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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第二章:異世界での生活
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第6話:故郷のセカイ

「そういえば、みんなもこことは違うセカイ――異世界から来た人たちなんだよね?」


 ゆきなは不意に、思いついたことを口走った。


「――みんなのセカイは、どんなところだったの?」


 その途端、なにかが砕ける音が響いた。

 食器を台所に運んでいたサラマルが、皿を取り落としたのだった。


「サラマル……?」


「……」


 ゆきなはサラマルの顔をのぞき込んだ。前髪が影となり、上手く表情が読み取れない。


「わりー、手が滑っちまった!」


 サラマルから明るい声が返って来た。次の瞬間には、顔を上げて笑顔を張り付かせ、皿の破片を拾いはじめる。

 何か、触れてはならないものだったのだろうか……ゆきなは口をつぐんだ。

 初めてこのセカイに来た日にギルは言っていた。


 ギルたちが中心世界に来た理由は、故郷のセカイを滅ぼされてしまったからなのだと。そうなれば当然、彼らには思い出したくない記憶がたくさんあることだろう。いや、たくさんあるはずだ。


 無神経な発言をしてしまった。


 そう思い至って、ゆきなは血の気が引いていく。どう謝るべきか、頭が真っ白になった。


「――確かにこの三人は、こことは違うセカイからやって来たみたいだね。オレの出身は、この中心世界なんだけど」


 空になった炭酸の空きビンを抱えあげながら、 カレブが静かに言った。


「……そう、なんだね」


 相づちをしたゆきなの声はか細い。


「うん。オレの話ならいつでも聞かせてあげる。だけど、今日は疲れたでしょ?ゆきなはオレたちに気を使わずに、いつでも休んで良いからね」


 カレブは口元をそっと緩めている。気を回してくれているようだ。


「――サラマルは、そこで死んでいるバカを捨ててきてくれない?」


 そう言って、カザネを指差している。


「おれ、こっちの後片付けで忙しいんだけどっ」


 サラマルはニッと笑って食器を指差した。今までと何ら変わりない笑顔に見えるが、やはりどこかぎこちない。


「夕食の片付けはオレがやっとく。今の君なんかに任せておけないよ、皿が減る一方だろうし、邪魔なだけだから」


「へーいへいっ。ほんとお前って、吐息のように毒吐きやがる奴だぜ」


「カレブのそれはいつものことだ」


 と、ギルがサラマルの腕をつかむ。


「――さて、後片付けはカレブに任せて、大浴場で素潜り対決を行うぞ。今日は負けないからな」


「おれ、今そんな気分じゃねえんだけど……おい、待てよギル~」


 こうしてサラマルは無理矢理、ギルに風呂へ連行されて行った。


「謝れなかった……」


 ゆきなは壁に手をついていた。せっかくカレブやギルが気を使って話題を変えたのだ。あそこで話を蒸し返したとしても、それはゆきなの自己満足にすぎない。かえってサラマルに負担をかけていたかもしれない。

 そう思い直して吐息をついたゆきなはベランダに出た。あえて上着は羽織らずに風にあたる。


 カレブに後片付けの手伝いを申し出たら「ダーメ」とあっさり断られてしまったので、空を見に来た。丸い月が星を従え輝いていた。


 春の夜の空気はまだ冷たい。深く息を吸い込むと、肺の中が綺麗に洗い流されるような心地がした。

独りの夜。

 普段なら今頃は、家族とリビングでテレビでも見ている時間だった。ゆきなはそう思い出しながらしゃがみ込んで、膝を抱える。

 寂しかったのだ。


「こんなとこで、な~にしてるんですっ?」


 気づけば後ろには、カザネがいた。いつの間にかベランダに出てきていたようだ。


「月を、見ていたの」


「へーぇ。ゆーにゃんのセカイと同じ月?」


 カザネは屈託ない笑顔を浮かべていた。


「うん、全く同じだよ」


「そっかそっか~!」


 隣にペシャンと座り込むカザネは、ゆきなのマネをして空を仰いだ。ゆきなはチラリとカザネを伺う。カザネはボケエと上を向いていた。


「アホ面だね……」


 つい、本音が零れてしまった。


「ゆーにゃん今なんつったんすかー?」


「な、なんでもないよ、あはは……」


 ふてくされたような表情をしたカザネは、自分で自分がおかしくなったのか、フッと笑みを漏らした。

朗らかな笑顔。そのチャラついた風貌からは想像できないほど、楽しそうに笑う少年だった。

 月光の中、カザネの肌は青白く浮かび上がっているようだった。そんなカザネの胸元にキラリと何かが光った。カザネが普段身につけている、十字架のようなチョーカー(よく見ると剣のようだ)。

 そして、鈴のようなものがついたペンダント……記憶が正しければ、それは深い青色をしていた。


「ん……これ、気になるんですか?」


 ゆきなの目線に気付いたカザネ。


「このペンダントはすっげー大切な、お守り。んで、この剣は……騎士の証です」


「騎士?」


 繰り返すと、カザネはニッと笑った。


「……僕は、ゆーにゃんがここに来てくれてすっげー嬉しいんですよ!」


「急にどうしたの……?」


「へへ。僕だけじゃない、みんなもすっげー喜んでると思います。色々あって、最近気が滅入ってたし」


 カザネはじっと前を見つめていた。


「――だから、ここに来てくれて、ありがとうっす!」


 二カッと笑ったカザネにつられて、ゆきなも笑顔を浮かべる。


「……私こそ、ありがとう。歓迎会まで開いてくれて」


「んっ……もっと褒めてくれても良いんすよ~?」


 得意げに胸を張ったカザネは、片目を開いてゆきなをじっと見る。


「……ゆーにゃんは、やっぱもとのセカイへ帰りたいんですよね?」


「うん……そうだね」


「ゆーにゃんが帰れるその時まで、僕がずっと傍にいますよ、心配しないでっ」


「……!?」


 驚いて顔を上げると、カザネは二イッと笑って力強く頷いた。


「ゆーにゃん寂しそうだったから。一人でこんなセカイに招かれるなんて、辛いと思うんですね~。僕はサラマルと一緒だったから、独りじゃなかったし」


 何も考えていなさそうなカザネだったが、ずっとゆきなを気にかけてくれていたようだ。


「……あの」


「ん?」ヘラッと笑って首をかしげるカザネ。


「……ほんとにありがとう、カザネ」


 ゆきなは、はにかむように笑った。


「ん……いま、ゆーにゃん、僕のこと何て呼んだ? もっかい、もっかい言って!?」


「なんでもないよ、バカザネくんっ」


「ちょ、バカは余計ですって~!」


 七階のベランダからは、夜が更けるまで楽しそうな笑い声が響いていたのだった――

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