表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
34/38

戻ってきたモノ


 一触即発の雰囲気が辺りを覆う最中、アテナイ地方の人間達の表情がどこか苦しげに歪みだす。それに合わせるかのように彼らはまるで犬のように鼻を動かし匂いを嗅ぎ始めたではないか。


「時間か」

 セリアが立ちあがりノアの傍に身を寄せ、キャロンもまた短剣を構えたままセリアとは反対の、まるで彼を囲うような位置に移動した。


 その行動により、ノアもまた次に起こる事が予想出来た。


「解けんのか。魔術が」

「あぁ。何が起こるか分からん。私達の傍から離れるな」

「………おう」

 まるで物語りの王子様のような気障な台詞を呟かれたノアは、様々な気持ちを胸にしまってそれだけ呟くに留まった。


『姫さま、』

『匂いが』

『忌々しい匂いだ』

『嫌な臭い』

『憎い、イリーオス国の民の匂い』

 囲む人々の顔が憎悪に染まっていく。 

 ある意味、想定内の行動だ。


 パリンッ。


 魔術が解かれる音は、ガラスの割れる音に似ていると、セリアは常々思っていた。


 

『イリーオスの人間だぁぁ!!』

『ころせぇぇぇぇ』


 先ほどまでの穏やかさも、静けさも、すべてを拭い去り、その場を支配するのはただの憎しみだけ。


 ノアの魔術が解けた次の瞬間、アテナイ地方の人々はセリア達が傍に居るのもお構いなしにノアを目指して襲い掛かってきた。


「キャロンっ!」

「はい!」

 すぐ様キャロンが結界を施すことで襲い掛かってきた人々は弾かれ吹き飛ばされる。


 だが相手は、300年前の魂を有する者達。300年前、人々は魔術を当たり前のように使う事が出来た。城に仕えていた者達なら尚更。

 彼らは吹き飛ばされてもすぐに体勢を整え向かってくる。中には魔力を使って攻撃してくるもの達さえ居た。


 それでも、キャロンはそんな彼らの魔力をいとも簡単に跳ね返した。


「お、おい!俺の魔力が切れたってことは、マルセル達もっ」

「あいつらは大丈夫だ。………リュシアンを見つけていてくれさえ、すれ、ば」

 ノアの焦る声に冷静に返すセリアの声が、不自然に途切れる。


 何事かとキャロンとノアが彼女の視線の向かう方向に視線をやれば、そこにはジェラミーとマルセルに両肩を支えられるようにして立つリュシアンの姿があった。


「っ!」 


 今結界の中に居る状況だとか、結界の外から攻撃してくる人々の存在だとか、そういうものが一切抜け落ちてしまった。


 300年ぶりに再会した懐かしい人々を前にしても瞳を揺らすだけに留めていたセリアの顔が、リュシアンの顔を見た瞬間くしゃりと歪んだ。


「りゅ、しあん」

 近くに居る、一度は無くしたと思った存在を認めて、セリアはまるで陸に引き上げられた魚のように苦しげに口を開け閉めさせながら喘ぐように彼の名前を呼んだ。

 ようやく目の前にした彼の存在が強烈過ぎて、何故だか急に息の仕方を忘れてしまったかのようだ。


 どうしようもなくただただ見つめていれば、困ったような顔をした彼がマルセルやジェラミーの腕から離れ、腕を広げてフラフラしながらもこちらに向かってくる。


 たまらず駆けよれば、

「リュシアンっ!」

「セリア、さん」

 再び会えた大切な存在を腕に取り戻した彼らは、自然とお互いを強い力で手繰り寄せていた。


 その身長差のせいで、セリアはその顔をリュシアンの胸に押し当て、リュシアンの熱い息がセリアの耳元に触れた。

 生命の動きを耳で直に聞き取りながら、セリアは自分の胸が一杯になっていくのを感じていた。


 生きて戻ってきてくれたことがこんなにも嬉しい事だったなんて。こんな気持ち、知らなかった。みんなを置いて、逝ってしまった身だったから。


 結局想いを結ぶことが出来なかった前世の彼と同じ顔をした人。

 けれど今なら、違うのだとはっきり言い切れる。


「………もう、どこにも行ってくれるなっ」

 顔を押し付けているせいでくぐもった声になってしまったが、リュシアンはきちんと聞き取ってくれたようだった。


 何度も頷いて見せた。

「君の傍に、居させてくれるの?」

 今までの対応が仇となったようで、この期に及んでもリュシアンがどこか伺いを立てるかのような言葉を呟くものだから、セリアは一瞬苦笑が漏れてしまった。

 どうやら自分は、リュシアンにかなりのトラウマを植え付けてしまっていたようである。


 ぐっと顔を上げ、リュシアンの胸元の服を両手で掴み上げたセリアは、そのまま少し背伸びをして彼の唇を奪い取った。


 一瞬の後離れた唇を動かして、セリアは琥珀の瞳を煌めかせた。

「どうやら、お前の手を離して永遠に居なくなられるよりも、目の届く範囲で守られていてくれた方が余程私の心臓に良いらしい」


「セリアさん………」

 男顔負けの口説き文句に、さしものリュシアンも頬を染めて彼女を見下ろした。


 セリアらしいといえばらしいその行動に、マルセルとノアは呆れたように笑い、キャロンは少しだけ目元を緩め、そしてジェラミーは兄を見つめていたその瞳でキャロンを見た。


「………きゃ、キャロン、殿」

 兄の様子が羨ましかったので自分も頑張ってみようと声をかけてみたものの、

「こちらを向かれても困ります」

 取り付く島もなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