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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
4/38

騒がしい日々

最初の三話は変な時間帯に更新してしまいましたが、これからはまた通常の夜の更新になります。

よろしくお願いします。

 


 急に口数が少なくなったキャロンを視線だけで確認しながらも、セリアは決して声をかけることはしない。


 それは、何か考え事をしている時、誰かに声を掛けられるのは有難迷惑だという事を身をもって知っているからに他ならなかった。

 声をかけたところでもしキャロンが自分にはどうにもできない事を考えているのならば、手助けは出来ないし、無駄に彼女の気持ちを乱すだけ。


 生半可な優しさが一番人を乱すのだと、決して長くはない二度の人生の中でセリアは嫌というほど学んだものだ。


 無言で進む二人だったが、行き先は同じ。

 小さくも無ければ大きくもない建物の廊下を通って、やってきたのは宿の裏側。


 そこには、藍色の短髪が目を引く背の高い青年が、今朝取ってきた薪を斧で割っている。規則正しく斧が木を真っ二つに叩き切る音が、小気味の良く辺りに響き渡っているのがなんとも爽快な気持ちにさせた。


 青年の向かって右側には高く積まれた薪の数々。

 そしてその反対側には無造作に積まれた薪の欠片達。


 その量から察するに、すでにかなりの時間をこの青年がこれらに費やしているのが窺い知れる。更に彼は、暑くなっていたのか上半身裸の状態ですらあった。


 健康的に盛り上がった上腕二頭筋に、普通の人が見れば赤面してしまうような眩しいほど綺麗に六つに割れた腹筋。



 しかし残念かな。



 セリアとキャロンはこんな事で赤くなるほど可愛らしい性格はしていなかった。


「ノア、精が出るな」

「おはようございます」

 青年の色気のある雰囲気を一切無視し、まるで天気を語るような気安さで二人はノアに近づき、彼に朝の挨拶をした。


「おぉ、姫さんにキャロン。早いな」

 もちろん、ノアも自身の裸でこの少女二人が恥ずかしがるとは思ってはおらず、こちらも普段通り返事をする。


 宿の裏側は薪を保管する小さな小屋や、それ以外のモノを置いておく物置、そして井戸もあった。

 そしてその背後に広がるのは先の見えない深い森。文字通り、セリア達の生活する宿は王都とそれを隔てる森の入り口に位置していた。


 ノアが薪割りを再開させたのを斜め後ろから見守るセリアの後ろを通って、キャロンがいそいそと物置に洗濯籠を押し込みに行ったかと思えば、すぐに用を終え戻ってきた。


 セリアの祖母の経営するこの宿屋は『ゴビーとアンバー亭』という名で、王都の端にこそ店を構えてはいるがそれなりに名の知れた場所であった。というのも、人には話せない事情を抱えた人々も平等に迎え入れるという祖母の方針があったからだ。


 十数年前に流行り病によって呆気なく両親を亡くしたセリアにとって、唯一の肉親といえば、この宿を営む祖父母だけ。家の手伝いをするのは当たり前なので、彼女はこうして日々洗濯物や掃除など細々とした手伝いを行っていた。


 キャロンに関しても、この世では、『ゴビーとアンバー亭』のお抱えシェフの一人娘として生を受けた身。親の背を見ながら育った上に、前世では有能な侍女でもあったのだ。宿の手伝いをセリア同様に不満に思うことなく手伝うのは至極真っ当な事だと言えよう。


 ノアにしても、身寄りのなかった自分を拾って衣食住を与えてくれた大事な場所である。身の保障をしてくれる代わりにこの宿の用心棒兼雑用係として日々忙しくしているのだ。そこに不平不満はもちろんない。 


