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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
33/38

真相に迫る時


「マルセル、まだか!」

「そう急かさないで。僕だってただこの糸を伝う事しか出来ないんだから」

「魔力が効力を失う前にリュシアンを見つけて、キャロン殿達の元へ戻らなければっ」

 

 廊下に開いた抜け道を突き進めば、下りの階段に出くわした。

 糸がその下へ向かっている以上、深く考える必要はない。二人の青年は時々焦りの言葉を交わしながら先を急いでいた。階段を下りれば、再び見知らぬ廊下に出る。


 先ほどの摩訶不思議な現象はここでは起きず、彼らが歩みを進めた所で廊下の壁の蝋燭に火はつかない。真っ暗な廊下を、微かに差し込む月明かりのみで前に進む。 

 火をつけて、誰かに知られることを避けるためだ。あの女性達のように、この屋敷には他にも連れ去れ300年前のアテナイ国の民の魂をその身に宿した人々が居るだろうから。

 

「ちょっと待って」

 マルセルが突然鋭い声を上げて足を止めた。


 何かを探るように手元の糸を何度か手元に繰り寄せる行動を繰り返した。といっても、ジェラミーにその糸は見えないので、マルセルがただ手を奇妙に動かしているようにしか見えていない。


「うん、やっぱり。近いよ」

「ほんとか!」

「糸が少し張っている。リュシアンはこの部屋の中にいるはずだ」

 マルセルが顔を右側に向ければ、そこにはいつの間にか一つの扉が彼らを待ち受けるように佇んでいた。




✿  ✿  ✿



 女性二人が恭しく頭を下げたまま、ゆっくりと扉を開く。


 少しずつ開いていく扉の向こうから差し込む眩しいほどの光。

 夜にも関わらず、煌々と照らされた室内に、今の今まで薄暗い廊下を歩いてきたセリア達の目が眩んだ。


 目を細めどうにかその明るさに慣れてきた頃には、すでに扉は開き切っており、その中に見えたのは行方不明になっていたとされる民達。


 軽く見渡すだけで二十人は居るところから、ここにすべての人々が集合しているに違いない。


 ノアがそう分析する隣で、キャロンが再び息を止めその光景に見入ったようだった。

 セリアがコクりと喉の奥を鳴らして足を一歩踏み出したのが合図になったかのように、部屋の中の熱気は一気に最高潮になる。


『皇女様のお帰りだぞぉぉぉぉ!!!』

『姫さまだぁぁぁぁ』

『エヴァも一緒じゃあないかっ!!』


 誰も彼もが笑顔で彼女達を迎え入れる。


 ノアからすれば、行方不明になっていたアテナイ地方の人々が明るい叫び声と共に盃を上げ盛り上がっているように見える。

 ただ、口元は半月を描きながらもその瞳は焦点が合ってないところから、この光景に気持ち悪さを覚えていた。


 セリアやキャロンの視点で言えば、そんなちぐはぐな光景に更に本当に喜ばしそうに笑い声を上げるアテナイ国の人々の魂を重ねて見ているためどうにも表現できない気持ちに駆られていた。


