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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
26/38

作戦会議


 目が覚めたとはいえ、出血過多で二度も生死を彷徨ったリュシアンは、医師達に最低でも一週間以上の安静を言い渡されていた。

 もちろんそれに関しての異論はない。

 というか、それ以前にセリア達のリュシアンに対する無言の威圧感が凄まじいので、彼はベッドから動けずにいる。


「あのー、お医者様は『安静』って言ってただけで、別に少しぐらいなら動いてもいいと思うんだけど」

 三日も経つ頃には、暇を持て余すというもの。

 天井を見上げたまま、リュシアンが情けない声を漏らすも、誰からの返事もなかった。


 というか、意図的に無視されたと考えた方がいい。

 

 というのも、

「ここの道が繋がれば、恐らく向かうべき場所は、ここだろうな」

「確かに辻褄は合うけど、敵の罠だったら?」

「だから、わざと別の道を行くんですよ」

「なるほどなー」

 と、先ほどよりも心持ち声の大きくなった会話の数々が部屋の片側から聞こえていたからだ。

 

「僕も入れてよー」

 なんて駄々を捏ねる幼子のような言葉を紡ぎながら自分の上に乗った毛布を退かそうと腕を持ち上げれば、すぐさまセリアの射殺さんばかりの視線が飛んでくるものだから、彼は再びベッドに逆戻りすることになる。


 この遣り取りを、少なくとも片手に収まらないくらいには繰り返してきた。


「いい加減にしろ。数日前まで重症だった奴が何を言っている」

 セリアの喝が飛んだ。


「でもさ、みんなの会話がすごく興味深いんだもん」

 負けじとリュシアンが言い返す。


 そうすれば、セリアがほとほと疲れ切ったような深いため息をついた後、叫ぶ一歩手前の物言いでベッドに向き直った。


「………そもそもお前がここで会議をしなければベッドが飛び出してやると私達を脅したんだろうがっ!」

「あれーそうだっけー」

「リュシアン、さすがの僕も今回は庇うつもりはないよ」


 椅子の一つに座っていたマルセルもまた、頭を左右に振って言った。


 ある程度の返答は予想していたのだろう。


 それ以上は特に反論もなく、白の彼は素直に口を噤んだ。

 部屋が静かになったのを確認して、セリア達は再び話し合いの場に戻る事にした。もちろん内容は、どうやって連れ去られた人々を探し出し、連れ戻すか、である。


 ユラウスの件で、相手が自分達に害をなそうとしていることが分かったものだから、対応もまた変わってくる。


 それに、敵の手の内に居る人質にされたであろう人々が安全でいるかどうかも怪しいところだ。

「相手がどういったつもりで人を攫って行くのか、それだけでも解れば色々変わってくるんだろうけど」

 マルセルが片手の親指と人差し指で顎を支えながら一人ぼやく。


 その様子を見ていたセリアとキャロンもまた、思案気な表情をその顔に乗せる。


「………『許さない』。あの影達は、そう呟いていた」

「言いたくはないけれど、もし一連の事件がアテナイ国の人達の怨念のせいだとしたら、辻褄が合うと思わない?」


 セリアの言葉を受けて、ベッドからリュシアンが声を上げた。

 はっと見れば、白い彼は数回の瞬きを繰り返しながらその視線は天井から離れることはなかった。全員の視線を身体で受け止めつつ、彼は言葉を続ける。


「かつて、アテナイ国の人々はこのイリーオス国に侵略され、歴史の中から消されてしまった。大事だった皇女も亡くなったままで。………イリーオス国に恨みを持つぐらいわけないと思うけどね」

