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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
27/38

攫われた白騎士


 誰よりもセリアの隣で愛する彼女を守りたいであろうに、それすらも出来ない。

 兄の、そして友の気持ちを慮ったジャラミー達は、すぐにリュシアンの部屋を後にした。

 


 数刻すれば、再び昼食の時間となり、部屋で療養中のリュシアンを除く全員が食堂に集まる。食事が終われば、別の部屋へ移動し、そこで更らなる作戦会議が行われた。


 偽造するためにノアとマルセルを魔力で覆ったところで、一つ困った問題が起きた。


「………いつ、連れ去られるか、だな」

「そればかりはわたし達にも予想が出来ませんしね」

 セリアの言葉にキャロンが賛同する。折角良い案が出てきたというのに、これでは振り出しに戻る事になるではないか。

 落胆を隠しきれず肩を落とした女性陣の反対側で、男性陣はそれ以上に興味深い事と直面していたためその限りではなかった。


「なんか変わったか?」

 先ほど魔力を施されたと思われる自分の身体を見下ろしながら、ノアが目の前のマルセルやジェラミーに問う。


「いいや、見た目に変化はないが」

 ジェラミーもこれでもかというほどノアを凝視していたが、特に変化を見つけられず頭を振る。

 その隣でマルセルが手のひらを眺めつつこちらも同様に首を振っていた。

「うん、こっちも別に変な感じはしないな」



 まったく空気の読めていない行動をする男達を前に、短気な元皇女がキレないはずもない。



「………お前達、お望みならば今すぐにでも見える変化をその身体に刻み付けてやろうか?」


 ―――もちろん、命の保証はしないがな。という副音声と共に黒いオーラを纏ったセリアがゆらりと立ち上がった。

 

 リュシアンの怪我などもあってしおらしくなっていたせいか、ノア達は本来のセリアの性格を少しだけ忘れてしまっていたようだ。

 いつもは諌める側に回ってくれるキャロンも、この時ばかりはセリアの背後から呆れるような視線を投げつけてきた。


 男達は大慌ててで背筋を正し一斉に真面目な顔で椅子に座り直す。

 

 気を取り直し、再び今の状況を確認する。自分達ではどうしようもない状況に、大の大人五人が頭を付きあわせて黙り込んでしまった。


 





「どうだ、何か変わった所はあるか」

 結局良い策も思い浮ばなかった彼らは、何か小さな情報でも掴もうと、再びあの黒い穴が開いた場所を訪れていた。


 数日の時を置き、やって来たそこには確かな変化があった。


「空間が、消えてる?」

 先日まであったであろう場所を見やり、マルセルが呟く。

 それは他の二人も同じだったようで、魔力のある三人が視線を彷徨わせているあたり、魔術師見習いの言葉に嘘はないのだろう。


 前回は足を止めた馬達もまた、臆することなく森のすぐ傍まで歩みを進めていた。


「どういうことだ」

 馬の手綱を引き締め、警戒心露わに用心深く辺りを見渡すセリアが低く唸った。


 危険なモノが無くなった事は非常にありがたいが、その唐突さが逆に怪しさを倍増させている。だからか、一列に並び立った五人はそれぞれ険しい顔で前を見据えていた。


 彼らの目の前に広がる森。


 セリア達の住む「ゴビーとアンバー亭」の裏にも、同じように森は広がっている。


 けれど何故だろう。


 今目に映る景色は、心に平安を齎すようなものなどでは決してなかった。

 風を受けて揺れる木々の先はまるで魔物の毛先を思い出させるようにうねるだけだったし、なにより、目を凝らしても何も見えない奥へと広がる暗闇を見ていると、気が付いたらその暗闇に吸い込まれそうでぞわりと身体中の毛が逆立つ気がした。


 森からの視点からすれば、セリア達の立ち姿はまるで、毛を逆立てた小さな生き物たちが見知らぬ生物を前に全身の毛を逆立てて威嚇しているようにも見えたことだろう。


 それぐらい、目の前にある森は大きく恐ろしく思えたのだ。


 その時、一際大きな風が吹いて、一斉に森の木々の枝を揺らした。まるで喜びに打ち震えているかのようにも感じるその木々の騒めきが煩わしく感じて、男達は片目を眇めて森を眺め続けた。

 

