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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
9/38

ミネルバ公爵家


 アテナイ地方までの最後の道のりは、セリアは自分から申し出て馬車の手綱を握った。その隣には先ほどに引き続きリュシアンが座るが、いつもの朗らかさは息を顰めている。


 まだまだ魔術師としては半人前であるマルセルは、邪悪な気にやられたらしく少し体調を崩し馬車の中で休んでいる。

 キャロンが魔力を注ぎ込んで回復を図っている所だ。


 それと同時に、彼女は魔術師として簡単な心得を、マルセルに説いていた。

 この先、必要になるのはリュシアンやジェラミーの剣の腕でも、ノアの怪力でもなく、マルセルの時の魔術になるだろうとセリアとキャロンは満場一致で同意したのである。


 魔力を持っていない三人は歯痒い想いを持ちつつも、どうにも出来ないので黙っているしか出来なかった。


 特にジェラミーの意気消沈の仕方が半端ないので、キャロンはいつもの冷たい遣り取りを忘れて穏やかに慰めてしまったものだから、ジェラミーの彼女に対する好意が密かに強まったのだが、それを知るものは幸か不幸かその場には居なかった。

 

 一方の操縦席では、眉を寄せて刻一刻と迫ってくる暗雲を見据えたセリアと、そんな彼女を横目に確認しつつただ黙って馬を走らせることしかできないでいるリュシアンが居た。


 弟と同じように、彼もまた心の中で己の無力さを呪っていた。違うのは、それを表に出すかどうかだけ。


 魔術や魔力がない自分では、まったく助けにならない事を知っていての落胆だった。けれど、それと同時に、それ以外では全力で愛する人をサポートしようを心の中で決心を固める。

「………セリアさん」

 リュシアンは小さく名を囁いた。


 彼女から返事はない。けれど、視線がどうしたのかと聞いている。


 横目だとしても、向けられた琥珀色の瞳に自分が写っている事に言い知れない喜びを感じつつ、リュシアンはまっすぐに彼女を見た。


「魔力のない僕には、これから先、出来ることは限られてくると思う。でも、僕は、僕のすべてで君を守るよ」 

「………」


 一心に向けられてくる視線を受け止めきれず、セリアはふいっと顔を逸らした。視線を目の前に続く道に固定する。


 リュシアンと瓜二つの顔を持つ前世の護衛、リアンが脳裏に蘇った。

 口下手だったリアンは、こんな風に自分の想いをぶつけることは終ぞなかった。常に瞳で様々な事を語っていた。付き合いの長かったセリアは、それを普通と受け止め、だからこそ、最後までリアンに対する想いも、彼の自分への気持ちにも気づかなかったのだ。


 けれど、今目の前に居る彼は、全身全霊を持って己の気持ちを語ってくる。


 同じ顔と同じ声で、全然違う事をする。


「………好きにしろ」

 今のセリアには、それだけを言うのが精一杯だった。


 口の中は、カラカラに渇ききっていた。






 それから馬のために一度休憩を入れただけで進んだため、後丸一日かかるはずだった旅は、半日ほどで終了した。


 ミネルバ家の次男と三男であるリュシアンとジェラミーが居たおかげで、馬車や馬も問題なく馬頭の手に渡り、気が付けばセリア達はミネルバ家当主の待つ部屋の前に立っていた。


「父上、ただ今戻りました」

 碌にノックもせずに部屋の中に入っていく双子達だが、彼らはこの家の者でもあるので別に驚くことではない。

「あぁ、待っていたよ」


 執務室なのか、その部屋は沢山の本で溢れかえっていた。


 扉を開けてすぐに飛び込んできた職務机があり、その奥にある椅子に座っていた男性がゆっくりと立ち上がる。


 王都でも並ぶものが居ないとさえ言われる眉目秀麗な双子の父だから、どれほどの美丈夫かと思って身構えていたセリア達は、目の前に現れた男性に一瞬戸惑いを見せてしまった。


