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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
29/38

人知れず消えた恋心


 五人は細心の注意を払いながら、道なき道をゆっくりと歩いていた。


 森に足を踏み入れた時にはすでに夕日は地平線の彼方に傾いてしばらく経っていたこともあり、その後数刻で辺りは暗闇に覆われていた。

 進む道のりは暗く、少しでも気を抜けば奈落の底に誘われてしまうかのようで、マルセルは人知れず喉を鳴らした。


 彼らを照らすのは、先頭のジェラミーと最後尾を歩くノアが持つ焚き木の火のみ。

 

「………ここでいいだろう」

 不意にセリアが小声で漏らすと同時に足を止めた。


 森を通り抜け、岩山を上る道が見えてきたところだ。


 すでに緊張に肩が強張っていたマルセルは、その声を聞きとがめて、その纏っていた緊迫感を更に強張らせる。

 それはこれから自分が行う事が、この一行の命運を、否、この地の命運を握っていると分かっているからに他ならない。


「せ、セリア、さん」

 マルセルが、いつものひょうきん狸のような彼ではなく、代わりにリスのような小動物が乗り移ったかのような様子で自分の方を伺うものだから、セリアは思わず吹き出してしまったほどだ。


「姫さま、」

 もちろん、しっかりキャロンから咎められたのですぐにその笑いを喉の奥に引っ込める。左右からはノアとジェラミーの咎めるような辛辣な視線が飛んでくる。


 数回咳払いをして空気を立て直すと、セリアは目の前に立つマルセルを見上げた。


 森の端に位置していることで、微かな外気の光がセリア達の元まで届いている。

 曇り空のため生憎月明かりなど実際に照らすモノは見えてこないが、先ほどまで真っ暗な森の中を歩いていた時に比べれば、薄暗くても周りの状況が見える今の方が余程安心できた。


 自分の手の輪郭が掴めるかどうかという暗さの中でも、何故か琥珀の瞳はキラキラと輝いているように見えた。

 上目目線のその瞳を受け止めたマルセルの心臓が一度、ドクッと音を立てる。


「………マルセル?」

「ううん、なんでもない」

 目敏くその変化を見咎めたセリアの尋ねる声に、冷静を装って首を振る。

「それで、私はどうすればいいのかな」


 無理やりな話の逸らし方に聞こえるかもしれないが、この際致し方ない。何故かは分からないけれど、このまま琥珀の瞳を見続けると、何か自分の望まない変化が生まれてきてしまいそうだった。


 マルセルをしばし観察するように見つめていたセリアだったが、目的は別にある。


 一度ふっと息を吐きだして、彼女はマルセルに指示を出し始めた。


「目を瞑れ。前にシュナイゼルの魔力を試した時があっただろう。それと要領は同じだ。違うといえば、今回は、リュシアンに続いている明確な一つの糸を探す出こと」


 マルセルが目を閉じたまま一つ頷く。


 キャロンは忙しなく辺りを見渡し、ジェラミーとノアは固唾を呑んでマルセルとセリアの様子を窺っていた。


 目を瞑り、誘導するセリアの声のみに意識を委ねている彼の目の前に広がるのは、終わりのない闇。真っ暗なのに不思議と恐怖を覚えないのは、誰かが傍に居てくれているという安心感からだ。

 真っ暗な闇に、突然セリアが現れた。


 自分を見つめる彼女が静かに口を開く。

「まずは、お前から広がる糸を見つけろ。幾重にも重なり合い、伸びる糸はお前の力。感じろ、探れ。蜘蛛の糸のように広がっているその一つが、魔力を施したリュシアンに繋がっている」


 セリアの言葉に誘われるように、暗闇にぼうっと浮かび上がり始める幾つもの糸の数々。それは、マルセルの集中力と共に数を増やしていく。


 マルセルの纏う気配がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じながら、セリアは言葉を紡ぎ続ける。魔術師の使う言葉は特別だ。

