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朱殷の華  作者: 暁紅桜
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005

「どうぞ、旦那」


人通りの少ない通りで、れんは怪しげな男から白い彼岸花を受け取っていた。

儀式の噂が広まり、自傷行為をする者が多くなってからは、白い彼岸花の購入は禁止され、手に入れるのが難しくなった。


「ありがとう。これで足りるか」


小さな袋を蓮は男に渡した。袋の中身を確認した男は、にたりと笑みを浮かべると、腰を低くして一礼する。


「貴方様に、いい縁が来ますように」


そう一言だけ告げると、男はそのままその場を去った。

その背中をしばし見送ると、自分の手にしている白い彼岸花に目を向けた。

この真っ白な彼岸花を自分の血が赤く染める。まずはこれを成功しなければいけない。多くの人が、それを成し遂げる前に倒れ、処分されている。


「大丈夫だ。俺はやれる」


自分に言い聞かせるようにそう呟いて、蓮は自分の家へと帰って行く。





「こんにちは」

「いらっしゃいませ、すみれさん」

「あら、いつもと違う格好ね」


店へとやって来た常連客の菫さんは、蓮の服装を見てそういった。

普段の袴姿とは違い、書生さんのような着物の下に詰め襟シャツを着た姿。


「少し気分を変えてみたんです。似合いませんか?」

「いいえ。若々しく見えますわ」

「それは良かったです。それで、本日は何をお探しで」

「孫があれ以来、着物に魅了されちゃってね。何かおすすめないかしら」

「そうですね。いくつか出して見ますね」


そう言って、蓮は立ち上がろうとしたが、少しよろめき、片膝をついて頭を抱える。


「あらあら、大丈夫?」

「え、えぇ……急に叩い上がったの。お恥ずかしいところを見せてすみません」

「体調が悪いとかじゃないの?」

「えぇ。全然そんなことないですよ」


蓮は心配させないように笑みを浮かべる。菫はまだ少しだけ不安そうにはしているが、本人が大丈夫ならと、それ以上何も言わなかった。


「今の季節だと、こう言った明る目の着物もいいかもしれません」

「素敵ね。私じゃ、派手で着れないわ」

「同じ柄なら、菫さんにお似合いのものもあります。お孫さんとお揃いにしたらどうでしょう」

「素敵だけど、嫌がりそうだわ」


たわいもない話。だけど蓮は必死に平然を装った。

さっきの立ちくらみの理由は、蓮自身が一番よくわかっている。

白い彼岸花を赤く染めるため、毎日のように華に自分の血を与え続ける。

貧血にならない程度に与えてはいるが、それでは時間がかかりすぎた。日に日に与える量は増していき、最近では体に影響を与え始める。

自傷行為がバレないようにするために、書生のような格好をして包帯を隠した。最初は桜花おうかも不思議そうにしていたが、似合っていると嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「はぁ……はぁ……」


息を荒げ、ゆっくりとしたペースで壁に手を置きながら家の中を歩く蓮。

今日は両親も桜花もいない。使用人たちもすでに帰って蓮一人だけだった。


「ぁ……はぁ、あっ」


部屋の襖を開け、倒れるように中に入った。

呻き声を上げながら這うように奥に進み、引き戸の扉を開く。

そこにあるのは赤黒い色をした一輪の彼岸花があった。


「あぁ……よかった……《朱殷の華》だ……」


白い彼岸花をくれた男が言っていた。儀式のために染め上げた彼岸花の名前は別名があると。それが《朱殷の華》。

朱殷という言葉は蓮も知っていた。赤系の色の名前で、時間がたった血のような暗い朱色のことである。

両親に血の色や血染めの色など、凄惨な様子を表現する色として使われてきたと教わった。その時は想像しにくかったが、その数時間後に車に轢かれた犬の死体を見て、そこから流れる赤い血を目にしてこの色かと納得した記憶が蓮にはあった。じっとその様子を見ていて、母親に目を隠されてそのまま家に連れて行かれた記憶も蓮は一緒に思い出していた。


「これで、やっと……凪沙に……」


待望の瞬間に喜び、蓮はゆっくりと華に手を伸ばした。


「蓮さん、ただいま戻りました」


部屋の外から、桜花の声がした。

蓮の動きはピタリと止まり、彼女の次の行動は静かに待った。


「お食事、もう取られましたか?」

「いや、食べてない」

「じゃあすぐに準備します。お母様とお父様も、もうすぐ帰ってこられると思います」

「そうか、ありがとう」


ゆっくりと引き戸の扉を閉めながら声をかける蓮。桜花はそのままその場を去ろうとするが、それを蓮が慌てて引き止める。


「桜花っ!」

「あ、はい」

「すまないが、明日用事ができて、出かけないといけなくなった。店の方を頼んでもいいか?」

こうさんのところですか?」

「違うんだが……」

「……わかりました。夕飯の時間には帰ってきてくださいね」

「あぁ、わかってる」


再び桜花の足音が遠くなっていき、彼女が十分部屋から離れたと思うと、蓮はそのままその場に倒れこんだ。


「はぁ……はぁ……」


息を荒げながら、ゆっくりと閉じられた引き戸に手を伸ばした。


「明日、会いに行くよ……」


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