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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第三章:SSJ結成編
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第8話:予兆

 休憩時間、一人で中庭に赴く。やはりあの、紫水晶色の少年はどこにも見当たら無い。

 今頃探しても無駄なのだろうかと、ゆきなはふらりと自販機の前に立った。


「何か飲もうかな……」


 ずらりと並ぶ飲み物に視線を走らす。りんごジュースや紅茶も良いが、ゆきなは別のボタンを押していた。

 抹茶ラテだ。


「……ゆきな、それ、好きなの?」


 突然後ろから声をかけられビクリとする。背後にはカレブが立っていた。


「あ……カレブくんが飲んでいたから、気になって」


「オレが……?」


 カレブは面食らったように目を丸くすると、クスリと笑った。


「それなら昨日、飲ませてあげたのに。オレの飲みかけだったけど」


 何かを含んだ口調で、妖しく笑っている。


「う……。そ、そういえばカレブくん、今までどこに行ってたの?シゴトって……」


「ああ」カレブの表情が、一瞬で厳しいものへと変わった。


「本当は、生徒会も含めた所で報告したかったんだけど……実はね、害意(がいい)たちに動きが見られたんだ。近々、再び奴らが攻めてくるだろう」


「それって……」


「対策が必要だ。SSJを招集しよう」


***


「害意の襲来ですか。今回はやけに短いスパンで攻めてきますね……」


 カザネが眉をひそめた。


「ま、何はともあれおれたちは、役目を果たすだけだけどさ」


 サラマルは短剣を磨きながら、冷静だった。


 放課後のこと。

 生徒会室にて、SSJと生徒会員での話し合いが行われていた。

……とは言っても、この場に居合わせている生徒会員はシャロン一人だ。他の生徒会メンバーは教員たちと 今後の作戦を立てているらしい。


「……さっき、WSから情報が入って来たんだ」

 カレブが資料をかざす。

 WorldSecure、通称WS。数多ある異世界を監視・管理する特殊機関であり、害意という「世界を滅ぼす者」の襲来も、WSが予測しているらしい。

 カレブは、生徒会室の隅にある、三台の巨大なコンピューターの前に座って、三つのキーボードを素早く打っている。五台の液晶ディスプレイには、何かのグラフや数字が並び、真ん中のディスプレイには目にも止まらない勢いで、数字や記号が羅列され続けている。


「……カレブくん、それは?」


「害意たちの出現範囲と正確な日時、行動様式を推定しているんだよ。このデータは簡単に説明すると、世界を監視している装置から送られて来ている。これらの情報を解析して予測を立てるんだ」


 タイピングしながらカレブは答えた。しかし視線はディスプレイから離さない。


「――WSにあるコンピューターの方がもっと有能だから、機関から送られてくる続報を待った方が良いんだけど……それだと、学園の対策が遅くなってしまうからね」


「そ、そうなんだ……」


 と言いながらも、ゆきなはカレブが何をやっているのか、今いちピンと来なかった。


「いいか、ひめ。分かりやすく例えるなら、カレブは気象庁よりも早く天気予報を予測してるってことだ。雨が降る地域と時間帯、正確な降水量に至るまでな」


 サラマルの解説から考えると、カレブは害意が襲来する地域と時間帯、詳しい個体数を、WSよりも早く調べようとしているらしい。


「それって……すごいね」


「ああ。カレブは情報を集めて策士する司令塔。おれらはそれに従って敵を排除する……いつもこんな感じさ」


「カレブに至っては、既にWSに所属してくれるよう機関から頭を下げられているわ。とてもじゃないけど、一般人じゃなし得ない技術だから」


 シャロンがそう付け足しながら、大きな地図を広げて説明を始める。


「――おおよその目安だけれど、次に奴らが出現するなら、この学園より西の、ディオネ学院から、東の自然公園まで。半径三キロに及ぶ可能性が高いわね」


「……でっかい! 今回はかなり大規模っすね!」


 巨大な魚でも釣り上げたようなカザネの反応。


「ええ。的確な来襲日が予測されたら、避難命令が出されて学校も休校になるでしょうね。おそらく、一週間後あたりじゃないかしら」


「一週間後か。しけた雰囲気になるだろーけど、何はともあれ全部ぶっ倒せば良いだけだ」


 短剣を磨き終えたサラマルは、右手のひらでそれをクルクル回しながら口の端をあげた。


「――おれは奴らを壊滅する。死んでいった奴らのためにもな」


「さらたん、目がマジすぎて怖い、まだリラックスしてくださいよ」


 カザネが机の上にあるスポーツドリンクをサラマルに投げてよこした。


「……ちょ、ちょっと待ってみんな。みんなも、戦うの? 学生なのに?」


 ゆきなは動揺を隠せないまま一同を見渡した。


「SSJは戦って学園を守る責任があるからだ」


 ギルが重々しい口調で続ける。


「――俺たちは生徒といえど、戦に出る資格があり、故郷を滅ぼした奴らに復讐する権利がある……しかし、今回ゆきなはどうするのだ? シャロン、もちろん避難させるだろ?」