「だが、もうあれから300年も経っているんだぞ」


 セリアの戸惑う声が静かになった部屋に響き渡る。


「恨みや執念っていうのは、時間が経つごとに力を増していくと、母上が言っていた」

 マルセルが付け加えるように言えば、キャロンが瞳を閉じて俯き、強く拳を握りしめた。


 すぐに隣に居たジェラミーがその拳に優しく手を添え、キャロンが包み込んだ自身の爪が皮を突き破る前にそっと手を開かせる。

 はっ、とジェラミーを見たキャロンが、心なしか表情を緩めた。


「それに、私の遺体は空に還した」

「それが、引き金になったのかもしれない」

 あくまでも冷静に事を分析しようとするリュシアンに、セリアは何も言えず押し黙った。


 アテナイ地方で起こった不可思議な事件の数々、かつて城と離宮があったであろう場所の近くで起こる神隠し。

 それが、かつての己の民達とまったく関係がないと、否定しきれなくなっている状況だ。


 頭のどこかで、セリアもまたリュシアンと同じような事を思っていたから。


 ただ、心がそれを良しとしないだけで。


 部屋の壁に背中を預け、腕を組んで立っているだけだったノアが、不意に顔を上げて口を開いた。

「姫さん達の力で、俺達全員をアテナイ地方の人間だって思わせることは出来ないか?」

「どういうことだ?」

「中から責めるっつーわけだよ」

 ノアが不敵に笑う。


 

 彼の計画はこうだ。


 敵の目的もなにも分からないまま、闇雲に突っ込んでいくのは無謀過ぎる。一番良いのは、相手の懐に入り込み、中から崩していくことだと。


 アテナイ地方を代々治めるミネルバ家の血を引くリュシアンやジェラミーは問題ないだろう。


 ということは、相手がこちらの勢力を読み間違えて自分の元に引き入れる確率は二割。

 もしもセリア達が魔力を使い、アスキウレ家出身のマルセルとイリーオス国出身のノアをアテナイ地方の民だと錯覚させることができれば、確率は二人分上がる事になるのだ。


 セリアやキャロンの魔力は元々アテナイ国のモノなのであるから、敵が彼女達を連れ去る可能性は無きにしも非ずではあるのだが、身体事態はイリーオス国のモノであり、それ以上に彼女達には外から攻め込むという大仕事がある。


 あまり連れ去られて欲しくはない。


「そんでもって、もし俺達の誰か一人でも敵地に入り込めれば、後はその気配を辿って姫さん達が攻め込んで一気に敵を叩ける。そしたら人質を助け出せるぐらいには隙はできんじゃねぇかと思う」


 己なりに考えだした戦法を一通り説明し終えた所で、ノアはいつのまにか部屋が静かになっていることに気づいた。

 見れば、揃いも揃って意外そうな顔でこちらを見つめているではないか。ベッドの中のリュシアンも同じで、紫水晶の瞳が大きく見開かれている。


「………なんだよ」

「ノア………君って、意外に頭を使うのも得意だったんだね」


 茶化しているようにしか聞こえない感激した響きを持つマルセルの声が聞こえ、表情から察するに全員が同じ事を考えていたという事が窺えた。


「お前らオレをなんだと思ってんだよ」

 疲れたように溜息をついて肩を竦めて見せるノアに、これ以上何かを言う者は居ない。


 逆にそちらの方が失礼な気がするが、これ以上は突っ込み事も億劫だと、ノアはとりあえずすべての不平不満を呑み込んだ。


 黙った彼と入れ替わるように、セリアが一つ頷いて口を開きその場を纏める。


「今は特に策もないし、もう時間もあまりない。連れ去られた人々の安否も気がかりだしな。ジェラミーとマルセル、ノアには申し訳ないが囮となってもらおう。もちろん、何か合った時に最低限の身は守れるようにはする、いいか」

「もちろんだ」

「うん、了解」

「おう」


 ジェラミーが緊張の面持ちで頷き、マルセルはその逆であまり緊張感がない。ノアはもちろん自分の提案なのだから鷹揚に頷いて見せた。


「僕は?」

 少し遅れてリュシアンの声が飛んできた。

 ふと目をやった彼の顔に浮かぶ硬い表情は、答えはすでに分かり切っているけれど諦めきれない人間のそれ。


 もちろん、セリアはそんなモノに絆されるような人間ではない。


「お前はこの状態だから、もちろんこの作戦からは外す」

「………っ」

 悔しそうに下唇を噛み締める彼から視線を無理やり引き離して、セリアは席を立った。

 


 彼を失うかもしれないと、またそんな恐ろしい想いをするぐらいなら、ここに居て、安全である事を分かっている方が余程いい。




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