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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第二章:異世界での生活
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第5話:SSJの少年たち

 その日の授業を終えて、放課後になった。


 ゆきなはカザネとギルに急き立てられ校門の前に移動した。


「ギル、カザネ。急いでどうしたの?」


「寮へ帰るんだ……というかカザネ、俺たちがゆきなと一緒に帰ったら予定が狂うんじゃないのか?」


 ギルが落ち着いた口調でカザネに問う。


「……うあああっ! たしかにっ、やばいっすね!」


 カザネが頭を抱え始めた。


「ったくグダグダすぎだろ」

「どうするっすかギル!」

「カレブにも声かけといたから、ゆきなはカレブに任せれば良いだろ」

「おおおギルっ! 名案っす!」


 ギルとカザネがコソコソ(しているつもりなのだろうがまる聞こえ)話している。


「……っつーわけでゆーにゃん!僕たち、のっぴきならない使命を果たさなきゃいけねえですから、先帰っときますね!」


「し、使命?」


「とにかく、カレブが来るまでここにいろ!そしてゆっくり帰ってこい、ゆっくりだからな!」


 ギルに念を押され頷いた頃には、二人の少年は猛ダッシュで校庭の門をくぐっていた。

 ゆきなはぼんやりと立ち尽くしている。あの二人は何をテンパっていたのだろうか。何か隠し事をしているのは簡単に見て取れたが。


「あれ、ゆきな。ギルたちと帰ってなかったんだ」


 しばらくたって、背後から声をかけられた。その冷めきったような静かな声に、後ろを振り返らずとも相手が誰かは容易に推測できた。


「あ、カレブくん」


 カレブは片手に飲料水を持ってゆきなを見つめていた。


「ん、何?」


 ゆきなはしどろもどろしながらカレブを見上げる……カザネとギルはカレブと帰宅しろと言っていたが。

ゆきな自身から一緒に帰ろうとは言い出し辛い。

『人って鬱陶しいよね』何せ先ほど、カレブの素顔を見てしまったのだから。


「え、と……それ、抹茶ラテだね! 好きなのっ?」


 どうでも良い事を口走ってしまった。カレブは自分の持っている飲料水に視線を流す。


「好きというより、嫌いではないから飲んでいるんだよ……こんな所で突っ立っているのもなんだし、一緒に帰ろっか」


「え!? う、うん!」


 ゆきなは嬉しそうに頷いた、なんとか二人の言いつけを守ることができそうだからだ。


「カレブくんも、寮で暮らしているの?」


「ああ、うん。七階に住んでいるよ」


 七階。ゆきなが部屋を借りているのも七階だった。


「……あのフロアはSSJ専用だからね。さ、おいで」


 歩き出したカレブに促される。さりげなく車道側に移動したカレブと肩を並べて歩く。


「わっ、見て! ウェルザーブくんだわっ!」

「その隣はあの転入生じゃないか!?」

「キャーッ、ウェルザーブくーん!」


 目をひく二人は帰路に着く生徒たちの注目の的だった。

 カレブは微笑を浮かべて女の子たちに応じていた。人間嫌いのヴァンパイア、表ではその本性を見せないらしい。


「それにしてもウェルザーブ君が、女の子と下校してる姿なんて初めて見た!」


「そうよね!いつもは皆の断ってるのに」


 騒がしい街中を通り抜け、緩やかな坂道に差しかかった。この土地は他より高台にあるため、ガードレールの先からは街を一望することができた。目の前に伸びる道をまっすぐ行けば寮へたどり着ける。


「ゆきな、今日は疲れたでしょ。体調は大丈夫なのかい?」


「大丈夫だよ」


 ゆきなはにこりと笑った。頭の中は新しいことでパンク寸前だが、体の調子は申し分ない。寝室のベッドがふかふかだったからだろうか。


「大丈夫なわりには、けっこう息切れしているみたいだね」


「う……だ、大丈夫です、これくらい!」


 運動不足なゆきなだった。


「素直じゃないね」


 カレブはニヒルな微笑を浮かべていた。その笑顔は、他の女の子たちに向けていた無機質なものと、何かが違っているように感じられた。

 寮の七階に到着した。談話室の扉の前にたどり着く。

 できるだけゆっくり歩いたつもりだが、ゆきなはドアノブにかけた手をひっこめる。

(もう入っても、良いのかな)


「なにを躊躇っているの?ここは君の部屋でもあるんだよ」


 耳元にカレブの吐息がかかったと思いきや、宙を彷徨っていたゆきなの手の上に、カレブの冷たい手が重ねられた。ビクンと体を跳ねさせるゆきなにおかまいく、カレブはゆきなの手をドアノブに誘導させ、そのまま扉を開いた。

