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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
32/38

辿り着いた先には


「なんだって」

 ジェラミーの驚愕の声が、静かな廊下に虚しく響き渡った。

 この城に招かれた者達はその事実に、驚きに身体を強張らせたのにも関わらず、他の人間はまったく気にもかけていないようだ。


『姫さま、いかがされました?』

『どこかお怪我でも?』

 

 まったく邪気を感じさせない声音で、女達は近づいてくる。

 しかし、その声はどこかずれて聞こえてきているようで、不気味だった。口を開けて喋っているのに、その口の動きと声がまったくかみ合わさっていない。

 音が一つ遅れて聞こえてくる。

 それになにより、彼女達の黒目の部分は何かの膜で覆われているように真っ白で、何も映してはいなかった。

 

「なぜ、お前達が」

 さしものセリアも、突然の顔見知りの出現に動揺を隠せないでいた。


『おかしな姫さま』

 相手は殺気すらも感じさせない女。

 到底手は出せない。


 女の一人がセリアの腕を取って先を急ぐような素振りを見せた。他の女達もそれに習うようにノアやマルセル、ジェラミーとキャロンの腕を取った。


 ノアの腕を取った女性が、「あら」と声をかける。 

 腕から顔、そして体全体へと視線を移動させたかと思えばにっこりと笑ってセリアを見る。

「見慣れない顔ですね。姫さまのお友達かしら、姫さまの魔力で溢れているわ」

「!」


 彼女の言葉を聞いた途端、セリアとキャロンの顔に一瞬の緊張が走る。

 その言葉が意味することを、明確に受け取ったからだ。


 この状況の中で、何をすべきか、優先させるべきは何かを瞬時に頭の中で見極め、そしてそれを相手と共有する。

 それが出来るのは皇女とその侍女だけである。

 視線を合わせた彼女達は、その後素早くそれぞれの立ち位置を入れ替えた。


「久々に皆とも会いたいな。他の者達はどこだ?」

 セリアは全体の意識を逸らせるように一段と大きな声で質問をする。

 その際、女性に捕まれていたノアの腕を引き抜き、ジェラミーやマルセルがうまく隠れるような立ち位置に移動した。


 それとは反対に、キャロンは女性達から離れノア達に近づいた。

 久々に会えた己の主の話す様に感動しているのか、周りの女性達の視線はセリアに釘づけである。


 それをしっかりと確認して、キャロンはノア達に近くにくるように呼びかけて、セリアを除く四人は顔を付きあわせた。


「ノアやマルセルにかけた我々の魔力のお蔭で、正体は気づかれていないようです。けれどこの魔術の効力はこの場所に足を踏み入れた以上そう長くは持ちません。魔力が解ければ、正体がバレ、きっと不味い事になるでしょう。今はわたし達が時間を稼ぎます。マルセル様、糸を辿ってリュシアン様の救出を。ジェラミー様もお願いします」

 指示を受けたマルセルとジェラミーは静かに頷いた。

「ノア、あなたはわたし達と一緒に居てください。正体がバレた時、どうなるか知る必要があります」


「お、おう」

 ノアも、今回ばかりは神妙になるしかなく、戸惑うように頷いた。


『姫さまがようやく帰ってきたと知ったら、みんなどんな顔をするかしら』

『みんなの驚く顔がみたい!』

「あぁ、私も楽しみだ」

 女性達と言葉を交わしながら少しずつ移動するセリアに合わせ、他の四人も歩き出す。

 楽しみだといったその口が寂しげに歪んだのことに気づきながら、キャロンは沈黙を突き通し小さく俯いた。

 この状況は、セリアにとってあまりにも酷だ。


 もうすぐ廊下も終わり、といったところでキャロンが不意に足を止めた。彼女の後ろを歩いていたノア達はたたらを踏み、その間にセリア達は廊下を右に曲がって姿を消す。


 周りを素早く確認したキャロンが、廊下の壁の何の変哲もない部分を押せば、音もなく廊下の壁が人一人通れるほどの大きさに開く。


 見れば、糸はその道の先に続いていた。

「さぁ、お二人とも早く!!」

 キャロンに急かされるようにジェラミーとマルセルは抜け道の中に足を踏み入れ姿を消した


『あら、キャロン様は?』

 そう遠くないところから、キャロン達の不在に気付いたらしい女性の疑問の声が聞こえる。


 抜け道を閉じ、普通の廊下の壁に再び戻したキャロンはノアに一つ頷いてみせると、声のした場所へ急ぎ足で向かった。

「すみません、連れの者達が忘れ物をしたと屋敷を出たのでその見送りを」

『あら、帰ってしまったの』

『でも、姫さまが居るからいいわよね』

 女性達は一瞬残念そうな顔をしたものの、すぐさまセリアを見て笑顔を取り戻し、そのまま先を進む。かなり強引かつ不自然極まりない行動ではあったが、この女達はまったく疑問に思ってはいないようでどうにかこの場は切り抜けられそうだった。

 

 女性達の楽しげな会話に耳を傾けていたセリア達が辿り着いたのは、一際大きな扉を有する屋敷の一角。

 歩いてきた道のりから察するに、橋の上に立っていた教会のようなこの屋敷の一番奥に位置すると思われる。

 一枚の木材で出来ているであろうその扉は、従来の長方形の形ではなく、扉の上部が楕円型になっていることでより一層存在感を増していた。なによりも、その扉にあしらわれている幾重にも巻かれた蔓の模様が月明かりに照らされて光っている。


 そこでノアは気が付いた。 


 月の光がこの扉に反射するように、天井が切り取られていたことに。まるでここがどれだけ大切な場所か月が示しているようにも思えた。

  

「………久しいな」 

 セリアの発せられた声は、短いながらもその中に沢山の感情を巻き込んでいるようにも思え、

「キャロン、ここは」

 セリアに聞く事は憚られたノアが隣にいたキャロンに耳打ちすれば、少し目を伏せていたキャロンがその口を彼の耳元にそっと寄せて呟いた。


「王家の皆様が城の者達を呼んでは宴会を催していた、この宮殿で一番多くの幸せな思い出が残った場所。セリア様が亡くなった後、誰も入る事が許されなかった広間です」

 




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