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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
18/38

開かれた黒い空間


 気が付けば、あれだけ不快感を覚えていた秒針の音も聞こえなくなっていた。


「………これが」


 少女が現れて消え去る。その数十秒にも満たない間の出来事に、全員が呆気に取られ立ち尽くしかないその間を、セリアの冷静な声が吹き抜けるように通り抜けていった。


「おい」

 眉を思いっきり中央に寄せたままのセリアの視線が、キャロンの腕の中で呆然自失になっている少年に向けられた。


 少女が消えてしまったという恐ろしさに加え、妙な威圧感を持つ見知らぬ女性に視線を射抜かれた事で、少年は文字通り震えあがった。慌ててキャロンが背中を撫で安心させる。


「姫さま、その前に少し場所を変えましょう」







「それで、あの子は、お前のなんだ」

「い、妹………」


 先ほどの威勢の良さはすでになく、少年は岩の上に座って、目の前に仁王立ちのまま己を見下ろしてくるセリアの質問にゆっくりと答えた。


「お前達は、いつからこの地方に住んでいる」

「ず、ずっと」

「お前の母親はこの地の生まれか」

「母さんも父さんも。じいちゃんもばあちゃんも。そのまたじいちゃんもばあちゃんも、ずっとここの生まれ、だ」

 セリアの質問に答えた少年の言葉に、周りに居た大人達全員の顔が険しくなった。


 それがよほど恐ろしく感じたのか、少年は自分の隣で肩を抱いてくれるキャロンにしがみ付く。すると、一瞬目を丸くさせた灰色の彼女が、にこりと笑って少年を抱きしめる腕に力を込めた。


 その様子を見守っていたジェラミーの片眉が一瞬器用に持ち上がったのだが、ここで自分より何倍も若い少年に嫉妬をするわけにもいかないので、何度か呼吸をして冷静さを持ち直す。


 もちろんそんなジェラミーの葛藤など知る由もないセリアは質問を続けた。


「妹は、どうしてここに来た。ここはあまり人が立ち寄るような場所ではないだろう」

「し、知らないっ!なんか、急にミラの奴がこっちを指さして、『呼んでるから行かなきゃ』とか言いだして走っていくから」

「誰が呼んでいるとか、言っていたか?」

 ある意味生き証人に近い少年に、更に踏み入った。もしかしたら、うまい具合に事の真相に近づけるかという希望を抱いて。


 けれど、そんなに物事は甘くはなかったようだ。


 少年は視線を膝を落とし、その上に置いてある拳をきつく握って首を横に振った。

「わ、わかんない………」

「そう、か」

 明らかに落胆の音を零してしまったが、それは少年のせいではない。

「で、でも!」


 突然彼は顔を上げ、セリアを見つめてきた。


「み、ミラ、言ってたんだ。なんか、『みんな居るから、行かなくちゃ』って。『あの可哀想な方が待ってるから、お傍に居なくちゃ』って。う、うわ言みたいにずっとブツブツ呟いてた」


