第38話:キミの、もう一つのセカイ
ゆきなは急いでサラマルとカザネが搬送された病院に向かった。
カレブの忠告通り、電車もなにもかも、交通機関は動いていなかった。だから走った。
幸いなことに二人は学園都市内の病院に搬送されたらしい。
二十分くらい歩いて、大学病院に到着した。朝ということもあってか、人の気配はしなかった。患者も病院地下のシェルターに搬送されたようだ。
しかし、サラマルたちが担ぎ込まれたのだから、誰かがいることは間違いないだろう。そう思いながらゆきなは、病院のエントランスの前に立った。自動扉は開かなかった。仕方なく中庭にまわった。
全ての病室の窓は締め切られていた。
一つだけ、白いカーテンがふわっとなびいた。三階の窓の一室だった。
そこから、人影が木の枝に向かって飛んだ。
「サラマル!」
ゆきなはとっさに叫んだ。
その人物の正体が見えた訳じゃないのに、気づいた時にはそう呼んでいた。
「ひめ!?」
枝の上から、驚いた少年の顔が覗いた。
「なにしてるの!」
「いや、ちょっと体動かしたくてさ」
「病人は大人しくしてなきゃだめだよ!」
「わ、わりい……ひめこそ、大丈夫なのか?」
「うん、私は大丈夫だよ」
「それじゃ」
サラマルが目の前に音もなく降り立った。青葉をふわりと散らせ、黒髪がなびき、爽やかな香りに包まれた。
ゆきなは、サラマルにそっと抱きしめられていた。
「……さ、さらたん!?」
「怪我ねえか、チェックだよ」
サラマルはそう言うと、体を離した。瞳を伏せ、そして顔が少し赤い。
「サラマル。本当に大丈夫? 気絶する前も、様子がおかしかったし」
「ああ」
サラマルは重い視線を合わせてきた。
「おれも、過去を見たんだ」
「過去?」
「おれの過去……ゆきな、聞いてくれるか。おれの今までの人生と、罪を」
サラマルが抱えている、闇。
ゆきなは頷いた。
二人は木陰に腰をおろした。
サラマルは吐き出すように一つ一つ、語っていった。
時折、体を震わせ、嗚咽をもらしそうになりながらも、最後まで全てを語り終えた。
「――おれはそうして、とうとう、民にも手をかけてしまったんだ。理性が飛んでいたとはいえ。すまないと、思ってる、けど、おれは自分が許せない」
サラマルが時折見せていた、戦に自らを捧げる献身さの理由が分かった。
自己犠牲的で、自滅的だった、あの笑顔の理由。
それは、戦が招いた、どうしようもない業だ。
「その時サラマルがそうしなくても、サラマルのセカイはどうしたって、救うことができなかった。みんな、死ぬ運命から逃れることはできなかった……だから、みんなを楽に死なせてあげようとしたんじゃないの? 害意に、食べられる前に」
ゆきなは静かな声で囁いた。
サラマルは額をおさえたきり動かない。
「……そうだとしても、そうじゃないとしても、サラマルが自分を責めるのは仕方ないことかもしれない。起こった出来事は取り消せない。だから……みんなを助けられなかったかわりに、他の人の命を救おうとして、実際に助けてきた。サラマル、その事実も変わらないんだよ」
ゆきなはサラマルを見据えて囁きかけた。
「けどおれは、何をしでかすか分かんねえんだ、ひめも見ただろ」
カザネを刺した時のサラマルは、確かにいつものサラマルじゃなかった。
「それでも、私たちはサラマルを信じているよ。だからカザネも、みんなも、サラマルのことが大好きなの。サラマルは、幸せになって良いの。苦しいかもしれない、自分が許せないかもしれない。それでも、幸せになることを諦めてはだめ。サラマルがどう思おうと、私たちが……友達が、サラマルに幸せになって欲しいんだから」
ゆきなはサラマルの手をつかんだ。
「――みんな、サラマルがいなくちゃだめなんだよ。私も、サラマルと一緒にいたいよ。それでもサラマルが自分を責めるなら、私がサラマルを……支えるから」
「なんだよ、それ」
サラマルはやっと顔をあげた。にやりと、笑っていた。しかし涙がにじんでいて、泣いているのかよく分からない笑顔だった。
「あーもう、カッコわりぃ。女の子にこんなこと言わせるなんて……」
サラマルは声をあげながら天をあおいで、両手で目を防いだ。
「ゆきな、ありがと」
サラマルはその姿勢のまま、呟いた。
「――ゆきなに話を聞いてもらえて、なんかさ、楽になったよ。それに、おれが正気を取り戻せたのも、お前のおかげだったんだ。最初からこうしとけば良かったよな……おれ、やっぱなんか間違っていたんだってことは、ちゃんと分かったから……影を殺すって躍起になるだけじゃ、だめなんだよな……これからは、前見るから」
