第四話 おっさん大尉、若い娘に存在を否定される
「それで」
だがイブキは、美酒に酔いしれるようなことはしなかった。
クレハの右手の発熱を最低レベルで継続させながら、リコリスに問う。
「人類が――ホモ・サピエンスが絶滅したというのは本当か? 統合軍は、俺の同胞や戦友たちはどうなった。皆死んだのか? 今が、あの最終戦争から四五〇年後の世界だというのは本当なのか?」
「すべて、真実です」
「続けてくれ。俺の疑問に答え続けてほしい。俺は、誰とも、少なくとも人間めいた存在とは不必要に敵対したくない。俺の敵はいつだってあの憎き龍、ドラコニア・インヴェクタどもだったからな」
「わたしの言葉が貴方の答えになるのなら」
「なぜ君がルグブリスの代表者として俺の前に現れた? 第一種エンジニアを名乗るリコリスも、俺に戦いを挑んだヴィクトリアも、アイリスフレアをハッキングしてみせたカランコエも、皆少女だ。俺が所属していた統合軍は、総力戦のために年齢性別関係なく前線に投入せざるを得なかった。逆に言えば、間違いなく人類史上もっとも平等な組織ではあった。指揮管制や首脳陣には経験豊かで才能に恵まれた人々が、生まれや人種や貴賎に関係なくいた。だが――俺の前に立つ君たちは、職務を遂行するのにあらゆる点で偏っている」
「ちょっとあなた、質問が矢継ぎ早よ。リコリスお姉さまはちゃんと順番に」
「対立はしたくない。だが、必要になれば武力も選択の内だ。返答によっては、俺も君たちの敵に回る――ホモ・サピエンスはなぜ絶滅した?」
熱量が生身のリコリスを焼損させないギリギリの距離を保ち、イブキはクレハの手刀を突き付ける。
温度差で発生した気流が、細身の少女の全身を撫でつけ、神秘的な髪の毛を千々にはためかせた。会話に割って入ったカランコエが絶句する。警戒ついでにカメラ・アイの映像を一部呼び出してみると、ガラスの向こう側で小柄な少女が口を開きかけたまま、度を失った顔色で固まっていた。
「あなたは、最後の希望なのです」
臆することなく、凛とした声音を変えることなく、リコリスは言った。まるで神の寵愛を受け、何者をも自信を傷つけることはないと信じるように、彼女は一歩を踏み出した。
イブキはクレハの指関節をしならせ、高熱が少女を焼く前に、わずかに退いた。見透かしたようにリコリスが、もう一歩前進する。
また、イブキは距離をとるしかなかった。
「わたしたちは、ホモ・ルグブリス。伴侶を永遠に失った、嘆きの人類。神の恩寵から遥か遠くに座し、滅びつつある種」
婉曲的にだが、リコリスは疑問に答えつつあった。イブキは戦闘の間中、ずっと思考の片隅にチラついて疑問を纏めていく。
姿を見せるのは、年若い少女たちばかり。同性であるのにリコリスの婚約者を名乗るヴィクトリア。ヴィクトリアの言動は、恋人を寝取られることを恐怖し、嫉妬し、誰よりも愛した人間に思いを寄せる狂人のそれだった。
そして、伴侶を失った新人類という言葉。
「君たちホモ・ルグブリスは、女性しかいないのだな?」
「ホモ・サピエンスは、男性種の断絶をもって絶滅しました。わたしたちは遺伝子を変容させられ、それまでの人とは違った存在になりました。わたしたちは、四〇〇年間に渡り単為生殖のみで種を存続させてきたのです」
「男たちは死んだ。では、俺は、今ここに立っている俺は何者なのだ?」
「汎人類統合軍、イブキ・タカミネ剥奪大尉。貴方は男性種の滅びに先立つ半世紀前、龍ことインヴェクタとの最終戦争時に戦死しています」
「そんな、俺はここに立っている。俺は俺をイブキだと感じている。だが、たしかに機械脳は搭乗者の俺のバイタルを検知できない。なによりも、俺は、あのカテゴリー・マーテルとの最後の戦いを覚えている」
「今の貴方は機械脳に残響する、ゴウストなのです」
リコリスの言葉は、ひろく、ふかく、心に沈んでいった。
マシンに魂などというものが、宿るのならば。