霧の向こうに見えたのは
その後の道のりはすこぶる調子が良かった。
というのも、一行はひたすら一本の糸を辿ればよいだけだったからだ。
傾斜の岩山の上り下りを繰り返し、一本道を黙々を歩き続ければ、再び緑の生い茂る獣道に入り込むことになった。
足元を照らす火を持つノアとジェラミーが、火事にならないよう気を引き締めて焚き木を持つ手に力を込める。
どれだけ歩いただろう。
目の前の不明瞭さが、暗闇だけではないことに誰もが気が付いた。
どうやら、気づかない内に霧に囲まれてしまっていたらしい。
セリア、キャロン、マルセルの目には糸がそのまま真っ直ぐ霧の中に吸い込まれて行っている様子が見え、目指す場所がその中にあるということは一目瞭然だった。
不意に先頭を歩いていたセリアの足が止まる。
「やはりか」
宙を仰ぎ小さくそう呟いた彼女は後ろをまっすぐ一列に並ぶ他の仲間達を振り返り、まずノアとジェラミーに火を消す様に告げた。
真っ暗になってしまうぞ、と声を上げた二人を一睨みで黙らせた後は、彼らに近くにある茂みに身を顰めるように言った。
彼女に似合わぬ嘆願するような物言いに男達は無言で従った。
キャロンに促されるように一点に集まり身を屈めつつ周りを窺えば、セリアだけが元の場所から動かずただ宙を見つめて立っているではないか。
「今度は何が起こるんだ」
魔力がない故にひたすら置いてけぼりのノアが、情けない声だと承知の上でキャロンに問いかければ、優しいさに定評のある侍女はにっこりと笑い返す。
「大丈夫です。今回はノアにも何が起きているか分かりますから」
二人の会話の最中に、事は起こった。
空中を、それこそ親の仇とでもいうように睨み付けていたセリアが突然目を閉じ、誰にも聞こえない何かを呟き始めたのだ。
距離があるため何を言っているかはもちろん聞き取れないが、同時に、彼女の口の動きがあまりにも早すぎて、傍に居ても何を言っているか聞き取れるかは怪しいところだった。
セリアは魔術師だ。
魔術師の言葉はもちろん特別な魔力を持つ。
彼女が魔力を持った言の音を紡ぐということは、そこに何か不思議な事が起きるということ。
「霧が………」
「晴れていく」
ジェラミーとノアの口から声が転がり落ちる。それほど彼らは呆気に取られていた。
先ほどまで少し先の様子もわからないほど真っ暗に塗り固められていたはずの光景が、まるで曇ったガラス窓をふき取るかの如くあっという間に鮮明になっていくのだ。
目を疑いたくなるのも当たり前というもの。
「あれは………」
その後すぐに、魔力の効力には慣れているはずのマルセルまでもが息を呑むことになる。
霧の晴れた目の前の光景に、想像していなかったモノを見たから。
暗雲に覆われ何も見えないはずだというのに、月明かりに照らされているそれはキラキラと音が聞こえてきそうなほど輝いていた。
彼らの目に飛び込んできたのは、山と山の間に堂々と聳え立つ石造りの巨大な建物。
城というにはやや小振りで、けれどただの建物と称するには大きい、まるで教会ののような外見のそれは、何故今の今まで気づかなかったのかと不思議に思わせるほどの存在感を纏っていた。
建物の存在を認めた瞬間、あの霧はこれを守るためにあった神聖なものだったのではないかと思うほど。
「………アイテール家離宮、『パテノロン宮殿』へようこそ」
そう言ったセリアは、とても悲しそうな顔で笑っていた。
その手に握られたリュシアンに続いているはずの糸は、真っ直ぐにその宮殿に繋がっていた。




