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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
31/38

宮殿の中


 セリアに言われるがままに、マルセル達は先を急いでいた。本来ならばもう少し慎重にならなければいけない場面である。


 敵はセリア達をこの建物へ誘き出すためにわざわざリュシアンを攫ったのだから。

 どこに罠があるかもわからないし、何が目的かも分からない。


 しかしセリアは宮殿を見据えたまま言い放った。


「この宮殿に相手が居るのなら、相手は、間違いなく滅んだはずのアテナイ国の人間だ。逃げ隠れをしていい相手ではないし、その者の上に立つ元王族として、正面から向き合うのが私の役目」

 

 何か合った時のためと、セリアが先頭を歩きキャロンが殿を務める。


 月明かりが不自然なほど降り注ぐため、足元を照らす光にも不自由はしなかった。

 いつもは寂しい夜を華やかに彩る月の明かりも、今回ばかりは不気味に感じるようで、ジェラミーは小さく身震いをした。


「大丈夫ですか?」

 すぐ後ろに居たキャロンに声を掛けられて、ジェラミーは慌てて背中に力を越え背筋を正す。


 魔力に関しては何もできないが、何かが物理的に襲ってきた場合、自分が彼女を守ると決めているのだ。こんな所で震えている場合ではなかった。

 

 急斜面であるはずの山道には、人が通りやすいようにある程度幅のある人工の道が作られていた。

 心持ち息を顰めてそこを歩く。


 どんどん明らかになっていく300年前に葬り去られたはずの離宮。


 向かって左側の山に寄り添うようにして立つ建物は灰色の煉瓦を土台に、ある一定の場所までが住居用に作られているようだ。その上に下部とは趣向の違う白色の良く映える石とガラスで作られた外観が繋がっており、人々を神聖な場所へと迎え入れる。


 そんな高さのある建物には幾つもの窓が備え付けられていて、その窓も場所ごとに繊細な細工がされているのが近付くごとにはっきり見て取れた。


 離宮に辿り着くためには、右側の山から繋がれた橋を渡らなければいけない。

 一行は張りつめた緊張感を崩さないまま、ようやく二つのアーチによって支えられている煉瓦の橋に辿り着いた。


 真正面から見たアイテール家の離宮は先ほどとはまた違った印象を持たせてくれる。


 細長い三角形のような建物は、今の時代では滅多にお目に掛かれないような技術で壁全体に蔓のような細工が施されている。離宮を横から見た時は城のようだと感じたが、こうして正面から見ると、どちらかといえば教会のような印象の方が強い。

 というのも、丁度中心部分に楕円の窓のようなものが張り付けられているからだろう。


 橋と山道の境目ギリギリで足を止め、一同は横一列に並んだ。

 目の前に佇む月明かりに照らされたそれは、初めて見る者から見れば神秘的であり、見慣れた者からしても相変わらずの美しさに息を詰めずにはいられない。

 

 セリアが一歩踏み出す。


 彼女の爪先が橋の上に触れた瞬間、離宮の扉が地面に擦れる嫌な音を立ててゆっくりと開いた。二つの扉が左右に開き切るのにそう時間は有しなかった。


 扉を通して見える建物の中は真っ暗で何も見えない。一見すれば、怪物が口を大きく開けて待っているかのようなそれで、まるで足元から闇の中に吸い込まれていくような言い知れない不気味さが彼らに迫ってきていた。


