表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第二章:異世界での生活
5/39

第4話:絶対零度のヴァンパイア

 たどり着いたのは、向かい側の校舎。

 窓枠の、細い足場に音も無く着地したサラマル。両開きのガラス窓を背中で開く。

 その向こうには、広々とした部屋があった。重厚そうな家具が鎮座している。中央にテーブルがあって、壁際には棚やクローゼットが置かれていた。何より目をひいたのが、端の方にある三大の大型パソコンだった。モニターディスプレイが五つもある。


「いらっしゃい、ゆきな!」


 どこからともなく現れたシャロンにムギュッと抱きしめられた後、ゆきなは中央にあるイスに座らされた。

「シャロン先輩……授業は?」

「三年は自習よ」


 にやりと笑った生徒会長だった。

 ジュースを出されたのでいただいていると、カザネとギルが息も絶え絶えに登場した。


「さらたん何すかいきなりっ! てか、どこ行ってたんすか、昨日からッ!」


「お前がいなかったせいで、カザネが寂しがって鬱陶しかったんだからなっ!」


「わりいわりい、ちょっと訓練しに行っててさ」


 サラマルは腰につがえてある短剣を引き抜いた。これまたRPGでよく見るような両手短剣だった。


「つーか、カレブは来てないのか?」


「レブっちはぁ『三人もいるなら、オレがわざわざ行く必要なんて無いよね』ですって」


 カザネがきどった雰囲気でカレブのモノマネらしきことをした。


「ったくあいつは……」


「まあいいわ。ゆきな。今日はここにいる三人について、あなたに説明しておこうと思ったのよ」


 シャロンはそう言うと、サラマル、ギル、カザネを順番に指差した。


「――彼らはSSJ。SSJとは、School(スクール) Security(セキュリティ) Judgment(ジャッジメント)の略称のことよ。害意に対抗しうる能力を持つ、特殊な生徒たちの集まりなの」


「もっと分かりやすく言えば、害意たちが攻めてきた時に、学校を中心に一般人を守るのが僕たちの勤めっす!」


 カザネがキリッと決めポーズをとる。


「SSJには今のところ、五人の生徒が選ばれているわ。そのうちの三人はここにいるサラマル、ギル、バカザネよ」


「ちょっと待って生徒会長。今、僕と馬鹿を合体させなかったっすか?」


「あと残りの二人は、もう会っているかもしれないわね」


「お前の斜め前の席にいたカレブってやつも俺たちと同じSSJだ」ギルが補足した。


「そして今回新たに、ゆきなにもSSJの一員になって欲しいのよ」


 シャロンはそう言うと、金色のバッチを差し出してきた。

 片翼に『SSJ』と記された紋様だった。ゆきなは受け取りながら疑問符を浮かべる。


「あの、どうして私が……?」


「今は何もできなくても、あなたはイレギュラーなんだし……何より、こいつらと一緒に行動した方が確実に安全だからよ。入ってくれるかしら?」


「は、はい……私なんかでよければ」


 ゆきなは反射的に返事をしてから、うかがう様に他の三人を見つめる。よく見ると、サラマルたちの胸元には、ゆきながもらったのと同じバッジが輝いていた。


「おそろいっすね」カザネがニィッとしている。


「それじゃあ決まりね。今からゆきなもSSJの仲間入りよ。SSJは生徒会と肩を並べる地位だから、全校生徒の憧れの存在なのよ。だから」


 シャロンは優しくゆきなの肩に手を乗せて、言葉を続ける。


「――職権乱用、しまくりなさい」


「せ、生徒会長ぉ!」


 カザネが冷や汗を垂らしていた。


「さて。それじゃあ生徒会からあなたたちに命令を下すわ……」


 いきなりシャロンは声を張り上げ、机に右足を乗せた(土足)


「――休日に、あなたたちでゆきなの日用品を買いに行ってあげなさい」


 しばらくの静寂の後。


「は、俺たちでっ!?」


 ギルが弾かれたように声を上げた。


「そうよ。本当は私が行きたかったのだけれど、色々と野暮用ができてしまって……ゆきなを一人で行かせるのは危険だし、あなたたちに託そうと思ったのよ」


 シャロンは残念そうに説明すると、笑顔で三人を見つめた。

「拒否ればコロス」目がそう告げていた。


「だ、だけどシャロン先輩。私、お金とか持ってないですし、日用品だなんて、そんな」


「ゆきなはWSが無理矢理このセカイに連れてきたのよ。そして、あなたの保護者は私たちマルス学園なの。そういう訳で、学園があなたのこっちでの暮らしを保証するのは当たり前のこと。金銭面なんて細かいことは、あなたが心配する必要ないわ」


「あ、ありがとうございます。けど……私をここに召喚したWSって、この国にある機関のことですよね?私、そこへ行かなくても良いんですか?」


「あんな所に行く必要は無い!」


 ギルが強い口調で告げた。一気に、部屋の空気が張り詰めたのを感じる。


「アンナトコ……お前を一人では行かせられん。もうアイツの二の舞は、ごめんだ」


 ギルは唇を噛みしめていた。ゆきなは戸惑ったようにサラマルを見つめる。サラマルは物憂げに視線をそらせた。見兼ねたようなカザネが、困ったように微笑みながら口を開く。


「とにかく、ゆーにゃんは学園で僕たちと居れば良いってことですよ。何も心配する必要はねえです」


「その通りよ。今は無理だけど、必ずもといたセカイにも帰してあげられるわ」


 シャロンも明るい笑顔をつくっていた。


「……分かりました」


 ゆきなは頷く。これ以上、WSの話題には触れてはならない。そんな気がしたからだ。その後、一同は解散となった――


 ゆきなは一人、校庭の中を歩いていた。胸に輝くは金色のバッチ。


「このセカイは、やっぱり何かがおかしいんだろうな」


 空は青い。人の笑顔も何もかも、もといたセカイと同じなのに、

明らかにこのセカイは、何かの恐怖に脅かされているようだった。

 ちょうど今は三限の休憩時間。教室に戻ろうと静かな中庭を歩いていると、大きな木の下から弾んだ高い声が聞こえてきた。ゆきなはその隣を通り過ぎながら横目で様子を伺った。誰かが、三人の女の子に囲まれていた。


