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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
6/38

王との謁見


 二人の少女の叫び声が響いたのは、ノアが朝の仕事を終え朝食を摂ろうと食堂の扉を開けた時だった。



「なんだー?」


 食堂に居る人々の視線が集中する場所に目を向ければ、憤りの表情で目の前の二人の青年に視線を向けるセリアとキャロンが居るではないか。


 あいつらも飽きねぇなー、なんて後頭部を掻き毟りながらテーブルの間を歩き彼女達の後ろに立つ。

これでも付き合いの長い身であるし、彼女達と壊れることのない信頼関係を築き上げてきた自信がある。ここは自分が一肌脱ぐことにしよう。


 というか、怒りであるとはいえ一心にその視線を集める彼らが気に喰わない、などとは口が裂けても言わないでおく。


「おいおい、今度はなんだよ」

 大人の余裕と共に二人のそれぞれの肩に手を置けば、はっとしたように彼女達の肩が跳ねた。

「っ!」

「あ、ノア」

 次に彼女達の視線を受け止めたのはノアである。


 琥珀の瞳と緑の瞳が自分の姿を映している事実に心の中で満足しつつ、更に二人を諌めるように肩を何度か叩いて見せた。


 真正面、正しくは机の向こう側から、二対の無言の視線を感じるが幾つもの修羅場を越えてきた彼には痛くも痒くもない。


「で、どうした?」

 慣れ親しんだ男の登場に落ち着きを取り戻したのか、次に出てきたセリアの言葉はいつもの通りに戻っていた。

「こいつらが、今更になって要件を思い出したと抜かしてきた。王が、私達に謁見を求めていると」

「王がわたし達二人に、ということは、きっとアテナイ地方に関することでしょう」


 なるほど。

 彼女達が雄叫びにも似た声をだした理由にも納得がいく。


 春に起きたセリア達の復讐劇は、最終的には国の歴史や王をも巻き込んだ大きなものとなった。先代王はその一件で亡くなり、今は当時の第一王子が跡を継いでいる。


 ここ数か月音沙汰もなく平和に過ごしていたというのに。

 なにやら事件の匂いがしてきた。


「うん、そうなんだ」

 悪びれる様子もなく、リュシアンは更に言葉を続けた。


 隣のジェラミ―は少し居心地が悪そうで、ほんの少し顔を俯かせながらこちらを窺っているようである。双子でも、こうも性格が違うと呆れを通り越して面白さすら覚えてくる。


 そして見た目だけはセリアの前世の護衛たちとそっくりな彼らの中身は、全くといっていいほど彼らとは違っていた。


「ここでは詳しいことは言えないけど、もうすでに馬車の手配は済んでる。朝食を食べ終わり次第、城に向かう手筈になってるよ」

「だから、それを早く言わんか!!」

 自分の予想の更に斜め上を行くリュシアンが我慢ならず、再びセリアは声を上げた。


 今回ばかりは、キャロンもノアも、何も言わず黙って目を伏せるだけに留まった。



✿  ✿  ✿



 春が夏に変わる頃、セリアは己の亡骸を空へと還した。


 それ以降きっと訪れる事はないと思っていた城が再び目の前に現れた事に何を想うのか、彼女の琥珀の瞳がすっと細められる。


 リュシアンが手配した馬車に揺られること一時間。


 馬車が仰々しい音を立てて止まった。 


 慣れた様子でまず双子達が馬車から降りる。

 その後、手を差し出し、流れるような動作で馬車から降りるセリアとキャロンをエスコートする。余計な世話は受けないと手を払いたいのは山々だが、ここは城の前。誰の目があるか分からないので、二人の女性は黙って彼らに従った。


