あたしはスマホをいじるから」
「うん、了解」
で、僕もいじっていると『よろしく』というメッセージが送られてきてくすりと笑う。
「なによ?」
「そういうところが可愛い」
「あっそ」
素直じゃないなあ。