「カレブくんってほんとに何でも出来るんだねっ、ねえねえ、今度の週末遊びに行こうよ?」

「あ、それあたしも行きたい!」

「ねえ大丈夫、カレブくん?」


「折角だけど、その日はもう予定が入っているんだ」


 カレブ・ウェルザーブ……ゆきなは立ち止まって少年を見つめた。たしか、カレブもSSJの一人だったはずだ。カレブは穏やかな笑顔を浮かべている。


「えー、それならいつ遊べるのー?」

 と、女の子たちは不満げな声を上げた。


「ごめんね、まだ分からないんだ……時間ができたら、オレの方から声をかけさせてもらうよ」


「ほんとっ?」


 カレブが頷くと、キャーッと歓声をあげながら、女の子たちは教室に戻っていった。


「……一生、声なんてかけるつもりはないんだけどね」


 低い声がした。ゆきなは自分の耳を疑いながら、カレブの方に向き直った。

 今までの笑顔とは一変した、氷のように冷たい表情を浮かべたカレブがいた。


「ねえ、人って鬱陶しいよね」


 一言そう囁いた。金色の瞳は射るようにゆきなを見据えている。ゆきなに問いかけた言葉らしい。


「え、と……」

 何て返せば良いんだろう。ゆきなは瞳を伏せた。


「雪原ゆきな。異世界から召喚されたイレギュラー。君もSSJになるんだよね?」


 カレブが近づいてきた。ゆっくりとした足取りで、じりじりと追い詰めてくるように。ゆきなは自然と壁際まで後ずさった。カレブは更に片腕を壁について、その麗しい顔を寄せてきた。距離が、近い。仄かにバラの香りが漂ってくる。


「怖がらなくて良いよ。ファーストネームで呼んでかまわないかい?」


 疑問形でありながらも、拒絶することは許さないといったニュアンスが含まれている。ゆきなはこくこくと頷くしかなかった。


「よろしくね、ゆきな」


 口の端だけをあげた冷たい笑顔。女子生徒たちに見せていた柔和な笑みとは正反対だった。

金色の瞳は魅惑的で、見つめていると吸い込まれそうになった。そんなカレブの口元からは、二本の牙が垣間見えた。犬歯よりも際立った牙。カレブも、シャロンと同じようにヴァンパイアの血を引く者なのだろうか。


「そうだよ、オレもヴァンパイア」


 考えていることを的中されたゆきなは、ピクリと体を反応させた。

 なんだろう、心を読むエスパーでも持っているのだろうか。


「残念ながら、超能力者では無いけどね」


「……っ!?」


 カレブはクスッと笑っていた。ゆきなの反応を見て楽しんでいるらしい。


「オレはカレブ・ウェルザーブ。キミと同じ、SSJだよ。害意の動向を調べたり、司令塔的な役割を任されている。ちなみにシャロンはオレの義の姉」


「そ、そうだったんだ……よろしくね、カレブくん」


「うん、よろしくね。ゆきな」


 鼓膜をくすぐる甘い声。カレブの細い指が、ゆきなの長い髪をそっと掬い上げた。その色っぽい仕草に、ゆきなはただただ硬直する。


「……人間のくせに何も感じないんだね。普通の女子なら、見るも無残な骨抜きになるわけなんだけど」


 骨抜き。うっとりカレブを見つめていた女子生徒たちが脳裏によぎる。目の前のヴァンパイアは、鋭い瞳を少しだけ見開いていた。


「ゆきな。君って、度がつくほどの鈍感なんだね……天然記念物レベルだ」


「それは……どういう意味?」


「内緒。さて、そろそろ教室に戻らないとね」


 カレブは腕時計を見つめていた。


「う、うん……」


 何なんだろう。ゆきなはカレブを盗み見る。造り物のように美しい顔。

 クラスの女の子に向けていた笑顔は、惚れ惚れするものだった一方、どこか素っ気なくて仮面のようだった。そしてその後の、ぞっとするような冷たい表情。今しがた見せられた、人間を(さげす)むような言動。


「カレブくんは、人が嫌いなの?」


 ゆきなはつい、疑問をこぼした。


「嫌い。そう言ったら君はオレのこと、どう思うんだろうね?」


 カレブは瞳を細めると、ごく自然な動きでゆきなの右手をとった。冷たいその手に、ゆきなの心臓が跳ねる。


「急がないと、チャイムがなっちゃうから。走れるかい?」


「は、走れます!」


「ん、行くよ」


 歩幅を合わせて走ってくれる。


 ヴァンパイア――ゆきなのセカイでは空想の怪人

 しかしこのセカイでは、希少価値の種族として人間と共存しているらしい。まだまだ分からないことがたくさんある。ゆきなはそっとヴァンパイアの横顔を眺めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