 そして最後に、ノアが恐る恐るという体で首を竦ませながら馬車から出てきた。無理もない。彼は正真正銘の平民だ。



 一応第二王子の護衛という肩書を持つ双子らにとって、城は勝手知ったる場所なのだろう。


 誰に案内されるわけでもなく、彼らはセリア達を誘導するようにしっかりとした足取りで進む。


 高そうな絨毯の敷かれた広い廊下を通り過ぎ、幾つかの角を曲がり、数回階段を上り下りした所で、一際大きな扉の前に辿り着いた。


 ジェラミーが何かの合図を送るかのように規則正しいテンポで四回扉を叩き、その扉を押し開いた。

「王。二人をお連れしました」


 普段のセリア達の見慣れない、騎士としての仮面を被ったリュシアンとジェラミーがその中へと足を踏み入れ、三人がそれに続いた。


「セリア殿、キャロン殿」


 王との謁見の場所なのだろうそこは、余計な家具は一切なく、ただ入り口から王座まで一直線に濃い藍色の絨毯が引かれているだけ。

 その藍色が、白い大理石に良く栄えているな、と、歩きながらセリアは感想を漏らした。


 つい最近王になったばかりの青年が、やってきた二人の少女とその護衛を見て笑う。それにつられるようにセリアとキャロンも表情を崩した。


「あぁ、久しいな」

「お久しぶりでございます」

 前世が皇女であるセリアは一つ頷き、その皇女付きであったキャロンは礼儀にならったきちんとした礼を。そしてこういう場に慣れていないノアは緊張に身体を強張らせながら腰を折って深くお辞儀をする。


 三人からそれぞれ挨拶を受け取った王、ダニエルは、彼らの人柄を如実に表すその様子に笑顔を隠せなかった。更に深い笑みが彼から零れだす。


 隣に立っていたこの国の宰相であり、この国の三公の一つ、クイシオン公爵家の当主であるシュナイゼルは、久々に見た王の笑顔に無意識の内に肩の力を抜いていた。


 王になってからというもの、少々無理をし過ぎなのではないかと思っていた時だったから、尚更。


 周りの人間達とは異なる性質を持つこの三人との再会は、王の気持ちを解すには十分だったようだ。

 特に、彼らがどのような道を辿ってきたかを知っているからこそ、ダニエルは王としてではなく、自身として接することができるのだろう。


「お前も、変わりないようだな」


 声をかけられて、はっと目を向ければ、柔らかな琥珀の瞳が自分に向けられていることに気が付く。


 彼らもまた、先の復讐劇の中で確かな縁を結んでいた。


 セリアの正体を知るシュナイゼルは、向日葵の咲く瞳を細め尊敬の意を込めて、300年前より蘇りし皇女へ礼を送る。

「姫やエヴァ様に関しても、お元気そうで何よりです」

「ありがとうございます」

 穏やかなやり取りが続く。



「それで?」



 もちろん、核心を突く言葉を最初に放ったのは、決して気は長くはないと自他共に定評のある皇女の生まれ変わり、セリアである。


 先ほどの柔らかな表情をどこへやったのか、今は片眉を上げ腕を組み、一介の町娘が王に向けるにはあまりにも不釣り合いな表情で王に先を促す。


 もちろん、すべてを承知の王は気分を害す事なく、むしろ王座から立ち上がりセリア達の同じ目線に立つように彼女達の前に立つ。力関係から言えば、例えこの国の王であっても、300年前の神の国と言われた国の王族には礼を尽くすのが当然のこと。


「つい先日、アテナイ地方を治めるミネルバ公爵家より報せが入った。なんでも、かの地方で神隠しが起こっているらしい」

「神隠し?」

 セリアが眉を顰め、キャロンが気にかかる単語を繰り返す。


 そうだ、と王が頷けば、隣に立っていたシュナイゼルが一歩前に進み出ると、続けるように口を開いた。


「何度か調査員を派遣したらしいのですが、彼らはなんの情報も得られず、人が目の前から消えていくのを見守るしかなかったそうなのです。神隠しに合う人々の数はここ数日で倍以上に膨れ上がっていて、それを危惧した公爵家が王家に応援を求めてきました」

「………わざわざ私とキャロンを呼んだんだ。分かっているのは、それだけではないのだろう?」


 神隠しとは、中々聞き慣れない現象だ。


 自分達に話を持ってくるという事は、それ以上の何かが起きているという事。

 自分達が、というより、自分達の持つ力が関わっているのだろうと考えて続きを促せば、双子と王、そしてシュナイゼルが同時に苦笑を漏らす。


「流石は姫」

 シュナイゼルが言った。

「そうなのです。この神隠しに共通すること。それは、同時に黒い影が現れることと、物理的には到底説明出来ない事が起きるということ。今の我らには、到底太刀打ち出来るものではありません」


 

 彼はその言外に、セリアとキャロンしか持ちえない力が必要なのだと訴えていた。



 この世界ではすでに物語りの中の人物としてしか語られない存在である魔術師は、まだこの世界にも残っていた。



 300年前より甦った魔術師であるセリアとキャロンは、王の要請に了承の意を示して頷いてみせたのだった。







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