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キミのセカイ  作者: 涼夜りん
第三章:SSJ結成編
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第12話:イタズラ

「さて到着……ここが事務室さ」


 ベルシュに連れ出されたゆきなは現在、マルス学園寮の一階にある部屋の前にいた。辺りに人の気配はない。消灯時間ともあって皆寝静まっているのだろう。


「事務室って、何をする部屋なの?」


「管理人がいる部屋さ。寮長が仕事したり、警備員が仮眠とる部屋でもあるけどな。さ、入るよ。音たてちゃダメだからな~」


 金縁で彩られた重厚そうな扉は、すんなりと開いてしまった。扉の向こうは薄暗く、誰もいない。


「勝手に入っちゃだめだよ、あ、ちょっと待って!」


 ベルシュは忍び足で扉の向こうに消えてしまった。取り残されたゆきなは仕方なく「失礼します」と部屋に踏み入った。まず視界に飛び込んできたのは大きなテーブル。その上には誰かの私物や荷物が散乱していた。こんなところに何の用があるのだ……と疑問を口にする暇もなく、前方を進むベルシュが立ち止まってニヤリと笑った。

 ベルシュの先にあるのは脱衣所。つまりは風呂場だ。どうやらそこには先客がいる様子で、くもったガラス窓の向こうからは肌を打つシャワーの音が聞こえてくる。


「の、のぞくの……?」


「男の入浴シーンなんかのぞく訳ないじゃん」


 ベルシュはそう言いながら、勝手に風呂場のスイッチを押し、照明を切った。一瞬にして風呂場の照明がおち、真っ暗になる。それと同時にベルシュは、風呂場の横に立てかけてあった棒を蹴り倒した。


「うわっ……!? 停電!? ちょ、扉が開かないぞ!」


 風呂の中から男性の悲鳴がし、ドタバタと音が響いた。中にいる男が扉を開けようと苦闘している。しかし、ベルシュの蹴り倒した棒がつっかえ棒となり、扉が開く気配は無かった。


「アハハッ、良い気味だな~管理人サン」


 ニヤニヤ笑みを浮かべたベルシュは、風呂場に閉じ込めた管理人に声をかける。


「ベルシュ……またお前の仕業かっ!? 早く開けろォッ……て。久しぶりじゃないか! また悪戯しに来たということは、もうこっちへ戻って来れるのか!?」


「オレが戻って来る頃には管理人、この風呂場で化石になってんじゃないのかなー?」


「なっ……! こら、まずはここを開けろヨォ!」


 ベルシュは鼻歌まじりで、脱ぎ捨ててある管理人のズボンのポケットからカードキーを取り出した。管理人を助けることなく、ゆきなの手を引いてその場を後にする。


「ベルシュそれは?」


「ふふふー、これはな~……」


 手をひかれるがままに走り、たどり着いたのは食堂だった。

 時刻はとっくに夜の十一時をまわっていて、食堂の扉はしっかりと鍵がかかっている。そこでベルシュが取り出したのは先程、管理人のズボンから失敬したカードキーだ。それを、扉に設置されてある機会にかざすと、簡単にロックは解除された。


「さ、侵入するぞゆきな隊員!」


「勝手に入っちゃだめだよ!」


「いーのいーのオレ寮長だし」


 いくら寮長でも、他人のカードキーを使って部屋に侵入するのは不味いだろう。しかしベルシュは涼しい顔で、ゆきなの手を引き薄暗い食堂に踏み入った。ゆきなはまごまごとしながら辺りを見渡す……誰かに見つかりやしないだろうか。見つかったら確実に怒られるはずだ。


「ゆきなはここで待っててね」


 入口付近で待たされる。ベルシュは調理場の方へ走っていった。間もなくして戻ってきたベルシュの手には、丸々としたりんごが二つ。


「はいミッション成功。お宝は山分け、なっ!」


 リンゴを差し出してニィッ。たちまちその悪戯っぽい笑顔を向けられると、誰だって怒りが消えてしまう。そんな不思議な雰囲気を持つ少年だった。

 ゆきなは困った末、手のひらを広げる。両手でりんごのずしりとした重さを受け止める。共犯になってしまった。

 その後、ゆきなはベルシュに手をひかれるがまま、寮内を歩き回されることとなる。食堂までの近道や、授業をさぼれる穴場を案内された。また施錠中のロックを解除し、屋上にも上がって二人で星も見た。

 その道中では、寮内にちょっとした悪戯をしかけてまわった。生徒たちの部屋のプレートを入れ替えたり、廊下に飾ってある調度品を逆さまにしたりという、くだらないものだった。それでも、ゆきなはだんだんと気分が高揚し、楽しくなっている自分がいることに気がついた。


 ゆきなにとって、こんな気分は初めてだった。ゆきなは内気で、いつも自分から積極的な行動に踏み出すことが苦手だった。自分から誰かに話しかけることさえも、たくさんの勇気と労力がいった。そのせいか友達には「どんくさい」やら「つまらない」と嘲笑され、からかわれることが多々あった。


