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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
8/38

立ち込める暗雲

更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。

今日からまた通常の頻度に戻ります!


 ミネルバ公爵家が治めるアテナイ地方までは、馬車で数日。


 前回同様、特に護衛も身の周りの世話をする侍女も要らないセリア達一行は、実に軽い身支度のみでその往路についていた。


 使う馬車はコーチと呼ばれる、大型の箱型のもので、合計四頭の馬に引っ張ってもらっている。

この四頭は、馬車を引く以外にも何かあればセリア達個人を乗せて移動するようにと、王直々に遣わされたもの達だ。


 リュシアン、ジェラミー、ノア、マルセルといった男性陣が、二人ずつ代わる代わる手綱を握り馬車を走らせる。

 

 王都を出発して早三日。


 お昼時になったので、前日に泊まった村で調達した昼食を食べるために馬車は見晴らしの良い広場に止まっていた。


 キャロンが手慣れたように昼の準備をする。

 セリアは馬車を引っ張る馬に労いの言葉を掛けつつ餌をやり、男性陣は疲れたように芝生の上に大の字に転がっていた。


「出来ましたよー」

 キャロンの言葉に各自もぞもぞと動き出す。


 彼女の座る大きな敷物の上には、ずらりと並んだ食べ物の数々。サンドウィッチから始まり、フルーツやチーズ、少し小型の入れ物に入ったスープまで揃っていた。

 朝からどこにも止まらず馬を走らせていたので、彼らは腹が減っていた。


 誰からともなくごくりと喉を鳴らす音が聞こえたかと思った次の瞬間には、彼らは勢いよく昼食を取り始めた。


 それをキャロンはまるで母親のような暖かな視線で見守る。

 彼女の背後に広がるのは、雲一つない青い空。そこに、琥珀の色が入り込んできた。


「すごいな」

「ずっと馬を走らせていましたからね。お腹も空くというもの。………姫さま、何を食べられますか?」

 キャロンの背後からしばし男性陣の食べる姿を眺めていたセリアは、キャロンの声かけに反応して敷物の上に腰を落ち着ける。

「適当に見繕ってくれ」

「はい、ただ今」


 卵好きなセリアのために卵サンドを二切れとハムサンドを一つ。フルーツとチーズを皿の端に小さく盛り付けて、灰色の侍女は、琥珀の主に手渡した。


「ありがとう」


 そうして女性達も静かに昼食を取り始める。


 穏やかな表情で始まったセリアの昼食だったが、すぐに眉を寄せる事態になった。



「………鬱陶しい、散れ」


 セリアの右側に突如現れた銀色の存在。間入れず低い声で突っ込めば、リュシアンが皿を手に肩を竦めて見せる。

「つれないなー。まぁ、そういう所もいいんだけどね」

「………」

 早速かける言葉が見つからずセリアはじと目で隣の彼を見つめた。

「やだなー。そんなに見つめられたら流石の僕でも………止まらないよ?」

「!?」


 無邪気に笑いながら言葉を紡いでいたリュシアンだったが、最後の言葉だけは一変して、絶大なる色気と本気の音を隠すことなく放出しだした。


 それを真正面から受け取ったセリアは、思わず目を瞬かせて固まってしまう。

 彼女の前には、色気を一瞬で閉じ込め、代わりにニコニコと笑う紫水晶の瞳。


 いくら300年前の皇女の生まれ変わりで、元来の気質から偉そうな態度を取る彼女でも、ほぼほぼ色恋沙汰には無縁でこの時まで生きてきたのだ、こういった経験はまったくないと言ってもいい。

 今もまだ、彼女の唇は真っ新なままなのである。


 一方のリュシアンは、今でこそ女関係の問題とは無縁だとしても、それまでの行いやらなんやらで男女の事に関してはそれなりに経験豊富なのだ。

 彼がもしも本気を出せば、セリアなんぞ赤子の手を捻るよりも容易い事。


 それをしないのは、一重に彼がセリアの心を望むからに他ならない。


「ったく」

 ノアは溜息一つで自分の食事に集中することにしたらしい。


「あらまぁ」

 キャロンはとりあえず己の主から視線は逸らさず、けれど腹の虫の命令には逆らえず口はパクパクと動かしていたし、その隣でジェラミーは甲斐甲斐しく彼女にフルーツやらチーズやらを提供し続けた。