 部屋の中は真っ暗だった。

 異変を感じで後退するよりも早く、鼓膜を叩くようなな音が炸裂した。


「うわっ!?」


『ようこそゆきな!マルス学園寮へっ!』


 沸き上がる大歓声と同時に視界が真っ白に染まる。あまりの眩しさにゆきなは目を閉じた。


「なんとか間に合ったっすね!」弾んだカザネの声。


 チカチカする目をこすりながら、ゆきなは改めて部屋の中を確認した。

 談話室の中には、手作り感あふれる飾り付けが施されていた。一番目立つ向かいの壁には「ようこそ、ゆきな!」と、派手に装飾された看板がぶら下がっている。部屋に入った時に炸裂した音は、クラッカーのものだったらしい。


「まさかカザネたち、このために?」


 ゆきなは先程のカザネとギルの姿を思い出した。

 二人がコソコソそそくさとしていたのは、これを用意するためだったのだろう。

 ゆきなは目頭が熱くなるのを感じながら、そっと笑顔を咲かせた。カザネは胸を張り、ギルは真っ赤になって背中を向ける。


「ま、まあ、カザネが手伝えとうるさくてだな。昨日の晩から、グダグダで思う様な出来栄えではないが!」


 説明するギルの声は早くて上ずっていた。


「へへーん、今日はゆーにゃんの歓迎パーティーっすよ!」


 カザネがど派手な仮装用の被り物を片手に躍り出た。


「ありがとう……みんな」


 ゆきなのために一生懸命用意していたのだろう。こんな経験は初めてのゆきなだった。


「歓迎パーティーなんだから料理も忘れんなよ。コンビニで買ったスナック菓子も良いけど……」


 きどったような声と共に現れたのは、漆黒の髪と瞳を持つ少年、サラマルだった。淡いブルーのエプロンをつけ、両手には料理の乗った皿を乗せている。アロマキャンドルのように美しく彩られた前菜。ローストビーフに魚のムニエル、ほかほか湯気をたてたスープなどなど、たくさんの料理を次々とテーブルの上に並べている。


「――やっぱデザートまでは手がまわらなかったぜ~」


「え……これ全部、サラマルくんが作ったの!?」


「ああもちろん。この談話室にも、ちょっとした台所ならあるしさ」と、親指で談話室の対面キッチンを指差した。それにしたってこの量を一人で用意するのは至難の技だろう。いつ用意したのだろうか……考えながら、ゆきなはふと今朝のことを思い出す。三限までの授業中、サラマルは教室にいなかった。


「わざわざ、私のために用意してくれていたの……?」


「そんな大げさなことじゃねえよ、これくらいお手の物」


 サラマルは照れくさそうに笑った。ゆきなをお姫様抱っこして飛び回るような、人並み離れた運動能力のみならず、料理を作ることも得意らしい。


「サラマルは手先が器用なんだよ」カレブが解説をいれる。

「――それに運動もできるし機転が利くし……ただ頭に血が上りやすいのと、チビなのがたまにキズだね。あ、チビはいつもか」清々しいほど黒い笑顔を浮かべていた。


「はっはっはー、二度目はねえぜー? 毒舌ドSヴァンパイアー」


 サラマルが震える拳を抑えながら笑っている。


「怒ると背が縮むって知ってた?」


「……っ!?」


 ニコリと笑うカレブにサラマルの笑顔が一瞬凍りつく。


「さてと。デザートはオレが作っとくから、サラマルはそこのバカをどうにかしといて」


 カレブはそう言ってカウンターキッチンに向かった。そこのバカ……と示された当の本人であるカザネは、ど派手な被り物をかまえてゆきなを見つめていた。

 被って!

