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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
7/38

旅立つ時


 二人の少女の承諾に、王はほっと胸を撫で下ろす。


「よかった。受けてくれるのか」


 まるで、断られる前提でいたかのような物言いに少し違和感を覚えるも、追及することなく、セリアは鷹揚に頷いて見せた。

「あぁ、もちろんだ」


 この世界ではすでに潰えたと思われている魔術師として、この一件は見逃せない。特に、亡き祖国の跡地、アテナイ地方で起きているのならば尚更。


 それに小さな胸騒ぎもする。


 見れば、少し後ろに立つキャロンも、少し張りつめた表情で心の臓の辺りに手のひらを乗せていた。


「出発は、早い方が良いのだが」

「祖父母に話を通さなくてはいけないから、少し待ってもらえるとありがたい。………前回は、まるで攫われるようにして居なくなってしまったからな」


 含んだような言い方に、前回の一件に深くかかわったリュシアン、ジェラミー、そしてシュナイゼルがそっと視線を逸らす。彼らに非はまったくないし、むしろ巻き込まれた側だというのに、こんな罪悪感に苛まれるのは何故だろう。


「もちろんだ。出来れば、一週間以内には、アテナイ地方に向かってもらいたい。今この瞬間にも、神隠しは行われているはずだから」

「護衛であるノア殿はもちろんの事、今回はリュシアンとジェラミーにもお二人の護衛についてもらおうと思っています」

「「………」」

 シュナイゼルの言葉に、一気に辺りの温度を低下させたセリアとキャロンだったが、場所が場所なだけに身勝手とも取れる思いを口にすることはない。

 冷たい空気は無言の微かな抵抗としておく。


「そしてもう一人」


 王の言葉に応えるかのように、部屋の扉が再び開かれ、茶髪の青年が姿を現した。


「遅れてしまい、申し訳ない」

「あら」

 やってきた青年の姿を認め、キャロンが瞠目した。

「この件をテレジア殿に相談したところ、彼も同行させてくれとのことだ」

「やぁ、三人とも、久しぶりだね」


 セリアとキャロン、そしてノアのすぐ傍で立ち止まった彼は、ひらひらと手を振り、久々の再会を喜んでいた。


 やって来た青年の名はマルセル。

 ミネルバ家、クイシオン家と並び三公と評される公爵家、アスキウレの嫡男であり、その家系故に微力ながら魔力を保持する者だった。


 前回の件では、誰よりもセリア達と交流を深めた人物であり、そしてなにより、リュシアン達双子とセリア達を繋げた最もたる原因でもある。


 セリアの顔が、ここへ来て初めて引き攣った。


「今回は前回みたいに足手まといにならないよう頑張るよ」


 ガッツポーズを作りながら真剣な顔で宣言する彼が、セリアはかなり苦手だったのだ。


 リュシアンのように人当たりの良い笑顔を絶やさないこの青年が、誰よりも喰えない狸だということを、彼女は嫌というほど知っていたから。

 まだ年若いはずなのに、その手腕はセリアにも勝るとも劣らない。リュシアンなんかよりもよほど扱い難い人物なのである。


 それになにより、彼はセリア、キャロン、リュシアン、そしてジェラミーを交えた不思議な関係性を誰よりも楽しんでいる節があったし、それを隠そうともしない。


 周りに揃った見知った顔を見回してセリアは溜息をついた。

 これはどうやら骨の折れる旅になりそうである。





 祖父母に長期で宿を離れる事になると伝えれば、あっさりと外出の許可が降りた。


 彼らには前世の件も魔力の件も伝えてはいない。

 今回の旅の件も色々オブラートに包み込んで伝えたためかなり疑問が残ると思ったのに、笑顔でいってらっしゃいだなんて見送られたものだから、なんとも肩透かしを食らった気分でセリアは祖父母の部屋を出た。


 扉を閉め、そこに背を付けると、握られた己の右手をそっと開く。


 部屋を出る際祖母より手渡された、革の袋。開いてみれば、金色の細いチェーンが出てきた。けれどそれ以外は何も見当たらず首を傾げる。

 チェーンだけでどうしろというのか、と思いつつ、セリアはそれを服のポケットにしっかりしまい込む。これを渡した祖母の意図はわからないものの、場所を取るわけでもないので持っていく事にした。


 それにこれは、他でもない、祖母がくれたもの。



 自分が普通の村娘からかけ離れた雰囲気を持ち合わせていることを、セリアは幼い頃からわかっていた。 それもそうだ。物心つく頃にはすでに、単語も、この世のある程度の常識も、魔力の扱い方すらもわかっていたのだから。

