思い起こせば
セリアのある意味化け物染みた行動によって、男達に纏わりつく女達が一人残らず散り散りになったところで、キャロンとノアは止めていた息をはぁと一気に吐きだした。
未だ抑え込まない苛立ちに髪の毛をゆらゆらと揺らしているセリアに歩み寄ったキャロンは、人差し指一本で小さくセリアの肩をつつき進言する。
「姫さま、落ち着いてくださいな。お二方が石になってしまわれますよ」
「ふん、それぐらいが丁度いい」
どうやら核心犯であったらしい。
怒りに膨張した空気感に飲まれていた双子の騎士達は、セリアとキャロンの遣り取りにより一瞬で拡散した事でようやく肺いっぱいに空気を取り入れることができた。
息を吸って吐くって、こんなに素敵なことだっけ。
などと冗談にも似た感想が二人の脳裏を過った事は、誰も知りえるはずがなかった。
ただ、なんとなく一番距離のあるノアだけが、薄々とその真意に気づいている様子で、一瞬不憫そうな視線を双子に向けていた。
「それで?」
浅い呼吸を繰り返す二人を眺めていたセリアが、腕組みをしたまま彼らの前に立ちふさがっている。
その顔には、また性懲りもなく来たのか暇な奴らだ、と隠しきれない気持ちが描かれていた。まぁ、彼女の場合隠そうともしていないのだろうが。
「あ、セリアさん。おはよう」
「………」
双子の兄、銀髪のリュシアンは紫結晶のような薄い瞳から溢れんばかりの色気を零しながら満面の笑顔でセリアに朝の挨拶を送る。
まるで彼女の苛立ちを完全に無視した恐ろしい行為だが、それがただ単にセリアに会えた嬉しさが勝っての事だという事は、この場に居た全員が分かっていた。
もちろんその好意を視線を持ってぶった切るセリアも通常運営である。
「きゃ、キャロン殿、おはよう」
「………おはよう、ございます」
そのすぐ後に、双子の弟、黒髪のジェラミーが兄に後れを取らないよう己の愛しい人に声をかける。
セリアほど冷酷には為り切れないキャロンは渋々挨拶を返していた。
それにより、セリアの怒りによって強張っていた彼の表情がゆるゆると解かれていく。ジェラミーもまた、キャロンへの好意を隠すことはしない。
ダダ漏れの好意を、キャロンは黙って顔を逸らすことで受け流す。
「会えなくて寂しかったよ」
「一昨日も会っただろう」
いけしゃあしゃあと戯言を抜かす兄にセリアが溜息をついて見せた。
怒っているほうが馬鹿らしくなってきた。
最近この双子が三日と置かず、王都の外れの村娘達に会いに来ていることは巷ではかなり有名な話だ。
というのも、この双子がただの見目麗しいだけの双子ではなく、更にはこの国でも三つしかない公爵家の一つの直系の出だというのだから更に噂は大きく取り上げられることとなった。公爵家の男子に見初められた奇跡の娘達として羨望の念を集めると同時に、同じくらい嫉妬心を向けられるものだからセリアもキャロンも手放しでは喜べない状況である。
というか、彼らの好意を受け入れたことは一度もないのだけれど。
自分達の前でニコニコした顔を崩さない双子達を見て、セリアとキャロンは示し合わせたかのように遠い目をした。
そして同時に、何故こんな事になっただっけと、過去に思考を飛ばす。
すべての始まりは、春先の事。セリア達が住まうイリーオス国の伝統的な祭りである『女神降臨際』が行われ、そこでセリアは300年前の自身の亡骸と対面した。そうしてその時の生き証人である自分の乳姉妹であったキャロンより聞かされたのは、300年前のセリア―――フィアナ姫の暗殺と亡骸の紛失、そしてその後齎された彼女の生まれ故郷の悲劇だった。
復讐心に駆られたセリアはキャロンとノアと共に黒幕を追いかけた。
その際に出会ったのが、前世のキャロンとフィアナの護衛達を先祖に持つミネルバ公爵家の双子、リュシアンとジェラミー。
先祖返りという名は彼らのために生まれてきたのか、とでもいうように、双子達はどちらもフィアナの護衛達の面影を色濃く受け継いでいた。
それこそ、瓜二つと言っても差支えないほどには。
最初は自分達の復讐劇には巻き込みたくないと距離を取っていたセリアとキャロンだったけれど、気が付けば彼らは常に彼女達の近くに居た。
すでに花咲かせていた己への好意と共に。
すべてが終わり再びさよならを告げようとした二人の少女を手放したくないと、公爵家の双子はこうして今も会いにくるわけである。
閑話休題。
好意を向けられることは決して嫌な事ではない。
