表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第五章:少年王編
39/39

第38話:キミの、もう一つのセカイ

 ゆきなは急いでサラマルとカザネが搬送された病院に向かった。


 カレブの忠告通り、電車もなにもかも、交通機関は動いていなかった。だから走った。

 幸いなことに二人は学園都市内の病院に搬送されたらしい。

 二十分くらい歩いて、大学病院に到着した。朝ということもあってか、人の気配はしなかった。患者も病院地下のシェルターに搬送されたようだ。

 しかし、サラマルたちが担ぎ込まれたのだから、誰かがいることは間違いないだろう。そう思いながらゆきなは、病院のエントランスの前に立った。自動扉は開かなかった。仕方なく中庭にまわった。

 全ての病室の窓は締め切られていた。


 一つだけ、白いカーテンがふわっとなびいた。三階の窓の一室だった。

 そこから、人影が木の枝に向かって飛んだ。


「サラマル!」


 ゆきなはとっさに叫んだ。

 その人物の正体が見えた訳じゃないのに、気づいた時にはそう呼んでいた。


「ひめ!?」


 枝の上から、驚いた少年の顔が覗いた。


「なにしてるの!」


「いや、ちょっと体動かしたくてさ」


「病人は大人しくしてなきゃだめだよ!」


「わ、わりい……ひめこそ、大丈夫なのか?」


「うん、私は大丈夫だよ」


「それじゃ」


 サラマルが目の前に音もなく降り立った。青葉をふわりと散らせ、黒髪がなびき、爽やかな香りに包まれた。

 ゆきなは、サラマルにそっと抱きしめられていた。


「……さ、さらたん!?」


「怪我ねえか、チェックだよ」


 サラマルはそう言うと、体を離した。瞳を伏せ、そして顔が少し赤い。


「サラマル。本当に大丈夫? 気絶する前も、様子がおかしかったし」


「ああ」


 サラマルは重い視線を合わせてきた。


「おれも、過去を見たんだ」


「過去?」


「おれの過去……ゆきな、聞いてくれるか。おれの今までの人生と、罪を」


 サラマルが抱えている、闇。

 ゆきなは頷いた。

 二人は木陰に腰をおろした。

 サラマルは吐き出すように一つ一つ、語っていった。

 時折、体を震わせ、嗚咽をもらしそうになりながらも、最後まで全てを語り終えた。


「――おれはそうして、とうとう、民にも手をかけてしまったんだ。理性が飛んでいたとはいえ。すまないと、思ってる、けど、おれは自分が許せない」


 サラマルが時折見せていた、戦に自らを捧げる献身さの理由が分かった。


 自己犠牲的で、自滅的だった、あの笑顔の理由。


 それは、戦が招いた、どうしようもない業だ。


「その時サラマルがそうしなくても、サラマルのセカイはどうしたって、救うことができなかった。みんな、死ぬ運命から逃れることはできなかった……だから、みんなを楽に死なせてあげようとしたんじゃないの? 害意に、食べられる前に」


 ゆきなは静かな声で囁いた。

 サラマルは額をおさえたきり動かない。


「……そうだとしても、そうじゃないとしても、サラマルが自分を責めるのは仕方ないことかもしれない。起こった出来事は取り消せない。だから……みんなを助けられなかったかわりに、他の人の命を救おうとして、実際に助けてきた。サラマル、その事実も変わらないんだよ」


 ゆきなはサラマルを見据えて囁きかけた。


「けどおれは、何をしでかすか分かんねえんだ、ひめも見ただろ」


 カザネを刺した時のサラマルは、確かにいつものサラマルじゃなかった。


「それでも、私たちはサラマルを信じているよ。だからカザネも、みんなも、サラマルのことが大好きなの。サラマルは、幸せになって良いの。苦しいかもしれない、自分が許せないかもしれない。それでも、幸せになることを諦めてはだめ。サラマルがどう思おうと、私たちが……友達が、サラマルに幸せになって欲しいんだから」


 ゆきなはサラマルの手をつかんだ。


「――みんな、サラマルがいなくちゃだめなんだよ。私も、サラマルと一緒にいたいよ。それでもサラマルが自分を責めるなら、私がサラマルを……支えるから」


「なんだよ、それ」


 サラマルはやっと顔をあげた。にやりと、笑っていた。しかし涙がにじんでいて、泣いているのかよく分からない笑顔だった。


「あーもう、カッコわりぃ。女の子にこんなこと言わせるなんて……」


 サラマルは声をあげながら天をあおいで、両手で目を防いだ。


「ゆきな、ありがと」


 サラマルはその姿勢のまま、呟いた。


「――ゆきなに話を聞いてもらえて、なんかさ、楽になったよ。それに、おれが正気を取り戻せたのも、お前のおかげだったんだ。最初からこうしとけば良かったよな……おれ、やっぱなんか間違っていたんだってことは、ちゃんと分かったから……影を殺すって躍起になるだけじゃ、だめなんだよな……これからは、前見るから」