 その言葉だけでは、まったく全貌は掴めない。


 しかし、何もないよりは遥かにましだ。


 少し殺気だった自分に怯えながらも、きちんと質問に答えてくれた少年の頭に手を乗せたセリアは、そのまま少し乱暴に撫で混ぜた。

 小さな笑みを浮かべて感謝の礼を述べる。


「質問に答えてくれたこと、礼を言おう。お前の妹は必ず助けるから、心配するな」

 驚いたのは少年の方だ。


 先ほどまで恐ろしさしかなかったのに、急に頭に手を乗せられたので慌てて顔を上げれば、苦笑とも慈しみとも取れぬ不思議な表情を見ることが出来た。


 ここへきて、ようやく目の前の女性の琥珀の瞳を認識し、光に反射したそれがしばらく見なくなった太陽のようにも見え、目が離せなくなる。


 言葉を失った少年の様子をどう捉えたのか、キャロンもまた、抱いていた肩に更に力を込めてみせた。少しでも、強さを分け与えられればいいと思って。


 琥珀色に見惚れていたと思えば、視界の端に捕えたキラキラした灰色の繊維。

 隣でもまた、美しい女がまるで勇気付けるように笑っている。

「………っ」

 少年はしかし、男だった。


 美しい二人の女の視線を独り占めしていることに気づいて、急激に己が恥ずかしくなり、俯いたまま石化したのだった。





 もちろん、それを面白くなさそうに、けれど邪魔することも怖くで出来ず遠巻きに見守る者達が居た。


「くそっ、お、俺はっ!あの少年が羨ましいっ!」

 拳を握り目尻をキリキリと上げつつ歯を食いしばりながら小さく呟いたジェラミーは、いつにも増して大人げがなかった。


「こらこら、大人げないなぁ。相手は少年だよ?そんなに怒らないの」

「………お前のほうがえげつないぞ」

 とはいえ、自分の嫉妬を認めず兄の威厳を保とうとしつつ、収まりきらない嫉妬の炎が煙と化し、口を通して撒き散らしている隣のリュシアンよりは素直で良いのだろうが。


「良い意味でも悪い意味でも、君のお姫様達は本当に人タラシだねぇ」

 双子なんて目に入らない様子のマルセルは、当社比でいつもの三倍の爽やかさで辺りを煌びやかに彩りながら少年と少女二人を見つめていた。

 爽やかすぎて逆に恐ろしさすら感じさせるのは何故か。


 いつも飄々とした態度を崩さないマルセルの可笑しな空気を受けて、首を傾げながら、彼の言葉が自分に向けられていることを知っているノアが、この中で一番歳が上であることと二人との付き合いの長さからくる余裕を逆手に取って、貴族三人を嘲るように笑った。


「おいおい、お前らこんな事で冷静さを失くしてるようじゃこれから先が大変だぜ?………なんてったって、あいつらの人ったらしは無自覚かつ強力だしよ。お前らもその餌食になったからここにいるんだろうが」

「「「………」」」

 三人の青年は、一斉に無言という名の荷物を抱え込み動きを止めた。


 そんな彼らを見ながら、ノアは心の中で己の勝利の味に酔いしれていた。苦労人にだって、この気持ちを味わう権利ぐらいあるだろう。


 しかし、貧乏くじを引きやすい体質なノアである事に変わりはない。

 こちらの様子に気づいたセリア達が訝しげな顔で近づいてきて、深刻な様子の三人の貴族とニヤニヤした笑みを見比べ、ノアを悪者に決めつけるまでにそう時間はかからなかった。





 少年を家があるという街の方まで送りに行った後、セリアとキャロンはそれまで保っていた笑顔を一瞬で消し去り、無表情のまま馬の進行方向を変えた。


「ちょ、セリアさん!?」

「キャロン殿!」

 このまま屋敷に戻るだろうと思っていた男性陣は、二人の変わりように驚きつつ慌ててその後を追う。


 やって来たのは先ほどまで彼らが居た場所。

 ミラという少女が消えた場所だ。


 この場所にはもう用はないと決めつけていた男性陣は二重に驚く。


 馬で森ギリギリまで近づいていたセリアとキャロンだったが、ある位置まで来ると、六人を乗せたすべての馬が一斉に嘶き前足を上げ突如制御不能の状態となってしまった。

 まるで、これ以上は前に進みたくないと全身全霊で拒否しているかのような苛烈さに、一同は一先ず森から距離を置く。


 何が起きているか分からないが、厳しい顔のセリアとキャロンが見つめるのはある一点。ピリピリとした空気に、声をかけるのも憚れた。


 となれば、彼らが頼れるのはただ一人。


 どう頑張っても、素質のない彼らにセリア達と同じものを見るのは不可能だ。


 しかし、魔術師として生まれてきたマルセルなら違う。

 一筋の希望をもってリュシアン、ジェラミー、そしてノアがマルセルを見れば、彼もまたセリア達と同じ場所に視線を注ぎ込んだまま動かない。


「おい、マルセル」

「君達には、何が見えているの?」

 ジェラミーとリュシアンが声をかけるも、何かに呑み込まれた様子のマルセルには届かない。


 そこでノアが少し強引ではあるが、馬で彼のすぐ隣に付けると、勢いよくその両肩を揺さぶった。


「!?」


 文字通り目を白黒させた茶色の柔和な表所の青年が、ノアを視界に収めることで我に返る。長い夢から目覚めたかのような醒めた表情で目の前の三人を見つめた。

「………あ」


「おい、今の俺達には、お前の『目』が必要だ。………お前らは、何を見てる?」


 夢は夢でも、その夢は、悪夢のようだ。

 男としての色気を存分に発するであろう、喉の突起を一度大きく上下に動かしたマルセルは、震える手で一点を指さす。


「あ、あそこ、あそこに、黒い、穴が」

 マルセルらしからぬ、震える声で紡がれた言葉。瞳には恐怖の二文字。 


 その声を聞きとがめたのか、セリアとキャロンが同時に青年達の方を振り返った。


「………どうやら、この事件の犯人とやらは私達に会いたがってるらしいな。有難い事に、道を開いてくれたぞ」

 

 こんな状況だというのに、目の前の二人には恐れはおろか、怯えすら見当たらなかった。



 ―――今回ばかりは、相手に分が悪いな。男性陣は頭の端で少しだけ同情した。






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