01
会話のみ。
「負けた人が――」
「しっかり守れよお前ら!」
現在の居場所、教室中央の自席。
今喋っていたのは計4人の男女のグループだ。
そして、彼らが出した条件とは――。
「うわぁ……」
「当然だね」
「よっしゃっ、俺も大丈夫だったぜ!」
「僕は友達になるくらい別に良かったけどね」
そう、何故か『負けたら僕と友達にならなければならない』という内容だったのだ。
四者四様の反応。
ひとりの女の子は「最悪……あたしが東雲の友達にならないといけないとか……」と呟いて硬直。
でもさ、東雲瑞と友達になるのってそんなに嫌なのかい……?
「ほら百花、あそこに東雲くんいるからさ! 私達は帰るからねー!」
「頑張れよなモモ!」
「頑張ってねー」
当然皆は乗り気ではなかった。
「最悪……」と言った子――谷口百花さんは特にそうだった。
それでも約束は絶対なのか彼女は僕の方に近づいて来る。
「あのさ、話は合わせてあげるから別にいいよ? 無理しなくても」
「あ゛?」
「いや嫌なんでしょ? だったら――」
「いいから黙っとけよ草食野郎」
口が悪いなあ……。
彼女は斜め前の席に座ってつまらなそうにスマホをポチポチいじっていた。
友達=一緒にいることを実践しているのだろうが、だからってそんなつまらなさそうにしなくてもいいと思う。
「あんたさあ、なんでこんな対象に選ばれているのか分かる?」
自分の顔や言動、態度が気持ち悪いというわけではない。
だから「単純に嫌われているから?」と逆に聞いてみた。
彼女はこちらを一瞬だけ見てすぐに視線を戻してから、「他人に怒れないからだよ」と呟く。
「へえ、僕も怒ることくらいあるけどね」
「例えば?」
「席を勝手に使われてたらむしゃくしゃして机と椅子の角度を戻したり」
几帳面というわけではないが気にいっている角度というものがある。
「でもさ、それを言うなら谷口さんもそうだよね」
「は?」
「だって断ることもできたのに律儀に約束を守ってるじゃん」
「じゃんってなに? 気持ち悪いんだけど」
「そう言われたらもう何も言えないよ」
彼女は興味を失くしたのかスマホいじりを再開。
「よし、10分いれば約束を守れているわよね?」
「そうなんじゃない?」
谷口さん基準で言うならば。
彼女は教室を出ていこうとして足を止めた。
「もしあいつらが聞いてきた場合はきちんと遂行していたと答えなさいよ」
別に律儀に守らなくていいのに。
約束を守ろうとするのは素晴らしいことではあるが、今回みたいな件のにも同じように対応する必要はないだろう。
「いいや、帰ろう」
それでも途中で寄り道してお花さんに寄った。
「あら、東雲くんじゃない」
「こんにちは」
自分の目で分かるくらい美しい女の人。
僕の母さんとは雲嶺の差があるそんな人がどうしてこちらの名前を知っているのかと言えば――。
「うげっ、あんたまた来たの……?」
着崩した制服の上にエプロンを着ている谷口さんが嫌そうに呻く。
何故知っているのかを簡単に言えば同じクラスだからだ。
彼女のお母さん――千尋さんはクラス全員の子の名前を覚えているらしい。
だからなんら特別感はないが綺麗な女性に名前を覚えられている、というだけで嬉しくなるのが男子高校生というものだろう。
「赤色のカーネーションをください」
「はい、350円になります」
あ、ちなみに対応してくれているのは谷口さんではなく千尋さんだ。
「えっ、この前まで150円だったはずでは……」
お、おかしいですね……やっぱり僕だから!? と困惑していた結果、千尋さんは「母の日の近くですから」と言い何故か胸を張っていた。うん、大きいお胸で目の保養になる。谷口さんも猫背で分かりにくいが大きいので、しっかり遺伝しているようだった。
「お願いします」
「ありがとうございます!」
待っている間、ちょっと嫌そうな顔をしてこちらを見ている彼女に話しかける。
「別に嫌がらせで来ているわけじゃないからね? ここが1番近いからさ」
「は? 別に聞いてな――いんですが」
「はははっ、前にタメ口は駄目だって怒られてたもんね」
「……明日殺すっ」
ぶ、物騒……そして彼女なら目力で殺してきかねない。サングラスでも買った方がいいだろうか?