「……もう見てるでしょ!」


 ゆきなはサラマルの背中を軽くたたいて、立ち上がった。


「それじゃ私、帰るね? サラマル、早く戻ってきてね!」


 少女はそう言い残すと、その場をあとにした。

 サラマルは両手を離し、そのまま仰向けに横たわった。


「……なに見てんだよ、バカザネ」


 横たわったまま声をあげた。


「てへっ、ばれてました~?」


 建物の裏から、カザネが姿を現した。

 右腕を骨折していたらしく、包帯を巻いている。


「ゆーにゃんの声が聞こえたから、つい、っすよ。ゆーにゃんってば、僕のお見舞いには来てくれなかったんすけど」


 カザネはやれやれと言いたげに苦笑している。


「ゆきな……」


「ん。どうしました?」


 サラマルは未だに火照る顔を腕で隠しながら、そっと呟いた。


「おれ、ゆきなが……」


「なんて、聞こえねえですよ?」


「なんでもねえよ」


 サラマルは起き上がると、カザネを見た。


「そういえば怪我、大丈夫か。おれのせいで」


「まって」


 カザネは左手を突き出して、サラマルの言葉を遮った。


「――瑳良守、それはもう無しだ。これはオレが勝手にやったこと。貴方が気に留める必要は無い」


 カザネの真剣な眼差しに、サラマルは小さく俯いてはにかむ。


「わーったよ。それじゃさ……止めてくれて、サンキュ」


「うん、それが正解っす! 主を守ることが、従者の勤めですもんね~」


 にししと笑うカザネ。


「カザネ。お前はもうおれに縛られなくて良いんだ。てめーはもう自由なんだぜ、自分の好きに生きりゃ良いんだよ」


「好きに生きてるっすよ」


 カザネは太陽に手をかざして、告げた。


「……大切な人からもらったこの人生を、お前らと馬鹿して過ごして、僕らはもう、とっくに幸せに生きてるじゃないっすか」


「そうだな……カザネ、おれ決めたよ……」


 サラマルは立ち上がって空を仰いだ。


「――おれは、みんなを守りたい。これからは守るために、戦うぜ」


 敵を倒すためではなく、人を守るために戦う。


「いいっすねそれ。僕も手伝いますよ、さらたん」


 二人の少年は二ッと笑い合って拳を合わせた――




 数日後。街は活気を取り戻し、息を吹き返したように目を覚ました。

 今日もゆきなは制服を纏う。


「おはよう!」


 談話室におりる。


「はよっ、ひーめっ!」


 退院したてのサラマルが、エプロン姿でウインクした。病み上がりにも関わらず、昼ご飯のお弁当を作ってくれているらしい。


「サラマル、朝からうるさいぞ、顔が。もう少し入院しとけば良かったものを」


 ギルは猫のような瞳を細めながらぼやいていた。ちなみに、サラマルの退院で一番喜んでいたのはギルである。


「まあまあギル、賑やかで良いじゃん。ゆきな、みんなで朝ご飯食べ行こー?」


 愛らしく笑うベルシュに手を引かれる。


「ゆーにゃん、今日は朝から、食堂でパーティーするんですって! 寮のみんながサプライズしてくれるみたいっす!」


 カザネが嬉しそうに扉を開く。


「ばらしてどうするんだバカザネ。君のこともばらしてやろうか」


 カレブの毒舌を聞きながら、みんなで扉をくぐる。


 その先には、マルス学園の寮生たちが待ち構えていた。

 クラッカーを持って、満面の笑みを咲かせて。


「ありがとう」


 感謝の言葉を浴びながら、ゆきなもみんなに向かって答えた。


「ありがとう!」




 都内セントラルタウンの一角には、とある学園が蹂躙するようにそびえている。

 名は「マルス学園」。

 広大な敷地と鉄柵に囲まれたその様相は、中世ヨーロッパ時代の貴族が暮らす屋敷を彷彿とさせる。

 その学園には、世界を守るために戦う少年たちがいる。

 戦いはこれからも続く。

 それでも彼らは歩み続ける。

 その背に暗い影を落としながらも

 光に向かって立ち向かう、SSJ。


 ここはもう一つのセカイ、もう一つの、キミの帰る場所。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました! 区切りが良いので、ひとまずここで完結とさせていただきます。感想などを書いて下さると、作者のはげみになります……もしよろしければ、お願いいたします! とはいえ、この物語には続きがあります(むしろ、ここから話が展開していきます)

9月の上旬頃、再び続きの話を投稿しはじめるかもしれません。その時は、またよろしくお願いします!

(2019/07/31)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