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第二話 おっさん大尉、クレイジーサイコレズに襲撃される

 イブキは自分から戦いを挑む性分ではないが、降りかかる火の粉に黙って焼かれるほど消極的でもなかった。

 逃げろと警告を受けてなお、リコリスは動くことはなかった。片膝をつき、そこにじっとしている。ことの成り行きを見守ろうとしているようにすら思える。


「男の褥は、甘やかなのか? あたしたちのそれよりも? 我々のセックスは、繁殖を超えた、愛のためだけにあるというのに? 答えろリコリス!」


 平静なリコリスとは対照的にアイリスフレアの搭乗者、ヴィクトリアと呼ばれた女が怒り狂っているのは事実だ。殺気が膨らんでいく。緊張が漲り、空気が張り詰める。


 アイリスフレアが動く。右手の巨大な馬上槍が目標を定める。狙いはクレハであることは明白だった。

 イブキの対応は素早かった。


 イアサント!


 念じる。機械脳は思考制御に忠実に反応し、戦闘補助AIを立ち上げた。


「あわわ、突然なに!? おはよよよよよよよ四〇〇年! ひゃええ、前回起動から四〇〇年以上経ってる? 私、ババアになってない? なんなの、もぉ~!」


 甲高い声が響く。聞こえているのはイブキだけだが、紛れもない女の声。戦闘時のクレハを戦術情報面で支援するために搭載されている、女性AIのイアサントだ。なにかとおもんばかった口調が逆にうるさい人格設定でインストールされているが、イブキにとっては戦時は頼りになる相棒も同然の存在だった。


 ただ、なんというか――こんなにも情感豊かだっただろうか?


 イブキは余計な思考を止めた。今は戦闘中だ。

 突き出される槍の一撃を回避すべく、イブキは機体を動かそうとする。背部にいくつかの抵抗を確認。壁面から伸びた懸架用アームや、各種ケーブルが動きを阻害している。クレハを固定し再起動のための電力を供給したであろうそれらを、躊躇いなくイブキは引き千切る。空中に飛び上がるべく、変幻自在の機動戦闘を行うことを可能とするスラスターを点火。


 だが、わずかな残光のみ輝かせ、スラスターに火が灯ることはなかった。


「なによ、これ! 機動系がハングってる! 制御ソフトがエラーまみれ」


「状況説明を、イアサント」


「ちょっと、待ってって。いきなり呼びだされてわけがわからない!」


 それは俺も同じだ! 大声を出そうとし、やめる。


 回避行動を中断している場合ではなかった。スラスターが稼働不能でも、やることはいっしょだ。右足を軸に回転開始。クレハのパワーと質量に任せ、動きを阻害するケーブル類を強引に剥がしていく。カメラ・アイで走査し、天井から伸びた一際長いアームを見つける。それを右手で掴み、毟り取る。思惑通り、根元から引き抜けた。

 円舞を継続しつつ一回転。刺突を繰り出すアイリスフレアの、槍の持ち手にアームを叩き付ける。

 レイズドベッド・クレハが装甲下に備えた昆虫の培養人造筋肉はイブキの意思を精確にトレースする。ATPにもまだ余裕がある。ソフト面はともかく、機体というハード面に関しては、あの戦争からそう悪くない維持が為されているようだ。


 金属同士がぶつかり合う甲高い音をたて、アイリスフレアの右手が揺れる。

 ヴィクトリアが呻いた。


「ぬぅ~!? 壊れかけの、過去の遺物にしてはやる。生殖行為も、マシンも、すべてが前時代のものだというのに!」


 紙一重で、槍の先端がそれた。

 凄まじい火花と穿孔音をあげ、槍の穂先が背後の壁を貫いていく。まるで動力ドリルが木材を貫通するように。あれはただの槍ではない。刃が高速回転を繰り返し、防ぐもののない穿孔を可能としているのだ。


「なにこれなにこれ、駆動系がカスタムファームウェアに勝手に上書きされてる。雑な仕事! 低質でバグまみれじゃない。戦闘システムもあちこちでバッティングしてエラーを吐き出しまくってる。誰よ、こんなことしたの!」


「……機体不調はそれが原因か」


「こんなんじゃあまともに戦えないよお」


「どの程度いける?」


「あれやこれやを私が機械脳に補正させるとして。い、いつもの二割!」


「つらいな……だが」


 やるしかなかった。


 不利な戦いには手慣れているつもりだった。インヴェクタとの戦争はいつも手札が限られ、薄氷を踏む作戦の連続だったのだから。

 ならばこの不躾な戦いも、平常運転というわけだ。

 穂先が壁から引き抜かれていく。槍の自由を取り戻しつつも、回避された一撃の代わりに、アイリスフレアは左腕のシールドを構えた。先端から青白い炎が噴出し、高温の刃を形成。袈裟懸けに振るう。


「焼き熔けろ、あたしのリコリスへの愛の前に!」


「うひょおおおお、プラズマトーチだ! 中心温度二万度! 避けて、イブキ」


 みなまでいわず、イブキは機体をバックステップさせる。鋼を熔断する一撃を、またも辛うじて回避。だが押し寄せた熱量までは避けることあたわず、醜い熱痕となってクレハのボディに一筋の損傷をもたらした。