「……もう見てるでしょ!」
ゆきなはサラマルの背中を軽くたたいて、立ち上がった。
「それじゃ私、帰るね? サラマル、早く戻ってきてね!」
少女はそう言い残すと、その場をあとにした。
サラマルは両手を離し、そのまま仰向けに横たわった。
「……なに見てんだよ、バカザネ」
横たわったまま声をあげた。
「てへっ、ばれてました~?」
建物の裏から、カザネが姿を現した。
右腕を骨折していたらしく、包帯を巻いている。
「ゆーにゃんの声が聞こえたから、つい、っすよ。ゆーにゃんってば、僕のお見舞いには来てくれなかったんすけど」
カザネはやれやれと言いたげに苦笑している。
「ゆきな……」
「ん。どうしました?」
サラマルは未だに火照る顔を腕で隠しながら、そっと呟いた。
「おれ、ゆきなが……」
「なんて、聞こえねえですよ?」
「なんでもねえよ」
サラマルは起き上がると、カザネを見た。
「そういえば怪我、大丈夫か。おれのせいで」
「まって」
カザネは左手を突き出して、サラマルの言葉を遮った。
「――瑳良守、それはもう無しだ。これはオレが勝手にやったこと。貴方が気に留める必要は無い」
カザネの真剣な眼差しに、サラマルは小さく俯いてはにかむ。
「わーったよ。それじゃさ……止めてくれて、サンキュ」
「うん、それが正解っす! 主を守ることが、従者の勤めですもんね~」
にししと笑うカザネ。
「カザネ。お前はもうおれに縛られなくて良いんだ。てめーはもう自由なんだぜ、自分の好きに生きりゃ良いんだよ」
「好きに生きてるっすよ」
カザネは太陽に手をかざして、告げた。
「……大切な人からもらったこの人生を、お前らと馬鹿して過ごして、僕らはもう、とっくに幸せに生きてるじゃないっすか」
「そうだな……カザネ、おれ決めたよ……」
サラマルは立ち上がって空を仰いだ。
「――おれは、みんなを守りたい。これからは守るために、戦うぜ」
敵を倒すためではなく、人を守るために戦う。
「いいっすねそれ。僕も手伝いますよ、さらたん」
二人の少年は二ッと笑い合って拳を合わせた――
数日後。街は活気を取り戻し、息を吹き返したように目を覚ました。
今日もゆきなは制服を纏う。
「おはよう!」
談話室におりる。
「はよっ、ひーめっ!」
退院したてのサラマルが、エプロン姿でウインクした。病み上がりにも関わらず、昼ご飯のお弁当を作ってくれているらしい。
「サラマル、朝からうるさいぞ、顔が。もう少し入院しとけば良かったものを」
ギルは猫のような瞳を細めながらぼやいていた。ちなみに、サラマルの退院で一番喜んでいたのはギルである。
「まあまあギル、賑やかで良いじゃん。ゆきな、みんなで朝ご飯食べ行こー?」
愛らしく笑うベルシュに手を引かれる。
「ゆーにゃん、今日は朝から、食堂でパーティーするんですって! 寮のみんながサプライズしてくれるみたいっす!」
カザネが嬉しそうに扉を開く。
「ばらしてどうするんだバカザネ。君のこともばらしてやろうか」
カレブの毒舌を聞きながら、みんなで扉をくぐる。
その先には、マルス学園の寮生たちが待ち構えていた。
クラッカーを持って、満面の笑みを咲かせて。
「ありがとう」
感謝の言葉を浴びながら、ゆきなもみんなに向かって答えた。
「ありがとう!」
都内セントラルタウンの一角には、とある学園が蹂躙するようにそびえている。
名は「マルス学園」。
広大な敷地と鉄柵に囲まれたその様相は、中世ヨーロッパ時代の貴族が暮らす屋敷を彷彿とさせる。
その学園には、世界を守るために戦う少年たちがいる。
戦いはこれからも続く。
それでも彼らは歩み続ける。
その背に暗い影を落としながらも
光に向かって立ち向かう、SSJ。
ここはもう一つのセカイ、もう一つの、キミの帰る場所。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました! 区切りが良いので、ひとまずここで完結とさせていただきます。感想などを書いて下さると、作者のはげみになります……もしよろしければ、お願いいたします! とはいえ、この物語には続きがあります(むしろ、ここから話が展開していきます)
9月の上旬頃、再び続きの話を投稿しはじめるかもしれません。その時は、またよろしくお願いします!
(2019/07/31)