「フィアナ姫、そして、エヴァ様。まさか、お二方にお目通り叶う日が来るとは。………お目に掛かれて光栄です。私がこのミネルバ家当主、グリファン・ミネルバでございます」


 恰幅の良い男性がこちらに向かって歩いてくる。頭は七三できっちり分かれており、鼻の下に生やしたカールの髭が特徴的な男性は自分がミネルバ家の現当主だと名乗り、リュシアン達の反応からそれが確かであることは確認できた。


 親子なはずなのに、まるで似通った所がない。


 持ち前の気丈さですぐに戸惑いを心の奥にしまい込み、セリアはきちんとした礼を持ってミネルバ公爵に会釈した。


「ミネルバ公爵、私の方こそお会いできて光栄だ」

 時は流れたとはいえ、ミネルバ家はこの世から居なくなってしまったといっても過言ではないアテナイ国の民の血を引いている、数少ない貴重な家だ。


 なにより、前世の護衛、リアンとカイルの子孫達。

 感慨深い想いが心の中に広がった。


 セリアに続くようにノアとマルセルも頭を下げてあいさつをする。

「護衛の、ノアといいます」

「ミネルバ公爵、お久しぶりです」


 その後続くはずの声が聞こえず、セリアが訝しげに隣を見れば、隣に立っていたキャロンが何かを堪えるような表情で立ち尽くしているではないか。


 唇を噛み締め、その視線は一心にミネルバ家当主に向かっている。


 そんな不可思議なキャロンの対応に、ミネルバ家当主は気分を害した様子もなくニコニコとした笑みを保ったままだ。


「やはり、エヴァ様で間違いないようですな」

 その物言いは、キャロンの驚きを知っていたかのようだ。


「キャロン?」

 セリアが再度声を掛ければ、はっとした表情で我に返った様子のキャロンが瞬きを繰り返す。


「す、すみません。少々、驚いてしまったもので」

「良いのです。驚くのも無理はない。この職務室は、当時の当主であったカイル・ミネルバの時から変わる事なく引き継がれてきたのです。エヴァ様にとっては、誰よりも思い入れのある場所でしょう」

「………え、えぇ」


 柄にもなく、混乱している様子のキャロンは、まともに会話を続けられずにいるようだ。彼女の視線が無意識の内にジェラミーへと向けられる。


 自分の前世の夫、カイルに生き写しの姿を持った人物、ジェラミー・ミネルバへと。


 キャロンに見詰められているにも関わらず、視線に晒されたジェラミーは表情を難しいモノに変える。それは一重に、自分を見つめる彼女の視線が己を通り越して他の人物を見ている事を理解しているからに他ならない。


 ジェラミーがキャロンの心を手に入れるために越えなければいけない壁、それは、一度も顔を会わせたことのないもう亡くなっている己の先祖なのだ。


 無謀にもほどがある勝負だが、ジェラミーは不思議と逃げ出そうとは思わなかった。


 彼ははぁと小さく溜息をつくと、心に叱咤して前を向き、キャロンの視線を真っ向から受け止める。そして、部屋の中にいる大勢の人々の間を縫ってキャロンの前に立った。


「キャロン殿、俺はジェラミーだ。間違えないでくれ」

「!」

 何も映していなかったキャロンの瞳に光が戻る。


 知らずの内にセリアは口元に笑みを浮かべていたし、ミネルバ当主は面白そうに息子を見つめている。


「おやおや」

 背後で、マルセルも意外そうな声を上げている。


 いつの間にか、奥手の双子の弟も少しは成長したようである。以前より逞しくなった彼を見て、少しだけ見直す。


 これはもしかしたら、もうしかするかもしれない、と。


 

 そうしてマルセルが横目で双子の兄の方を見れば、眉を寄せてセリアを見つめるリュシアンがいた。



 こちらは、まだまだ時間がかかりそうだ。





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