 と、同時に、セリアとキャロンが瞠目したまま動きを止める。


「………っ」

「これはっ、何故!?」

 琥珀の瞳を瞬かせ短く息を吸い込んだセリアに遅れて、キャロンが灰色の髪を風に靡かせながら悲鳴にも似た声を森へと投げかけたのだ。


「おい、どうした姫さん」

「キャロン殿?どうかされたか」


 ノアとジェラミーが恐る恐る声をかけた所で、セリアが持っていた手綱を後ろへ引いたかと思えば、すごい勢いで方向回転をするとそのまま駈け出した。


「おいっ!」

 今度は、ノア達が瞠目する番だ。


 この中で一番状況把握能力が高いはずのマルセルに目を走らせるが、彼もまた呆然とセリアの走り去る姿を見送るだけで、この状況を把握しているわけではなさそうだ。


 それぞれが呆気に取られていえば、同じようにキャロンも馬を回転させ、セリアの後を追うような素振りを見せると共に、何もできずその場に文字通り棒立ちになったままの男性陣に声をかけた。


「皆さん!すぐに屋敷の方に戻ってください!嫌な予感がしますっ!」

 キャロンの灰色の髪が大きく翻るのを見届けて初めて、男達は彼女の言葉を脳内できちんと受け止めることが出来たようだ。


 大急ぎで二人に続いた。


 彼らが屋敷に引き返した時にはもう、そこは突かれた蜂の巣のような騒ぎだった。

 屋敷の入り口にセリアの乗っていた馬が放置されているところを見るに、彼女もだいぶ慌てていたことが窺える。

 キャロンがその隣に馬を並べ、話しを受けたであろう馬丁に手綱を渡したところで、ようやくノア達が追いついた。


「おい、どうなってんだよ」

 ノアが溜まらなくなって質問を投げかければ、常にない様子のキャロンの緑色の瞳が大きく揺れていた。それだけで常ならぬ緊迫した状況が窺い知れた。


 足を動かしながら四人はセリアが向かったであろう場所へ進みつつ、キャロンが状況を手短に説明する。


「先ほど、魔力が山の方から発せられました。それは、屋敷に真っ直ぐ向かいました。そこから想像出来ることといえば」

「リュシアンか!」

 察しの良いジェラミーが声を荒げた。


 リュシアンが寝ていたはずの部屋の前には、大勢の人々がざわざわと音を立てながら立ち尽くしている。


 丁度部屋を通りかかったという召使いによれば、ベッドで安静を言い渡されていたはずのリュシアンがふらふらと窓の傍へ歩いて行くのが見えたという。

 どうしたのかとその様子を窺っていると、彼はその窓を開け、そして次の瞬間には黒い霧に巻かれ一瞬にして消えたらしい。


 その一連の流れの目撃者であったその召使いは、悲鳴を上げ腰を抜かし、そこでようやく他の者達も駆けつけ、使えている一族の次男が消えた事を把握したということだった。


「何故リュシアンが!?」

 叫んだのは彼の双子の弟だった。


 もちろん、その気持ちはセリアも一緒だ。

 ここが安全だと思ったから、項垂れる彼をあえて冷たく突き放したのだ。


「………っ」

 唇を噛み締める。


 前回の事といい、ここまで自分の無力さをさめざめと思い知らされたことなど今までなかった。

 悔しさが彼女の思考を奪い去っていたのだろう。


 マルセルの声がその耳に届くまで、彼女は俯いたままだった。

「まさか、あの傷がっ」

 傍で確信にも似た音が聞こえ、セリアはばっと顔を上げてその声の持ち主であり自分の弟子でもある魔術師見習いの彼を凝視した。

「あの傷口から、リュシアンを見つけたか!」

 すべては一つに繋がった。 


 敵は侵入者を逃すつもりはなかったのだろう。


 けれど、高位魔術師のキャロンの十八番ともいえる転移の魔術により、相手はセリア達を把握し切れなかった。


 だから、傷口を通して相手と繋がったままのリュシアンを攫ったのだろう。


 そこでふと思い当たったことがあったので、ノアがセリアに質問を振った。


「そういえば、お前ら、森の所で驚いたような顔してたよな。あそこで分かったのか?リュシアンが危険だってよ」

 だったら可笑しな話だ。


 小さな少女が目の前で消えた時、彼女達は驚いたような素振りをしていた。リュシアンが攫われたところまでは把握しているようには見えなかったのだが。


 すると、セリアが再び俯き、もぬけの殻となったベッドの上に置いてある己の拳をきつく握りしめ、絞り出すように言葉を紡いだ。


「あの時、微かだが感じた魔力があったんだ。………あれは、アテナイ国の人間のものだった」

 

 一番、あってほしくなかったことが現実となって彼女達の前に立ちふさがった瞬間だった。





白騎士が、ヒロインよりもヒロインらしくなっていく件について。

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