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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第五章:少年王編
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第35話:瑳良守

 ゆきなは瞳を開いた。

 頭が重い。自分が数時間気を失っていたことを知った。

 頭上に広がる暗い空は、赤い光を不気味に反射している。隣には、心配そうに顔を覗き込んでくるカザネがいた。


「か、ざね?」


「ゆーにゃん、目え覚ましたっすか!?」


「カレブくんはっ?」


 視線を校舎の壁にむけた。カレブは頭を抑えながら、壁にもたれかかって座っていた。


「……ゆきな。気分、は?」


 金色の瞳は苦し気に細められていた。


「大丈夫、だけど。カレブくん、どうしたの?」


「精神破壊、で、過去を、見すぎただけだよ。君が、無事なら、良かった」


 意識を失う前、ゆきなはカレブに何かを吹きかけられた。


「あれって、催眠スプレーだよね?」


「万が一に備えて、携帯しているんだ。眠っている間なら、精神破壊は効かないんじゃないかと思って……役に立ったみたい、だね」


 そう言ってカレブは、血の気のない笑顔を浮かべた。


「れぶっち。ゆーにゃん起きたから、お前はもう休んで良いんすよ」


 カザネが低い声で告げた。

 カレブは意識を手放すことなく、眠ったゆきなを守り続けていたらしい。


「カレブくん、ありがとう……」


 カレブはにこりと笑って、下をみおろした。

 そこには、目を見開いたまま動かないサラマルが横たわっていた。


「さら、まる……?」


「サラマルは、オレ以上に、深く、くらったらしい」


「うそ……サラマル、サラマル?」


 何度呼んでもサラマルは微動だにしない。


「ずっとこの調子なんすよ」


 カザネは、銀白色の細剣によりかかりながら、サラマルを眺めていた。


「こいつ、昔っから、全部のことを一人でしょいこんで、みんなのために、もう死んだ奴らのために死のうとしていたんすよ。そんな馬鹿野郎の最期は、やっぱりこうなっちまうもんなんすかね。僕はまた、こいつを守れなかったんすか」


「カザネ……?」


 魂の抜けたようなカザネに手を伸ばそうとした瞬間、ぎらりと何かが光った。

 短剣の刃だった。


「ゆーにゃん!」


 カザネに庇われ助かった。

 ゆきなたちの目の前には、短剣をかまえ、ぐらりと立ち上がった、サラマルがいた。


***


――おれの父は屈強な男だった。理想の王であり、目指すべきおれの目標だった。


 思い出すは、太陽に向かう大きな背中。


「良いか瑳良守。国は民が支えるものだ。一人一人が国を支える柱なんだ」


 おれの父の言葉だ。


「――自分だけなら良いだろうと手を抜けば、それがその国のカタチとなる。民が国をつくるのだ。王は、そんな民たちを支える土台であることを忘れるな」


 その教えは子供の頃から、おれの中の指針となった。

 おれは王であり、人々の笑顔を守るために生きてきた。教養、立ち居振る舞い、全てにおいて、やれることはやってきた。子供の頃から、王子としての責務を果たしてきた。


 民の期待、敬愛の眼差し、他国の羨望。

 これら全てをまとい、剣をとって敵を穿つ。


 それでも影をとめられなかった。


 民の絶望、軽蔑の眼差し、他国の嘲笑。

 これら全てにまどわされ、剣にすがって敵を凌ぐ。


 はじめから全部重荷だった、本当は、子供の頃から、みんなの期待の眼差しが、痛くて辛くてたまらなかった。

 影に大切なものを奪われていく。全てはおれの責任だ。あの時こうしていれば良かった、ああしていれば良かった、後悔は後を絶たない。本当はどうすれば良かった。

 おれがみんなを不幸にしている、

 おれの選択が全てを狂わせている、

 おれが弱いから、みんなの盾になれないから、もっと強くならなければならない。もっと最前線で影と戦わなければならない。民全員の命はおれにかかっている。そして、誰にも心配はかけられない。


