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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
19/38

新たな失踪者


 これ以上森の一部に開いた穴の近くに居るのは悪影響だと判断したセリアとキャロンは、すぐさま目くらましの結界を張り、急いで屋敷に取って返した。


 忙しいと分かっていながらも無理を通してミネルバ当主と対面し、屋敷の正面に広がる森への出入りを禁止させるよう進言する。

 セリア達の形相にただならぬ事を感じたらしい彼は、質問をすることもなくすぐさま地方全体に立ち入り禁止令を発動してくれた。

 

 これで、今日中にはこの地方に住む全員にこの命が届き渡るだろう。


 一先ずの応急処置を施したところで、ミネルバ当主が眉を顰めながら、長椅子に座り込むセリア達を向き直った。


「それでは、説明をしていただけますか」


 アスキウレ公爵家やクイシオン公爵家同様、ミネルバ公爵家も、セリアとキャロンを自分達より格上の存在、アテナイ元王国の眷属として扱う事にしたらしい。

 あくまでもセリア達のやる事を邪魔しないとした上で、ミネルバ当主は丁寧な言葉遣いで質問をしてきた。

 それに、職務椅子からではなく、セリア達が座る長椅子の向かいの椅子に座ってこちらを見つめてくる。


 セリアとキャロンは少し疲れた眼差しを見え隠れさせながら当主を見た。


 マルセルは、元々修行のために消費していた魔力が禍々しい邪気に当てられた事で一気に消し飛んだようで、気を失ったまま部屋で休んでいる。後で、キャロンが魔力を分け与えに行かなければいけないほど、彼の中は空っぽだ。


 幸いにも魔力がない事が幸いしたのか、ノアとリュシアン、ジェラミーの三人は健康そのものである。


「先ほど、一人の少女が我らの前から姿を消した」

「!」 

 ミネルバ当主が目を見開く。

「その後少しして、森の一部に穴が開いた。黒い穴だ。………ノア達が見えないところをみると、魔力によってできたモノらしい」

「なんと………」

 思いがけない状況の展開に、さしもの当主も絶句するしかない。


「入り口の先に何か、今回の件に関するモノがあるのは明確だ。だが、あまりにも情報量が少なすぎる。闇雲に突っ走り、この世に残るたった三人の魔術師をすべて失うのは得策ではないと判断した」

「そ、それはもちろん」

 この件に関して、魔力も何もない彼が口を出すつもりは毛頭ない。


 ほんの少しの申し訳なさを醸し出すセリアに、双子の父親は慌てて首を振り、そこに更に両手を付け加えることで、彼女の判断が正しかった事を強調させる。


「この件は、すでに姫とエヴァ様に一任しております。我らはそれに付き従うまで」

 彼がそう言えば、ありがたい、とキャロンとセリアが頭を下げた。


 常にない二人の大人しい様子に、度胆を抜かれるのは男性陣の方である。何とも言えない顔でお互い顔を見合わせた。


 もう少しだけ情報を収集して、マルセルの体調が良く成り次第、再び体勢を整える事になるだろうと今後の話し合いをした後に、キャロンはマルセルの容体を確認するため席を立った。


 ジェラミーが案内すると申し出、彼らは共に部屋を出る。

 傍から見てもわかる気まずい雰囲気の様子の二人だったが、それは彼らの問題なので大人な周りは無言でそれを見送った。


 二人の背後で閉じた扉をしばし見つめていたセリアは、はたと何かを思い出したように当主を瞳に移した。


 幾ら見た目が何十歳と離れて居ようと、幾ら目の前の人物の姿が若い娘であろうと、その魂は神の眷属とされた尊い方である。

 書物でしか知る事のなかった琥珀の瞳を実際に目の前にして、すでに五十を数えた公爵は、居心地悪そうに身じろぎをした。


 リュシアンはいつになく緊張した様子の父親に気づいたようだが、彼の気持ちを察したのだろう。特に何も言わなかった。

 もちろん、セリアにもそんな事は一切関係なかった。


「ミネルバ当主。人が黒い霧に包まれる時、何か音は聞こえなかったか」

「音?」

 セリアの言わんとしていることが分からず首を捻る当主に、ノアとリュシアンがあっと声を上げる。

「そういえば聞こえたな」

「あれの音は、確か」

「………時計の秒針の音だ」


 しかも、聞いている方をとてつもなく厭わしい気持ちにさせるような。


 

 秒針の音が聞こえるということは、調査表には記されてはしなかったらしい。


 初耳だと少し不思議そうに答えるミネルバ当主に礼を言って、セリア、リュシアン、ノアの三人は執務室を出た。

 マルセルの部屋へ向かおうと歩みを進めれば、丁度そちらからやって来たらしいキャロンとジェラミーと出くわす。


「マルセルの様子は」

「今は容体も安定しています。わたしの魔力で、体力の三分の一は満たしました。後数刻もすれば目を覚ますはずです。後何度か回数を分けて魔力を注げば元通りになるかと」


 すでに日は大きく傾き、黒雲の隙間から夕日の色が所々小さく地に降り注いでいる。


 いつもは穏やかな気持ちにさせてくれる鮮やかな朱色のそれが、今日に限ってはまるでこれからのセリア達の道筋を案じするかのように、薄気味悪い朱の色を含んだ紫陽花色に挿げ代わっていた。夕空が禍々しく己の色を主張しているようで、どこか人々の不安な気持ちを煽っているようにも思う。


 紫とも赤色ともつかぬその色がセリアとキャロンの疲れた顔を照らしていた。


「あまり無茶はしてくれるなよ」

「姫さまのほうこそ」

 それでも、残された光である二人の女性は気丈にその世界で笑って見せていた。

「二人共、もうすぐ夕食だ。それまで、談話室でお茶でも飲んでいよう」

 なんとなく除け者な存在になっていることが口惜しくなって、リュシアンがその気持ちを綺麗に覆い隠しながら笑顔で他の皆を促した。

 

 それからしばしゆったりとした時間を味わっていたというのに。

 


「リュシアン様!ジェラミー様!!ユラウス様がっ!」

 

 尋常ではない慌てっぷりを披露しつつ、滑り込むように部屋に押し入ってきたのは、前回ユラウスの後ろに居た人物達と同じ制服を着た二人の男達。

 白を通り越して真っ青なその容貌に、あまり良い報せを持ってきたわけではない事は明白だった。


 先を促そうとジェラミーが口を開く前に、彼らの内の一人がその内容を知らせてきた。


「ユラウス様がっ、危険地域に足を踏み入れ、そのまま姿を消されましたっ!!!」


 予想した通り、それはあまりにも嬉しくない、出来れば聞こえなかった事にしたくなるような報せであった。




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