 19歳で死んだ自分がただ姿だけを変えて目を覚ましたというのが、彼女の認識だった。


 それになにより、自分は人類の始まりとまで称えられた神々の国、アテナイ国の王族の一員。新しく生まれたがためにその誇りを失くそうとは決して思わなかった。


 三歳の時に初めてキャロンに会った時は、まるで雷に打たれたかのように四肢が動きをとめ、思考が混同した。

 彼女が誰か分かった瞬間、生まれて一度として泣かなかった彼女が初めて涙を流した。


 その事について今でも思い出したようにからかってくる祖母を、セリアはいつも不思議な目で見る。


 生まれて一度も泣かず、一歳になる前には歩き始め、二歳で流暢に喋り始めた子供を前に、実の両親はどう接していいか分からなかったようだ。

 衣食住を提供されるだけで、後はすべて放置。

 そんな彼女を引き取ったのは、他でもない母方の祖母だった。だからこそ、両親が感染した流行り病にかかる事となく、セリアは今も健康に生きている。


 誇りを忘れることなく、だがそれ故に普通の娘として生きることが難しくなってしまったセリアを、祖母は時に厳しく時に優しく律してくれた。

 そもそも祖母自体がこの一帯で恐れられる女傑なのだからそれは自然の成り行きだったのだろう。

 自分を見つめる瞳が、常に何かを訴えているような気がしたので、祖父母の前だけでは、セリアはただの娘で居られた。


 だからこそ、セリアは祖父母達に絶対的信頼を置いていた。


 きっとこのチェーンに関しても、何か意味があってのことだと思う。手のひらに冷たい感触と共に存在を主張してくるそれを握り込んで、セリアは前を向いた。


 目の前にある窓に反射して、自分の姿が映る。それらの背景には、風に揺れる木々達と、それらを照らす月があった。


 どうか、この胸騒ぎがただの杞憂であることを願い、再び訪れる事になる亡き祖国の跡地に思いを馳せながら、セリアは己の部屋に戻るために身体を翻した。


 

✿  ✿  ✿


「宰相、これは………」

 再び城を訪れたセリア達は、目の前の光景に思わず閉口し、かける言葉は宙に消えて行った。


 それは見送りをするためにやってきた王も同じこと。


 城の入り口には、彼らの旅のお供をする馬車が一台。それについてはまったく問題はなかった。


 問題があるとすれば、それは、宰相シュナイゼルの腕に抱えられた何か。


「長旅は疲れます。特に、今回は調査も兼ねており、特に姫とエヴァ様にはかなりの労力を使わせることになるかと思いまして」


 腕に乗せられているのは、直径が大の大人の男が腕を丸の形にさせた時にすっぽりとその中に入るであろう大きさの籠だった。

 その上にこんもりと何かが盛られており、けれど織物で覆われているので何かまでは確認できない。


 しかし、前回キャロン主催で行われたピクニックに参加していたセリア、キャロン、ノアとマルセルには思い当たる節がかなりあったので、何も聞けず動く事すらできない。


 ―――聞いたら負けな気がする。


「お疲れの時は、甘いモノを食すのが良いと聞きましたので、これを」

 さっと織物が取り払われ、姿を現したのは、まるで山の如く籠の中にぎっしり詰められ盛られた甘菓子の数々。


 少々恥ずかしげにそれを差し出してくるものだから、セリア達も対応に困るというもの。


 しかも今は、前回のように突っ込みに回って彼をいなしてくれるマルセルの母、現アスキウレ公爵家当主のテレジアも居ないので、更に困ったことになった。

 前にも注意されていたが、やはり限度というものが分かっていないらしかった。

 

 彼らは同時に思う。

 ―――誰だ、そんな余計な知識をシュナイゼルに教えたのは。


 一方、状況が分かっていない双子と王は目を瞬かせたままである。


「しゅ、シュナイゼル殿!お気遣いありがとうございます!皆で美味しくいただきますね!」

 これ以上突っ立ていても何も変わらない。


 とりあえずキャロンが嬉しそうな表情を装って声を上げれば、我を取り戻したセリアがノアをつついた。

 その意図を正しく理解したノアが前に進み出て籠をシュナイゼルから受け取る。その際の一言も忘れない。

「お、俺も甘いモノ好きだから、ありがたく頂きます」

「お、お心遣い痛み入ります」


 フォローを入れるために口を開いたマルセルも、背中を流れ落ちる冷や汗を感じつつ感謝の言葉を伝える。


 表情の緩んだシュナイゼルの顔を見て、彼らは思う。


 普通の女性より、よほど可愛らしい人物なのではないか、と。



 

 こうして少々の事件を加えつつ、王との謁見から三日後のこの日、ミネルバ家が遣わした馬車に乗り込んだセリア達一行は、王都を出発した。





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