『さぁ姫さま、どうよこちらへ』

『エヴァも』

『ご友人もぜひ』

 その場の空気飲まれ身動きが取れなくなっていた三人を、人々が部屋の奥へと連れ込む。


 一際大きな長椅子までやってくると、無理やり座らされ、三つの大きな発泡酒の入ったジョッキが問答無用で渡される。


『よぉしお前ら!姫さまがようやく我々の元に還ってきてくださった祝いだっ!派手にやろうじゃねぇかぁぁぁ』

 この中でも一際体格の良い男性が、自分の持っていたジョッキを浴びるように飲んでそう叫んだ。彼の後ろに見える魂は、300年前馬頭をしていた男の者。


「………還って、来た?」

 ジェラミー達の事も心配しながら、この状況をどう突破しようかと悩んでいたセリアが、突然瞠目したまま動きを止めた。


「どうした」

 空虚な瞳をしたまま笑い声をあげる人間達に囲まれた空恐ろしい光景に身を置いているノアは、半ば泣きそうな顔のまま縋る様にセリアを見た。


 彼からすれば、セリア達以上にこの状況に参っている状態なのだ。それは仕方がない。


「我々の元に、とはどういうことだ」


 セリアのその一言は、まるで刃物のようにこの場に大きな亀裂を入れたようだった。


 一斉にその場の全員の動きが止まった。


 幾つもの視線がセリアを射抜いた。それでも、様々な思惑の人々の視線に晒されてきた経験のあるセリアはまったく動じない。


 否、彼女の勘が告げていた。動じてはいけないと。


「どうして、お前達はここに、居る」

『姫さま?可笑しなことを仰いますね』

 最初にセリア達を迎えに来た女性達の内一人が半笑いを浮かべたままセリアの元に近づいてきた。けれどその声はどこか震えを帯びているようにも感じる。


 まるでセリア達三人を除く全員が、これ以上言葉を紡がれることを恐れているかのような素振りを見せ始めた。子供達は大人の影に隠れ、大人達の顔は緊張で固められていた。

 先ほどもまでの祝いの空気が嘘のようにその場に沈黙が横たわる。


 キャロンとノアが、まるで打ち合わせしていたかのように同時にジョッキを手放し武器を構えた。


 ―――これが正しいかは分からない。


『セリア様、どうか、これ以上は』

 セリアの正面に立った彼女が、何も言ってくれるなと悲しい顔をして首を振る。


 ―――けれど、彼らをこのまま野放しにしておくわけには行かない。誇り高きアテナイ国の民達に、これ以上苦しんでほしいわけがない。


 奥歯を噛み締めてそう心の中で呟いたセリアは、彼女を射抜くように見据えて口を開いた。


「300年前を生きていたお前達は、もうすでに死んでいるはずだ。どうやって、この地に戻ってきた」



✿  ✿  ✿



 扉を開けて足を踏み入れた部屋には何もなかった。

 

 リュシアンの眠る寝台を除いては。


「リュシアン!!」

 ジェラミーがすぐに双子の兄に走り寄る。

 糸の先をようやく見つけたマルセルもまた、小さく肩の力を抜いて持っていた糸を手放し、ジェラミーの後に続いた。


「リュシアン、おい!目を覚ませ!」

 特に怪我をしている様子はないが、どうやら眠りが深いらしい。


 遅れてやってきたマルセルが並んだ時も、ジェラミーは兄を起こそうと必死だった。


「ちょっと待って。もしかしたら、何かの魔術に掛かっているかもしれない」

 そういってマルセルは手のひらをリュシアンの頭部に翳し目を閉じた。


 見えたのは、リュシアンの頭部からどこかに繋がる糸の数々。

 糸を通して魔力が繋がるというのなら、きっとその逆もあるはず。

 嫌な力の宿る糸を見つけたマルセルは、緊張しながらもそれを自分の魔力で切り離してみた。


「リュシアンッ」


 ジェラミーの声に慌てて目を開き下を見れば、苦悶の表情で少しずつ瞼を持ち上げる白い友人を認めることが出来た。


「大丈夫かい?怪我は?」

 身を上げようとする彼の背に手を当てて支えれば、弱弱しくではあるものの、しっかりとした口調で礼が返ってきた。

 その様子からどうやら彼は無事であるらしい。


「どうして、ここに?」


 状況が分かっていないのだろう。

 リュシアンは不思議そうな顔で双子の弟とマルセルを見つめ、その後すぐに周りを見回し始めた。けれど疑問は益々膨らむ一方のようで首は傾げたままである。


「お前、攫われたんだぞ。セリア殿とマルセルが魔術を使ってお前の居場所を探し当てたんだ」

「セリアさん達もここに?」

 ジェラミーが手早く説明すれば、驚いたような言葉が返ってきた。

「ここにこれ以上長居する理由もない。早くセリアさん達に合流しよう」

 魔術を有するマルセルには、この部屋が嫌な気配で溢れている事に気づいていた。


 何度かキャロンの魔力を流し込まれてたおかげか、少しずつではあるが彼の魔力も強さを増してきたらしい。

 前に見つけた穴と同じような強い魔力の中に居ても、まだまだ大丈夫そうだ。


 自分が動ける間にこの場を離れようとリュシアンに肩を貸し、扉に向かって身体を動かし始めたところで、寝台の右横にあった白いカーテンが揺れた。かと思えば、次の瞬間にその前に黒い影が姿を現す。


『忌々しい、』

 人型の姿をした影が口を開いた。


 途端、マルセル達三人の背中を恐ろしいものが駆け上がる。


 これがすべての黒幕だと確信が持てるほど、それは禍々しい何かを有している。前回の黒幕であった300年前のイリーオス国の王なんかよりも遥かに。

 魔力を持っていないはずのジェラミーやリュシアンでさえも息を止めるほどのもの。


 何かに絡め取られたかのように身動きが取れない。足が何かに捕えられたかのようで、そこから鎖のようなもので巻きつけられたようにも思えた。


 その間にも、それはどんどんリュシアン達に近づいてくる。


『あぁ、不快だ。なんと、不愉快な』

 それの紡ぐ言葉は呪詛であった。

 

 その影が先ほどまでリュシアンの横たわっていた寝台を過ぎた所で、それは起きた。


 パリンッ。


 どこからともなく、ガラスの割れる音が聞こえた。

 

 リュシアン達の視界が、反転した。





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