 特に、子弟関係を結んだ者同士ならば尚更。


 それは相手の道となり、導となる。


 セリアに一番最初に魔術というものを教えてくれたのは、兄のオーウィンだった。


 無くなったお気に入りのぬいぐるみを探し出すという、本当に些細なやり取りではあったけれど、それは確かにオーウィンとセリアの間に師弟関係が生まれた瞬間だった。


 だからこそ、彼らの間で交わされる言葉達は力を持っていたし、兄妹の間柄はより一層強く結ばれていた。


 誰よりも優秀で頭の切れる兄は、幼い頃に母を亡くした妹を誰よりも慈しみ、母を知らないセリアもまた、憎まれ口を叩きながらも誰よりも兄を慕っていた。


 ―――セリアが毒に倒れるあの日までは。


 もしもあの時逝ってしまったのが兄の方で、残されたのが自分だったらどうしただろうかと、セリアは時々考える。


 怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみ。 

 すべての負の感情に呑み込まれてしまい、我を失う可能性も大いにあっただろう。


 けれど、現実において、残されたのは聡明な兄の方だった。 


 キャロン曰く、オーウィンは自分の行方を捜しながらもきちんと国も守っていたと聞く。あの兄だからこそ出来たこと。


 やはり、自分の兄は優秀であったと、セリアは人知れず胸を降ろしたものだ。



 昔の事に想いを馳せながら、今を必死に生き抜いて、新たな未来に手を伸ばす。マルセルを見据えながらセリアは言った。


「リュシアンを探せ。お前が初めて魔力を施した相手だから、見つけることは容易いはず。願え、彼を見つけたいと」

 弾き語りの一節を聞いているかのような心地よさに襲われて、マルセルはいつの間にかセリアの周りを言葉達が形となり踊り始めているかのような摩訶不思議な錯覚に陥っていた。


 それらは色を持ち、ゆっくりと彼の方に近づいてくるのだ。 

 おかしな光景であるはずなのに、恐怖は芽生えない。


 それよりも、触りたいという願望の方が強かった。これらが何なのか知りたいと願った。

 これまでの彼の人生の中で唯一の魔術師である母を優に凌ぐ力を持つ女性。人は強さに魅入られ、謎に憧れる。


 ―――けれど彼女には、すでに心を許している人物が居る。


 迫ってくる不思議な形をした『光るモノ』に指先が触れると同時に、マルセルの脳裏をリュシアンが駆け抜けて行った。


「そこかっ!!」

 触れたと思ったと同時にセリアの鋭い声が響き渡り、『光るモノ』が突然一つの線状のモノに変化した。それは真っ直ぐ坂道の上に続いていた。


「よくやったな」

「っ!?」


 暗闇に二人きりだけのはずだったのに、気が付けば森を背にした沢山の人間に囲まれている自分に気づき、マルセルは無意識の内に止めていた呼吸を今度は意識して吸って吐いてを繰り返す。


「糸は見つけた、先を急ぐぞ」

 曇りない眼で一点を見つめ歩き出そうとするセリアに、ノアとジェラミーが一斉に首を捻った。

「糸なんてねぇぞ?」

「………魔力の糸だ。お前達に見えるか」

 呆れかえるセリアと、少し嬉しそうなノア。


 何がおかしいのかと思いつつそんなノアを一瞥して、セリアは歩き出す。その後ろを、キャロンとジェラミーが続いた。

 

 少し遅れて足を踏み出したマルセルの隣に、ノアが並ぶ。


 彼が自分の隣に居るのは当たり前なので何も疑問に思わなかったけれど、ふと見た先に何か言いたそうなノアが居たので、マルセルが瞳を瞬かせた。

「あいつの心はもう、決まってる。………願ったところで、届かない。悪いことは言わねぇよ」

「………っ」

 

 ジェラミーが気づき声をかけるまで、マルセルはその場に立ち尽くしたままだった。

 




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