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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
25/38

藍色の彼が思う事


 振ってきた声に驚いて顔を上げれば、少しやつれたようにも感じるジェラミーが、口元に力強さを与える笑みを浮かべてキャロンを見下ろしていた。


 それでも、至近距離で視線を合わせる彼女は分かっていた。


 細やかな微笑みを浮かべている黒髪の青年の瞳が、小さく揺れていることを。


 自分の片割れとも言うべき自身の双子の兄が生死の間を彷徨っているというのに、こうしてキャロンを慰めてくれる彼の優しさに、キャロンは堪らずその胸に縋りついた。


「ジェラミーさまっ!」

 突然飛び込んできた温もりを危なげなく抱き留めたジェラミーは、息を呑んで自分の胸元を見下ろす。どうすれば良いか分からず、灰色の旋毛をしばし眺めていた。


「申し訳ありませんっ。………姫さまのために、リュシアン様がっ!」

 次いで涙声のように震える声がして来た時、彼は堪え切れなくなったように、その温もりを両腕で抱きしめた。

 一人で立っていることが辛くなっていたのだ。


「大丈夫、大丈夫だ。あいつは、愛する人を置き去りにするような奴じゃない。大丈夫だから」

 それは、彼の願いにも似ていた。



✿  ✿  ✿


 あれからどうにか容体を持ち直したリュシアンは、それから二日が経っても、目を覚まさない。


 セリアは彼の傍を離れることはなかったし、どういった風の吹き回しか、キャロンもまた双子の弟を気遣ってジェラミーと行動を共にすることが多くなっていた。


 マルセルといえば、キャロンの看護のお蔭ですっかり良くなっており、今日も今日とて、とある人を探して屋敷を彷徨っていた。


「やっぱり、ここに居た」

「おう」

 客室からの便通もよいバルコニーにて、探し人の背中を見つけたマルセルは、すぐさま彼に歩み寄った。


 柵に行儀悪く上半身を凭れさせているノアの、何となく元気のないその背中を横目でちらりと見やるも、なんとなく理由がわかるのであえて黙ってその隣に並んだ。


 今彼らの眼前には見渡す限りの山脈と、その手前を流れる川が広がっている。

 ノアにとっては見ている人間の気持ちをどんよりとさせる雲がそれらを囲っているようにも見えていたし、マルセルからしてみれば一面暗雲で覆われている光景で、気持ちが癒されるとは間違っても言えたものではなかった。

 それは、300年前にこの地で生まれたわけでもなければ今の世でこの地に生を受けたわけでもない、まったくの他人でしかない彼らだからこそ感じることだろう。


 よくもまぁここまで来たものだと、二人は無言で同じようなことを考えていた。


「………姫さん達のなぁ、目の色が変わっていくのが分かんだよ」

 ある程度の時間を置いて、ノアがポツリと言った。


 ここで話しの腰を折る必要もないだろう。マルセルは無言で先を促す。


「なんかよぉ、オレなんかが立ち入れない何かが、あいつら四人の間に生まれてるようで、居た堪れねぇんだよなぁ」

 自分と同じように、300年とは関係ない立ち位置に居るマルセルにだからこそ、零せた愚痴にも似た言葉。

 それをようやく形にして外気に晒せたことで、ノアはようやく肩で息を出来たようだ。


 一気にその硬直する身体から力が抜けていく。


 その一連の流れを横目で見守っていたマルセルが、今度は顔全体をノアの方に向けた。

「嫉妬?」

「んな可愛いもんじゃねぇよ。自分のどっかが、姫さん達の肩を掴んで無理やりにでも引きずり戻そうとしてる気がして、怖くてたまらねぇ。そんな事しても、しょうがないってのは、一番分かってるはずなのにな」


 ははは、と乾いた笑い声が虚しく二人の男の間をすり抜けて行く。


 しばしの無言が、その場を包み込んだ。

 藍色の彼は、幅のあるバルコニーの柵に腕を乗せ重力のままに身体を凭れさせていたし、その隣の茶色の彼はきちんと背筋を伸ばして柵に背中を預けるように反転させ顔は上を見上げたまま。


 次にその沈黙を破ったのは、思案気に言葉を選びながら口を開いたマルセルである。


「………それは、今までみたいに三人で仲良く出来ないっていう心配から来てるのかな」

「………」

「だとすれば、それは考えるだけ無駄な悩み事だと思うけど」

「はぁ?」


 まさかの変化球にさしものノアも絶句する。慰めてくれると思っていたのに、これでは傷が抉られるだけではないか。


「だってそうだろう。男女三人、一生仲よしこ良しなんてどこの理想郷の話だい。ノア、君自身がセリアさんかキャロンさんのどちらかと、男女関係にならない限り、彼女達は伴侶を見つけ自分の人生を生きていく。去っていくんだよ、君の元を。そして彼女達はリュシアンとジェラミーに心を許し始めている」


 ノアは表情を歪めたまま下を向いた。


「リュシアンとジェラミー、そして幼馴染だったあの子を思い出してみてよ。君は、あの三人のような道を辿りたいかい?」


 正論過ぎて何も言えなかった。


 でも、と前置きを置きつつ、マルセルは俯いたまま固まってしまったノアの肩に手を置いて慰めるように何度か軽く叩いて見せる。


「セリアさんもキャロンさんも、あの子なんかより全然大人で、それぞれ向ける気持ちの違いは分かっているだろうし、新しく心を許せる相手が出来たからといって、ノアという大切な存在を蔑ろにはしないと思うけどね」



 そこで、急に閉じていたはずのバルコニーの入り口が勢いよく開いた。




「ノア!マルセルさま!リュシアンさまが目を覚まされたようですよ!」

 息を切らしてやってきたキャロンの頬は、気持ちを隠しきれないように紅潮している。それだけでは留まらず、彼女はノアの傍までやってきたかと思うと、急かすようにその手を引っ張った。


「お、おぅ」


 先ほどまでの会話の手前、どう反応して良いか分からずたたらを踏むノアの背に、マルセルの笑い声が飛んできた。


「ほら、言った通り、君の心配事は無用の長物だよ」


 バルコニーの入り口の前で、自分達がやってくるのを律儀に待つジェラミーを見て、自分を引っ張りながら進むキャロンの手に視線を遣り、隣に並んで可笑しそうに笑いながら肩を震わすマルセルの気配を感じながら、ノアは擽ったそうに笑った。



 

 部屋で出迎えてくれたセリアとリュシアンもまた、ノアを見て嬉しそうに笑っていたから、ノアはさらにその笑みを深くするしかなかった。 


「ったくよぉ、しょうがねぇなぁ」


 これでは、いつまで経っても『良い兄貴分』から離れられそうにないではないか。

 




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