 偽りの笑顔を繕った。

 おれが笑っていれば、誰も不安にならないから。

 大切なものが一つ奪われ、ニつ奪われ。

 責められることは、腕や足を引きちぎられるような苦痛を伴い、歪なシワを伸ばすように笑顔をつくった。

 それでも、結局は、誰も救えなかった。

 気づいた時には、おれの手のひらは返り血に濡れていた。守ってきたはずの者たちの血。踏み越え積み重ねてきたものは、影との戦歴なんかじゃない。民の屍だった。


 おれは、殺してしまった。

 死んでも償えないから、(あがな)うしかなかったのに。

 結局、繰り返すんだ。

 おれの誤ちが人を殺す。

 おれの存在が人を壊す。違う、なんだっけ、おれが人を殺すのは……いや、そうだ、国を守るんだった。そうだ、国、人々を守るには、どうすれば良いんだっけ、人を守るには、敵を倒さなきゃいけないんだ。敵って何だっけ、敵、そうだ。それは黒い意志、あさましい魂、醜い心を持った者。つまり、それは、ああ……こんなにぐちゃぐちゃだと分かんねえやもう、何も分かんねえ。だってほらもう、おれもぐちゃぐちゃだし、こんな王じゃなにもできねえし、そういえば全部真っ黒になっちまってる。


 黒は別の色には染まらない。

 だったら全部、赤色に戻そう――


***


「サラマル、正気に戻れっす!」


 カザネは銀白色の剣で、サラマルの短剣を受け止めた。

 鉛のような重さだった。その上、いつもの倍は速い。

 サラマルの瞳に光はなく、ただ、狂気じみた笑顔を浮かべているだけだった。

 いくら呼びかけても返事がない、ただ乾いた笑みを漏らすだけ。サラマルは、狂った獣かなにかのように、軌道の読めない動きでカザネに猛攻を繰り出した。


「向咲、そいつは、君を、殺すつもりだ……!」


 カレブの言う通りだった、一瞬でも気を抜けば、サラマルの刃はカザネの急所を(えぐ)るだろう。

 カザネは繰り出される短剣をかわしながら、サラマルに語りかけた。


「サラマル! 勝手に一人でしょいこんで、勝手に一人で突っ走って、今度は一人で爆発っすか! お前はよくやったんっすよ、今までもずっと……! ちゃんと見てましたよ、僕は、オレは、お前が王だったから、ついてってやろうって思ったんだ!」


 サラマルはぴたりと動きをとめると、地面を踏みしめ短剣を振りかぶった。

 カザネは間一髪で剣をはじく。サラマルの体が地面におちる。その拍子に、少年の足がグキリと嫌な音をたてた。それでもサラマルはにやりと笑い、再び地面を蹴った。


「サラマルもうやめろ、やめてくださいっす!」


 カザネはかすれた声で叫んだ。サラマルはぐらりと体を揺らして、一本の短剣を両手でつかんだ。


「……ったら、血に染め、無に、無にカエセ。黒ヲ、赤色、ニ、黒ヲ、赤、赤、血」


 サラマルが独り言のように呟きはじめる。


 しだいに少年の体は、

 霧のような黒いものに、包まれ始めた。


「なんだ、あれは」


 カレブが目を見開く。

 サラマルの体はみるみるうちに、黒いもやに包まれていく。


「あの姿は、まるで――」


「サラマル!」


 サラマルは短剣の軌道をカザネから、ゆきなに向けた。

 金縛りにでもあったように、ゆきなはその場で硬直した。

 サラマルの短剣は、ゆきなの前に両腕を広げたカザネの胸を、貫いた。

 その血が、ゆきなの頬に飛び散った。


「か、ざね……?」


「こいつは、まきこんじゃ、だめっすよ。罪が、あるなら、僕が、半分背負って……」


 カザネは赤黒いものを吐き出して、そのまま地面に倒れた。お構いなしにサラマルは、血に濡れた刃を、倒れたカザネに向けた。


「……サラマル、だめ!」


 ゆきなは叫びながらカザネの前に飛び出した。


「だめだ、ゆきな!」


 カレブの声が遠く聞こえる。サラマルの刃が振り下ろされるまであと数センチ。

 その時、ゆきなの胸にゆれた鈴の形の、カザネからもらったペンダントが、まばゆい光を放った。


「……っ!?」


 サラマルを取り囲んでいた黒いモヤが、白い光に消し飛ぶ。


「サラマル、戻ってきて!」


 ゆきなはサラマルの体を抱きしめた。

 きつく抱きしめて、何度も願った――

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