 ダメージは軽微。外装に傷がついただけだ。一方のアイリスフレアは、槍を引き抜き終えていた。再度の刺突に備え、持ち手を把持し直すのがわかった。


 状況は、変わらずイブキが不利だった。


「イアサント、使用可能な武装は?」


「ええと、頭部機関銃がいける。製造元は不明だけど、新品っぽい十二・七ミリ弾がフルで装填済み! アーマー・ピアッシング弾!」


「了解!」


 イブキの思考と同時に、視界内にターゲット・マークが表示される。レティクルが重なり、目標のアイリスフレアをロックオン。

 だがそのとき、耳障りな警告音が響き、視界が赤く明滅。照準が散々に乱れていく。


「戦闘システムにもバグが入り込んでる。自動照準を司る火器管制ファイア・コントロール・システムがまともに機能してないわ!」


「FCSの介入を強制切断しろ。照準は直接俺が行う」


「わ、わかった。偏差射撃はちゃんとしてよね」


 イアサントが了承すると同時に、視界がクリアになっていく。目標のパララックスと未来位置を演算し機械制御の射撃を加えることはできなくなったが、今は仕方なかった。

 イブキ自身の直感と経験で撃つだけだ。頭部に搭載された機関銃の銃口をアイリスフレアへ向ける。今度こそ、火器は正常に動作した。チェイン・モーターが駆動し撃発部にケースレス弾を連続装填していく。


 マズルフラッシュとともに吐き出された弾丸が、空中に赤い曳航弾の火線を描く。


 当てられる! 相手は斬撃のために大きく機体バランスが崩れている。牽制射ではあるが、機体の目である光学センサーらしきバイザー・アイにダメージを与えられれば御の字だ。回避動作は間に合わない、そう判断するイブキ。


 アイリスフレアを駆るヴィクトリアの反応は予測を上回っていた。


 素早く半歩身を引き、バイザー・アイを庇うようにシールドを構え直す。弾丸が幾度もシールドの表面装甲を叩くが、それだけだ。人間相手ならば原型を留めぬ肉片にできる威力の銃弾だが、機動兵器が用いるぶ厚く強靭な盾には豆鉄砲にすぎなかった。


「速過ぎるわね」


 イアサントが言いたいことはわかった。これは、物理的・機械的なデバイスを介しての反応速度ではない。操縦桿やボタン、ペダルを始めとした機械的な入力系は、どうしても、操作から機体の反応までわずかな時間を要する。人間が判断し、デバイスに物理的に入力し、機械が受け、演算し、出力し、機体が動くという流れが必要だからだ。

 アイリスフレアの一連の動作は、搭乗者が攻撃を受けると判断してから行った挙動にしては、あまりにラグが少なすぎるのだ。ならば。


「操縦方法は思考入力か、それに類するものだな」


 マシンと人間を直接接続し、極めてタイムラグが少なく、直感的に機体を操縦できる手法。人類史上もっとも優れた機体制御は、インヴェクタとの戦争ではごく普遍的に使われていた技術だ。

 無論、クレハの操縦にもだ。正体不明の機動兵器、アイリスフレアを建造した文明は、レイズドベッドを擁していた人類に匹敵する――いや、それとも。時間経過を素直に受け取るのなら、クレハが四五〇年後の世界でも通用するということだろうか。


 戦闘のさなかにもかかわらず、イブキはちらりとリコリスを一瞥する。二体の機動兵器が激しい白兵戦を行っている最中でも、リコリスは動いてはいなかった。静かに攻防の行方を見守っている。


 まるで世界を俯瞰する神のようなたたずまいだ。

 彼女が名乗った、ホモ・ルグブリスとはいったい何者なのだろうか?


 イブキは意識を再度戦闘へと向ける。照準を右へ左へ振り、ヴィクトリアの防御を乱そうと足掻く。だが、銃弾を防ぐ盾受けは精確そのものだった。攻めあぐねる。

 銃撃戦のさなか、リコリスが囁くのを高性能収音マイクが捉えた。彼女は喉に張り付けたスロートマイクに語りかけていた。ごく短距離の通信だ、暗号化は一切されていない。戦闘の片手間に、クレハが盗聴することは容易だった。一部は聞き取れなかったが、機械脳が文脈を捕捉し、意味の通る文章としてイブキに認識させる。


「カランコエ、ソリフギの制御中枢をダウンさせて。それとわたしの音声をスピーカーに乗せて、マックスで」


「あいては軍の防壁ですよ!? 突破しろと……」


「貴女ならできる。共生局のメインフレームに侵入し、その才を〝賢人〟に認められた貴女なら」


「わ、わかりました。信頼は嬉しいです。でも、お姉さまは逃げた方が」


「早く、言う通りに。大丈夫、ヴィクトリアはわたしを傷つけたりはしない」


「……はい。防壁突破まで、あの男が持てばいんですけど」


 通話の相手は、声から察するに先ほどリコリスに逃げろと呼びかけた少女だ。

 だが、会話が意味するところを考えている暇はなかった。イアサントが警告する。頭部機関銃、弾丸ゼロ。


 弾切れだ。唯一の飛び道具を使い果たした。


 牽制のための射撃とはいえ、相手にダメージを与えられずに終わってしまった。

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