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朱殷の華  作者: 暁紅桜
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004

「おかえりなさい、れんさん」


店はすでに閉まっており、家の方から入った蓮。扉を開くと、そこには桜花おうかの姿があり、笑みを浮かべて彼を出迎えた。


「ただいま、桜花」

「はい。今日はちゃんと夕飯前に帰って来てくれましたね」

「当たり前だろ。一度あんなことがあったら、もう二度としないよ」


着ていた羽織を脱ぎ、桜花に渡すとそのまま一緒に奥に進んで行く。

都内とは違い、虫の鳴き声や草花が揺れる音が響き、なんだかとても落ち着いた。


「先に行っていてくれ」

「……はい」


桜花から羽織を受け取り、蓮はそのまま部屋に入って行った。

遠のいていく足音。物音が聞こえなくなり、虫の鳴き声だけが聞こえるようになると、蓮は足を進める。


「ただいま、凪沙なぎさ


仏壇の前。蓮は手を合わせて笑みを浮かべる。


「今日、こうのところに袴を届けて来たんだぞ」


今日あったことを、まるで目の前に本人がいるかのように、身振り手振りをしながら楽しそうに話をする。


「それで、そこでな……」


だけど、蓮は言葉を止めた。儀式のことを思い出し、そのまま自分の膝に手をおき、袴にシワができるほどにぎり、俯いて込み上げてきた涙をグッと堪えた。


「会いたい……あと一回でいい……お前に、会いたいよ、凪沙」


自傷行為をした彼女の気持ちを、蓮は痛いほどわかった。そんなことをしてでも、あと一回会いたいと。そして、紅に言われて蓮はドキッとした。もしあの時彼に言われなかったら、蓮は彼女と同じようにしようとした。

確かに不確定要素だった。儀式の内容などは広がっているのに、その結果のことは全く広がってない。本当に成功するかわからない。

紅に言った言葉は半分本音。だけど、半分嘘だった。

成功するかわからない。けど、もし本当に凪沙に会えるのなら……


「いや、やめておこう。ただ、俺が会いたいだけだ。それにあの儀式は、縁を切って新しい縁を結ぶ行為だ。俺は、凪沙との縁を切りたくない……」


浮かべた涙を拭い、両頬を強く叩いて、蓮はそのまま部屋を出て行った。





「あ、準備できてますよ」


食事をする部屋に足を運ぶと、そこには桜花の姿があった。だけど、蓮は辺りを見渡した。


「父さんと母さんは?」

「地域の集まりがあるって言ってました。晩御飯もそっちで食べると」

「聞いてないぞ……」

「蓮さんがお出かけになったときに言われていたので」

「そりゃあ聞いてないわけだ」


深々と溜息をついて、桜花の向かい側の席に腰を下ろすと、二人一緒に手を合わせる。


「「いただきます」」


二人だけの食事。特に珍しいことではなかく、時々両親が会合だったり、遠くへ着物を売りに行くときは、こうやって桜花と二人で食事をする。


「んっ、うまい」

「よかったです。今日、お隣の花園はなぞのさんがたくさんお野菜をくださったので、せっかくならと」

「そうか」

「はい。なので、今日は気合い入れて作ったんですよ」

「確かにうまい。箸が進むよ」


美味しそうに自分が用意した食事を口に運ぶ蓮の姿を見て。桜花は笑みを浮かべた。

たわいもない話をしながら、都内での話もした。紅が相変わらず煙草を何本も吸っていたこと。蓮は呆れながら、あれじゃあ着物や袴がかわいそうだと口にする。桜花はそれに同意するように小さく笑った。

蓮は、笑う桜花の姿を見て、嬉しそうに微笑むが、心の奥底ではその笑みがチクチクと刺さってくる。

桜花はとてもできた妻だ。見た目も良くて、出かければ周りの男の目に止まり、少しだけ蓮が彼女のそばを離れて戻れば、声をかけられたりもする。

家事も完璧、仕事のサポートも、そして蓮の心のケアも、彼女は弱音も文句も何も吐かずに、ただずっと蓮の側にいる。


【わかったうえで、貴方と一緒にいるんです】


だけど、蓮は未だに亡き妹である凪沙への恋慕は全く消えていない。

ずっと、ずっとその感情を抱き続け、すがって絶対に前を向かずに、過去ばかりを見ている。


【いつまでも、後ろを見てんじゃねぇーよ】


その言葉はグサリと刺さった。だけど、忘れることなんてできない。

初めて好きになった相手。自分の全てを捧げてもいいと思った人物なのだ。死んでもずっとすがる。それの、何がいけないというのだ。


「ゆっくりでいいです」

「えっ……」


箸を置き、いつものように笑みを浮かべる桜花はもう一度同じ言葉を繰り返した。

蓮は「何が」とは聞き返さなかった。言葉から、桜花が何を言いたいのかわかったからだ。

また、蓮の胸が苦しくなる。悪気があって言ってるんじゃないと蓮はわかっているが、それは少しだけ桜花からの嫉妬、独占欲の言葉のようにも思えた。

蓮が凪沙に想いを寄せていることは桜花は知っている。忘れろとは一度も言わない。けど、先ほどの言葉から感じる「自分のことも見て欲しい」という感情。自分が彼女を不幸にしているということはわかってる。自分が悪いと蓮は思ってる、けど……


「ごちそうさま」

「よろしいんですか?」

「あぁ……少し、一人にしてくれるか?」

「……はい」


蓮はそのまま凪沙の仏壇がある部屋へと足を運んだ。


「このままじゃダメだ」


このままでは、桜花は幸せになれない。きっと彼女は自分の知らないところで一人泣いている。小さい頃からの付き合い。亡き凪沙にとっては姉のような存在だった。男の自分ではできないことを、彼女が代わりにやってくれた。

こんな自分のそばにずっといてくれる。死者にすがるより、生きている桜花のために、自分はこの感情に区切りをつけなければいけない。

心の奥底に隠していた決意。


「やるしかない……これしか、俺も桜花も幸せにはなれない」


床に座り込み、襖に背を預けた蓮は、天井を見上げて涙をこぼした。


「待っててくれ……凪沙……」


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