ただそれでも、自分達が一度は愛した前世の彼らに似ている二人だけは、どうしても受け入れられないとセリアもキャロンも決めていたのだ。
それは、前世の自分を裏切っているような、双子達に申し訳ないような、そんな奇妙な気分にさせたから。
「とりあえず中に入るぞ。外は寒い」
あえてキャロンに向けて言葉を放ったものの、それが全員に対しての言葉ということはわかるので、彼らはぞろぞろと連れ立って建物の中に入っていく。
そんな四人を、藍色の彼は頬を小さく掻きながら複雑な表情で見送ると、雑念を払うように頭を振り、そうしてまた自分に課せられた役目である薪割りを終わらせるべく、斧を振り上げたのだった。
ノアを置き去りに、セリアとキャロンは連れだって歩く。
後ろを雛鳥の如く追ってくるのはリュシアンとジェラミー。下手に口を開いてセリアの怒りを買うのはまずいと思ったのか、先ほどから黙ったまま。
しおらしく後ろに続く青年達を横目で見やって、セリアは人知れず息を吐いた。
ここまで手厳しい反応をしているというのにまったく諦める気配のない彼らを最近は持て余し気味で、ほとほと困り果てているのだ。
外側でこそ怒りやイライラとした感情を全面に押し出してはいるものの、心の奥底に彼らに対する嫌悪感や憎悪を少しも見いだせないことが彼女の戸惑いに拍車をかけていた。
それはキャロンも同じことだろうと、セリアは当たりをつける。というのも、彼女のジェラミーに対する態度が日を追うごとに柔らかくなっているからだ。もちろん、彼の気持ちを受け取るつもりはないという絶妙な線引きをしてのこと。
彼らの目的地は、この宿でも一押しの美味しい料理が食べられる食堂だ。
一見はっきりとした茶色が目印の木の扉を開けば、一面に飛び込んでくる淡い白の壁が印象的な広々とした場所。
朝には爽やかな青色と涼やかな風を、昼には燦々とした太陽の黄色と熱い空気を、そして夜には輝く月明かりの銀色と吹き抜ける夜風を運んでくるこの場所に、自然と人々は集う。
淡い色の木々で作られた細長い四つの机が平行に並ぶそこには、すでに幾人かの人々が食事をとるために座っていた。窓から差し込む朝の光が、トレーや机に反射して、その場がキラキラ輝いているようにすら見え、なんと気持ちの良い風景だろうか。
入り口の反対側に見える食堂のキッチンと、人々の食事のトレーからはすでに美味しそうな匂いが漂っている。
その香りに誘われるように、四人は机の合間を縫って進んだ。
「お父さん、おはよう」
「おはよう、料理長」
「あぁ、セリア、キャロンおはよう」
この食堂を切り盛りするのはキャロンの父。
木のカウンター越しに声を掛ければ、忙しそうに大きなフライパンを振るっていた男性が一人、笑顔と共に振り返る。しかし彼女達の後ろに居る青年達を見て思いっきり顔を顰めていた。
それはそうだ。黒髪の方は、大事な彼の娘を堂々と口説く輩なのだから。けれど、歳の割りには落ち着いている聡明な娘にすべてを託している彼は、決して口を出すことはない。時々口以上の事を瞳が語っている時もあるとはいえ。
刺されそうな鋭い視線を受けたジェラミーが、慌てて頭を下げていた。
顔を上げた彼は、そのままその視線を受け止める。曲りなりにもこの国の騎士という称号を頂いているのだ、これしきの殺気は受け止めて当たり前である。
今日は、ジェラミーの方に白旗が上がった。
青年二人が一緒のため、キッチンの中には入らず朝食を待つ。
「キャロンさん!お待ちです!」
春からこのキッチンで働く若者、ローレンが手際よく四つの食事をカウンター上に用意する。その際ちらりとキャロンを見たが、すぐにジェラミーの存在に気がつくと首を竦めて中に戻っていた。
流石にジェラミーが相手だと分が悪いと思ったらしい。
お盆を受け取って、適当な場所に座る。
「あ、そうそう」
今日の朝食は、こんがり焼けたトースト二枚に、フルフルと揺れるスクランブルエッグ。そこに更にサラダとミネストローネスープが添えられていた。
さぁ頂こうとセリアとキャロンがスプーンを手に取ったと同時に、リュシアンがまるで今思い出しましたかというように声を上げ二人を見た。
「今思い出した。今回は、本当に用事があって来たんだった」
にこりと笑った彼に、セリアは嫌な予感を覚えた。
「王がね、二人の事呼んでたよ。なんでも、相談したい事があるらしいんだ」
「それを早く言え!!!」
「それを早く言ってください!」
セリアとキャロンの怒号にも似た声が、和やかな朝の食堂にこだました。