第14話:奪還作戦
ゆきなは決意をした。必ず、WSから友達を奪い返すと。
彼女たちを突き動かすのは、ただ一つの強い意思。
ゆきなたちはベルシュを奪還すべく、現在彼が隔離されているというWSの施設へと赴いていた。情報は全てシャロンが教えてくれた。
サラマルは愛用品の短剣を、ギルは黒い布にくるまれた細長い棒を、カレブはスーツケースのような物を持ってきている。
深夜二時をまわる道路は不気味なほどに静まり返っている。
車一台見かけない。
暗闇の向こうに伸びる車道を、ゆきなたちを乗せたワゴン車がすべるようにかけ抜ける。
「学園都市を抜けたよ。この山道に入れば、もうすぐWSの施設に到着する」
運転席の少年が告げた。シャロンと同級生の、生徒会員の一員である。ベルシュを助ける旨を伝えると快く手を貸してくれたのだ。
「……学園都市外で起こっていることは、僕たち生徒会でも手が出せない。なにせ今回は、WSの研究施設で行われる機密事項だ。しかし……シャロンもみんなを心配している。もし命の危険を感じたら、すぐに戻って来るんだ。君たちを逃がして守るくらいはできるから」
「ありがとうございます、矢崎先輩」
ゆきなはそう言って拳を握り締めた。自分に一体何ができるというのだろう。みんなの足手まといにしかならないかもしれない、それでも、じっとしてはいられなかった。
「それじゃあもう一度おさらいするよ」
カレブが車内にいる少年たちに告げた。
「――これからは行くのはWSの第三施設。日夜実験を行っているためセキュリティが強い。そこで、入口から東にそれた場所にある通気口からの侵入を試みる。ベルシュが捕えられている部屋への見取り図は、さっき渡したよね。部屋までの道のりにしかけられている防犯カメラ、およびその他セキュリティについては、オレが一時的にハッキングする。君たちはその間にベルシュのもとへ急いでくれ。オレも後から追いかける」
「了解だぜ……場合によっては警備員や職員との交戦も考えられる」
と、サラマル。
「それを潜り抜けたにせよ、俺たちもただじゃすまんだろうな」
ギルがやれやれと苦笑。
「それでも、べるっちょがやられるのを黙って見るよりマシっす」
カザネはいつも通りの明るい笑顔で答えた。
五人を乗せた車は音もなく、山の中腹で止まった。
「ここからは徒歩で行く方が良いだろう。みんな、検討を祈るよ」
先輩が車を停めた。
五人は先輩に礼をのべ、地面の上に降り立った。湿った空気がねっとりと頬をなでる。四方を囲むは暗い木立。思わずすくみそうになる足にムチを打ち、勇気を奮い立たせ、ゆきなは少年たちの後を追った。施設にはすぐにたどり着いた。立方体。窓の無い、四角い箱を彷彿とさせる研究施設だった。
「それじゃ、これから施設の警備システムに介入するよ」
カレブは引きずっていたスーツケースを広げるとそう言った。中から現れた数台のノートパソコンを操り始める。
「――十分たったら計画を実行してくれて良い。ゆきな、怖かったら引き返しても良いからね」
「ううん、みんなと行く」
ゆきなの声は揺るぎがなかった。
「へへっ、ゆーにゃんは強いっすね……ったく、ゆーにゃんの可愛さでWSも見逃してくれねえですかね~!」
「……カザネ、少しは緊張感を持て」
「そう言いながら、何焼きそばパン食ってんですかギル!」
「む。腹ごしらえは必須だろ」
ギルがもごもごと答えた。
「ま、いつも通りで良いんじゃねえの、なっ、ひーめ」
サラマルがきどったように片目を瞑り、ゆきなの隣に腰を下ろした。
「サラマルは死ぬから近づかない方が良いよ、ゆきな」
カレブが冷たい声で死刑宣告を下す。
「は、おれが死ぬとかぜったいありえねえって~、確率で表すなら0、001%くらい」
「生きて帰って来れたらその減らず口に瞬間接着剤でもぬってあげるよ、強力なやつ」
サラマルに毒を吐きながらも、カレブは素早くキーボードを叩いている。
セキュリティハックをするカレブをその場に残し、十分後、ゆきなたちは施設に向かった。
薄暗い通気口を這って移動する単調な作業。
しばらくすると前方を進むサラマルが小さく声を発した。通気孔から、施設のローカに降り立つと言う合図だった。三人はサラマルの指示に従い、できるだけ静かに地面に降り立った。無機質なローカがどこまでも伸びている。
横幅は二メートル。ローカを照らす明かりは、はるか頭上に取り付けられた白い蛍光灯だ。
気持ち悪い。
ゆきながこの研究施設に抱いた第一印象だ。
灰色しか無い空間。天井には幾筋ものパイプが剥き出しに通っている。
人の気配は全くなく物音一つしなかった。
けして一人で来たくない気味の悪さに立ち尽くしていると、サラマルが先導して歩き始めた。
足音の反響だけが空気を震わす。サラマルの背中を追いながら、それでも不安になって隣を向くとカザネがいた。カザネはニッと笑うとピースサインを突き出す能天気。後ろを向くと、黒い布にくるまれた棒を肩に担いだギルがいた。
大丈夫。ゆきなは自分に言い聞かすように心の中で呟く。サラマルが立ち止まった。
「扉だ。ベルシュがいると思われる部屋、じゃねえけど、ここを通らねえと目的地にはたどり着けねえ。みんな、心の準備は良いな?開けるぜ……」
サラマルが静かな声で尋ねた。ゆきなたちは一つ、大きく頷いた。そして、金属製の重厚そうな扉が開く……。
ギィッ……ガチャン。
広々としたホールが広がっていた。ローカと同じ、白い無機質な部屋だった。一同は足を踏み入れる。
その一瞬で、スベテが始まった。