「あははははははは」

 マルセルに至っては、久々に見た相変わらずの四人の姿に、文字通り腹を抱えてのた打ち回る事しか出来なかった。


 唖然と目の前の銀色の彼を見つめていたセリアだったが、耳に入るマルセルの笑い声に少しずつ我を取り戻していた。


「マルセルっ!やかましいぞ貴様!」

 結局我慢できなくなりマルセルの名を叫ぶ事で、リュシアンの色気の呪縛から逃れることができた。


「あははははは、ごめんごめん」

 地面を転がる事を止め姿勢を起こした茶髪の彼は、目尻に溜まった雫を片手で取り払いながらまったく心の籠っていない謝罪を繰り返す。

「だって面白くて」


 300年前の伝説の皇女を前に、まったく隠すことない本心をあっけらかんと伝える所が、セリアがマルセルを喰えない狸と評する最大の理由であった。


 とは、いえ、今回は彼の笑い声により我を取り戻すことができたのだから、少し大目に見る事しよう。


 

 昼食を終え、再び馬車に乗り込む。

 後一日もすれば、アテナイ地方に入るだろう。





 

 出発してから数刻がした頃、馬車の中で静かに本を読んでいたセリアと刺繍を進める手元に集中していたキャロン、そして操縦席で馬の手綱を握っていたマルセルが勢いよく顔を上げた。


 それによって馬車が急停車する。


「どうかしたか?」

 キャロンの隣に座っていたジェラミーが突然の馬車の衝撃に耐えながら、キャロンの様子に心配そうに声を掛ければ、時を同じくして外の操縦席にてマルセルの隣にいたリュシアンも覗きこむように友の顔を窺っていた。


 持っていた本を乱暴に閉じて、セリアは慌ただしく馬車の扉を開きそこから飛び出した。

 一拍遅れて、キャロンもまた主に続いた。


 マルセル達の座る操縦席の辺りに立ち止まったセリアは、前を向いたまま小さく呟く。


「あ、れは」

 三人は前方の空を見つめて呆然自失の状態になっている。


 だが、残されたノア、リュシアン、そしてジェラミーの三人は彼らが何にこうも驚いているのか分からずただ視線を彷徨わせるしか出来ない。


「マルセル?どうかしたの?」

「おい、姫さん。何か見えんのか」

 彼らの途方に暮れたようにも聞こえる声に、セリア達ははっとなった。

「まさか」

 瞠目したまま、セリアは彼女の琥珀の瞳に映るモノとノア達を見比べる。

「見えない、のですか。あれが」


 キャロンがセリアが終わらせることの出来なかった文を完成させるように言えば、ノア達はおずおずと頷いた。


「どうして今まで見えなかったのか疑問を覚えるくらい大きな黒い雲が辺り一面を覆っているんだ」

 マルセルが操縦席から降りながらそう言えば、肯定するようにキャロンが頷く。


「あれは、アテナイ地方すべてを覆っているとみて、間違いないようです」

「なんだって!?」


 ジェラミーが驚いたように声を上げるが、些か緊迫感にかけていた。

 

 それもそのはず。


 セリア達の目にはっきりと見える邪悪な気配に覆われた雲が、彼らには見えていないのだから。その雲は、ただの黒を通り越してどす黒ささえ思わせた。


 見えている者の不穏な気持ちを膨張させるには十分なそれ。


「確か、父上からの報告によれば、アテナイ地方はここ最近曇り空ばかりで太陽の光が入ってこないと言ってたけど」


 それが、セリア達の見る雲と関係あるのだろうか。


「どうやら、魔術師である我らにしか見えないらしいな」

「と、いうことは、つまり………」

 マルセルがセリアに先を促す。

「王の見解は正しかったということだ。今のアテナイ地方は、邪悪な魔力が蔓延っている。我ら魔術師に、挑みに来る大馬鹿者がいるらしい」


 まるで自分達を誘い込むようなその光景に、面白い、とセリアは鼻で笑って見せた。






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