 すべてが不自然ではあるが、他に方法もないので、セリア達一行はとりあえず開いた扉を潜り抜けて離宮の中に入ることにした。

 元々はセリアとキャロンの勝手知ったる住居であった場所。

 何かあっても、ある程度対処はできるだろう。


 扉をすり抜けて最初に彼らが踏み入れたのは広い踊場。暗く静まりかえったそこを無視して、彼らは糸に示されるがままに真正面の廊下を真っ直ぐに進んでいく。

 最初は真っ暗だった廊下だが、彼女達が歩みを進めるごとに、まるで彼らを歓迎しているかのように壁の両側にかかった蝋燭の火が順番に灯っていく。

 セリアやキャロン、マルセル曰く、建物の中は魔力で溢れかえっているらしい。だから、この怪奇現象にも似た出来事もそう驚く事ではないのだという。


 もちろんまったく魔力のないノアとジェラミーからすれば不気味以外のなにものでもないのだが。


「なんなんだよぉ、薄気味わりぃよぉ」

 ノアが弓を両手で握りしめセリアの真後ろを歩きながら泣き言にも似た声を出せば、

「気持ち悪い声を出すな。情けない」

 眉を顰めたセリアに一刀両断にされてしまう。


「だってよぉ」

 それでも更に食い下がろうと言葉を紡ぐノアに対して、セリアはその口を手で塞ぐという暴挙にでた。


 何事かと驚く周囲の人間に、振り返った彼女が静かにするように人差し指を己の唇に置き合図を寄越す。

 静まり返る建物の中で、微かに聞こえてきたのは、誰かの足音。 


 しかも、一つではない複数の人物の可能性が高い。


 それらは、セリア達の進んでいた廊下の両端から聞こえてくる。つまり、完全に逃げ道を塞がれたということ。

 出来るだけ息を顰め、それぞれの獲物を手にセリアとノア、マルセルは前方を、そしてキャロンとジェラミーは後方に向けて戦闘態勢を取る。


 足音がどんどん近づいてきて、そしてようやく立ち止まった。

 暗闇に染まっていたその姿が、蝋燭の明かりの中に現れることで、彼らはその存在を把握する。


「おい、こいつら」

「まさか」 

 まず最初に彼らを認識したノアとジェラミーがその意外な姿に一時戦意を失ったかのように武器を構える手を緩めた。


 彼らには、やってきた人物達が女子供という害のない人間達であったことに驚いているのだ。


 こんな場所に居る人間。しかも、極々一般市民の装いをしている女達と子供達。

 ある程度頭の回転が速いと自負する彼らには、すぐにこの人間達が連れ去られたアテナイ地方の住民たちだということがわかった。


「なん、で」

「どうした、マルセル」

 すぐ傍に立っているはずのマルセルが、目を細めながら、まるで何かを見極めようとしているかのような素振りを見せるので、それにいち早く気が付いたノアがそっと声をかけてみる。同じく傍にいたジェラミーも、心持距離を縮め、彼らの会話に耳を傾けた。


 ノアの声に反応するように、マルセルは視線だけでノアとジェラミー見た。

「二人には、彼女達がどう映ってる?」

 おかしな質問である。


 首を傾げながら、ノアとジェラミーは同時に口を開いた。

「どうっていわれてもよぉ。普通の民間人だろ。けど、ここに居るってことは」

「連れ去られた者達に違いないな」

「………そのはずなんだけど」

 歯切れの悪いマルセルに痺れを利かせたのは、ノアが先だった。

「なんなんだってんだよ」

 また、魔力のある者達にしかわからない事が起きているというのなら、面白くない。


 そこで彼らはようやく気が付いた。


 セリアとキャロンの不自然すぎるほど凝り固まった動きに。


 まるで彫刻にでもされたかのように微動だにしない二人。

 その瞳は、少しでも身体を揺らせば目玉が転げ落ちそうなほど見開かれており、顔色は青を通り越して白に近い。

 まるで、幽霊にでも出会ったかのような反応ではないか。

 だが彼女達の目の前に居るのはただの民間人であるはず。

 

「ティアン………?」

「ユア、様?」

 

 彼女達の口から零れ落ちたのは人の名前。


 それが確信に変わったのか、先ほどまで言おうかどうか悩んでいた様子のマルセルの瞳の色が強いものになる。

「彼女達と重なるように、誰か別の人物が存在してる。まるで、二人で一つの身体を共有しているみたいだ。だけど、この人達は………」

「まさかとは、思っていたが」


 マルセルの言葉が聞こえてたのか、呆然自失だったセリアが唇を噛み締めながら呟いた。


「………なんていうこと」

 キャロンに至っては、信じたくない現実に直面したかのように震えた声が零れ出てきたほど。


「おい、姫さん、誰なんだ」

 ノアに説明を乞われると、セリアは一度瞳を伏せゆっくり一つ深呼吸をする。

 次に目を開けた時、彼女の琥珀の瞳は、目の前の数名の女達に向けられていた。

「………彼らは、きっと、連れ去られてきたアテナイ地方の人間達だ。けれど」

 

 

『姫さま、おかえりなさい』

『エヴァ、待ちくたびれたわ』

『姫さまー』

 目の前の人間達が明るい笑顔と共に呼びかけてくる。

 それを受けて、セリアは唇を噛み締め顔を歪めた。


「今は、」

 説明しようとするセリアの声は彼女らしくないほど震えていて、


「………元アテナイ国の者達に身体を乗っ取られているらしい。私は彼女達を知っている。しかも、300年も前からな」


 彼女は悔しさを噛み締めるような声音で最後の一言を言い切った。

 





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