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朱殷の華  作者: 暁紅桜
9/12

008

「私は、お兄様に会いたくなかったです」


グッと胸を押さえ、涙を浮かべて凪沙なぎされんを見下ろした。

「会いたくなかった」と口にしているのに、そんな言葉に反して涙を流す彼女に、どうして泣いているのかわからなく、蓮はただ呆然と彼女のことを見ていた。


「お兄様は酷い人です……」

「凪沙?」

「もう、二度と会うことはなかったはずだったのに……どうして、どうして」

「なんで、泣いて……」

「こんな形で会ってしまっては、もう自分の感情を抑えることができません!」


今まで聞いたことのない激しい言葉に、蓮の方が揺れる。

言っている意味が分からず、今まで見たことない妹の言葉に動揺を隠すことができない。

体を震わせ、ゆっくりと涙で濡れた瞳を凪沙は蓮に向けた。


「好きです」


震えるような声で、頭上から降り注ぐ声。その発せられた言葉に蓮は大きく目を見開いた。


「お兄様が好きです。ずっと、ずっと好きだした」

「な、ぎ……さ」

「けれど、私とお兄様は血の繋がった兄妹の上に、私の体はあまりにも脆すぎた……これでは、お兄様の側にいられない。お兄様にご迷惑をかけてしまう」


死んでしまったからか、抑えるものがなくなり、凪沙は今まで抱いていた感情を全て吐き出した。

蓮を異性として好きだったこと。だけど、自身の体のもろさによりその感情を抑えていたこと。姉のように桜花おうかを慕っていた反面、羨ましくて妬ましかったこと。胸の内にずっとしまって隠していたことを、凪沙は死後も愛し続けた蓮に包み隠さずに話した。


「先ほどのお兄様の言葉を聞いて嬉かったです。けど、この現状に悲しさを覚えました……お兄様は……桜花さんを選んだんですね」


その言葉は複雑な声音をしていた。寂しさと嬉しさ。暖かさと冷たさの両方を感じ取った。

眉をひそめ、笑みを浮かべる凪沙は、そっと蓮に手を差し出した。


「こちらへ来ませんか、お兄様」

「えっ」

「私、一緒にいてくださいお兄様。一人は、寂しいです」


不意に、消えかけていた恋慕が燃え上がった。

一緒に。その手をとれば、自分は凪沙とずっと一緒にいられる。それはある意味では悪魔の囁きだ。手を取ったら最後、もう戻ることはできない。だけど、死後もずっと思い続けた人からそんなことを言われて、ここ路が揺らがないはずはなかった。


「凪沙……」


蓮は、ゆっくりと手を伸ばし、伸ばされた手を取ろうとした。

だが……—————


「お兄様?」

「ごめん、凪沙……俺は、そっちに行けない」


手を下ろし、悲しげな表情を浮かべる凪沙の顔を蓮は見つめる。


「どうしてですか……私のことを、愛してくれているのですよ」

「あぁ好きだよ。けど、俺は生きると決めたんだ」

「なぜ、ですか……?」

「お前が生きれなかった分、俺は何が何でも生きたい。それに、桜花への罪滅ぼしもしないといけない」

「それは……」

「あいつを幸せにする。こんな俺の側にずっと一緒にい続けてくれたんだ。ここでお前の手を取ってしまったら、俺はあいつに恨まれる」

「そんなこと……桜花さんは望んでないです」

「そうだろうな。けど、俺は決めたんだ。心の底からあいつを愛して、また昔みたいに笑って欲しいって。それにさ」


ニット、歯を見せながら蓮は笑みを浮かべる。その表情は、いまの歳とは不似合いな子供のような無邪気な笑みだった。


「ちゃんと現世で生きぬかないと、来世でお前に会えないだろう」


凪沙は伸ばしていた手を下げ、顔をそらした。小さな声で「本当に酷い人だ」とつぶやいた凪沙は、ニコッと笑みを浮かべる。


「残念です。やっぱり、生きている間にちゃんと伝えたかったです」

「凪沙?」

「お兄様」


涙を流し、寂しげに眉を寄せるが、口元をあげて凪沙は必死に笑みを浮かべ用とした。


「幸せになってくださいね」


プツンッと、まるで糸が切れたかのように凪沙はその場から消えてしまった。

蓮はじっと、先ほどまで凪沙がいたところに目を向ける。


「あれ?」


辺りをキョロキョロとし始め、小首をかしげる蓮。

彼は後ろを振り返り、山道を下っていった。







「おかえりなさい、蓮さん」


家に帰ると、桜花が笑みを浮かべて出迎えてくれた。

夕食はすでに出来上がっており、二人で部屋へと向かった。


「あれ、お寄りにならないんですか?」

「えっ?」


蓮の部屋の前を通った時に、ふと桜花が歩みを止めた。いつもだったら凪沙の仏壇に手を合わせるために部屋によるから、桜花に先に行くように言う。だけど、今日は何も言われずに一緒に行こうとした。


「どうしてだ?」

「だって、いつもなら凪沙ちゃんの仏壇に手を合わせるためにお部屋に……」


その時は、蓮は眉をひそめて首を傾げた。






「《凪沙》って、誰だ?」


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