 それでもベルシュは、何一つ嫌な顔をせずに楽しそうだった。

 ゆきなといることが、本当に楽しくて仕方がないといった笑顔だった。


「……そうだベルシュ、さっきからみんなの部屋の前に、何を置いてるの?」


 ベルシュは悪戯をしかけた生徒の部屋の前に、ポケットから取り出したキャンディを残していた。


「害意との戦いで、みんな気が滅入ってるだろーし……ちょっとしたサプライズさ」


 囁くように告げたベルシュの横顔は、今までの無邪気さが一切として消えている。それは同い年とは思えないほど、大人びたものに見えた。


「そうだゆきな。このカードキー、管理人に返しといてよ」


「え、私が……?」


「ゆきななら怒られないから良いじゃん、たのむよ~」


 子犬のような潤んだ瞳で見つめられると、頷くしかないゆきな。


「し、仕方ないな……あ、そういえば。管理人さんをずっと閉じ込めていて良いの?」


「あいつは今頃、風呂場の窓から外に出てるはずさ、心配しなくても良いよ」


 コロッとふてぶてしい笑顔を浮かべるベルシュだった。


「そ、そうなんだ。良かった……」


「まあ、あいつとオレはいつもこんな感じだったし」


 自分より十も年上の大人を「あいつ」呼ばわりしているベルシュだが、嫌味は無く楽しそうに笑っている


「――だから、ゆきなが怒られることはないよ、ぜったいに。むしろこれを機に、管理人とも仲良くなれるはずさ。あいつ結構つかえ……良いやつだから」


 今「使える」と言いかけなかったか?

 ベルシュをジト目で見つめると、ヘラッと笑って「次に行こう」と歩き始めた。ゆきなは大きく頷くと、ベルシュの隣に並んで歩き始めた。

 この紫水晶色の不思議な少年となら、不思議と、どこへだって行ける気がした。

 その後、二人は中庭へ赴いた。

 中庭といっても広大な土地で、白樺の木が茂っている。きちんと刈り整えられた芝は月明かりに淡くぼんやりと浮かび上がっているようだった。

 冷たい夜気にぶるりと身を震わせたゆきなは隣にいたベルシュに肩を引き寄せられた。どきりとして少年を見つめると、目が合った。


「寒いんでしょ」


 肩を片手で抱き寄せられているために、少年の体と密着する。互いの体温と、息づかいが感じ取れる距離間に、ゆきなは動揺を隠せなかった。

「顔、真っ赤だね~?」のんびりとした声で、しかし瞳は鋭いベルシュ。


「そそそれは仕方ないよ!」


 ゆでだこ状態のゆきな。


「あ、真っ赤なのか。ドキドキしてるんだな~」


「え?」


「暗いのに顔色なんて分かるわけないじゃん」


 にんまり不敵に微笑む少年。


「う……なんだろうこの敗北感……あ」


 ゆきなは改めて少年を見つめる。洋風な校舎には馴染んでいない、大正時代のような制服。そんなベルシュの首からは、胸元にかけて鎖が鈍い光を放っている。

 ゆきなはゆっくりと、視線をベルシュの瞳に合わせる。


「なに? 見とれた……って顔じゃなさそーだな」


「ベルシュ。怪我、してないの?」


「怪我?」すっと表情が消える。


「うん、見間違いかもしれないけど……今日ね、学校の窓からベルシュに似た子が、ひどい怪我をしている姿が見えたの」


 ゆきなは昼間に見たあの光景を思い出していた。何かに追われるように建物から建物へ飛び移っていた少年。脇腹から噴き出した血。

 しかし今目の前にいるベルシュは、怪我一つしていないように見える。


「ふーん。そっか、見られちゃってたなら、しゃーないな。まあ……ちょっとそこに座って話そうよ」


 ベルシュは困ったように笑っていた。はぐらかそうとしているようにも見て取れた。ゆきなは言われた通り、そこにあった木の根元に腰をおろす。

 ベルシュには、聞きたいことが山ほどあった。あの光景もしかり、首や腕に巻きつけられた鎖の意味。そして、生徒会室で見つけたあの写真のことなど。


「……な。ゆきなってさ。南京町には行ったことあるよな?果物屋があって、ジュースとか売ってる店もあって。オレ、あそこのジュース好きだったんだよな」


「……え?」


「あと、近くにある中華街の肉まんも旨いよな。休みは観光客ですごい行列できるけど」


 突然、突拍子もない話を、楽しそうにはじめたベルシュ。一体、ベルシュは何を言っているのだ?

『南京町』、『中華街』……懐かしいワード。

 しかし全ては、あのセカイの、『あの街』にある名称である。ゆきなは震える唇で、ベルシュに問いかける。


「あの、ベルシュ……このセカイにもあるの? その、地名」


 有り得ない話ではないはずだ。こちらの世界の教科書は、日本語だった。そして世界地図だって、驚くべきことにゆきなのいたセカイのものと似ていた。地名は色々と異なっていたが、こちらのセカイにも、あちらのセカイと同じ地名がある可能性は、十分に考えられる。


「南京町……神戸はあっちのセカイにしかないよ。オレたちがいた、あのセカイにしか」


「それって……」


 ゆきなの瞳は揺れる。心臓がばくばくうるさくなる。ベルシュは静かな声で続ける。


「……オレも、ゆきなと同じセカイにいたんだ」


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