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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
35/38

浄化の炎に包まれし時


「てかよー、邪魔すんのも申し訳ないんだけどよー」

 事がひと段落したところで、ノアが溜息交じりに視線を外にやった。


 そこにはまだ、攻撃を仕掛けてくる沢山の人々が居る。


「とりあえずこれどうにかしなきゃいけねぇんじゃねぇかなー」

 早速説明するのもめんどくさいのか、後頭部をぐしゃぐしゃにかき乱しながら彼は言った。


 

 ようやくセリアがリュシアンの胸元から手を離し、一つ息を吐いて呼吸を整えると、そのまま目の前を見据える。


 逆にリュシアンは、念願の想いが通じ合えた嬉しさからかその隣でまだ感動に浸っているようである。


 マルセルはそんな彼を少し不憫に思った。

 これからも、かなりセリアに振り回されることになるであろう彼の将来が見えたからだ。こんな事で感動している彼の心臓はこの先持つのだろうかと。


「リュシアン、一人で立てるか」

「うん。大丈夫。………セリアさん、やる事があるんでしょ」

 心配そうに自分を見上げてくるセリアに笑顔を見せて、リュシアンは彼女の背を押した。


 いきなり魔術で連れ去られ、何も知らないまま寝ていた彼には、この状況はまったく分からない。

 けれど、彼の大切な人に任せておけばいいのだという確証はあった。そして、ここで必要なのもまた、彼の大事な人なのだと。


「とりあえず、状況を説明してくれないかい?」

 今の今まで空気の如く沈黙を保っていたマルセルが、セリアの元に歩み寄った。


 彼にも感じることが出来た。結界に阻まれているが、この周りの人間達全員に魔力が備わっていることに。

 そして、多数の人間がその術を操れているという事実に。

 この世界ではまずありえない事のはず。

 

 ただ一つの可能性を除いて。

 

「もしや、彼らは………」

 隣に立ち、目を細めながら人々の様子を観察するマルセルと目を合わせて、セリアは一つ頷いた。


 彼らの前では、キャロンが結界を張っていて、その隣にはジェラミーが腰の剣に手を添えて立ち、逆にセリア達を挟んだ後方にはノアとリュシアンが緊張の面持ちで辺りを見渡していた。


 全員が全員、セリアの言葉を待っているように耳を欹てているのが分かる。


「どうやら、今回の事件の犯人は、300年前のアテナイ国の民達の魂を憑依させるために彼らを誘拐したらしい。私の事を待っていたと、ようやく還ってきたと、そう言っていた。そして今、ノアがイリーオス国の人間だと分かって我を忘れ怒り狂っている」


 説明をするセリアの鼓膜に、結界越しに人々の悲鳴が伝わってきた。


『姫様!何故っ何故この憎いイリーオスの者達と共にっ!』

『我らのすべてを奪った憎き仇ですぞっ!!』

『許さないっ』

『我らから姫を奪うだけでは飽き足らず』

『国すらも奪い取った』


 結界の外がを見つめているセリアの顔は痛みに歪んだ。

 その痛みは、決して彼女が痛がっているからではない。


 穏やかだったアテナイ国の民達の負った傷を思い、ここまで変わり果ててしまった彼らの悲しみを察しての心の痛みであった。


『許さない』

『ユルサナイ』

『何故我らがこんな』 

『ナゼ』


 きっとそれは、この場にいる全員に通じるものだったのだろう。

 呪詛にも似たその言葉達に、セリアは俯く。


「私は、彼らを攻撃など出来ない」

 両手の拳を握りしめて、セリアは力なく囁いた。

「………姫さま」


 しかし、彼らがこうして攻撃してくる以上応戦するしかこの場を突破する方法はないし、誘拐され憑依されているアテナイ地方の民達を救う方法も思いつかなかった。


 少しの間手を顎に当て、自分の考えに沈んでいたマルセルがふとセリアとキャロンに声をかけた。


「少しでも、彼らの動きを止めることができれば、君達でどうにかなりそうかい?」

「マルセル?」

 胡乱気にマルセルを見上げれば、強い目で結界の外を見る茶髪の青年が立っていた。


「この部屋だけであれば、僕の魔術でどうにかなると思うんだ」

 いいや違う、と彼は頭を振って自分の言葉を訂正した。

「どうにかするから」


 彼はその時、一人の魔術師の顔をしていた。



 結局他に方法もなかったので、マルセルに魔術の発動を要請することにした。


 そう長くはもたない事も考慮して、時が止まっている間にセリアの浄化の炎で民の魂を燃やす事で話しは付いた。


 それは、前回セリアが己の身体に施したモノ。

 

 あの時は、神聖な場所で行ったこともありきちんと浄化することが出来た。

 しかし、望んでも居ない者が炎に焼かれた場合、その魂は完全に燃えることになる。どこにも行けないまま、ただ消え去るのだ。


 ―――アテナイ国の民を、アテナイ国の皇女である自分が消し去る。


 遣る瀬無い気持ちを抱えながらも、セリアは唇を食いしばった。


「セリアさん、キャロンさん。いい?」

「………大丈夫、です」

 キャロンもまた、セリアと同様に遣る瀬無い顔で立ち尽くしている。それでも、マルセルに声を掛けられれば、気丈に頷いて見せた。

「あぁ」


 マルセルが目を瞑る。


 彼の糸が、一斉に部屋中に張り巡らされ、人々に絡みつき、そしてその糸に魔力が注ぎ込まれた。


 先ほどまでの暴動が嘘のように、人々の動きがピタリと止まった。


 その合図で、キャロンが結界を解けば、セリアが部屋に炎を付けるために口を開く。


 魂だけを燃やす、特別な魔法を発動させるために。


『ひめ、さま』

『ふぃあな、さま』


 やはり新米であるマルセルの魔力は、300年前の人々には効かなかったのか。止まっているはずの人々の口が微かに開き、セリアを呼んだ。


 しかしその声は、怒りではない他の感情が含まれていて、まるで300年前に戻った時のような錯覚に襲われた。

 あの、平和に囲まれ、みんなと気安く言葉を交わしていた時のような。


「すまないっ」

 気が付けばセリアは駈け出していた。

 手を広げ、不思議な炎に包まれる女性―――当時の侍女長であったティアンを掻き抱く。


「私は、私はもう、フィアナであってフィアナではないっ、300年前のお前達を置き去りにして、私は生き還った」

 琥珀の瞳から、ハラハラと涙が零れ落ち、その雫がティアンの身体を伝っていく。


「………っどうか、どうかお許しをっ」

 キャロンもまた、床に崩れ落ち、許しを乞うていた。


「過去を思えば、皆を思えば、私はこの国を憎まなければいけないのだろう。けれど、私は、今の私にはそれが出来ないっ」


 ―――自分達は再びこの世に生を受け、この地で足を踏みしめ生きることを選んでしまったのだ。

 セリアとキャロンの心は、声にはならなかった。


 虚しい思いや個々の悲しみを置き去りに、一連の事件に決着がつく。

 



 はずだった。




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