「そうさせてあげたいのも山々なんだけれど、ゆきなの立場上、そういう訳にもいかないのよ」


 シャロンは眉をひそめていた。


「――もちろん、ゆきなに戦いはさせないわ。シールド圏内にいてもらう。だけれど、戦場にはあなたたちと同行しなくては、いけないのよ」


 つまりは、ゆきなも「戦」に参加しなければならないということだ。


「何故だ!? こっちに来たばかりの奴に、危ない思いをさせようというのか! こいつにもしものことがあったら、どうするんだ!」


 ギルが声を荒らげて勢い良く立ち上がる。その反動で、机の上に乗っていた本が床へ落ちた。

 ゆきなはぼんやりとしながらそれを拾い上げ、本からはみ出た紙切れを手にとった。

 写真だった。

 寮の談話室で、じゃれ合うサラマルたちと、彼らを呆れたように見つめるカレブの姿が写っている。その中に、見覚えのある少年の姿が混ざっていた。皆の中心で、サラマルとギルの肩を組んでいる少年。


 それは今朝、ガラス窓の向こうで見かけた鎖の、紫水晶色の少年だった。


「ギール、落ち着けよ」


 片眼を開いて、サラマルが言った。


「――ひめはおれたちが守れば良いだけの話だぜ」


「それは分かっているが、戦場では何が起こるか分からん。お前がよく解っていることだろ、サラマル」


「ああそうだな。けどさ、おれはもう誰も失わない。何故ならおれが害意をぶっ殺すからだ。この身に変えても、何をしてでも。もう誰も失いたく、ねーからな……」


 サラマルはそう言って背中を向けた。落ち着き払っている。穏やかさすら感じさせる声色。しかし語尾はかすかに、震えていた。昨晩のサラマルが蘇った。故郷の話に触れた時のサラマル。どこか歪で、危うい雰囲気だった。


「二人とも落ち着いてください。僕たちがゆーにゃんとみんなを守らなきゃいけないことに、変わりはないっす。今から焦ってもしゃーないですよ……ゆーにゃん怖がらせる訳にもいかないし。ね、ゆーにゃん……どうしました?」


「え……うん、なんでもないっ。私も、頑張るから!」


 ゆきなは写真を本に閉じ込めて、笑顔をつくった。

 しかし胸の中がざわざわする。

 戦が、怖いからではない。

 確かに不安だらけだ。

 しかし戦については、まだ想像しい得なければ実感すらわかない。

 だから何とも言えない、それが本音であった。

 戦の恐怖以上にすっきりしない何かが、心の中を支配していたのだ。


「無理は禁物だからね、ゆきな」


 カレブがちらっとゆきなを見る。


「――とにかく、まだ詳しい情報はつかめていないんだから、先走らないこと。今できる最善の準備をしよう」


「当たり前だぜカレブ。日頃からよーく準備はできてるさ」サラマルがニッと笑う。


「俺も以下同文だ」ギルが力強く頷く。


「ゆーにゃんには僕たちが教えてあげないと、なっ、かいちょう!」


「え? ああ、そうね……」


 シャロンは力なく笑った。何か様子がおかしい。口数も心なしか少ない。


「ん……どうしました、かいちょ」


 カザネも異変を感じ取ったのかシャロンを覗き込む。シャロンは目を伏せた。そして、囁くように話を切り出した。


「母が得た情報なのだけれど……秘密事項だし、戦いに支障をきたしかねないから、黙っておこうかとずっと悩んでいたのよ……」


「なんだよシャロン、はっきり言っちまえよ」


 促すサラマルの瞳を見つめて、シャロンは意を決したように顔をあげた。


「……一人目の、イレギュラー。彼が今回の戦いのために……処分されることが決定したわ」


 一人目のイレギュラー。

 ゆきなは二人目のイレギュラーだと告げられた。

 つまり、ゆきながやってくる以前に 、ゆきなと同じ理由で、この世界に呼び寄せられた人間がいるということになる。

 処分とは、どういうことだろう。ゆきなは少年たちを見渡した。

 少年たちは、雷にでもうたれたように、固まって、目を見開いていた――

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