 目がそう訴えている。


「カザネ、それはやめとこうぜ。女の子につけさせられるもんじゃない」


 サラマルに一刀両断されたカザネは、打ちひしがれたように地面に手をついた。


「ひめ、気に病む必要はねえよ、こいつはいつもこんなだから……」

「カザネは放っといて。取り皿くばるぞ、そこに並べ」


 ギルも慣れた様子でカザネをスルーしていた。

 夕日が沈んで夜に突入した頃、本格的にパーティーは開催された。


「我らが新しいルームメイトを紹介しちゃいますよ!かの有名なイレギュラーことゆーにゃんっ!」


 復活したカザネがスプーンをマイクがわりにして演説をしている。皆、テーブルを囲んで円形状に座っていた。


「ゆーにゃんは、えと、こことは違う場所からやってきて、その、同い年で……」


「カザネ、そういう自己紹介はひめ本人からしてもらった方が良いだろ。な、ひめ?」


 サラマルが片眼をつむる。いちいちきどった態度をする少年だった。


「えーと、私のことより、みんなのことを知りたい、かな?」


 ゆきなはおずおずと申し出た。


「うむ……俺たちのことか……」大真面目な顔で考え込むギル。


「良いですねそれっ!よし、僕がギルのことを紹介してやりますよ!」


「何故お前に紹介されなくちゃならんのだカザネ」


 呆れ顔のギルをしりめに、カザネはゆきなに近づいてしゃべり始めた。まるでご近所の噂をするおばさんサナガラな身振り手振りで。


「ねえ知ってますう? こちらギーリアス・ランデルトくん!見た目は怖いけど実は一番心優しかったりするのよー?けどな……怒らせると死ぬほど怖いから気をつけて」


 後半がマジになっているカザネだった。

 何かやらかしたことがあるのだろうか。


「怒らせると怖い……」


 ゆきなはじっとギルを見つめる。


「おい、ゆきなに何を吹き込んでいるんだ」


「ナンデモナイッスヨー! 」


「カタコトで喋んな!」


「全く……ケンカすんなっての。ひめ、口にあう?」


 料理を頬張りながら二人の言い合いを見ていると、向かい側にいるサラマルに話をふられた。


「うん、すごくおいしい……とくにこのお肉とかっ!」


「肉か! そりゃ、そんな風に言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ」


「すっごく美味しいよ、きっと良いお母さんになれるよ!」


「おう!……って、え?」


 苦笑いを浮かべるサラマルに対して、無邪気に笑うゆきな。その隣にいるカレブがじっとゆきなを見ていた。視線に気づいたゆきなはフォークをとめる。


「あ、カレブくん。カレブくんってヴァンパイアなんだよね?その……ご飯はやっぱり、血なの?」カレブの皿にも、野菜や魚の切り身が取り分けられているのだが、食はあまり進んでいないように見えた。


「ん……血は飲まないよ、今のところ」


 困ったように微笑むカレブ。


「ハハハッ!ゆーにゃんその質問直球すぎっす!ヴァンパイアつっても見境なく人の血を飲んだりしねえんですよ。それにレブっちは肉よりも菜食主義っつか……ベジタリアンなヴァンパイアなんですよ!なーんか面白いよなっ」


 ジュッ、キン

 朗らかに笑うカザネの笑顔が凍りついた。カレブが目にも止まらぬ速さで何かを放ち、カザネの顔すれすれに飛んだソレが、壁に深々と突き刺さったのだ。


「……レブっち、今僕に凶器投げなかったっすか?」


「ちゃーんと外してあげたでしょ。それに凶器じゃなくて、フォークだよ」


 微笑むカレブのオーラがどす黒い。


「い、いいですかレブっち。フォークも人を傷つける凶器なんっす。人に投げるもんじゃないんですよ~?」


「人……? 君は自分のことを人間だって勘違いしてしまうほどバカだったんだね。君みたいな奇怪生物の口からオレの話をされるとか、不愉快極まりないんだよ」


 そう囁いたヴァンパイアは、もはや一ミリも笑っていなかった、


「レブっち……時に言葉も、フォークと同じく凶器になるんですよ。レブっちの発言で、僕の心ズタズタなんすけど」


 カザネは目の端に涙を溜めている。


「そっか、だったら言葉を選んで発言することにするよ」


 穏やかに笑いながらカレブは、こう付け加えた。


「人生、リタイアしたら」


「死ねってか!?オブラートに包んでも意味合いすげえ酷いっすから!それ究極にひどいっすからね!?」


 いたぶって遊んでいるカレブと、泣きわめくカザネ。


「この二人、いつもこんななの?」


 ゆきなはサラマルに尋ねる。


「ああ。ほっとけば良い。そのうち慣れてくるぜ」


 サラマルは肩を竦めている。


「まーカレブは、外面は良いが本性はただの悪魔だからな。まさかいきなり、ゆきなにまで晒け出すとは思わなかったが」


 ギルがさも不思議そうにカレブを見つめていた。


「とにかく、冷めちまう前に食えよおまえら~」


 サラマルの言葉にゆきなは夕食を食べすすめた。日はとっぷりと暮れ、夜空には月が浮かんでいる。その後も、カレブとカザネの抗争は続いていた。


「だいだいレブッち。お前ってやつはなんで僕にだけ冷たいんっすか!僕はこんなにもお前と仲良くなりたいというのにっ!」


「気色悪い」


「それを言うなら、いつもクラスで猫被ってるレブっちの方が……ぐふぉっ」


 次の瞬間、カザネはカレブに踏み倒されていた。カレブは仰向けに倒れるカザネの口と鼻の穴に、よーく振った炭酸飲料三本をぶち込んでいる。黒い笑顔を浮かべて。


「やへっ……やへて、かれ……ブフッ!」


「溺れろ」


「ったくそこまでにしろよ~」


 見かねたサラマルが仲裁に入った頃には、カザネは青白い顔で床にのびていた。

 賑やかなパーティーだった。カレブとカザネの組み合わせを除けば、みんな仲が良さそうだった。


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