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月誓歌  作者: 有須
修道女、向いていないと気づく
38/170

3

「……失礼いたします」

 リーザかロザリンドかどちらか分からないが、濃茶の髪のほうの折れた扇子がさらにボキボキにされ、それが再びこちらに飛んできそうな雰囲気になったところで、開け放たれたままの入り口から訪問者の声がした。

 見ると、そこにいたのはふたりの女官。

「本日付けで黄花離宮の担当となりました、ルシエラ・マイン一等女官です」

「マロニア・スーランド二等女官です」

 片方はものすごく背が高く痩せているが、片方は中背だがふくよかで、メイラはその双方に見覚えがあった。

「あらマロニア」

「メルシェイラさま。先日はお役に立てず申し訳ございませんでした」

「貴女のせいではないわ。第二皇妃さまは懐妊なさっているのですから、仕方がない事よ」

 後宮にきてすぐ、ミッシェル第二皇妃に訪問の約束を取り付けたのは彼女だ。結果門前払いされたわけであるが、体調が良くないのであれば面会を断られるのも当然だと思う。

「いえ、そうでは……」

「スーランド二等女官。私語は慎むように」

「あっ、はい」

 そして真面目そうな彼女の隣に立っているのは、背筋がピンと伸びた有能そうな長身の女官だった。ルシエラ・マインと名乗っていたが、彼女とは数時間前に別れたばかりなので見間違いようもない。

「はじめまして、妾妃メルシェイラさま。以前は近衛隊の女官を担当しておりました。お役に立てますよう尽力しますので、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね。ルシエラ」

 シエラ・ルーベント憲兵大尉は、軍服を着ていた時にもものすごく美人だと思っていたが、シンプルなドレスもまたよく似合っていた。

 きっちりと結い上げられた薄い色の髪と、薄いグレーの女官服がマッチして、まるで女神官か修道女に似た雰囲気である。

 彼女のように誰もの視線をくぎ付けにするような美女に潜入捜査などできるのだろうか。いや、彼女は隊長だと言っていたから、自らは派手に目立たせておいて、その部下が上手くやるのかもしれない。

「なっ、何故一等女官が……」

 ネメシス憲兵師団長閣下の命令です。とはもちろん言えない。

 羽虫呼ばわりされて激怒していたはずの妾妃たちは、一気に頭から水を掛けられた様子で顔色を悪くしていた。

 妾妃が住まう離宮は三つあるが、普段はその建物ごとに三等女官がひとり担当につくだけなのだ。日によっては兼任していることもある。

 この国では男性官僚ほどではないが女性の社会進出も盛んで、一定数の女性官僚が存在し、その一部が出向という形で後宮に勤めている。

 主人の身の回りの世話をするメイドとは職責が違い、主に必要な事務仕事や諸手続きを扱う。妾妃であれば公務はないので、この離宮の担当者はもっぱら面会や持ち込み品などの確認や許認可をしている。

 メイラにこの部屋を指示した女官長イザベラは、後宮総支配だ。妾妃の離宮にいる三等女官だけではなく、皇妃や側妃に仕える女官たちの取りまとめもしているので権限はかなり高い。

 後宮総支配という地位はそれだけの権威を持っているものなのだが、そこには後宮唯一の一等女官だという事情も含まれていた。

 そこに現れたもう一人の一等女官。

 いや、もしかすると、各離宮に他にも一等女官が配置されたのかもしれない。

 メイラが後宮に戻ってきたとき、ひどく不機嫌そうだった理由はおそらくそれだろう。

「妾妃ロザリンドさま、妾妃リーザさま。改めまして紅花離宮の一等女官の方からご挨拶に伺うかと思いますが、よろしくお願い申し上げます」

「えっ、ええ」

 長身のシエラ・ルーベント憲兵大尉いや、ルシエラ・マイン一等女官が恭しく左胸に手を当て、膝を屈める。女性文官としての典型的な最敬礼だが、彼女がするとやけに凛々しい。

 寸前までの表情の硬さも怒りもどこへやら、妾妃たちはぽーっと頬を赤く染めて見惚れている。

 そんな二人に冷ややかな一瞥をくれてから、ルシエラはメイラのほうへ向き直った。

「ところでメルシェイラさま。ウェイド・サスラン補佐官より面会の申請が出ております。日用品の不足分と、御領地の報告書をご持参なさっておいでです」

「……わかりました」

「明日の午前中に面会の時間を取りました。このような状況ですので、立ち合い人の人数が増えることはご了承ください」

「それはいいのだけれど、第二皇妃さまへの面会申請をもう一度お願いできないかしら。まだ挨拶ができていないのよ。体調のこともありますし、難しいようでしたら、第三皇妃さまへの挨拶を先にしようかと思います。その事へのお伺いと、もちろんお見舞いの内容でお手紙を書きたいの」

「かしこまりました。白薔薇宮のほうへ再度申し込んでまいります。お手紙の代筆が必要でしたらいつでもお申し付けください。レターセットなどはご入用でしょうか」

「あの件でダメにしてしまったから……。サスランにお願いしていた日用品の中には含まれていないわ」

「申請があったときに、話せる範囲で事情は告げたと聞いています。レターセットも用意してあるかもしれませんので、確認しておきます」

「お願いします」

 テキパキと話を進める彼女とのやり取りは気持ちがいいものだったが、露骨に客人を無視するような態度はどうかと思う。

 同性からのぼせたような目で見つめられても困るのだろうが。

「それでは、御前失礼いたします」

 結局ルシエラは一度も妾妃たちに視線を向けることなく話を終え、ほんのりと唇を笑みの形にほころばせてから退室していった。どきり、とハートをわしづかみにしてしまうような微笑みだった。

「……すごいわね」

 メイラは無意識のうちに胸のあたりをこすりながら、不規則に脈打つ心臓を宥めた。

「なんだかドキドキするのだけれど」

「有名ですよ、マイン一等女官」

 きっとあの冷たい目で蔑まれたいとか、踏まれたいとか、その手の性癖がある男性には大人気だろう。あるいはいまだに頬を赤くしている妾妃たちのように、お姉さまと呼びたい女性も多いはず。

 メイラはようやく落ち着いてきた心臓の鼓動に、ほっと息を吐いた。

 誘蛾灯のように人々の視線を集め、ふらふらと誘い込む。先ほどは彼女ほど人目を引く美人は憲兵として仕事がしにくかろうと思ったが、これだけ吸引力が強いと逆にいい仕事ができるのかもしれない。

 ふと、彼女がどんな風に情報収集するのかと妄想してしまった。

 脳裏に過った冷たい眼差しはセクシャルなものとは程遠いのに、足蹴にされている男性が容易に想像できてしまう。

「美しいって大変ねぇ」

 メイラはつくづくとそう呟いて、入れなおしてもらった紅茶を口に含んだ。

 目の前に立って顔を赤くした二人に、そろそろ帰ってくれないかな……と思いながら。

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