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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
3/38

踏み出した一歩


 小麦色の長い髪が風に揺れている。


 今日も今日とて、セリアは建物のテラスに立ち日課である洗濯物を干す作業に一人勤しんでいた。 

 まだ朝が早いためか、王都の端の端、小さな町と言っても差支えない場所の通りに人影は見えない。


 寒さを含んだ風が身体に纏わりつくようで、一瞬肩を竦ませ上を見る。


 琥珀の瞳が、水を存分に含ませたような淡い青の空を映し、一瞬誰にも知られることなくマリンブルーに煌めいた。


 季節は夏。

 もう少しすれば秋を迎えるだろうというこの頃の風は、寒さの度合いが違う。


 明日からは朝洗濯物をする時は何かを羽織った方が良いな、とセリアは最後のシーツを紐に引っ掛けながら考えていた。


「姫さま!」

 その時、急に背後から声を掛けられた。


 朝早いにも関わらずこの無駄に元気な声は、セリアの知る限り一人しかいない。それに何より、ただの平民であるはずの彼女を『姫』と呼ぶ人間など、限られている。


「あぁ、おはよう。キャロン」


 空っぽになった籠を手に取り後ろを振り返れば、灰色のおかっぱ頭が目に入った。

 その下に見える緑の瞳はキラキラ輝いている。


 寒さ対策のためか、半袖で作業をしていたセリアと比べ、キャロンはきちんと黒の上着を着ていた。


 見れば、その腕には更に白い何かが抱えられていており、

「姫さま、これを。お風邪を召されてしまいます」

 白の柔らかな素材で出来た上着をセリアに手渡しながら、キャロンは自然な動作でセリアが抱えていた空の洗濯籠を奪い取り、さっさとテラスから離れるように歩き出す。


 セリアの一番の付き人を自負する彼女は、実に仕事の出来る人物だった。


 こうなれば彼女は意地でも籠を手放さない事を嫌というほど分かっているセリアは、手渡された上着に腕を通し、一つ溜息を零すと黙ってその後に続いた。




 つい先日、セリアは二十歳を迎えた。


 300年前、19という歳で前世での生を終えたセリアにとって、過去の自分の歳を超すという事は、新たな一歩を踏み出すといっても過言ではない大きな出来事でもあった。

 少しの緊張と高鳴りを胸にその日出てきたケーキのキャンドルを吹き消した事は記憶に新しい。


 300年前、19歳という若さでこの世を去った主を見届けたキャロンにとっても、それは同じこと。 誰よりも大事な主が、たった一年だったとしても、今の生の中で確実に長い時を生きてくれている。祈るような思いでその日を迎えた。 



 セリアの誕生日の祝いの席で、キャロンはひっそりと涙を流した。


 白の彼がこの場に居たなら、どんな表情で愛おしい彼女を見つめていただろうかと。きっと、無表情の中に堪え切れない笑みが見え隠れてしていただろうと思った。


 黒いあの人が自分の隣に居たならば、どんな言葉をかけてくれただろうかと。喜びに涙を流す自分の肩を抱いて、笑い飛ばしてくれただろうかと想像した。

 

 そして、二人と並んでセリアを見つめたであろう彼女の兄は、どんな風に祝ってくれただろうかと。はにかんだ笑顔を浮かべて、優しい瞳で妹を見守っていただろうかとも。



 

 後ろから付いてくるセリアの気配を感じながら、キャロンは静かに目を伏せた。

 新たな生を受けこの時代を歩み始めた二人にとって、キャロンが脳裏に思い描いた光景は、二度と届かない遠い遠い夢と化した世界になってしまったのだけれど。

 




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