 ただ、夏の間に起こったまるでお伽噺のような出来事を振り返って、現実逃避をしたくなるくらいには疲れているらしい。

 同じく自分達に与えられた朝の仕事を終え、束の間の休憩を取っているであろう二人の少女を振り返りつつわざとらしい作り笑いと共に声をかけてみた。


「なぁ姫さん達よぉ、魔術使ってこの薪割ってくんねぇかなぁ。こう、ちょいちょいっとな」


 軽い気持ちで提案するノアに、鎌イタチの飛び出しそうな鋭い視線を寄越すセリア。


「ほぉ、私の魔術をそんな物に使えと?」

 見た目だけは自分より遥か年上であるはずの男の言葉を文字通り一刀両断にする。


「じょ、冗談だって。お、オレ、マキワリダイスキナンダヨナー」

 あはははと笑いながら心の中で冷や汗を拭いつつ、ノアが華麗な変わり身の術を披露して見せた所で、宿の反対側が急に騒がしくなってきた。



 セリア達が居るのは宿の裏。その反対側という事は、この宿の入り口付近ということになる。


「姫さま………」


 騒がしさの原因にかなり思い当たりのあるキャロンが、恐る恐るという体で隣に立つ主に声をかければ、軽薄ささえ伴っているような冷え冷えとした笑みを浮かべた彼女が立っていた。


 キャロンの主は、かなり短気である。もちろん、こうなることも想定済みだ。


「あいつらは、本当に、なんなんだろう、なぁ?」

 一句一句区切りながら言葉を紡ぐセリアからは苛立ちが見え隠れしている。むしろ駄々漏れだ。


 反対側から聞こえた騒々しさが次第に近づいていて居る気がして、キャロンはそっと一歩後ろに下がった。

 騒がしさの原因、それは自分だって腹立たしい。

 けれど自分以上に苛立ちを覚えている者が居るのなら、ここは彼女に任せることにしよう。


 決して、自分に火種が降りかかるのを防ぐためなんかじゃない。


 そんなキャロンの決意はノアにも伝わっていたらしい。


 いつの間にか聞こえなくなっていた薪を割る音。

 キャロンは、一瞬の隙をついて自分の背後に廻った青年の気配と怖々と彼が己の斧を持つ手に力を込めたのを察知する。




 そして次の瞬間、裏口に続く扉が開いた。


「これで騎士様にお会いするの三回目なんです!あたしの事覚えてくれてますか!?」

「あ、抜け駆けなんてずるいぃぃ!そんなのわたしも一緒よ!」

「くそっ!俺達はここに用があってきたんだ!お前達に用はないっ」

 四人ほどの村娘に囲まれた黒髪の青年が舌打ちをしそうな勢いで彼女達から逃れるように身体を捩る。


「いつ見ても綺麗な人」

「ねぇ、私達とお話しましょうよぉ」

「………勝手に髪を触らないでくれる?」

 黒髪の彼の後に続くようにやって来た銀の長髪の男性に関しては、黒い笑みで娘達の言葉を叩き切っていた。


 二人の男性はどちらも、今の状況を楽しんでいるわけではなさそうである。



 だが、そんな事、セリアにはまったくと言っていいほど関係ない事だった。

 黒髪と銀髪の男達もその周りに群がるハイエナのような女たちも、同じくらい鬱陶しい、ただそれだけ。


「おい、お前達」

 セリアの低い声が文字通り地面を張って、目の前の人間達に襲い掛かる。


「「!」」

 ぎくりと身体を硬直させた男達に、邪魔をされたことで不機嫌な表情を見せる数多の女性。


「私の煮えくり返る腹が沸騰する前に、この場から立ち去れ。目障りだ」


 背後にて、「自分は空気自分は空気」と念を唱えるキャロンとノアには、セリアの小麦色の長い髪がゆらりと確かな意志を持って四方八方にうねり出したかのようにも見えた。


 最早重力すらも無視した現象。


 そういえばこの国より遥かに遠い地に残された伝説に、髪が蛇と化した化け物が居たのだっけと、キャロンは思い当る。彼女は、見た者を石に変えてしまうと言われていたはずだ。


 そんな絵空事を思い出して震えてしまう位には、恐ろしかったと、彼らは後に切々と語った。





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