「お待たせしましたー。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。あれ、2本もいいんですか?」
「大丈夫ですっ、いつも贔屓にしてくれているお礼ですから! それはまたのご来店をお待ちしております!」
礼をして、そしてしっかり谷口さんに「また明日ね!」と言ってから店を後にする。
家まで歩いて、家に着いたら母さんを探して、探して――どうやら家にはいないようだということに気づく。
「ちぇ、なんだいなんだい」
せっかく可愛げのある息子が花を買ってきてあげたというのにさ。
「ただいま」
「おかえり!」
ああ、なんて素晴らしい息子なんだろう。
普通この年頃の男の子だったら「は? ばばあにプレゼントとかありえねえから、つか金くれ!」と言っているところだというのにね……。
「はぁ、うるさいわよ」
「ど、ドライだなぁ……あ、これ、あげるよ」
「カーネーション? ああ、明日は母の日だったわね。ふふ、ありがと、後で飾っておくわ」
机の上に置こうとした母親の腕を掴む。
「今飾ってよ!」
「面倒くさいわね瑞は」
「そう言わないでさあ!」
「はいはい、分かったわよ。あなたは制服を脱いできなさい」
「はーい」
部屋で制服から着替えた後のこと、知らない番号から電話がかかってきた。僕は特に警戒することなく出てみたら、
「あんたねえ」
「あ、谷口さん」
まさかの彼女からで少し驚く。
が、相変わらず不機嫌モードでどうしようもない。
「学生証落としていったわよ」
「え、あらら……明日、学校で渡してくれない?」
「は? なんであたしがあんたのためにしなければならないのよ」
「いやほら、君のお家のお花屋さんを支えている貴重なお客さんだし」
あれだけ綺麗な人が店長さんをやっていても沢山のお客さんが来るというお店ではない。
少々立地が悪い場所だ。
表通りではなく裏通りに面している。
程度はどうであれ、その影響は結構大きい。
そして残念ながらもう少し先に歩けば開店したばかりの大きなお花屋さんがあるのだ。
誰だって開店したばかりのお店に行きたくなるし、駅に近く目立つ場所に行きたがるものだろう。
「それに僕らは友達でしょ?」
「ちっ、まあいいわ、明日持っていくから」
「うん、ありがとう」
そこで切られたので、僕は番号を勝手に登録しておいた。登録ネームは勿論、『不機嫌娘さん』だ。
「瑞」
「んー?」
珍しく僕の部屋にやって来た母さん。
「今度千尋さんとお出かけするから、あなたは百花さんと出かけなさい」
「え? で、できるわけないよ、だって僕って嫌われているし」
「千尋さんにも頼んでおいたから大丈夫よ」
「ちなみにいつ?」
「明日ね」
絶対無理っ!
友達になるのだってあんだけ嫌がっていたんだよ? いや、いまでさえ友達かどうか分からないし。
しかもそのタイミングで電話がかかってきた。
「もしもし?」
「東雲、明日って暇?」
「え、ど、どうして?」
「あんたと出かけようと思って!」
「べ、別に暇だから出かけられるよ」
「良かった、それじゃあまた明日ね!」
あれぇ? どうしてこんな機嫌いいの?
もしかして親子揃って草食系を食べようとしているとか? 千尋さんになら嬉しいけど、ぐへへ。
「あなた気持ち悪いわよ?」
「……まあ、ふたりで楽しんできてね。僕は絶対何か裏がある子と過ごしてくるから」
楽しんでくるね、あっはっは! とは言えなかった。言えるわけがないんだよなあ。