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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
37/38

運命の歯車が再び動き出す

次で最終話です。


 その影の邪悪な気配は膨大で、到底隠しきれるものではなかった。


 セリアは、半ば条件反射的な勢いで己の攻撃魔術をその影に向けて放っていた。


 しかし、それは影に届くことなくかき消される。


『なぜ、ナゼ』

 影はこちらに攻撃してくる様子はない。

 むしろ、どこか呆然としている様子でもあった。といっても、ソレに顔はおろか身体の部位を感じさせるものはない。ただ、『人型』であることが分かる程度だ。

 ブツブツと何事か呟くその様子は、どこか他の魂たちを思い起こさせるモノであったので、キャロンとセリアは素早く目配せをし合い、再び浄化の魔法を解き放った。


 一瞬でセリアの炎が影を中心に床に灯る。

 それをキャロンの結界が包囲することで一気に力が加速する。


 結界の中に立ち尽くしているようだった影が、炎に包まれ消えたかのように見えた。


 だが、その二つともが次の瞬間物凄い勢いで影の力に取り込まれかき消されてしまった。


 

 カチッ、カチッ、カチッ



 辺りに響き始めたのは、ミラという少女が消える時に聞こえた時計の秒針。


 正常に動いている時の快活なものでは決してなく、それはまるで、壊れかけの時計の針が同じ場所でもがき苦しんでいるかのようにも聞こえ、聞いていて耳鳴りを憶えるほどだ。



『ユル、サナイ』

 そう呟いて、影は現れた時と同じように、突然その姿を消した。




「これは、」

 追おうとして扉の所まで駆け寄ったセリアは、その床に何かが転がっている事に気が付いた。 


 丸い形の、厚みのある金属製の何かだ。

 けれどとてつもなく古いものであるらしく、何が描かれているかも判別できなければ、蓋を開けて中を見ることも出来なかった。


「………なんだ?」

 唯一わかったのは、丸いその何の天辺に、紐を通す穴のようなモノが備え付けられていたという事だけ。丁度、首にかけても違和感のない大きさから、装飾品にも思えた。

 その何かを手の平の上に乗せながら、セリアはひたすら首を捻っていた。


 何かが彼女の中で引っかかっていた。拭いきれない違和感があの逃げ去った影にあって、手の中にある丸い金属が、それを忘れるなと主張してくる。

 

「姫さまっ!皆さんが目を覚ましてしまいます、早く戻りませんと!」


 しかし考えに浸っている時間はなさそうである。 


 キャロンの焦り声に急かされるがままに、セリアは丸いモノを無造作にポケットに突っ込むと、すぐさまキャロンの傍に駆け寄り、タイミングを合わせて魔術を放出した。


 

 視界がぶれ、気づけばその部屋に居た者達全員が、一瞬にして視野の広がった開けた場所に移動していた。


 そこは、セリア達がリュシアンを探すために最初にやって来た森の前だった。

 事前に話が行っていたため、そこには何名かの騎士が待ち構えていた。


 けれど、突然音もなくその場に出現した大人数の人間達に対してかなり驚いたようで、セリアに声かけられるまで身動きできずにいた。


 もちろん、それは咎めるような事はしない。


 すぐさま今だ意識のない行方不明になっていた民達を手早く介抱し、人物達の確認を始める。どうやら、全員が無事に戻ってこられたらしい。


 驚いたのは、そこにミネルバ家当主も居たこと。

 無事に生還した息子たちを見て、心の底から安堵したように笑いながら、言葉を交わしていた。


 騎士達によって目を覚まし自分の居場所へと帰っていく民達と、親子の再会を喜ぶミネルバの男性達を優しく見守っていたセリア達に、不意に顔を強張らせたミネルバ当主がくるりと振り返った。


「姫、実は、私がここに居るのはリュシアン達を迎えに来ただけではありません」

 先ほどと打って変わり、その顔には憂いの色が見える。

 重い口を開く。

「暗雲は、イリーオス国の王都にまで達したと、連絡がありました」

「!!」

 その場に緊張が走った。


 バッ、と上を見上げれば確かに消えていない暗雲を認めることができた。

 むしろその黒はどす黒さを増しているようにも見える。人々を無事に救出ことが出来たから、完全にその存在を忘れていた。


 セリアは己の失態に人知れず唇を噛み締める。

 すると、傍にいたリュシアンがすぐにそんな彼女に気づき、そっとその唇に優しく指を置いてその緊張を解く。


「我らの屋敷に、客人を招いております。早く、ご帰還を」

 ミネルバ当主に急かされるがままに、セリア達は用意されていた馬車に乗り込んだ。



✿  ✿  ✿


「母上!!」

「シュナイゼル公爵っ!?」


 当主の書斎に入ってすぐに見つけた二人の人物。


 まさかのその存在に、マルセルとノアは同時に声を上げた。

 二人共、この国に置いて計り知れない権力を有している。それはつまり、かなり忙しい身であるという事。

 こんなに簡単に地方まで来れるような人物達ではないはずだ。


 難しい顔をしたテレジア・アスキウレ公爵とシュナイゼル・クイシオン公爵、そして己の机に座り溜息をついたミネルバ公爵。


 ここに、この国でも王家に次いで高い身分の貴族である三公の当主達が集結した。

 因縁ともいえるアイテール地方で、300年前の時を越え生き返った皇族の姫とその侍女と共に。

 

 それが意味するモノとは一体。






 

「ごめんなさ~い、遅れてしまいましたぁ」

 それぞれの公爵家当主が醸し出す異様な空気に、部屋に呼び出されたセリア達が何もできずにその空気を持て余し始めた頃、再び部屋の扉が開き中に入ってきた人物がいた。


 不思議な雰囲気と話し言葉が特徴的な人物は彼女しかいない。

 しかし彼女は、前回の事件で取り潰しを受けた家から去り、この国からも去ったと聞いていた。

「テレジア様から言われた通りぃ、師匠達と一緒に戻ってきましたぁ」


 ユリア・トアロイの後ろから現れた二人の人物。


 老人というには少し若く、しかし若者とは到底言えない壮年の男性達。

 どちらも今の状況を理解しているらしくその表情はあまり柔らかいものではない。

 

 一人の男性は黒髪に右側の一房の銀髪が目を引き、もう一人は茶色の肩までの長髪に鮮やかな紫の瞳が印象的だった。


 

 彼らを見た瞬間、セリアとキャロンは脳天に雷が突き刺さるような感覚に襲われた。思考が止まり、身体がまるで金縛りにあってしまったかのように自由を失う。



 それは、目の前の壮年の男性達も同じことだった。

 それぞれの瞳は見開かれ、表情は硬いものから驚愕のそれへと挿げ代わる。


 

 ―――伝えたい思いが、あった。



 急に押し黙った最愛の人を不信に思って、リュシアンが小声で声をかける。

「セリアさん?どうしたの?」

「………」

 けれどその時のセリアに、答えられる余裕などなかった。



 ―――もう一度会いたいと、そう、願い続けていた。





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