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月誓歌  作者: 有須
修道女、にっちもさっちもいかなくなる
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6

 ひどい夢を見た。詳しい事は言いたくない。女としての尊厳を散々に踏みにじられる悪夢は、下手に市井で不幸な者たちを見てきたが為にリアルで、圧倒的に力で叶わない相手に組み伏せられた体験がより恐怖を増長させた。

「……さま、メルシェイラさま」

 うなされていたのだろう、叫んでいたのかもしれない。

 メイラは目を開けて、ほのかに明るい室内に忙しなく視線をやりながら喉を押さえた。

 呼気が熱い。喉が痛い。

「お休みのところ申し訳ございません。すぐに移動しなくてはなりません。動けますか?」

 とっさには状況が理解できなかった。

 荒い息に肩を上下させ、とりあえず頷く。

 介助されながら上半身を起こし、そこでようやく窓の外が騒がしいことに気づいた。

 複数の男たちの怒声と乱雑な足音、遠くで女性の悲鳴や子供の泣き声まで聞こえる。

「お手伝いしますのでお着替えを。申し訳ございませんが、街の少年の服になります」

 貴族がお忍びなどで着る服は、形は平民っぽくとも布地は高級品だったりする。

 しかし差し出された生成りのシャツはごわごわしていて、懐かしい古着の手触りだった。

 男の子用の服なのは、髪が短いからだと思いたい。……む、胸や尻が少年並みにツルペタだからではないよね!?

 手助けをされながら寝汗で湿ったナイトドレスを脱いだ。

 今気づいたが、いつのまにかあの破かれたドレスからウエストに絞りのないストンとした寝巻に着替えさせられれていた。下着も、過剰な装飾のないシンプルなものだ。

 確か身体を清めたと言われたから、怪我の有無を確認すると同時に、おそらくは性的な暴行を受けていないか確認されたのだろう。

 治療目的だろうし、それはいいのだが……身体のいたるところを見られたわけだ。その結果が少年服か。いやいや、文句はいいませんとも。

 ゼイゼイ言いながら胸を押さえ込むような下着をつけ、生成りのスキッパーシャツを頭から被る。

 発熱しているらしく、思うように指が動かず、胸のひとつボタンはマローにはめてもらった。

 その上からベストを着て、ぎゅっと前を縛ると……ええ、うん。胸はどこに行ってしまったんでしょうね。

 少しダボっとしたデザインのズボンは当然のように履けて、むしろ腰回りが余るほどだった。後宮の女性たちのような豊かな尻とまではいわないが、マローのようにしっかりと張った臀部が欲しい。

 大きめのフード付きのコートを羽織ってしまえば、なおのこと頼りない体格が強調されるようで、窓に映るのは十代前半にしか見えない男の子の姿だった。

「……大丈夫ですか?」

 心配そうに顔を覗き込まれ、メイラはかなり落ち込みながら頷いた。

 頭を揺らすとグラリと眩暈が襲ってきて、すかさずマローが支えてくれる。

「今が冬でようございました。冬用のマントを着ていると女性だとわかりずらいので」

 気を使わせてすいません。マントがなくとも上から下までどう見ても男の子です。

 メイラは返答する元気すらなく、ただこっくりと無言で首を上下する。

 肺の辺りで呼吸をするたびに変な音がしている。まっすぐ立っていられない程の高熱といい、よくない兆候だ。

 エルブランの街で流行っているような、流行性の病気だったらどうしよう。

 足元がふらつくので、支えてもらいながらなんとかドアの方まで移動した。

 こんなに距離が近いと病気を移してしまうかもしれない。至近距離にあるマローの顔を見ないようにしながら、マントの端で口元を覆う。

 ドアを開けると、冷気が一気に押し寄せてきた。これまでいた部屋は過剰なほどに温められていたらしい。

 ぶるり、その冷気に身震いした。高い体温のせいもあって呼吸が荒く、白い息が蒸気のようにこぼれている。

 病気のことを思い出し改めて口元をしっかり塞ぐと、マローが庇うように肩に手をまわし、半歩前に出た。

「不躾な目を向けるな、無礼だぞ」

 ぼふん、と擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで、けしからんサイズの胸の膨らみに抱き込まれた。

 冒険者らしい旅装に軽装備という、女性らしさとは程遠い服装なのに、はち切れんばかりの豊かな胸が服の前を押し上げている。

 メイラとは真逆の成長を遂げた、喧嘩を売っているとしか思えない胸サイズだ。

「……ご無礼をお許しください」

 数秒の間の後、低い男の声がした。

「緊急時故にご容赦を。ダンと申します。御方様のことは、メルベルと呼ばせていただきます」

 ユリウスと別れた時、メイラを受け取った男の声だ。

 おずおずと顔を上げると、太い声に見合った筋骨逞しい黒髪の男がいた。珍しいとまでは言わないが、この国ではなかなか見かけない髪の色だ。

 一瞬合って伏せられた目は黒に近い茶色だった。おそらく彼は、メイラの母と同郷なのだと思う。

「時間がありません、急ぎましょう」

 ダンの言葉と同時に、ザッと音がして男たちが立ち上がった。

 メイラはビクリと身体を固くしてマローにしがみついた。

 正直に言おう。さして広くもない室内にもかかわらず、視線より低くに膝をついて控えていた男たちの存在にまったく気づいていなかったのだ。

 急に動き出した旅装の集団にびっくりさせられただけだったが、メイラを抱き寄せているマローはキッと険しい表情をして男たちを睥睨した。

「むさ苦しい顔をこちらに向けるな! 御方様が怖がられるだろう!!」

 確かに、無言でじっと見つめられれば困惑する。男性という存在にまだ恐怖心があることも確かだ。

 しかし断言する。彼らが見てるのはメイラではなく、その頭がめり込んでいるマローのお胸だ。

「こいつ等のことは躾けられた犬とでもお思い下さい。噛みつくことはありません」

 いいい犬?

「駄犬ども、御方様のお命をお守りするために励め」

 いや何故そこで皆そろって敬礼する?!

 呼吸のあった仕草で胸に手を当てる集団に、メイラはますます身をすくめてマローに縋る。

 傍らで、ダンが深いため息をついた。


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