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第五話 おっさん大尉、お願いする

 俺が、ゴースト? 機械脳に残響する存在?


 なんの冗談だというんだ。


 だが、リコリスの言葉は紛れもない真実だ。

 感情が拒絶する現実を、理性は冷静に受け止める。


「大尉、言いにくいけれど……わたしも機械脳も、本当にあなたという人間が物質的に認められないの


 イアサントが遠慮がちに言った。

 搭乗者のバイタルを検知できない機械脳。

 コクピットには呼吸も体温もあらゆる生命活動が見られない――どころか、人の子宮を思わせる場所には何者をも存在しなかった。


 ただ虚ろな空間が、ぽつりとあるだけだ。


 あるべきはずのイブキ・ハルノの肉体が、そこにないのは間違いがなかった。


「……じゃあ俺は、本当に幽霊なのか」


 唇をかみしめるような声音で、イブキは呟いた。


 イアサントが言葉を発しようとしたとき、影が差した。重粒子ビーム砲により破壊された天井を覆うのに充分な大きさだった。

 リコリスの説明に絶句していたイブキは、咄嗟に愛機のカメラ・アイを頭上へと向け、今度こそ本当に言葉を失った。


「なによこれ、船なの……? 大きすぎる」


 なかば驚愕するイアサント。彼女が人間ならば、目を丸くしているに違いない。

 空に浮かぶそれは、クジラの腹にも似た滑らかな底面から、胸鰭を思わせる両翼が申しわけ程度に伸びている。ヴィクトリアがこさえた大穴越しでは、全貌が把握しきれないほどで、イアサントに言われなければイブキはそれが船だとは確信が持てなかった。


 クレハの頭上に現れたのは、超大型の浮遊艇だった。

 かつての所属艦、常に思い出深い人々とともにあった《幽霊船》は四〇〇メートル半ばあったが、それよりも明らかに大きそうだ。


 だが百戦錬磨のイブキをして黙らせたのは、その威容にではない。


「これほどの大きさの船を、ほぼ無音で航行させている」


「間違いなく龍の技術ね」


 イブキの言葉の続きをイアサントが察する。通常の飛行機が発してしかるべきのエンジン音がまったく聞こえない。ホバリングするヘリのようにローターの回転音すらしないのに、空中の一点に静止している。


 重力子制御空間による慣性制御飛行。

 

 人類が到達できなかった、インヴェクタの超技術のひとつ。ならばあの浮遊艇は、人よりも龍に近い存在だ。攻撃の気配こそないが、敵か味方かもわからぬ物体が、沈黙したまま真上にいるのは居心地が悪い。緊張するイブキの思考に合わせ、クレハが身構える。


 残存ATPはごくわずか。アイリスフレアとの戦闘で消耗しすぎている。リコリスには敵に回る可能性を示唆してみたものの、稼働限界まで余裕がない。融合炉が無尽蔵の電力を供給可能といっても、人造筋肉を駆動させるための物質が尽きればレイズドベッドは動けなくなるのだ。


 もしあの浮遊艇が、艦砲のひとつでもクレハに向けたら。一、二回回避するのが精一杯だろう。


「空中探査艦トゥベロースム。わたしたち多文化共生局の移動拠点です」


 戦闘態勢をとるクレハを止めようとしたのか、リコリスが両腕を広げながら言う。


「しかし、あの船は」


「あなたが警戒する気持ちは理解できます。ご想像の通り、あれは異質技術です。中枢の制御機構は、遺跡化していたインヴェクタの地表落下物の中心にて発掘されたものです」


 一拍の間を置きながらリコリスが続ける。


「ですが、あなたの機体も消耗し修理と補給が必要なはずです。この研究所は破壊されてしまいました。高度な機械、ましてやわたしたちにとってブラックボックスな部分が多い旧時代の機動兵器を相手にはまともに整備もできないでしょう。トゥベロースムならイブキ、あなたのクレハを最低限には直してさしあげられます。不安を抱くのはしかたありませんが、わたしとともに艦に移ってはいただけないでしょうか」


「お喋りは一時中断、というわけだ」


「いつでも再開できます」


「君にはまだまだ聞きたいことがある」


「あなたが満足するまで、質問に答えるのを約束しましょう」


 強がってみせても、戦うことも逃げることもままならないのが実情。イブキは頷くしかなかった。

 だが、一点、どうしても確認しておきたいことがあった。自分の現状以上に。


「ひとつ、約束してくれないか」


《幽霊船》に考えが及ぶと、堰が切れた。努めて状況に振り回されるふりをして、彼女のことに触れない、そういうわけにはもういかなかった。記憶の片隅に、同じ船に乗っていた少女の黒髪がなびくのを幻視する。星々が瞬く黒い瞳は、拭い難い美しい思い出だった。


「わたしに可能なことでしたら」


「ある少女の消息を、調べてほしい。名前はシャンラン。俺とともに、《幽霊船》という朽ちかけた航空母艦に乗っていた。彼女の最期を知りたいんだ」


 そう、最期だ。あの時代から、四五〇年も過ぎているのならば、彼女が生きているはずはないのだから。せめても、その生を幸福に終えてくれたのを祈るしかなかった。


 リコリスは、真摯に承った。

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